第24話「蹄鉄と、刃」
フレイミアでの商談から、ひと月ほど。
件の村フリージアでは、建築作業が本格的に進んでいた。
俺も保冷車の開発で度々フレイミアに寄ることはあるものの、基本的にはこの村に常駐している。
今は交易の準備をしながら、村の東部を。
つまり、焼けてしまったアデレニエたちの畑があった場所の整備をしているところだ。
立地の条件が良いこともあり、そこには貯氷庫が建つこととなっている。
アデレニエは、所有していた畑を失うことになってしまうが……その代わり彼女には、正式に製氷業に従事してもらうということになった。
そして、もう一軒の焼け落ちた家に住んでいた若い夫婦。
そちらには、ボリソフカからワインを取り寄せるための荷馬車を任せている。
俺の商談の結果が、サフィーアとデファンス───つまり両国に認められたこともあり、ここからは確実に利益が出ると踏んでの采配だ。
今のところ、双方とも上手くやってくれている。
……が、俺としては気が気でないというのが本音だ。
国のバックアップがあるとはいえ、俺が気まぐれで始めた交易が、他人様の飯の種となり始めているのだ。
ここに来て、今までとは違う『絶対に失敗できない』という重いプレッシャーが俺にのしかかり始めていた。
(マリーは、この何十倍の重圧を背負いながら毎日仕事をしてるのか……)
などと、改めてクレムラン商会に畏敬の念を抱く日々なのだが……何も悪いことばかりではなかった。
まず、焼けてしまった畑の後処理。
そちらは、焼けた後の灰が思いがけず役に立っているようだった。
ナスレグ村長曰く、植物が焼けた後の灰は草木灰と言い、良い肥料になるらしい。
次に、ボリソフカとのやり取り。
こちらも、村人からはかなり好意的な意見が出ている。
今までこの村では、日用品や雑貨の仕入れを、王都と行き来する少ない便に頼っていたのだ。
今回新たにボリソフカとの便ができたことで、ワインなどを運ぶついでに、王都に寄ることが可能になった。
そのため、実質的に王都からの仕入れ便が増えているのだ。
と言ったように。
俺の始めた交易は、すでに想像以上の範囲に影響を及ぼしていた。
今ではナスレグ村長やアデレニエだけでなく、村民から通りすがりに感謝の言葉をかけられることも多い。
「───というわけで、だ。
今日はマリーが来る」
「トーヤの言っていた、会長さんね?」
今日は、クレムラン商会から初めて買い付けの荷馬車が来る日だった。
そう。
俺にとっては、ようやく氷が売り物になるという、記念すべき日なのだ
そしてその荷馬車には、マリーも乗っている。
そこでサフィーアにも、関係者同士の顔合わせという意味も含め同席してもらうことにした。
「会長さん、って言われると軽く聞こえるが……相手は一応、王都の商業を牛耳る人間だぜ」
「ええ、わかっていてよ」
先日の手紙でも同じことを伝えたはずだが、サフィーアはいつものペースを崩さない。
(マリーもそれなりに食えない性格だが……まぁ、サフィーアほどじゃないか)
「あらトーヤ、何か言いたそうね?」
「いや、別に。
ただ……サフィーアの顔を見るのも久しぶりだと思ってな」
「ふふ……それは、そうかもしれないわね。
前に貴方が王城に帰ってきてから、ひと月も経つんだもの」
「そうか、もうそんなに……」
この村で被害が報告され、俺が調査に向かうことになったのが二か月ほど前。
気付けば、サフィーアに拾われて王城で暮らしていた時間よりも、任務でこちらに滞在している期間の方が長くなってしまっている。
「……ねぇ、トーヤ。
貴方、こっちではちゃんと寝られているの?」
「ん?
別に、寝れない理由なんて無いが……」
「王城のベッド。
貴方、とても気に入っていたじゃない?
この村のベッドは硬い、とも言っていたわ」
「あー……それは、まぁ。
我慢してないと言えば嘘になるが……」
「貴方がこの国のために頑張ってくれているのは嬉しいけれどね、トーヤ。
でも、無理は良くないと思うの。
……あの部屋のベッドだって、綺麗なままにしてあるんだから。
いつ貴方が帰ってきてもいいようにね」
「……」
サフィーアなりに、俺のことを心配してくれている。ということか。
たしかに、王城に一ヶ月も帰らないのは初めてのことだ。
便りがないのは良い便りとも言うが……サフィーアも忙しい身だ。彼女に気苦労をかけてしまうのも違うだろう。
「わかったよ。
これからは手紙だけじゃなくて、俺自身が戻る機会も作るようにする」
「ええ。
そうして頂戴。
私も、期待せずに待っているから」
「悪いな」
俺にとっても、久しぶりにあのベッドで寝るというのは魅力的な提案だ。
荷馬車の件に片がついたら、一度王城の連中に顔を見せに行くとしよう。
などと考えていると、おもむろに役場の扉が開く音がした。
「ん……ちょっと見てくるぜ」
「ええ」
談話室を出て、エントランスに。
今まさに玄関扉を閉めようとしていたのは、いつかの赤いスカートの持ち主だった。
「お、トーヤくん!
やっと見つけたよー」
「やっぱマリーだったか。
出迎えもできなくて申し訳ないな」
「いやいや、私も思ったより早くついちゃってね。
見物がてら、自分でトーヤくんを探そうと思って」
「そういうことか。
にしても、王都からはるばるご苦労さんだ。遠かったろ?」
「馬車の中で一泊、かな。
こんな長旅をしたのは、北のボルドー砂漠に行って以来だね」
「へぇ……。
フレイミアには、車中泊が出来る馬車があるのか?」
「ん。
寝台馬車って言ってね。
たぶんウチぐらいしか持ってないと思うけど」
「なるほど。
さすがのクレムラン商会様、ってことか」
「興味あるなら、何台か譲ろうか?
トーヤくんなら、格安にしておくけど」
「ありがたい話だが……どうせ、人ひとりが手を出せる額じゃないんだろ?」
「んー……そこそこ、かな?
大丈夫大丈夫、トーヤくんならそれぐらいすぐに稼げるって!」
「よく言う。
……ま、そっちが氷の買値を上げてくれたら考えてもいいが」
「おっと、こりゃ一本取られちゃったかな」
強かというか、商魂のたくましさは相変わらずのようだ。
「さて、どうしよっか?
準備ができてるなら、もう集荷しちゃう?」
「それもできるが……先に、マリーに会わせたい人がいるんだ」
「っていうと?」
「うちの王様だ」
「え、王様が来てるの?
こんなところに?」
「ああ、こんなところにだ」
「それはなんていうか……大胆だね。
建物の外にも、護衛の兵士はいなかったと思うんだけど」
「大胆さで言えば、フレイミアの王城ほどじゃないさ。
さ、こっちだ」
マリーを連れて、談話室の扉を開ける。
「おかえりなさい、トーヤ」
「ああ」
「……後ろの子が?」
「そうだ。
マリー、入ってくれ」
部屋に足を踏み入れたマリーは少し驚いた表情を見せたが、すぐに気を取り直し声を張った。
「マリー・クレムランと申します。
お目にかかれ、光栄です。クロキア王」
そう言ってマリーは足を引き、少し膝を曲げる。
貴族流の挨拶なのだろうが、対するサフィーアは座ったままだ。
「サフィーアよ。
どうぞ座って頂戴」
「……では」
マリーは俺と共に腰を下ろしたが、その姿勢はまだ硬いままだ。
「ふふ……そう畏まらなくていいわ。
王城ならまだしも、こんな場所だもの。
私のことは、ただの女だと思ってもらって結構よ」
「いやー……それは」
「サフィーアには事前に話してあるから、大丈夫だぜマリー。
俺もこの通りだ。
なんなら、デファンスと一緒だとでも思えばいい」
「うーん、でも……」
いくら彼女でも、一国の王が相手であれば堅くならざるを得ないのだろう。
「……そうか、じゃあそのままでもいいぜ。
ガチガチに緊張したマリーを見るのも、悪くない気分だからな」
「……はぁ。
トーヤくん、結構根に持つタイプなんだね」
「なんのことかサッパリだ」
「あらトーヤ。
貴方また意地悪をしたの?」
「またとはなんだ、またとは。
人聞きの悪い」
「他の国の子にぐらい、優しくしてあげて頂戴。
貴方だって、一応公人なのよ?」
「俺はいつだって優しいつもりだぜ」
「よく言うわ。
本当に……」
俺とサフィーアが軽口を叩き合っていると、つられてマリーも笑い出した。
「……ふふ」
「お、やっと笑ったな?」
「もー。
トーヤくんってば、ホントに緊張感ないんだから」
「ふふ……そのままでよくってよ、マリー」
「……わかった。
じゃあ失礼だけど、これでいくね。王様」
「ええ。
なんなら、サフィーアと呼んでもらってもいいわ」
「いや、そこは王様って呼ばせて。
私なりの線引きだ」
「そう。
じゃあ……改めてよろしくね、マリー。
理外の国クロキアは、貴方を歓迎するわ」
「ん、ありがとうございます」
「歓迎すると言っても……こんな場所だと大したおもてなしもできないの。ごめんなさいね。
ほらトーヤ、せめてお茶菓子でもお出しして」
「へいへい」
サフィーアに言われ、厨房に向かう。
今日は女性二人が来るということで、新しいシャーベットの試作品を用意しておいたのだ。
「……でもやっぱり、王様に名前で呼ばれるのってなんだか緊張するかも」
「あら、そう?」
「うん。
私が普段クレムラン卿、って呼ばれてるのもあるけど……」
「それは私もトーヤから聞いたけれど……だからこそよ、マリー。
『いるべき場所』に帰ったら、貴女はまた『クレムラン卿』に戻ってしまうのでしょう?
なら私は、今ここで。貴女のことをマリーと呼びましょう」
「……そっか」
「ええ。
誰の目もない場所でくらい、一人の人間でいたいじゃない?
その気持ちは、痛いほどわかるわ。
だって……私が一人でここに来た理由も、きっと同じなんだもの」
そう言って、サフィーアはいたずらっぽく笑う。
「うん、わかった。
じゃあ、遠慮なくマリーって呼ばれることにする」
「ええ、そうして頂戴」
サフィーアの言葉で、マリーもようやく肩の力を抜けたようだった。
「……不思議だねー。
大オヤジさんとは全然違う雰囲気の王様なのに、どこか同じ空気があるっていうか。
なんか、なんでもお見通しって感じ」
「ふふ、そう?
私はただ、我儘を言っているだけよ」
「いやー……。
これは、トーヤくんが気に入る理由もわかっちゃうなぁ」
「あら。
トーヤが何か言っていたの?」
「ん。
前の商談のときに、ちょっとだけね。
俺は王様のために仕事をしてるんだ、とか。
あの人は、俺がこの世界で生きる意味なんだー。とかね」
「おい、そこまでは言ってないだろ」
「あはは、そうだっけ?
少なくとも、私にはそう聞こえたけど」
「あらあら……。
ごめんなさいね。この子、私のことが大好きだから」
「うん、そうみたいだ」
「おいおい、勘弁してくれ……。
あんまり言うと、二人ともシャーベットは抜きにするぞ」
「あ、だめだめ!
ごめんトーヤくん、謝るから!」
「ふふ……。
ほらトーヤ、お客様に意地悪しないでって言ったところでしょう?」
「そっちも他人事じゃないんだが……」
呆れつつ、二人の前に口の広いグラスを置いた。
以前とは趣を変えて、今回はブドウ味にしてある。
「ん~!
やっぱり美味しいね、これ」
出てくるや否や、さっそくマリーが一口頬張った。
「氷菓子なんて、私も食べるのは久しぶりだわ」
「そうなのか?
ミラーヤに言えば、作ってくれそうなもんだが」
「ええ。
あの子は……焼き菓子の方が、好きなのよ。
どれも美味しいから、今度貴方も食べてみるといいわ」
「たしかに、ミラーヤの作った焼き菓子は食ったことなかったか」
俺はサフィーアの言葉にどこか違和感を覚えたが……それは、形になる前に消えてしまった。
「んじゃ、食べ終わったら三人で外に出るか。
集荷のついでに、マリーに村の現状を知ってもらおう」
「お、いいね。
歩いてて、ちょっと気になったことがいくつかあったんだ」
「こんな何も無い村でか?」
「うん。
そんな場所にトーヤくんが何かを作ろうとしてるってことぐらいは、ね」
「なるほど、そりゃ言う通りだ」
────
──
村役場の外には、ようやく色づき始めた小麦畑が広がっている。
そしてその陰には、焼け落ちた畑と、建設中の家屋たちがあった。
それらを順にマリーに見せ、最後に製氷場である小屋に辿り着く。
「お疲れ、アデレニエ。
調子はどうだ?」
「と、トーヤさん、サフィーア様。
おはようございます……!
作業は、順調ですよ」
「しんどくはないか?」
「は、はい。
以前と違って、マナも十分で。
本当に、驚きました。
……騎士様は、なんでもできちゃうんですね」
「なんでもはできないよ。
ちょっとマナの流れをいじっただけだ。
だがまぁ……その様子なら、手を打った甲斐があったってもんだな」
「マナだけじゃありません。
この小屋も、なんだか狭くて落ち着きますし。
こんな良いお仕事を与えていただいて、感謝の言葉しかありません……!」
「おいおい、こんな狭い場所が気に入ったのか?」
「せ、狭い場所だから、かもしれません……」
「そうか……。
なんにせよ、無理はしないでくれな。
たとえちょっとぐらい作業が中断したとしても、氷が溶けるだけだ。
そんなのは、あとでもう一回凍らせればいいだけだからさ」
「は、はい。
ありがとうございます。
……それで、後ろの方は」
「ああ。
こっちはフレイミアの……」
「マリーだよ。
あなたたちが作ってる氷を買いに来た、ただの商人。
アデレニエさん、だっけ?
よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「にしても、ここは寒いねー。
って、氷を作ってるんだから当たり前か」
「そうだな。
扉の奥が、一旦の貯氷庫だ。
最低限の保冷環境しかないが……最終的には、デカい貯氷庫に移すつもりだ」
「あと足りないのは、人員だけ?」
「と、作業場の拡張だな」
「ふぅん……」
今使っているこの作業場は、本当にただの小屋だ。
氷を作るために特化した造りになってもいなければ、十分な大きさもない。
今も製氷のための鉄箱を四人で囲めば、それ以上の歩き回れるスペースはほぼ無いような状態だ。
「まぁ、そのへんはデファンスに注文済みだ。
人員は……儲けが出てから、だな」
「なるほど。
思ったよりしっかりやってるんだね」
「意外か?」
「いや、安心したよ。
ウチの取引先が、簡単に潰れそうにないってことを確認できたからね」
「そりゃ何よりだ」
「ん。
それにどうやら、太い後ろ盾もあるようだしね」
そう言って、マリーはサフィーアに視線を向ける。
「あら。
残念だけれど、私はこれ以上お金を出すつもりはないわよ。
私が出してあげるのは、トーヤのお給料と……この件がダメになった時の、建物の解体費用ぐらいね」
「おっと、手厳しいね」
「王様だもの。
私の気分ひとつで国庫に手を付けるわけにはいかないのよ。
そもそも今回の件だって、たくさん書類を用意したり色んな決議を通したり……本当に大変だったんだから」
「その点は感謝してるよ」
「いいのよ。
貴方のせいで私がどれだけ苦労してるのかは、次に貴方が帰ってきた時に話してあげるから。
たっぷりとね」
「そりゃありがたい。
いい子守歌になりそうだ」
「まったくもう、この子は……」
「あはは。
トーヤくんは、王様の前でも相変わらずだね」
「売り言葉に買い言葉、ってやつだ。
買い手が俺しかいないのが問題だがな」
「なるほど。
トーヤくんが商売上手なのは、こうやって王様に鍛えられたから。と」
「もう、マリーまでやめて頂戴」
「あはは」
「お後がよろしいようで、と。
そろそろ集荷を始めるか?」
「そだね」
「アデレニエ、いけるか?」
「あ、はい……!
準備は、できていますよ」
「よし。
じゃあ、作業に移るか」
────
──
俺がコルヴィを呼びに行っている間に、マリーは作業場の前まで荷馬車を動かしていた。
「お、これが噂の」
「うん、こないだ完成したんだ。
クロキア・フレイミア間を行き来する専用の荷馬車───『保冷車』がね」
「ついに、だな。
中を見ても?」
「もちろん」
マリーが合図すると、乗っていた御者が馬車を降りる。
そして、荷台後部の大きな扉を開いてくれた。
その中身は、俺が一ヵ月もの間フレイミアに通った甲斐が十分にあるものだった。
「おー……設計図通りだ」
通常の馬車の荷台というのは、壁面と天面に幌が張ってある。
しかしこの保冷車は、布の類を使っていない。
荷台の部分全てを、木製の巨大な箱にしてあるからだ。
そしてその箱の中は、三つの空間に区切られている。
メインである真ん中の空間は、様々な商品を詰め込むための場所。
そして左右の狭い空間は、氷を詰めるための場所となっている。
左右を氷で挟み、冷やされた空気が馬車の揺れにより循環することで、荷台全体の温度を低く保てるという仕組みだ。
そして問題だった『冷やしつつも氷を溶けづらくする方法』は、更に外側。
この大きな荷台の、壁にあたる部分にあった。
この分厚い壁は、分解すれば二重構造になっているのだ。
外側は空だが、内側にはおがくずなどを詰め込んでいる。
空間を重ねることで断熱効果を持たせるのはもちろんのことだが……その素材が一番のミソだ。
本来はゴミであるはずの木屑をまとめたおがくずには、断熱効果に加えて保湿効果がある。
氷は乾燥しすぎても湿度が高すぎても溶けるのが速くなってしまう。
そのため、湿度を一定に保つというのは非常に重要な要素なのだ。
「トーヤくんのおかげだよ。
この設計図を見せた時、木工屋も目を丸くしてたんだから。
ただの荷馬車に、こんな複雑な仕組みを入れるのかーって」
「建材屋と相談しながら、かなりこだわったからな。
これなら、ウチの氷も簡単には溶けなさそうだ」
「冷やすだけじゃなくて、あっちに着いたら商品にもなるんだから。
簡単に溶けてもらっちゃ困るからねー」
「だな。
よっし、んじゃ積み込んでいくか。
そろそろあいつも来るはずだが……」
周りを見回すと、ちょうどこちらに駆けてくるコルヴィの姿があった。
「悪ィ、待たせたな」
「おう」
「うわっ……」
その姿を認め、マリーだけが苦い顔をした。
「んお?
誰だこの嬢ちゃんは」
「あー……そうか。
コルヴィは会うのは初めてか」
「……トーヤくん、こんな連中ともつるんでたんだね」
「いや、これが意外と役に立ってくれるもんでな。
……って、今その話はいいか」
「おいおい。
いきなり『こんな連中』とはご挨拶じゃねェか? 嬢ちゃん」
マリーの言葉に反応したコルヴィが、ガンを飛ばしながら彼女に歩み寄る。
「おい、やめとけコルヴィ」
「ンだよ。
喧嘩売ってきたのはコイツの方だろうが」
そう言って、コルヴィはマリーに指をさす。
「いや……お前の指さしてるそれ、クレムラン卿ご本人だぞ」
「……はァ!?
コイツがか!?」
「ああ」
「はぁ……。
私は何も見なかったことにしとくから、手早く積み込んじゃって」
「そうするよ」
────
──
保冷車にワインと氷を積み込み、コルヴィには一足先に退散してもらう。
彼のおかげで積み込みは手早く終わったのだが……よほど悪い思い出があるのだろうか、去り際にはマリーに対して中指を立てていた。
相手が誰であれ喧嘩を売っていくそのスタイルは、果敢と言うべきか馬鹿と言うべきか。
とにかく、彼らしくはあるのだろう。
「はいトーヤくん、これ」
「ん……なんだこれ?」
そして、帰る準備を始めたマリーに手渡されたのは、ずっしりと重い麻袋だった。
「何って……代金だよ、代金」
「おお……そうか。
売上金ってやつか」
「いやいや、何その反応。
このために商売してるんでしょ?」
「いやまぁ、それはそうなんだが……」
「こっちは契約書の通り、キッチリ払ったからね。
中に明細も入ってるから、確認しておいて」
「中に……って、おい。嘘だろ?」
「どうかした?」
「マリー、中身のこれ……全部金貨じゃないか?」
「ん、そだよ」
「そだよ、って……。
こんだけありゃ、人ひとりが一年は余裕で暮らせる額だぞ。
なんか間違ってないか?」
「間違ってないよ。
あなたたちの持ってきたワインや氷には、それだけの価値があったってこと。
初めに言ったでしょ? 莫大な利益が出る、って」
「それはそうだが……」
「それに勘違いしないで欲しいけど、こっちにはそれ以上の利益が出るってことだからね?」
「いや……まぁ、そうか。そうだよな」
「ん。
次からも、ワインや氷は用意してくれただけ全部買い取らせてもらうからね。
じゃ、二週間後もよろしくー」
「あ、ああ……気を付けてな」
「それじゃあね。毎度あり」
それだけ告げて、マリーは鉄蹄の音と共に去っていった。
「お疲れ様。トーヤ」
「ん、おう……」
「ふふ……面白い顔してるわよ、貴方」
「いや。
二週間ごとにこの額が入ってくるのか、と思ってな……」
「たしかに、結構な額みたいね。
でも良かったじゃない。それが、貴方がやったことの成果ということよ。
大成功、ね?」
「それはそうなんだが……いきなりこんな大金を渡されてもな。
なんかちょっと恐ろしくなってきたぜ。
俺一人がこんな額を扱っていいのか、って」
「情けないこと言わないの。
これから行商人向けの宿を作ったりして、この村を東にもっと広げていくんでしょう?
街道の周りを整地して、建物を作って。
そんなことをしていたら、この程度の額じゃ到底足りないわよ」
「そう、か。
そうだよな……」
突然入ってきた大金にやや浮足立ってしまったが、サフィーアの言う通りだ。
今はまだ、利益が出ることが確定しただけの段階なのだ。
村を拡張するとなると、この何倍、何十倍もの金額が必要になってくる。
あの日、自分の言い出した計画がどれほどの規模のものなのか。
俺はそれを今、改めて思い知ったのだった。
「まぁ……なんにせよ、大金は大金なんだ。
しっかりと使い道は考えないとな。
まずはアデレニエやコルヴィたちに報酬を出して、村にも何割か収めて。
それでいくら残るか……」
「ええ。
そのあたりはナスレグと話し合うといいわ」
「そうだな。
今はアデレニエたちも村長の世話になってるわけだし。
とりあえず、それぞれに身を立てる方法が見つかったって報告はしないとな」
「いいわね、その調子よ。
じゃああとは貴方たちに任せて、私はお城に戻ることにしましょうか。
あまりミラーヤを一人にしてると、またぐずっちゃうもの」
「ああ……。
急に呼び出してすまなかったな、助かったよ」
「いいえ。
じゃあ、私は馬車の時間があるから。
もう出るわね」
「っと……気をつけてな」
背中を向けたサフィーアが、足を止める。
「……王城。
たまには帰ってきなさいね」
「毎週でも帰ることにするよ、約束する」
「そう。
じゃあね、トーヤ」
「ああ」
────
──
その後。
ナスレグ村長の家に向かい、正式に金の使い道を話し合った。
アデレニエやコルヴィたちに渡す報酬と、村への還元。
それを差し引いても、結局半分以上が手元に残った。
「なるほど……たしかに、これはすごい額だ」
「初回で、これですからね。
俺もマリーも、次回の便からは出荷の量を増やすつもりです。
そうなれば、利益はこの何倍にもなりますから」
「トーヤくんが、僕に預けたいと言った理由もわかったよ」
「さすがに、俺が一人で持ち歩くわけにもいきませんからね。
それにサフィーアも言ってましたが……これからは、この額が当たり前の仕事になってきます」
「うん……。
この村を、東に拡大していくんだったね」
「はい。
そのあたりの依頼は、できるだけフレイミアの業者を当たろうと思ってます」
「合理的な判断だと思うよ。
街道まわりの整理も、建物の建築も。
体を使った作業は、炎熱の民の方が早いし確実だろう」
「ええ。
それに、今のうちにフレイミアとは色んなパイプを作っておきたいですから」
ナスレグ村長は少しの間、何かを思い出すように目を閉じた。
「ここを、二つの国が手を取り合える場所にする……か。
いよいよトーヤくんの理想が、現実味を帯びてきたんじゃないかい?」
「だと嬉しいです。
俺も最初は驚きましたが……この額の金を見て、やっと実感が湧いてきました。
自分がやろうとしてることの大きさも、言うだけなら簡単だってことも。
でも、アデレニエたちはもうこの交易を生活の軸にしてる。
それを考えると……俺がやらないと、と」
「そのうち、今の村の土地よりも、拡張した土地の方が広くなるかもしれないね」
「はは……。
その時は、それを含めてこの村だ。と言えるようになっていて欲しいですね」
「本当にね」
「なんにせよ、これからはもっと忙しくなりますから。
だから、ナスレグ村長も覚悟しておいてくださいよ。
金だけじゃなくて、人や土地の管理もある程度担っていただきたいと思っています」
「やれやれ。
僕もいつまで生きているかわからないと思っていたが……この様子では、簡単には死ねないみたいだ」
「縁起でもないですが……頼らせてもらいますよ」
「ああ。
この眉雪の身でよければ、喜んで協力しようじゃないか」
改めてナスレグ村長と握手を交わし、俺は村長宅を後にしたのだった。
───ひとまず、俺の交易は成功したと言っていいだろう。
だが、本格的に動き出すのはこれからだ。
出荷量を増やすために、まずはボリソフカ側やマリーとの調整。
そしてアデレニエに次ぐ、魔法適性の高い人員の募集。
金が貯まってきたら、土地の拡大。
そこに建てる施設の選定と、業者探し。
(んで、週末には王城に帰ってサフィーアたちに顔を見せて、と。
これは、今まで以上に忙しくなるな……)
サフィーアの提案通り、王城にいる時ぐらいはゆっくりと休ませてもらうとしよう。
そう思えば、あのベッドで寝るのも少し楽しみになってきたというものだ。
(うむ。
自分で決めたことだ。もうちょい頑張るとするか……!)
そう思い、決意を新たにした俺───だったのだが。
「トーヤ殿、こんなところにいたか」
「お?
ブランシュか、お疲れ」
「ああ」
「どうした?
フレイミア側の仕事で、なんかあったか?」
「いや……今回はその件ではない」
「じゃあ、他に問題でも出てきたのか?」
「実はだな、トーヤ殿。
……村の東の街道で、馬車が山賊に襲われたという報告が上がっている」
「……なんだって……!?」
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です
※7/23以降は昼12時と夕18時に投稿予定です




