第23話「価値と、菓子」
「やっぱここに来ると、帰ってきたって感じがすンな」
煙と、蒸気。
立ち上るそれらよりさらに高い場所にそびえる、黒鉄の城。
いつもより大きな荷物と共に俺たちが到着したのは───炎熱の国、フレイミアの王都だった。
「前ここに来たのは、製氷箱を作るための板金職人に会いに来た時だったか」
「だな。
一ヶ月ぐらい前か?」
「もうそんな前になるのか……」
「なんか、最近は時間が経つのが速ェ気がするぜ」
「同感だ。
コルヴィを殺しかけたのも、もう一ヶ月以上前ってことだからな」
「殺されかけた、の間違いだろ?
騎士のオッサンが居なかったら、死んでたのはお前だぜ。フード付き」
「へぇ。
起きてる時に寝言をいうやつは初めて見たぜ。
フレイミアじゃ、それが普通なのか?」
「あァ?」
「ん?」
「……」
「……」
「ふンッ!」
「あぶねっ」
コルヴィのボディブローを、腰に差した剣の鞘で受け止める。
まるで鉄同士がぶつかったような、鈍い音が響いた。
「痛ってぇ……!」
「はは、自業自得だ」
「てンめェ……」
構えていなかったのもあるが、『鈍化』を使わなければガードは間に合わなかっただろう。
つくづく、便利な魔法だと思う。
「さて。
改めて、俺たちの目的はなんだったか。
覚えてるか、コルヴィ?」
「なんか、アレだろ。
えーっと……」
コルヴィは打ち付けた拳をさすりながら言う。
「そう、行商人だ。
フリージアと、取引をしてくれるヤツを探す。だろ?」
「ああ、そうだ」
その名前を言われるとまたむず痒くなってくるのだが、今はいい。
今回は、取引をしてくれる商人を探すのが目的だ。
こちらが提供できるものは、クロキアで手に入れたワインや果物。
そして何よりも、高品質な氷だ。
それらを上手く使い、儲けを出してくれる人間を探さなければならない。
「んじゃ、まずは商人が集まる場所を探そう。
心当たりは?」
「中央の市場か、馬車の乗り場だな」
「馬車、か……。
そういえばフレイミアは、国内でどれぐらい馬車が走ってんだ?」
「さァな。
ただ、王都の近くだけでも5、6個ぐらいの街がある。
お前らが寄った西の街と、同じぐらいの規模の街がな。
そこと王都を毎日行き来してやがる荷馬車があるとすれば……かなりの数になるンじゃねェか?」
「ふむ……」
「南にひとつ、でけェ乗り場がある。
しかもそこを通るのは、大体が荷馬車だ。
気になるなら、行ってみるか?」
「そうだな……そうするか。
じゃあ、案内頼むぜ」
「おうよ」
────
──
王都の中でも、一番大きいらしい馬車乗り場に到着した。
都市の南端に位置するこの建物は、面積だけで言えば王城と同じぐらいの広さがあった。
中の構造はというと……ただの馬車乗り場と言うよりも、検問所と倉庫を足して割った施設と言った方が近いだろうか。
王都に出入りする荷馬車の出入管理を、一手に受け持っているのだろう。
南北───つまり王都の外と内に向けて、番号が振られた巨大なゲートが並んでいるのが印象的だ。
入り口側のゲートを通り入ってきた荷馬車は、すぐにここを通り抜けることはなく、決まって倉庫のような区画に立ち寄っている。
どうやらそこで荷物のチェックを受け、行き先に応じた番号のゲートを通り出発しているようだ。
そちらの区画では検問だけでなく、必要に応じて目的地に適した大きさの荷馬車への積み替えも行っているのだろう。
この建物を包む喧騒の発生源も、その区画で積み替え作業を行っている作業員たちらしい。
「すごい活気だな」
「この時間は、特に多いんじゃねェか?」
「そうなのか?」
「ああ、まだ午前中だからな。
積み荷の中身は、ほとんどが食料だろうよ」
「ほー……。
足の速いモノは、その日の内にってことか」
「ま、そういうこったろうな」
つまり、朝に採れた生鮮食品を、新鮮なうちにレストランに届けているということだ。
やはりこの世界の輸送事情は、速度が命らしい。
ならば、鮮度を保つための氷には必ず価値が出てくるとも言えるだろう。
「で、どうすンだ?
この中から、誰か当たってみるか?」
「いや……ちょっと待ってくれ」
ここに来て、少し観察をした結果。
俺は、行き交う荷馬車にある共通点があることに気付いていた。
それは、どの荷馬車にも荷台に同じマークが描かれているということだった。
(全部が、同じ場所から来てる?
……違うな。
荷馬車の業者が同じなのか?)
俺はとある予測を立て、近くにいた門兵に声をかけた。
「すみません」
「なんだ?」
「あの荷馬車に書いてある模様、何かわかりますか?」
「ああ……あれか。
あれがついてる荷馬車は、全部クレムラン商会のモンって意味だ」
「クレムラン商会?」
「知らねェのか?
……って、兄ちゃんはフレイミアの人間じゃなさそうだな。知らなくて当然か」
「ええ、まあ」
「クレムラン商会ってなァ、クレムラン卿っつー貴族がやってるバカでけェ商会だ。
大袈裟じゃなく、王都でやってる商売の半分近くに噛んでる商会だぜ。
フレイミアの中で商いをやろうと思ったら、まずあそこの傘下に入るかどうかを選べ。って言われてるぐらいだ」
「なるほど……。
じゃあ、ここを出入りしてる荷馬車のほとんどがそこのものってことですか?」
「その通りだ。
が、荷馬車だけじゃねェ。
このゲート自体が、クレムラン商会のモンだ。
あそこの許可が下りねェと、一般の馬車は通ることすら許されねェんだ」
(一商会が、ここまで大きい建物を……?)
普通であれば国が用意すべきであるような施設を、実質的に一人の貴族が管理しているということだろうか。
だとすれば、そのクレムラン商会という組織は尋常ではないほどの大きさだということが伺える。
もしかすると、王都の物流のほとんどを。ひいては、商売全体を実質的に牛耳っているのかもしれない。
「だから、もし兄ちゃんが自分で行商でもやろうって考えてンなら、やめときな。
少なくとも、このゲートは使えねェだろうよ。
もし許可が降りたとしても、バカみてェな関税をかけられて、儲けなんて出たもんじゃねェ」
「それが嫌なら、商会の傘下でやるしかない。と」
「そういうことだ」
「なるほど……お詳しいんですね」
「ガッハッハ!
俺は商会の人間じゃねェが、ここで十年以上門番をやってンだ。
若いのが新しい商売を始めようとして、クレムラン商会に潰されてく。
そんな光景なんて、腐るほど見てきたさ」
「それで……」
「ああ。
悪いこた言わねェ。クレムラン商会には、大人しく従っておいた方が良いぜ。
傘下に入れば、商会の荷馬車も安く使える。
多少、自由は効かなくなるが……悪いことばかりじゃあねェさ」
「そういうことでしたか……。
ありがとうございます」
────
──
「なンか、わかったのか?」
「クレムラン商会、ってのがあるらしい。
知ってるか?」
「知ってるも何も、クソほど有名だぜ。
逆に、王都で知らねェヤツを探す方が難しいだろうよ」
「そうか、なら話は早い。
どうやら、ここを通ってる荷馬車はほぼ全部そこの物らしくてな」
「あー……。
なるほど、そういうことか……」
「たぶん、この建物の職員も全員同じだな。
同じ模様がついた腕章をしてる」
「そう、か。
合点はいったが……よりによってクレムラン商会とはな……」
「なんかあるのか?」
「いや、なんつーか……あそこは手が出しづれェとこでな」
「手が出しづらい?
もしかして、あくどい連中なのか?」
「一概にそういうわけじゃねェんだが……なンて言ったらいいんだろうな。
たとえば、俺みたいな人間が表通りで商売をやってると、すぐつまみ出されンだよ。
だから、俺には良い思い出がねェっつーか……」
「……後ろ暗いことをやってたんじゃないのか?」
「いや、まぁ……それはそうなンだけどよ」
「じゃあ、コルヴィが悪いだけじゃねえか」
「そう言われると何もいえねェんだが……俺なンて、闇市にいた時期は何度も衛兵に突き出されかけたからな」
「それだけ聞いてると、まともな連中に聞こえるが……?」
「違ェんだ。
フード付きは知らねェだろうが……闇市でしか売れねェモンだってあるんだぜ。
軍からの横流し品とか、非合法のクスリとかな。
特にクスリの方は、治療に使われてるモンだってある。
そンで……それをどうしても必要としてる奴らもいるんだ。
だから、闇市全体がまとめて全部悪ってわけでもねェんだ。
だが……連中は、それをわかっちゃいねェ」
「ふむ……そういうことか」
そのあたりの事情はわからないが、少なくともコルヴィたちのようなグレーゾーンの人間にとっては、天敵なのだろう。
さきほどの門番の話を聞く限りでは、ややアコギなやり方をしている面もあるように思えるが。
「でもまぁ……フレイミアで商売をしようと思えば無視できない存在らしいな」
「ま、そりゃそうだろうな。
もしここの商人を味方につけようってンなら、ぜってェ商会が噛んでくるだろうよ」
「なるほどな。
どうせそうなるんだったら、直接商会に取り合う方が早いか?」
「直接、商会にだァ?」
「ああ。
どっちにしろ、クレムラン商会を利用するか、商会が手を出してこれないような別の後ろ盾をつけて商売をするかの二択だろ?
避けては通れないように見えるからな」
「ふン……。
その二択だとして、お前はどうしてェんだ?
フード付き」
「俺は───」
────
──
昼下がり。
俺たちはクレムラン商会の本部まで来ていた。
商会に対する様々な印象はあれど、とにかく一度、ダメ元でもいいのでかけ合ってみることにしたのだ。
俺たちは別に、クレムラン商会を敵に回したいわけでもなければ、それ以上に大きい商会を立ち上げようとしているわけでもないのだ。
ならば、フレイミアにおいて一番影響力のある商会をバックにつけるのは悪くない手段だろう。
それに、俺の狙いは『モノを売る』というよりも『氷によって輸送の利便性を上げる』ことだ。
荷馬車を多く所持している商会というのなら、これ以上ない相手であることは間違いない。
「ここで、間違いないか」
場所は、さきほどの乗り場からそう離れてはいない地点。
商店街と住宅地の間に位置する区画に、その建物はあった。
敷地は高い塀で囲まれており、入り口は正面の鉄格子でできた門だけ。
さらに門の前には、ご丁寧に門番が二人も立っている。
しかし物々しい門に比べ、敷地内はかなり手が込んでいるようで。
芝生が整えられた中庭。そして、宅内から続く木製のテラスが俺の目を引いた。
「バカでけェ屋敷だな。
さすがは貴族様ってとこか」
コルヴィの言う通り、商会の本部というよりも豪邸という表現の方が正しいだろう。
クレムラン商会は、たった一人の貴族が運営しているとのことだ。
となればこの建物も、クレムラン卿の住まいを兼ねているということだろうか。
「さて……どうやって取り次いでもらうかだが」
「正面から話をするってなァ、無理なのか?」
「残念ながらな。
さっきのゲートの管理人に話を通してもらおうとしたが、クレムラン卿はかなり忙しい身らしくてな。
ご新規さんは、面会だけでも一ヶ月待ちだとさ」
「なるほど、ハナから会う気はねェってことか。
その一ヶ月って数字も、怪しいぜ」
「その可能性が高いな。
少なくとも、ツテのない人間はお断りってことだろう」
「んじゃ、どうすンだ?」
「そこは、うちの便利屋の出番だな」
「……俺のことか?」
「他に誰がいる?」
「おいおい……。
この商会は、俺じゃ手が出しづれェって言ったろ」
「だが、出せないとは言ってない。
違うか?」
コルヴィはひとつため息をついた後、考え始めた。
「……お前の持ってきたワイン。
たしかそれ、高級品だったよな」
「ああ」
「何本持ってきてンだ?」
「十本以上は」
「じゃあ二本だ。
それで話をつけてくる」
「あいよ。持ってけ」
ワインのボトルを渡すと、コルヴィは門兵のところまで堂々と歩いて行った。
どうやら門兵に話しかけたようだが……こちらからは距離があり、会話の内容までは聞こえない。
そして半ば無理矢理に、門兵にボトルを一本手渡す。
そこから少し話したところで、鉄格子の門が開く。
すると、もう片方が屋敷の中へ駆けていくのが見えた。
数分したところで、その一人が戻ってくる。
最後に、戻ってきたその門兵にもワインを手渡す。
門兵が道を開けるように横にズレた後、コルヴィは振り返った。
こちらに手招きをしている。
どうやら、コトは済んだということらしい。
「流石だな」
「いや、面会が約束されたわけじゃねェ。
とりあえず受付に話が通っただけだ。だろ?」
「……大オヤジ殿の知人と名乗る人物が来られたのでな。
我々では真偽の判断がつかぬ故、上に委ねた。
それだけだ」
門兵は、こちらに目を合わせずに答える。
普段ならそんな怪しい人物を通しはしないのだろうが、袖の下がうまく効いているようだ。
「本当に、使えるものはなんでも使うのな……」
「あのクレムラン商会だぜ?
これぐらいしねェと無理だっての」
「ま、助かってるからいいんだが。
んじゃ、入るぜ」
そう言って敷地を跨ごうとしたところで、コルヴィから声がかかる。
「待った。
俺はここまでだ」
「……どうした?」
「こっちは昔のコトで、顔が割れてるかも知れねェからな。
それに貴族と会うなら、お前一人の方が何かと都合がいいだろ?
少なくとも、俺みてェなならず者といるよりは。な」
「まぁ……一理はあるか」
「おう。
わかったら行ってこい」
「すまん。
あとでうまいメシでも奢るよ」
「かっかっか。そうか。
んじゃ俺は、お前が帰ってくるまでに店を探すとするぜ。
とびっきり高ェとこをな」
「ああ、好きにしてくれ」
「うっし。
忘れンなよ、その言葉」
コルヴィは俺の肩を叩き、街の方へ向かっていく。
こういったことに関しては、本当に信頼できる男だ。
「さて……入るか」
鉄格子の閉まる音を背後に、少し長いアプローチを歩いて玄関まで向かう。
外から見た通り、中庭はよく手入れがされているようだ。
軽く見回すだけでも、随所に家主のこだわりが垣間見えた。
植えられた植物や芝生はどれも綺麗に切り揃えられており、宅内から続いている木製テラスも、清潔に維持されている。
しかし、玄関に到着する寸前。
わずかにだが、視界の端に異質なものが映った。
それは、潰れたボールや、錆びたジョウロ。
およそ子供用の大きさだったが……どれも、長く使われた形跡がない。
明らかに景観を損なうそれを、なぜ中庭に置いたままにしているのか。
その僅かな違和感は、扉を開けると共に消え去ってしまった。
────
──
(中もまた、豪華なもんだな……)
俺を迎えてくれたのは、巨大なエントランスホール。
ここだけなら、クロキアの王城と遜色のない光景だった。
解放感のある空間で特に目を引いたのは、木製の大きな柱。
どうやら階段や床も木製のようで、石造りの外観とは正反対の、落ち着いた雰囲気を演出している。
いくつかの天窓からは日光が差し込み、エントランスの端に至るまで暗い場所が見当たらない。
そのため、実際の面積以上の広さを感じた。
壁の方を見ると、そこには見るからに高級そうな絵画や調度品が並べられており。
それらはまるで、商会の品位を誇示しているかのようでもあった。
「……当商会に、ご用でしょうか」
『本物の貴族の屋敷』という空間にしばらく目を奪われていると、受付の女性が声をかけてくれる。
「ああ、えっと……。
俺はクロキアの顧問魔術師の、烏兎 凍矢って言います。
商談が出来る方を探しているんですが」
「失礼ですが、面会のお約束は」
「ない、と思うんですけど……」
「……少々お待ちを」
受付の女性は、なにやら隣の女性と小声で話をしている。
(さすがに正面切って、っつーのは無茶が過ぎたか……?)
「あっれー?
今日は誰も入れるなって言ってたはずなんだけどなー」
すると突然、どこかから声が降ってきた。
「お、お嬢様……!」
受付の女性が反応すると同時に、右手の階段から降りてくる一人の女性が見えた。
どうやら、声の主は彼女らしい。
「だーれも余計な仕事なんて増やしたくないはずなんだけど……メンドーだなぁ」
そう言って階段を一段降りる度に、ウェーブのかかったピンクのショートヘアが揺れる。
歳は、俺と同じか少し上ぐらいだろうか。
白と赤を基調とした上品なスカートが、彼女の高貴さを主張しているかのように翻っていた。
やがて階段を降りきって、彼女は俺と同じ高さに足をつける。
すると、知性を感じさせる赤い切れ長の目が確かにこちらを認めた。
「っと……あれ?
その服装……」
お嬢様と呼ばれた女性は何かに気付いたのか、俺に歩み寄ってくる。
そして俺の頭から足先までを品定めするように眺めてから、口を開いた。
「……違ったらゴメンなんだけど……キミ、もしかして『フード付き?』」
「あんまりその名前は好きじゃないんですけど……それで間違いないかと」
「へぇー、キミがかぁ!
ふんふん、なるほどなるほど……」
どうやら、フード付きの名前はここにも到達しているらしい。
彼女は俺の周りを歩きながら、興味深そうに観察を始める。
そして元の位置に戻ったところで、もう一度俺と目を合わせた。
「うん、それで?
クロキアの魔術師さんが、ウチみたいなイチ商会に何のご用かな?」
彼女が誰かはわからないが、顔が知れているのなら話は早い。
お嬢様と呼ばれていたのだから、きっとクレムラン卿の令嬢か何かだろう。
うまく行けば、クレムラン卿本人に取り合ってもらえるかもしれないということだ。
「クロキアから、商談を持ってきました。
二国間で取引ができればと思っています」
「ふぅん……」
彼女はまた少し考えるそぶりを見せた後、受付の女性に言い放った。
「よーし。
じゃあ、このお客様は私が預かろう!
いいよね?」
「お、お嬢様。しかし……」
「いいのいいの。
全部私が責任持つから、そっちは自分の仕事を続けなー。
……あと、今日はこれ以上、ホントに一人も通さないでねー」
「は、はい……」
彼女は後ろに向けてひらひらと手を振り、来た時とは別の階段を上り始める
「ほら、付いてきて。
二階だよ」
「……クレムラン卿に会わせてくれるのか?」
「ん。まぁそゆことかな。
それより、足元気をつけなよー。
見栄えばっかり気にしたせいで、ウチの階段は急だからね」
「っと……ホントだな」
彼女の言う通り、階段はその一段一段にかなりの高さがあった。
男の俺ですら、意識して膝をあげないと引っかかるほどなのだ。
ヒールとロングスカートで軽々と上ってみせる彼女は、やはりこの屋敷の住人で間違いないのだろう。
(となると、クレムラン卿の娘で間違いないか……)
運がいい。
最初から、大きなチャンスが回ってきたのだ。
あとは俺の用意した計画と品々が、クレムラン卿に受け入れられるかどうか次第だろう。
「はい、ここだよ。
入って入って」
彼女に促されるまま、二階の端の部屋にお邪魔する。
「適当に座ってねー」
「失礼します」
食堂とも執務室とも呼べない空間に通された俺は、大きめの椅子に座った。
テーブルには、俺が座っているのと同じ椅子がいくつか並んでいる。
どうやらここは、少ない人数で会議が出来るような場所らしい。
「よっし、じゃあ改めてよろしくね。
魔術師さん」
「ああ、よろしく」
背後で扉が閉まるのと同時に、対面に彼女が座った。
……のだが、肝心のクレムラン卿が見えない。
「えっと……んで?」
「あ、そっか。
自己紹介がまだだったね。
私はマリー。よろしくね」
「烏兎 凍矢だ。よろしく」
「トリドトーヤくん、か。
聞かない名前だね。
遠い所からやってきたってのは、嘘じゃなさそうだ」
「……どうしてそれを」
「あはは。
商売人は、情報が命だからね。
天下のクレムラン商会は、どんな小さな情報でも掴んじゃうよー?」
「なるほど……」
どうやら、王都の商業を牛耳っているという認識に間違いはなさそうだ。
「で、失礼なんだけど……そろそろ商談を始めたい。
クレムラン卿はどこに?」
「んー?
ここにいるじゃない」
そう言って、マリーは胸を張る。
「……まさか、マリーが?」
「そゆこと。
私が商会の会長、本名はマリー・クレムラン。
意外だった?」
「……ここまでの非礼をお詫びしましょう、クレムラン卿」
俺は咄嗟に頭を下げる。
知らなかったとはいえ、取引先にタメ口をきくのはいささかマズかっただろう。
なにしろ相手は貴族。そして、俺はただのイチ魔術師なのだから。
「あはは!
いいね、その反応。
国外から来た人には、やっぱ一回はこれをやらないとね」
マリー、もといクレムラン卿は心底楽しんでいるようだった。
(まるで誰かさんだぜ……)
身分と見た目のギャップを利用した罠に、俺はどこかの王様を思い出していた。
そしてひとしきり笑い終わったあと、クレムラン卿がまた口を開く。
「ごめんごめん。
ちょっと性格悪かったね」
「いえ……」
「んー、その反応も面白いんだけど……いいよトーヤくん、力抜いて。
あと、私のことはそのままマリーって呼んでいいからね。
私もキミのこと、トーヤくんって呼ぶからさ。
いいでしょ?」
「しかし……」
「トーヤくんは魔術師っていうより、王様の側近なんでしょ?
じゃあ商会の会長なんかをやってる私なんかより、ずっと偉いんだから。
そっちが敬語を使うんだったら、私まで使わないといけなくなっちゃうよー?」
「……」
こちらが対応を決めかねていると、さらに言葉が重なる。
「あと私、敬語苦手なんだよねー。
だからこれは、私のわがままってことで。
それに、トーヤくんとは歳も近いみたいだしさ。
お互い硬いコトは抜きにしよ? ね?」
そこまで言って、マリーはいたずらっぽく笑った。
「……まぁ、そこまで言うなら」
「よし、決まり!
じゃあ改めてよろしくね、トーヤくん」
「よろしく、マリー」
マリーが差し出した手を握る。
その手は炎熱の民とは思えないほど細く、まさに貴族と言ったものだった。
「それと……一つだけ約束。
お互い、ウソとか誤魔化しは無しにしようね。
私、本音で話さないヒトとは取引をしないって決めてるんだ」
「ああ、わかった。
元々俺には、隠すことも何もないしな」
「えー、ホント?」
「ああ」
「じゃあ一つ聞いちゃうけど……どうやってこの屋敷に入ったのかな?」
「……」
言うや否や、早速答えづらい質問が来てしまった。
「……トーヤくん。
隠し事はナシ。だよね?」
マリーは笑顔を浮かべていたが……その迫力は、間違いなく人の上に立つ者のそれだった。
「……さすが、フレイミアを牛耳る商会の人間だと思うぜ。
門番でさえも、モノの価値をしっかりとわかってんだからな」
俺は苦し紛れに、足元のカバンからワインのボトルを取り出す。
そして、そのまま目の前で栓を抜いて見せた。
「へぇ。
この香り……西のワインだよね?
大オヤジさんが好きなやつだっけ。
よく手に入れたね」
「そう思うか?」
言いながら、マリーがこのワインを知っていたことに安堵する。
「うん。
年に限られた本数しか出荷されないからね。
私も自分が飲むためだけに買うには、ちょっと気が引ける値段だなー。
でも、なるほどだ。こんなのを一本まるまる渡されたら、門番も役に立たないわけだね」
「いや。
門兵には、二本渡したぜ」
「二本……?
トーヤくん、それ本気で言ってる?」
「ああ。
ウソはつかないって約束したからな」
「……いやいや、バカみたいな値段がするんだよ。これ」
「ちなみに、まだあるぜ。
なんならここで、新しいのをもう一本空けてもいい」
「ま、待った待った!
モノの価値を考えよう、トーヤくん?
……いや、それとも今回の商談、クロキアはそれだけ本気ってこと……?」
俺は仕返しと言わんばかりに、笑ってみせる。
こちらも種明かしをすることにしよう。
「残念ながら、コイツの仕入れ値は靴一足と同じぐらいだぜ。
それも、庶民が履いてるような、な」
「靴一足……?
ウソでしょ。さすがにあり得ない……」
「それが、本当なんだよ。
こいつは、クロキアのボリソフカっつーとこで仕入れたんだ。
ザナスワイン、って言うらしくてな。今回の商談は、これについてってのもある」
そこまで聞いて、マリーはどうにか動揺を収める。
そして、慎重に言葉を紡ぎ始めた。
「たしかに、これをそこまで安く仕入れられるなら莫大な利益が出せる。けど……」
「クレムラン商会には、酒屋もあるんだろ?」
「もちろん。
醸造酒でも蒸留酒でも、ウチで揃わないものはないつもり」
「ならよかった。
ちなみに、こっちには相当な数の用意があるぜ。
どうやらこれの原料のブドウが、クロキアじゃ簡単に採れるみたいでな」
「そっか……。
西の地域でしか採れないのも、フレイミアで寒い地域がそこしかないから。
それがクロキアなら、事情は変わってくるってこと……?」
「そういうことらしい。
ただ、それと全く同じワインかっつーと確証はないんだがな。
俺もフレイミアでもらったことがあるが、実際一回しか飲んだことがなくてさ」
「いや……大丈夫。
この香りは、確かにホンモノだ」
「香りだけでわかるのか?
さすがクレムラン卿だな」
「うん。
お酒の席になんて、10歳の時にはもう出てたからね」
「へぇ……社交パーティーってやつか?
貴族様は大変だな」
「ん、まぁね。
私も別に、家を継ぐつもりはなかったんだけどねー……」
一瞬だけマリーが遠い目をしたが、すぐに俺の方に向きなおした。
「なんにせよ、品質は大丈夫。
たぶん、原料とか製法も同じなんだと思うよ。
この濃い匂いは、あの珍しいブドウじゃないと出せないものだから」
「そうか、なら安心だな。
一応、先週採れたブドウも持ってきたんだが……」
冷凍していたブドウを鞄から取り出し、テーブルに置く。
「んー。
その粒の小ささと、皮の厚さ。
同じ品種で間違いないよ」
「原料まで見たことあるとは、頼もしい限りだな。
……で、どうだ?
コイツは買い取ってもらえそうか?」
「もちろん!
……いまの相場だと、これぐらいの利益率か。
だとしたら、クロキアからの輸送費を差し引いても店を新規にいくつか出せる……。
いや、量が用意できるなら、いっそターゲット層を庶民にも広げてシェアを奪うのもアリ……?」
こちらとしては、ワインが立派な商品になるようで一安心と言ったところだが……マリーの方は、すでに売り方や収益のことを考えているようだ。
さすがは商会の長をやっているだけはある。
立派なもんだと考えつつ、俺は手元のブドウを一粒口に放り込んだ。
(農園の人は皮ごと食う方が美味いって言ってたが……こりゃ、慣れがいるな)
甘さで隠せない強烈な酸味に顔をしかめていると、マリーが改めてこちらに目を向けた。
「……トーヤくん。
今、それ食べた?」
「ああ、あんまり美味くはなかったけどな。
ワインの原料になる品種は、やっぱ食用のとは違うっぽいな」
「私の聞き間違いじゃなければ、先週採れたって言ってたと思うんだけど……?」
「お、気付いたか」
「いやいや、気付いたかじゃなくて……食べて大丈夫なの?」
「ああ。
それに、今日本当に話したかったのはそういう話だからな」
「……そういう話、っていうと?」
「ワインは、あくまでおまけだったってことだな。
よい、しょ……っと」
言いながら、俺はカバンから鉄の箱を取り出す。
そしてそれを、テーブルの上で開けてみせた。
中から現れたのは、両手で持てるほどの大きさの氷のキューブだった。
「これって……氷?」
「ああ、そうだ。
フレイミアじゃ、馴染みはないか?」
「そうだね。
それこそ、そのワインの産地───フレイミア西部の冬ぐらいでしか見れないと思うけど……」
俺にとっては氷は身近なものだが、やはりこの世界の住民はそうではないだろう。
冷蔵庫などといった便利なものがあるわけもなく、フレイミアという暑い地域に住んでいるならなおさらだ。
中にはきっと、一生で一度も氷を見たことがないという人間もいるのだろう。
「俺は、これを売りに来たんだ。
ワインよりも、絶対に利益が出ると断言できる」
「このワインより……?
……その話、詳しく聞かせてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
それから小一時間ほどかけて、マリーにほとんどの事を話した。
氷が売れる理由と、その使い道。
そしてこちらはすでに製法を確立しており、安定した供給が可能であること。
次いで、そもそも氷を売ろうと思ったきっかけと、あの日に村で起こったこと。
さらには、俺の最終的な目的。
───そして、俺が異世界から来たということも。
「えーっと……ちょっとまってね。トーヤくん。
さすがのマリーさんも、頭がパンクしそうだ……」
「いや、こっちもすまん。
正直言うと、突拍子もない話ばかりだろ?」
「やー……うん、そうなんだけど……逆にそっちの方が説得力があるというか。
だからこそ混乱してるというか……」
「だけど俺も、必要だと思ったから話してるんだ。
さっきも言った通り、こっちも隠し事はしたくない。
それにこの氷も、俺やクロキアの事情を知らずに利益だけを追求する人間には売りたくない。って気持ちがある」
「んー……そうだよねぇ。
話を聞いてると、トーヤくんってそういう人なんだなーって思ったよ」
「わかってくれてありがたいよ。
実を言うと、俺も最初からここまで話すつもりは無かったんだけどな。
でも、マリーなら理解してくれると思ったから話した。
嘘じゃないぜ」
「あはは……そういうこと言っちゃうかー……うーん」
「もし値段で迷ってるなら、氷の方はしばらくはタダでいい。
使い道の模索もあるだろうし、そもそもこっちの人間にとって氷は身近なものじゃないんだ。
まずは使う人間が慣れないと、売れるものも売れないだろ」
「いや、そこは大丈夫。
こっちも相応の額は出すつもり。
それに使い道だって、トーヤくんが言ってくれた以上に想像がついてるよ」
「そうなのか?」
「ん。
例えばー……そうだね。
まず、お肉とか野菜みたいな食料品が新鮮なまま保存できるようになって……塩漬けや燻製に頼らなくてもよくなる。
それはつまり、八百屋や料理屋では廃棄コストを考える必要がなくなるってことだ。
畜産だってそう。
場所や時期の調整がいらなくなって、牧場の数をもっと増やすことだってできる。
商品の長期保存ができるなら、自然災害で荷馬車が止まったときのリスクも減るね。
それに氷自体が民衆に広まれば、そのうち食材を冷やした料理なんかもできるはずだ。
そもそも、冷やした水が色んな事に使えるんだろうけど……。
───ってな感じで、挙げ始めたらキリがないよ。
話を聞いた私が少し考えただけでこれなんだから、もっと上手い使い方はあるはず。
とにかく輸送や商売の分野が、根本から変わるのは間違いないよ。
利益だって、トーヤくんの言った通り莫大なものになると思う。
……ハッキリ言って、革命だよ。これは」
「……へぇ」
(凄まじい理解力と、頭の回転だな……)
俺は、マリーの言葉に感心するしかなかった。
この世界は、今まで氷というものが───それ以前に『ものを冷やす』という文化がなかったはずだ。
たしかに俺が多少の用途を説明したり、金になるという前提で話を持ち出したというのはある。
しかしそれを差し引いても、マリーは一瞬にして氷の使い道を。更には、それによって生活がどう変わるかまで言い当ててみせた。
サフィーアやデファンスですら、氷が売れるという言葉には頭を捻ったのだ。
それは商人の娘に産まれたからというだけではなく、彼女の地頭の良さによるものであることは間違いなかった。
「でも、だからこそ即決はできない。
ホントはトーヤくんが他の商会をあたらないうちに、今すぐにでも契約書を揃えたいところなんだけど……ちょっと考えさせてほしいな」
「それについては大丈夫だ。
今のところ、他と取引するつもりはない」
「そっか、ありがとう。
なら、答えは明日にさせてもらえるかな。
お互いが対等な条件になるように、契約の内容もじっくり吟味したいから」
「そりゃありがたい。
こっちは商売に関しては素人だからな」
「ん、任せて。
間違っても、トーヤくんを騙すような真似はしないから」
「ああ、信じるよ」
「……ま、騙してもこっちが不利になるだけなんだけどね。
一度氷の利便性が広まっちゃえば、売り手であるトーヤくんが買い手を選べるようになる。
これは、そんなレベルのお話だ。
だからこっちとしては、トーヤくんに氷を売り続けてもらえるようにいい条件を出し続けないといけないんだよね」
「そうか。
どちらにせよ、そのへんは任せるよ」
「ありがと。
じゃあ、明日の同じぐらいにまた来てほしいな。
それでお願いできる?」
「ん、了解だ」
────
──
翌日。
俺はとある準備をしてから、マリーの屋敷に向かった。
昨日とは打って変わって、門番は顔パス。受付も一声かけるだけで、マリーに取り次いでくれた。
「トーヤ様ですね、お待ちしておりました。
こちらへ」
どうやらマリーは取り込み中らしく、受付の女性がマリーの執務室まで案内してくれた。
「どうぞ」
開けてくれたままに扉をくぐると、そこには書類と格闘するマリーの姿があった。
「いらっしゃい、トーヤくん!
ごめんね、ぜんっぜん手が離せなくて」
「いや、いいんだが……やけに忙しそうだな」
「うん、あとで説明するよ。
もうすぐ終わるから、ちょーっとだけ待っててね」
「あいよ」
「シュルセーヌ、お茶もってきて!
お菓子もねー!」
「承知いたしました」
しばらくの間、雑務に励むマリーを眺めながら、用意してもらった菓子をつつく。
忙しなく動くペンの音や、束になった書類をめくる音。
どれもサフィーアとは違う賑やかなものだったが、商会を一人でまとめるというのは想像以上の激務なのだろう。
「───よし、終わりっ!」
「お、ご苦労さん」
「ふう、疲れたー……。
私もお菓子、もらおうかな」
「紅茶の方は冷めちまってるが」
「あはは、いつものことだ」
マリーはそう言って、甘めのクッキーを美味しそうに頬張った。
「ん~っ!」
「甘いモノ、好きなのか?」
「逆に聞くけど、嫌いな女の子がいると思うー?」
「こりゃ失敬。
じゃ、そんなマリーさんにこれをプレゼントだ」
「んー?」
今朝用意したものを、カバンから取り出す。
それは、小さなカップ。
改めて魔法で冷やしながら、その中身を紅茶のコースターに乗せる。
「……なあに、これ?」
「シャーベット、っつってな。
氷菓だよ」
「氷菓……」
「そのまんま、氷で作った菓子のことだな。
ちょいと行儀は悪いが……そのまま紅茶のスプーンででも食べてくれ」
「ほうほう……?」
マリーはコースターを持ち上げ、シャーベットを物珍しそうに観察する。
数秒眺めたあとに、意を決してスプーンで一口。
「ん~~っ!!」
「どうだ?」
「冷たいっ……!
しかも、すっごく甘い!」
「はは。
お気に召したようでよかったよ」
「こんなの、食べたことないよ。
どうやって作ったの?」
「簡単だ。
果汁───マリーが今食べてるのは桃なんだが、それを氷で一気に冷やしただけだ」
「ふぅん。
氷雪系魔法が使えるからこそ、かぁ……」
「いや、それがそうでもないんだ」
「うん?」
「氷と塩さえあれば、誰でも簡単に作れる。
実際マリーが今食べてるそれも、作るときに魔法は使ってないぜ」
「へぇ……」
「実は取引したいのは、ワインやブドウだけじゃないんだ。
あくまでそっちが良ければだが、クロキア自慢の果物も仕入れられるようにしてる。
もし買い取ってくれるのなら、果物だけをそっちに寄越してもいいし、氷菓子を取り扱ってもいい。
ま、昨日も言った通りおまけ程度だがな」
「ううん、全然いいと思うよ。
お菓子なら子供も食べられるし、目新しさもある。
氷っていうものをウチの国の人たちに知ってもらうには、こういう方法が一番効果的なのかも」
「そうか。
なら、それも取引の内容に入れといてくれ」
「うん、任せて。
……って、もう溶け始めてる。
お菓子になっても、やっぱり氷は溶けちゃうんだねー」
そう言って、マリーは美味しそうにシャーベットを頬張った。
「そういや、ちょっと気になったんだが……マリーは二代目なのか?」
「んー?
気になる?」
「いや、答えづらいならいいんだが」
「全然。
商会の話で言えば、二代目で合ってるよ」
「やっぱりそうか。
じゃ、大変だったんじゃないのか?
その若さで、これだけデカい商会を継ぐ。ってのは」
「お、嬉しいこと言ってくれるねー。
でも残念。
ここまで大きくなったのは、私の代でなんだ」
「……そうなのか?」
「そ。
お父様がやってた頃は、ウチの商会も物を売ることだけだったからね。
規模も、だいたい今の半分以下だったかなー。
その頃は、馬車も自前のものじゃなかったしね。
それを一気に拡大したのが、私ってわけ」
「へぇ……じゃあ、南のゲートもマリーが?」
「そうだね。
今のクレムラン商会は、荷馬車での輸送業も大きな柱の一つなんだ。
もちろん、売り上げ自体は卸売りがほとんどだよ。
食料品から雑貨、衣類や家具まで。なんでも取り扱ってるからね」
「それはなんとなく聞いたな」
「そっか。
でもやっぱり、輸送業がないとウチの商会が成り立ってないのは事実。
ウチはたぶん国内で一番荷馬車を持ってるんだけど……運ぶのはウチの商店宛ての荷物だけじゃない。
他の商会や、個人でやってる人の荷物も運んでるんだ。
しかも、採算度外視ってぐらいの値段でね。
なんでかわかる?」
その問いに、少し頭を働かせる。
「……物流の把握、か」
「そゆこと。
何が、どこに、どれだけ動いたか。
それがわかれば、市場の流れを掴むことができる。
商売において、これほど有利なこともないからね」
「だから、採算度外視の価格で運んでるのか」
「そだね。
それがなかったら、今頃こんなところで一人ふんぞり返ってられないよ。
クレムラン商会だって、この大きさを維持できてないと思う」
「そうか……上手いことやってるんだな。
ちょっと聞いた話では、結構アコギなやり方をしてるって印象もあったんだが」
「んー?
それ、どこで聞いた話?」
「いや、まぁ……ゲートの近くの人間とか、ガラの悪そうな炎熱の民にな」
「あはは、そっか。
まぁ……そういう面もあるかもねー」
「商売の世界だ。
素人でも、綺麗事だけじゃ済まないってのは想像できるが」
「んー……まぁ、ざっくり言うとそういうことかな。
ウチにもちゃんと、理由はあるんだけどね」
「理由?」
「トーヤくんが聞いたのって、たぶん闇市とかの話だよね?
あれも、結構根が深い問題なんだよねー……」
「そうなのか」
「うん。
細かいことは省くけど……お父様の代かな。
闇市の連中が力をつけすぎて、一度とんでもないことになりかけたことがあったんだ」
「ほう」
「その頃は、本当に大きい商会っていうのが無かったんだ。
だからある時、闇市の元締めたちが結託して、仕入れ先や商店街の土地を独占し始めたんだ。
それで正規の市場はグチャグチャになっちゃって……本当にひどい時は、食べ物や生活用品みたいな普通の商品ですら闇市でしか買えなくなった。
それから色々あって、内戦になりかけたりもしたんだけど……それを解決したのが、今の大オヤジさんってわけ。
……ほとんど腕っぷしで、だけどね」
デファンスが、か。
彼の豪快さなら、それぐらいやってのけるのだろう。
「それから、闇市は国から取り締まられるようになった。
それを主導したのが、元から大オヤジさんとの繋がりがあったウチの商会ってわけ。
そのパイプのおかげで、南のゲートもうちの管轄になってるんだけどー……って、この話はいいか」
「長くなりそうだな」
「まぁね。
とにかく、私たちが闇市を取り締まってるのはそういう理由から。
あんまり野放しにしてると、過去の二の舞になるからね」
「納得だ」
「でも私は、闇市も市場の一部だと思ってるよ。
そこでお金が回ってるのは間違いないからね。
だから、闇市自体を否定はしない。
取り締まりだって、本当に必要な分しかしてないつもり」
「生かさず殺さず……って感じか?」
「あはは、そうだね。そう言えるかも。
あとさっきの話。荷馬車を安く提供してるっていうのも、実はそこに繋がってくるんだけどね。
ちゃんとした商売をしたいなら、誰でも売り手になれるような手段を提供してるってわけ。
……あくまで、ウチの管理下でやってくれるならだけど」
なるほど。
聞けば聞くほど、上手くやっていると思う。
闇市が増長しないよう抑えつつも、その役割までは奪わない。
そして荷馬車を安く提供することで、正規市場への参入のハードルを下げている。
そうすることで、やむを得ず闇市で商売を始めなければいけない商人が発生する理由自体を摘み取っているのだ。
さらに、それを管理下に置くことができれば、クレムラン商会はなお成長する。
アコギなやり方をしている面も、国と協力して市場の正常化を担っているという面も。
どちらもクレムラン商会の本当の姿だったのだ。
一口に正義とも悪とも言えないのは事実だが……それこそが商売の世界なのだろう。
「そうか……。
立派だな、マリーは」
「ありがと。
私には……クレムラン商会を大きくしないといけない理由があるから」
「そうなのか?」
「ん。
……でも、この話はおしまい。
もっと長くなっちゃうからね。
今日は、トーヤくんの持ってきてくれた商談の続きをしないとだ」
「たしかに、そうだったな」
「シャーベット、だっけ?
ご馳走様。
美味しかったよ」
「お粗末様」
マリーは満足そうにスプーンを置くと、先ほどまで座っていた仕事机からいくつかの書類を持ってきた。
「さて、と。
まずは、昨日の返答から」
「うむ」
「クレムラン商会はこの度、正式にトーヤくんと取引をすることを決めました。
トーヤくんの同意さえとれれば、だけど」
「ああ、こちらに断る理由はない。
よろしく頼むぜ」
「ん、よろしくお願いします。
それで、ここから先は私からの提案なんだけど」
「提案?」
「うん。
氷を運ぶのにも、馬車がいるでしょ。
その荷馬車をどうするかの話なんだけど」
「なるほどな。
それについては、そっちのものを借りようと思ってたところだ。
こっちに荷馬車の用意はないからな」
「了解。
じゃあそれは基本的にこっちが出すとして……提案っていうのは、その荷馬車について」
「ふむ」
「氷を運ぶんだったら、できるだけ溶けないようにしたいよね?
たとえば、運んでるうちに氷が一割溶けちゃったら。
それはそのまま、一割の損失になっちゃうわけだからさ」
「まあ、そうだな。
それも俺は考えてた。
だから、どこかで保冷に特化した技術も開発したいと思ってたんだが……」
「お、いいねー。
私が話そうと思ってたのも、まさにそのことなんだ」
「ほう」
「実は、昨日のうちにひな型を作っててね。
まずは、これを見て欲しいんだけどー……」
そう言って、マリーは書類の束から一枚の紙を差し出した。
そこに書かれていたのは、何かの図面だった。
「この図面は……」
「荷馬車だね。
それも、後ろのハコに氷を積めるようにした、大型のヤツ。
氷を極力溶けないようにしつつ、一緒に運んでるモノも冷やせて。さらには融けて出来た水を馬への飲み水にできるっていう、専用のもの。
あくまで構想段階だから、名前はまだついてないんだけど……」
「ちなみに、氷を溶けづらくする方法は?」
「そこが一番難しいんだけど、一応アテはつけてある。
繋がりのある建築業の人間に声をかけて、家屋用の断熱材なんかをあたってもらってるんだ。
それで実用的なものがあれば寄越すように、ってね。
でもどうやら、それが難航してるみたいでねー……」
「そうなのか」
「うん。
フレイミアには季節らしい季節がないからね。
断熱も保冷も、ノウハウがない。
だからいくら技術屋でも、前例がないことに関してはお手上げみたい」
「……なら、俺の方でひとつアテがある。
上手く行くかわからんが、手伝わせてくれ」
「ホント?
じゃあ、助けてもらおうかな」
「ああ。
案ぐらいは出せるはずだ」
「よっし、じゃあそっちは後で話そう。
できれば、一ヶ月以内に開発したいね。
将来的には数を用意しなきゃかもだし。
……そういえば、古い荷馬車の入れ替えの時期も近いから、いっそそれと一緒に進めちゃうか……」
「んで、他は?」
「ああ、えっと。
あとは細かい契約の説明とか、ざっくりした規模の話だね。
どのぐらいの頻度で、何本ぐらい馬車を走らせるかとか。
そのへんのすり合わせが終わったら、契約書の作成だね」
「そうか。
思ったより時間がかかりそうだな、こりゃ」
「大丈夫?
終わるのは夕方になると思うけど……人を待たせてたりとかは?」
「いや、ないよ。
進めよう」
「ん。
じゃあ、よろしくね」
────
───
──
─
マリーの言う通り、日が沈み始めた頃。
俺はようやく最後のサインをするところまで来ていた。
「で、そのあたりのサインが済んだら今度はこっち。
一番大事な書類だから、拇印でよろしくね」
「助かるぜ。
そろそろペンを持つ指が痛くなってきたところだ」
「あはは。
はい、朱肉」
「親指でいいのか?」
「そうそう。
ついたあとは、この布で拭いてもらっていいからねー」
いくつかの紙に、順番に指を乗せていく。
それら全ての紙に、一つの指の跡がすでにあった。
俺よりも少し小さいそれは、きっとマリーのものだろう。
「……やっぱり、フレイミアじゃサインより拇印の方が信頼性は高いのか?」
「そりゃもう。
噓偽りなく、私が自分の意思で同意しました。って意味になるからね。
こういうの、ウチの国の言葉でなんていうか知ってる?」
「炎熱の赤に誓って……か?」
「あはは、そうそう!
クサいよねー、ホント。
昔の大オヤジさんが使った一言らしいんだけどさ」
「フレイミアらしさが出てて、俺は好きだぜ」
「ま、私も嫌いじゃけどねー。
はい、それで最後」
「あいよ」
全ての書類に拇印をつき終え、インクを拭き取る。
「ん、これで全部終了。
お疲れさま!」
「ふう……やっと終わったぜ」
「疲れた?」
「ああ、そりゃもう」
「あはは。
でも、やることはこれでほとんど終わったからさ。
ひとまずは私も、いい取引先を見つけられて安心かなー」
「あとは、軌道に乗るかどうかだな」
「そうだね。
私は絶対にイケると踏んでるけど、市場や買い手の反応がどうなるかはわからない。
新しすぎるモノには、反発が付き物だからね」
「氷の普及は、思ったよりも長い戦いになるかも。か?」
「そゆこと。
どれだけ氷ってものが便利だとしても、一朝一夕とはいかないだろうからね。
そのためにもトーヤくんが用意してくれたワインやシャーベットを使ったりとか……色々手は打たないとね」
「こっちはクロキアに当たり前にあるモノを売ってるだけだからな。
仮に失敗したとしても、失うものが無いっちゃあ無いんだが……」
「ウチは、そうもいかないからね。
だから準備ができ次第、すぐに荷馬車を送ることにするよ」
「わかった。
なら、こっちもそれまでに出来る限り氷を用意しておかないとだな」
「よろしくね。
あと、初めの方の便には私も乗っていくからねー」
「そうなのか?」
「さすがに、現地の視察ぐらいはしないとね。
私が直接決めた話なんだから、自分の目で」
「なるほど、そりゃそうか」
「ん。
クレムラン商会の会長、マリー様が来られるんだから。
とびきりのおもてなしを期待してるからねー?」
「子供のおやつに舌鼓を打たれたマリー様が、な。
そういえば、村に誕生日が近い子供がいたはずだからな。その子の誕生日パーティーにでも参加して、学んでおくことにするよ」
「お、言ったなー?」
しばらく軽口を叩き合ったあと、日が沈み切ったのを合図に俺たちは解散することにした。
最後に互いの成功を祈る意味で握手をし、俺は屋敷を去ったのだった。
────
──
「おうフード付き、お疲れ」
「すまんコルヴィ、遅くなった。
店は見つけてくれたか?」
「ああ、二つな。
どっちも、昨日とは違う店だ」
「二つ?」
「とびきり高いトコと、銀貨一枚で吐くまで酒が飲めるトコだ。
だが、お前の顔を見る感じ……先に言った方で良さそうだな」
「はっ、なるほどな。
んじゃ今日はそこにするか。
どうせなら銀貨じゃなくて、金貨をゲロに変える経験をさせてやるよ」
「かっかっか!
そりゃいい、期待してるぜ」
その夜。
俺たちはひとまずの成功を祝って、グラスをぶつけ合った。
フレイミアで最大級の商会と手を組めたという成果。
そして、とびきりの二日酔いをクロキアに持って帰るのであった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




