第22話「耳と、尻尾」
「フィーニャ、ご飯はシチューを作っていますからね。
一日三回、必ず火を通してくださいね」
「ええ」
「シチューがなくなったら、地下の蔵に日持ちする食材を買い溜めていますから。
それで適当に作ってくださいね」
「ええ……」
「それから、お洗濯やお掃除もメイド長さんに頼んでいますので、今朝お部屋の鍵も渡していて……」
「大丈夫よ、ミーチカ。
一週間ぐらい、貴女がいなくてもなんともないわ」
「うぅ……」
クロキア全国食べ歩きの任務、もといマナ調査の出発日。
ミラーヤは泣きそうになりながらサフィーアに縋りついていた。
一週間もの間サフィーアと会えないというのは、彼女にとっては相当なダメージらしい。
「むしろ、私は貴女の方が心配だわ。
その様子でやっていけるのかしら……」
「わだじはだいじょぶでずぅ……」
「ほら、帰ってきたら一緒にお風呂でも添い寝でもしてあげるから、行ってきなさい。
これも大事なお仕事なのよ? トーヤに迷惑かけないようにね」
「……はい」
仕事という単語に反応したのか、それとも報酬が魅力的だったのか。ようやくミラーヤが落ち着いたようだ。
「トーヤ、今のうちに連れて行って頂戴。
この子を待っていたら、いつまで経っても出発できないわよ」
「あいよ。
ほらミラーヤ、行くぜ」
「はいぃ……」
何度も後ろを振り返りながら、俺に置いていかれないようにミラーヤがついてくる。
その様子は、まるで散歩から帰りたくない犬のようだった。
いや、むしろ絵面としては散歩を嫌がる変わった犬なのだが。
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──
─
そんな様子のミラーヤも、西の街に着くころにはすっかり気を持ち直していた。
「着きましたー!」
「ちょっと寒ぃな」
「王城の西側、ヤクーツ区に位置する街ですからね。
城下町より、ずっと寒い地方です」
街の名前は、ボリソフカと言うらしい。
城下町ほど大きくはない街だが、この街だけで生活基盤の全てが揃っていそうな程度には賑わっている街だ。
実際、フレイミアで最初に訪れた街よりは人通りが多かった。
「わたしもこの街に来るのは初めてですが……もっと西には、年中吹雪いているような地域もあるそうですよ?」
「そこ、本当に人が住んでんのか……?」
「はい。
このあいだ王城に謁見に来られた方が、そちらのご出身でしたが……毎日が雪や自然との戦いだと仰っていました。
とにかく、生き残るのに必死だとか」
「へぇ……」
たしかに俺の住んでいた国でも、北方の地域は過酷だとは聞いたことがある。
冬は毎日雪かきをしないと、家から出ることすらままならない。
それどころか、除雪を怠れば家が倒壊するおそれすらあるそうだ。
普段の生活でも、急に吹雪いて前が見えなくなるのは日常茶飯事。
そのため、雪道を歩くだけでも危険が伴うと聞く。
年中気温が低いクロキアの中の、酷寒の地ともなれば。
きっと、そんな伝聞を遥かに超えた環境なのだろう。
「とりあえず、西側の調査はこの町止まりにしておくか。
これ以上西は、位置的にもマナの影響がなさそうだしな」
「そうですね」
「なんか有名な特産品があれば、そっちにも行かざるを得ないかもしれないが……」
「うーん……暖炉や家具づくりが独特な地域、とは聞きましたが……」
「ま、そのあたりも含めて街の人に聞いてみるか」
「そうしましょう!」
調査の内容は、マナの濃度と特産品の有無。
食品でも、民芸品でも、なんでもいい。名物と呼ばれるモノがあれば、片っ端から見て回るつもりだ。
期限は一旦、明後日までとした。
二日後には南のベスチア区に出発する予定なので、それまでに決着をつけたい。
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──
日中は色々な所を見て周り、寒くなってきたら喫茶店のようなところに入って、茶を飲むついでに情報収集をした。
そうしているうちに陽が沈み始めたので、俺たちはその日の宿を見つけて入った。
そして晩飯を終え、少しゆっくりした後。
俺は頃合いを見て、ミラーヤを部屋に招いた。
「お疲れ。
出発してた時よりは元気になったか?」
「はい!
フィーニャからいただいた、大事なお仕事ですから。
立派にこなして帰らないと、と思いまして!」
「ん、偉いぞ。
俺もミラーヤの鼻は頼りにしてるからな」
「えへへ」
「それにしても、だ
今日はこれと言ってめぼしい情報はなかったな」
「そうですねぇ……食べ物も城下町と変わらないみたいですし」
「そういや、マナの方はどうだった?」
「そちらも、あまり変わりませんね。
言われてみれば、ちょっと濃いかな? というぐらいでして」
「そうか。
じゃあ、問題ないってことでいいのか?」
「一応は、たぶん。
マナに敏感な魔獣さんとかがいれば話は別ですが……」
「……そういえば、なんだが。
たまに話に出る、その『魔獣』ってのはなんなんだ?」
「あ、お話ししていませんでしたっけ」
「ああ。
野生動物とはまた違うのか?」
「ん-と……大きいくくりでは、同じと考えていいと思います。
ちょっと凶暴な動物さん、と考えていただければ」
「でも、魔獣って名前がついてるからにはなんかあるんだよな?」
「はい。
厳密な違いはよく知りませんが……マナに反応したり、一部ですがマナを利用したりする動物さんを、魔獣と呼んでいます」
「マナを……?
魔法を使うってことか?」
「中にはそんな種類もいる、と聞いたことがありますね。
ほとんどは、魔法に強かったりするだけですけど……」
「なるほど……魔法が効かないのは厄介だな」
「決して数は多くないので、出会うこと自体が珍しいんです。
実際の被害なんかも、普通のイノシシさんなどの獣害の方がずっと多いですから。
むしろ農家のみなさんにとっては、そっちの方が深刻でしょうね……」
「ふむ……。
ちなみにマナに反応するってことは、国ごとに種が違ったりするのか?」
「えーっと……わかりませんが、たぶんそうでしょうね。
クロキアだと、氷が使えて寿命が長い……ということはあるかもです?」
「そう、か。
マナの影響を受けてるってことは、人間も野生動物も同じ特徴が出るのは当然か……」
「そうですね。
あと、言い伝えでは、長く生きた魔獣の中には人間のことばを操る方もいるとか……」
「おいおい……それ、マジか?」
「ええと。あくまで、言い伝えですよ?
もしかすると、おとぎ話の中だけの存在かもしれません。
実際、わたしも会ったことはありませんから。
……フィーニャなら、わかりませんけど……」
「まぁ、何百年と生きてるサフィーアならあり得なくはないか。
……つーか、言ってみりゃサフィーア自体が魔獣みたいなもんだしな」
「あ、あはは……。
フィーニャが聞いたら怒られちゃいますよ、トーヤさん」
「長く生きてて、言葉が達者で、魔法が効かない。
特徴は完全に一致してるぜ?」
俺がおどけて言ってみせると、ミラーヤも笑った。
「ふふふ。
もう、やめてくださいトーヤさん。
フィーニャがかわいそうです」
「おっ、笑ったな?
これでミラーヤも同罪だぞ」
「あっ、ずるいですっ」
ミラーヤが笑ってくれて、俺は少し安堵する。
彼女はサフィーアと別れてから、馬車の中でしばらく落ち込んでいたのだ。
あの子にも息抜きをさせてあげて頂戴、とサフィーアは言っていたのだが……そんな調子では、息抜きも何もないだろう。
なので、ミラーヤの笑顔が見れたことで少し肩の荷が下りた気分だった。
少し、気負いすぎているように見えるのだけが気になるが……。
そんなことを考えていると、ちょうどドアがノックされた。
「はーい?
開いてますよ?」
「失礼するよ、お客さん」
ドアを開けて現れたのは、宿の女将さんだった。
「えっと……。
わたしたちに、何かご用でしょうか……?」
「用ってわけじゃないんだが……ほら、サービスだよ。
飲んでくんな」
そう言って、テーブルにワインの入ったグラスを置いてくれた。
「わあ、ありがとうございます!」
「いいんだよ。
それより、お二人は新婚旅行か何かかい?」
「わふっ!?
ち、ちち、違いますっ!!」
女将さんの言葉で、ミラーヤが大きく取り乱す。
「はは、冗談だよ。
新婚さんなら、別々の部屋なんか取らないはずだからね。
……かといって、ウチによく泊まりに来る騎士の方々にも見えなくてねぇ」
「そそ、そうでしたか……」
なるほど。
宿の管理人として、素性のわからない人間をそのままに泊めておけない……ということだろうか。
このワインも、一見さんに対するサービスという意味だけではないのだろう。
「事情をお話ししてなくて、すみません。
俺たちは、とある任務で王城から来た魔術師です。
そうは見えないかもしれませんが……一応、騎士団の所属です」
そう言って、椅子の背にかけていたローブを持ち上げて見せる。
「……うん。
そりゃ確かに、騎士様がつけてる勲章と同じ模様だ。
疑って悪かったね。そっちの耳の大きいお嬢さんも」
「い、いえいえいえいえ!」
「お詫びは、そのワインだと思っとくれ。
ザナスワインって言ってね。そいつを飲んだら、ぐっすり寝れるよ」
「……そういえば、この街では昼食や夕飯の後にもワインが出てきてましたね。
やっぱり、ここじゃ有名なんですか?」
「有名……というか。
アンタたち、食後にワインは飲まないのかい?」
「いや、そんな習慣はない……はずですけど」
ミラーヤに目線を送ると、彼女も頷いた。
「そうかい。
城下町の人とは違うのかねぇ」
「ここでは、それが普通なんですか?」
「そうだね。
食後に飲むのはザナスのワインとはまた別のものだけど……外で何かを食べたら、その後には必ず出てくるだろうね。
ああ、もちろん子供には出さないよ」
「そうなんですか……」
今日の食後に出てきたワインは、どちらも少量で、味も薄めだった。
そのため酒に敏感なミラーヤも倒れることはなく、むしろ体が温まって助かったぐらいだ。
きっと、寒い地域ならではの文化なのだろう。
(現地の人にとっては当たり前だが、外の人間にとってはそうではない。か……)
このワインや、その背景を辿れば。
もしかすると、特産品が見つかるかもしれない。と俺は考えた。
「……トーヤさん」
その矢先、ミラーヤが何かに気付いたようだった。
「なんだ?」
「このワインの匂い、どこかで嗅いだことがありませんか?」
「うん……?」
ミラーヤに続いて、俺もワインの香りを確かめる。
「……そういえば。
デファンスにもらったのと似てる……か?」
「あ、きっとそれです。
わたしはあの時すぐ潰れちゃったので、よく思い出せないんですが……」
「……うん、味もほとんど同じだ。
かなり濃いぜ」
「じゃあ……」
「ああ、そうだな」
二人で頷いたあと、女将さんに声をかける。
「すいません女将さん。
これ、どこで買ったのか教えてもらってもいいですか?」
「おや、気に入ったのかい?
ウチで出してるザナスワインは、南のワイナリーで出来たやつだよ。
定期的に入荷してるんだけど……お気に召したのなら、一本譲ろうか?
もちろん、タダじゃないけどね」
「いいんですか?
喜んで買わせてもらいます。
……ついでにワイナリーの詳しい場所も教えていただけると」
「ははは。
上手だね、坊や。
アンタ、いい商売人になれるよ」
「そりゃどうも」
その後、俺は女将さんに代金を支払い、ボトルを一本譲ってもらった。
ワイナリーの場所もそうだったが、それよりもワインの値段自体の方が収穫だったかもしれない。
なぜなら、ザナスワインと呼ばれたそれは、庶民でも手が出せる価格だったのだ。
ブランシュの言っていたような高級品とは、決して呼べない価格。
にもかかわらず、味や香りはデファンスからもらったものとほぼ同等。
(これは、さっそく当たりかもしれないな……)
そう思い、俺たちは翌日にそのワイナリーを訪れることにした。
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午前中にワイナリーに着いた俺たちは、そこの主人に建物の中を案内してもらっていた。
何しろ、ワイン作りの現場など実際に見るのは初めてだったのだ。
そのため、交易の話は一度置いておき、俺もミラーヤもちょっとした社会見学を楽しむことにした。
ワイナリーの主人は勢いのある人で、酒に関する専門的な話を嬉しそうに語ってくれた。
醸造酒や蒸留酒などがあり、ワインは醸造酒にあたるだとか。
品種だけではなく、醸造や熟成をさせる際の温度などによっても味が変わるだとか。
とにかく、こちらの理解が追いつかないほどの速さで色々なことを話してくれた。
今はちょうど収穫の時期らしく、蔵には剥き出しの果実の匂いが溢れていた。
俺たちはそれに酔いそうになりながらも、主人の話を楽しむことができた。
そして、途中で一口だけ実物を飲ませてもらったが……それはやはり、デファンスにもらったものとほぼ同じと言っていいモノだった。
(よし。
予想通りだ……)
実物の確認も取れ、あらかたの知的好奇心が満たされたところで、交易の話を切り出す。
ワイナリーの主人は、俺が突然切り出した話に少し驚いた様子だった。
それでも、互いにとって決して悪い話ではなかったため、交渉といった交渉もほぼ無いままに話がまとまった。
内容としては、近々俺がまたここに来た際に、まとまった数のワインを売ってくれること。
さらに交易が軌道に乗れば、継続的な取引を行ってくれることも約束してくれた。
そして帰り際には一房のブドウを頂いたので、俺はそれを冷凍して持ち帰ることにしたのだった。
「よっし……うまいこといったな」
「あいかわらずトーヤさんは、お話が上手ですね。
まるでフィーニャみたいでした」
「主人が気のいい人だったからだよ。
特別なことはなんもしてないさ」
「それでもです。
……とりあえず、ここでの目的はこれで終わりですか?」
「そうだな。
ちょっと早いけど、もう南の街に出発するか?」
「はい!
実は、ここはわたしにはちょっと寒いので……!」
「はは、そうか。
それなら、早めに出発しよう」
「ありがとうございます!」
簡単に昼飯を済ませた後、俺たちはその日のうちに南行きの馬車に乗り込んだ。
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「ほらミラーヤ、着いたぜ」
「うーん……ふぃーにゃ……」
「おーい、起きてくれー」
「ふぃにゃあ……?」
サフィーアを求めるその声は、すでに何かの鳴き声のようになってしまっている。
たしかにミラーヤは、一日中尻尾を振ってフィーニャフィーニャと言っている印象があるので……鳴き声と言っても差し支えないのかもしれない。
「ほら、立つんだ。
馬車降りるぞ」
「ふぁい……」
ミラーヤの手を取って、馬車から降ろす。
転んでしまわないように気を付け、ミラーヤが自立したことを確認してから手を離した。
「うーんっ……!」
最後にひとつ伸びをして、ミラーヤは完全に覚醒したようだった。
「目が覚めたか?」
「はい!
ご迷惑をおかけしました。
暖かくなってきたのと、馬車の揺れが心地よくって、つい……」
ミラーヤの言う通り、馬車に揺られ始めてから数時間ほどで肌寒さは消えていた。
まるで春先のようなこの気温では、眠くなるのも無理はない。
「別にいいと思うぜ。
四六時中、気を張ってる必要は無いんだ」
「えへへ。
……あと、トーヤさんから、なんだかフィーニャと同じ匂いがした気がして……」
「サフィーアと?」
「はい。
わたしの気のせいかもしれませんが……」
「うーん……」
自分で服の匂いを嗅いでみるが、特に匂いは感じられない。
というか、俺にはサフィーアの匂いというのがわからなかった。
サフィーアの近くにいる時も、彼女から特段変わった匂いがした覚えはない。
もちろん、彼女自身の部屋や余所行きの時には香水が香ることもあるが……彼女自身からは、これといった匂いがしないはずなのだ。
それこそ、生物としては透明すぎるほどに。
「……あるとしたら、時魔法のマナのせいかもな。
ミラーヤは、マナに敏感だろ?
それが匂いって感覚と繋がってるなら、そう感じるのかもしれないな」
「そうかもしれません。
とにかく、わたしにとってはなんだか安心する匂いでして……」
「ま、悪いことではない。か」
「はい!」
無駄話は置いておいて、改めて周りを見回す。
「んで、ここは……ベスチア区だったか?」
「えっと、そうですね。
街のお名前は……ミールノエだそうです」
「なるほど。
こっちはこっちで、活気があるな」
俺たちがいる場所は、たぶん街の北端だろう。
大きな劇場のような建物の裏側が見えるので、メインストリートとは反対方向なのだろうか。
それでも、一定の人通りがあるように見えるが……。
何よりもボリソフカと比べて目立ったのは、人々の服装の軽さだった。
「そこまで長旅をしたわけじゃないはずだが……こんなに気温が変わるもんなんだな」
「クロキアは、山を抜けると一気に気候が変わりますからね。
城下町を中心にすれば、北は人の住んでない山ばかりで、西は寒くて、南は暖かいです。
東は……トーヤさんの知っての通りですね」
「フレイミア、だな」
「はい!
ちなみに、この街からさらに南東に行くと、ペルエットという国になりますよ」
「んーと……たしか、水流系魔法の国だったか?」
「はい。
水沫の民と呼ばれる方々ですね。
海と、砂浜があるそうですよ!」
「へぇ……」
海があるということは、俺の生まれ育った島国に近い部分もあるだろうか。
機会があれば、一度行ってみてもいいのかもしれない。
「とりあえず、今日はミールノエの観光からだな」
「トーヤさん。
観光じゃなくて、調査のお仕事ですよ!」
「仕事もいいが、先にゆっくり飯でも食わないか?」
「お、おなかは空きましたが……でも、先にお仕事を……」
「いいや。
暖かい場所は、飯が美味いと相場が決まってんだ。
お得意の鼻で頼むぜ、ミラーヤ」
「う、うぅ……。
とても、みりょくてきなていあんですが……」
ミラーヤの舌が回らなくなってきている。もう一押しすればこちらに傾くかもしれない。
「それにさ。
今から何かしようにも、もうすぐ日が暮れる時間だぜ。
だったら、今日は美味いモノ探しに集中するのが合理的だろ?
もちろん、調査の一環としてな」
「そ、それは……」
「それに、もう道中で居眠りしちまってるんだ。
これ以上、おサボりの一つや二つが増えても一緒だぜ?」
「そう、でしょうか……」
「ああ。
大丈夫、サフィーアには言わねえよ」
「……トーヤさんが、そう言うなら……」
陥落成功だ。
晩飯探しのための、強力な味方をつけることができた。
「うっし。
そうと決まれば、一番デカい通りに出ようぜ」
「はいっ」
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──
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ミールノエに来て、初めての日が昇る。
まるで雪解けの翌日のような、眩しい朝だった。
昨日は晩飯を食うだけで終わってしまったので、今日は本格的に街の中を巡る予定だ。
城下町と同じ、風情あるレンガ造りの街並み。
こちらの世界に来てから一ヶ月以上が経つが、伝統的な西洋の街並みは見ていて飽きることがない。
「さっきのお店のお肉料理は、おいしかったですねぇ……」
昼飯も終え、昨日と同じ陽気の中を二人で歩く。
「ひき肉を小麦粉で作った皮で包んだやつと、キャベツで巻いて煮込んだやつだったか」
「はい。
キャベツ巻きはわたしもたまに作るんですが……ハーブの香りがとても印象的でした」
「なるほど……そのせいか。
肉料理なのに、やけにすっきりしてたのは」
「それだけじゃありません。
しっかりと臭みを落として、油も薄味のものを使っていたんだと思います。
だから包み蒸しのほうも、いくらでも食べられちゃって……」
そう言って、ミラーヤは味を思い出すかのように両頬に手を当てる。
そして言われてみれば、昨日も今日も。
ミラーヤはいつも以上に量を食べていたように思う。
それが俺との二人旅で少しでも気を緩めてくれている結果なのだとしたら、何よりだ。
「一個一個が、一口でいける大きさだったからなー」
「はい……。
お店の人に後から聞いてみたら、油の方はヒマワリの種から取れた油を使っているそうで」
「ヒマワリから?
なんか……意外だな」
「油というのは、基本的に植物からとれるんですよ。
果実だったり、植物の種だったり。
でも、ヒマワリから……というのは、わたしも初めて聞きました」
「そうなのか……。
で、どうだ。持って帰れそうか?」
「うーん……それはどうでしょう。
あくまでベスチア区では一般的というだけで、お料理の味を大きく変えるようなものではなさそうです」
「ふーむ」
「ちょっと気分を変えたいときのために、わたしはお城に持って帰りたいなーとは思いましたけど……。
あとは、さっきのお料理も、レシピさえ覚えればわたしでも作れそうでした。
どちらも、トーヤさんの求めているものとは少し違うかもです……?」
「そうか。
レシピは売り物にならんからな……あちらで専門店とかを出すならともかく」
「そうですよねぇ……」
昼食の感想を言い合いながら、腹ごなしに街を散策する。
マナの濃度を正確に測るために、念のため色々なところを歩き回りたいのだそうだ。
なので、俺たちはまず食品市場を回ることにした。
「あっ、ありましたよ!
ヒマワリの油!」
「おー。
せっかくだし、ちょっと多めに買っておくか?
こっちに来る機会なんて、あんまりないだろ」
「そうですね……油は腐りませんから。
うん、そうしましょう!」
油入りのビンを数本抱え、ミラーヤが会計に向かう。
少しばかり荷物が増えるが、仕方ない。
せめて俺のワインボトルとぶつかって割れないよう、気を付けるとしよう。
「えへへ。
これでまた、フィーニャに新しい料理を作ってあげられます」
「嬉しいのはわかるが……油だぞ、それ」
戻ってきたミラーヤは、愛おしそうにビンに頬に頬ずりをした。
「うーん……フィーニャ……」
よほど嬉しかったのだろうか。
一種の恍惚状態に入ってしまっている。
(やれやれ……)
サフィーアに思いを馳せるミラーヤはそのままに、引き続き二人で食品市場を歩く。
少しすると露店の地区を抜けたようで、視界が大きく開けた。
そこは、さきほどよりもやや小洒落た店が並ぶ通りだった。
どうやらここも食材やレストランの通りになっているようで……油や調味料はもちろん、肉や野菜、小麦粉に酒など。
それらを扱う様々な専門店が、軒を連ねていた。
「んー……なんか、果物屋が多い気がするな」
「くだもの……ですか?」
ミラーヤもようやくこちらの世界に帰ってきたようなので、声をかける。
「ああ。
思わないか?」
「えっと……すみません。
あまり意識していませんでした」
「そうか。
じゃあ、食後のデザート探しだ。
どっか入ろうぜ」
「わあ、今度は甘いものですか?
本当に食べ歩き、って感じですね」
「そういう任務だからな」
「たしかに……!」
「にしても、こんだけありゃ逆に店に迷っちまうな。
ミラーヤ。とびきり甘い匂いはあるか?」
「えへへ、まかせてください!
ん~と……あそこのお店です!」
「よくやった。
さっそく突入だ」
────
──
「いらっしゃい」
「どうも」
店に入ると、品のある初老の男性が声をかけてくれる。
およそ、この店の店主なのだろう。
彼は、奥のカウンターで布と長い棒を手に取って何かをしていた。
(楽器、か……?)
店主の、更に奥。
建物の奥では、よく見るとバイオリンのような楽器がいくつも壁にかけられていた。
きっと彼の趣味なのだろうが……まるで、奥に楽器屋も併設しているのだろうかと思うほどだった。
「さて、匂いの元はどこだ?」
「たぶん、あの棚でしょうか」
店の扉は開いたまま固定されており、閉める必要は無かった。
温暖な気候からだろうか、街ではほとんどの店の扉が開けっ放しになっているようだ。
そのためこの店も、小綺麗な見た目に反して敷居の高さを感じることはなかった。
「桃、か」
「そのようですね。
うーん……どれも熟していて、甘そうです」
「とりあえずいくつか見繕うか」
桃を数個手に取り、店主に会計をしてもらう。
その間、ミラーヤは棚の前でずっと首をかしげていた。
「どうした?」
「うーん……どこかで見たような」
「何がだ?」
「果物……くだもの……。
あっ、わかりました。
木箱です、トーヤさん」
「木箱?」
ミラーヤが指を指したのは、足元の木箱。
入荷した際に、桃が入っていた箱だろうか。
「はい。
わたしが城下町でいつも行く果物屋さんに置いてあるものと、同じなんです。
ほら、トーヤさんとも一緒にいった……」
「あー、あそこか」
ミラーヤの言っているのは、俺がこの世界に来てからすぐに行ったあの店のことだろう。
無論、木箱の特徴なんてものはさすがに覚えていないが。
「ここに書いてある印が、一緒なんです。
だから、見覚えがあったんですね」
「印、ねえ」
その木箱には、隅の方に小さなリンゴのようなマークが書かれていた。
「───その印は、ベスチア区の農園で採れたもの。という証だよ」
話し込む俺たちを見て、店主が答えを教えてくれた。
「そうなんですか?」
「ああ。
ここの街はずれの農園は、特に有名でね。
城下町にも、質の良い果物を出してるはずだよ」
「なるほどです。
普段わたしが買わせてもらっている果物も、そこのものだったんですね……」
「ってことは、結構大きい農園なんですか?」
「ああ、そうだね。
あそこは、年中何かしらを育てているんじゃないかな」
「そうなんですか……」
「いま君たちが手に取った桃なんかは、絶品だよ。
特に、この時期のものは一番甘いんだ」
「へぇ。
ちょうど良かったな、ミラーヤ」
「はいっ」
「かくいう私も、桃は大好物でね。
このバイオリンと同じぐらい好きなんだ。
なぜなら───」
────
──
店主の長話が始まりそうだったので、そそくさと店を出る。
店の内装が凝っていただけあって、彼自身もきっとこだわりが強い人なのだろう。
「っつーわけだけど、店主が言ってた農園にでも行ってみるか?
大きいとこなら、ここでしか作ってない果物なんかが見つかるかもしれないしな」
「わたしもいつもお世話になっているの身なので、行ってみたい気持ちはあります!」
「そうか。
なら行くとしよう」
「はい!」
そして農園に足を運んだ俺たち───だったのだが。
「開いてないな……」
「鍵が、かかってますね……」
街のはずれの、木々に囲まれた土地。
農園の入り口であろう荷馬車も通れるサイズの大きなゲートには、鍵と共に不在の看板がかかっていた。
「残念だが……明日にでも来てみるか」
「そうですね……」
────
──
その後、俺たちは日が暮れるまでミールノエの中心街をぐるりと一周したが……目ぼしい情報はなかった。
個人的に街で一番目を引いたのはやはり、到着した時にも目にした大きな建物だった。
その建物は予想通り劇場だったようで、複数の楽団や劇団がそこを拠点に活動しているらしい。
そこは城下町にも有名人が排出されるほどの規模のようで、どうやら芸術の分野では城下町以上の発展を見せているらしかった。
しかし、形を持たない芸術や文化は、俺の求めているような交易品にはなり得ないだろう。
少なくとも、その分野に明るくない俺では不可能に思えた。
「うーむ……」
「明日は、どうされますか?」
と言った感じで、思ったよりも収穫が無かったこともあり、今は宿で明日の打ち合わせをしているというわけだ。
「農園には行ってみるとして、あとは中心街から外れたところを歩いてみるか……それとも……」
雑貨屋で購入した地図を見ながら、頭をひねる。
「……そういえばミラーヤ、マナの方は?」
「はい。
こちらもボリソフカと同じぐらいでしたよ」
「そうか。
なら、一旦は安心か」
「いちおう、街の方々にも魔獣さんのことをきいてみました。
なんですけど……やっぱり、ここ十年以上被害どころか遭遇した方もいないとかで」
「俺の知らん間にそんな聞き込みまでしてくれたのか。
ありがとうな、ミラーヤ」
「えへへ……ふあぁ」
ミラーヤが耳を外側に垂らしながら、大きなあくびをした。
「ん、どうした。
眠くなってきたか?」
「えっと……はい、お恥ずかしながら……」
「んじゃ今日はもう終わりにするか」
「でも、明日の予定がまだ……」
「俺が適当に考えとくよ。
それか、早く寝た分、起きてから考えるでもいいしな」
「そう、ですか……。
じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「ああ。
おやすみ」
「はい。
おやすみなさい、トーヤさん」
────
──
朝。
目が覚めると、真っ先に首の痛みを感じた。
「ってて……寝すぎたか?」
外を見ると、日はハッキリとわかるぐらい高い場所にあった。
「寝過ごした……んだろうが、おかしいな」
寝すぎた理由は、連日の疲れが出ているからだろう。
しかし、たとえ寝過ごしたとしても。
いつもならもう少し早くミラーヤが起こしてくれるのだ。
事実この旅でも、何度もミラーヤに起こしてもらっている。
しかし今日に限ってそれがないのは、明らかに何かおかしかった。
「ミラーヤも寝てんのか……?」
そう思い、廊下の先にある彼女の部屋の扉をノックする。
「おーいミラーヤ、起きてるか?」
すると、やや遅れて返事が来た。
「……フィー、ニャ?」
「……俺だよ。トーヤだ。
開けるぜ?」
そう言いながら扉を開けると、ミラーヤは弾かれたように立ち上がった。
「えっ、あっ。トーヤさん!
すみません、そろそろ起こしに行こうと思っていたんですけど……!」
「ミラーヤにしては珍しいな。
寝坊か?」
「い、いえ!
起きては、いたんです。
……日が昇る、前から」
「そうなのか?
じゃあ、いつ起こしに来てくれてもよかったんだぜ」
「そ、そうですよね……すみません」
ミラーヤは、しゅんと耳を下げてしまう。
体調でも悪いのだろうか。
明らかに様子が変だ。
「もしかしてだが……寝れなかったのか?」
「い、いえ。
ちゃんと寝ました。寝られたんです。
ただ、起きるのが少し早すぎたので……いつも通りの時間まで待っていたんです」
「……待っていたら、こんな時間になったと」
「はい。
すみません……」
「いや……すまん。
別に、責めてるわけじゃないんだ」
ミラーヤの尻尾は、力なく垂れ下がっている。
それを見て、俺は努めて穏やかな声を出すよう意識した。
「……慣れない旅で疲れたんだな、きっと。
それとも、こんなに長い間城を離れることなんて今までなかったから。か?」
「……そう、かもしれません」
「よしミラーヤ。
じゃあ、今日はここで休んでてくれ。
農園とかには、俺ひとりで行っておくから」
「……すみません」
「謝らなくていいって。
体調が悪くなることぐらい、誰にでもあるさ。
それにもう、ミラーヤは自分の仕事を終わらせてくれてるんだ。
マナのこと以外は、そもそも俺の領分だからな。
だから、安心して休んでてくれよ」
「ありがとうございます、トーヤさん。
……お言葉に、甘えちゃいますね……」
「ああ、お大事に」
力無く笑うミラーヤに一声をかけ、部屋を出る。
(……嘘ばっかりだな)
俺も、ミラーヤも。
長旅や王城から離れることが、体調を崩す理由になんてなるわけがないことを解っているというのに。
現に、以前フレイミアに行った時にはミラーヤは健康そのものだった。
そこで出なかった症状が、今ここで出るわけがない。
つまりミラーヤのあれは、ただの体調不良ではないのだろう。
あるとしたら、それはきっと精神的なものだ。
以前の旅とは明確に違う『あること』が原因の。
(まぁ……間違いなく、サフィーアだよなぁ)
十中八九、原因はサフィーアの存在とみていいだろう。
さっき俺が扉を開ける前にも、いるわけのない彼女の名前を呼んでいた。
つまりミラーヤが参ってしまっている原因は、『王城を長く離れたから』ではなく『サフィーアの下を離れたから』だ。
それだけで、とは思うが……彼女にとってはそれだけで済むことではないのだろう。
ここにきて、サフィーアの言っていた『依存』の正体が少しだけわかった気がする。
と言っても……だからこそ、俺がミラーヤにしてやれることは無いに等しい。
今はただ、彼女がきちんと休んでくれていることを祈りながら自分の仕事をこなすしかなかった。
────
──
「ふう……やっと戻ってこれたぜ」
宿に戻った俺は、そこそこに疲弊していた。
昼に宿を出発し、農園へ。
農園の主人との話を済ませて、ひとまずは買い付けの許可を得た。
その後は中心街以外の場所を回り、目ぼしいモノを探した。
が、やはり目立った収穫は無し。
どうやら、この町で得られたのは新鮮な果物だけ。という結果になりそうだ。
(にしても、疲れたな……)
やっていること自体は昨日と変わらないはずなのだが、今日はやけにしんどく感じた。
昼に入った飯屋が、ハズレだったからだろうか。
それとも、ミラーヤの歩幅を気にしなくて済む分、気付かないうちに昨日以上に歩いてしまったのだろうか。
(たぶん……どっちもだな)
「おかえり、騎士のお兄さん」
「ども」
受付を通ると、女将さんが話しかけてくれる、
「今日は、夕飯はいるのかい?」
「あー……どうしようかな」
「獣人の子は、ついさっき食べに来てたよ」
「ミラーヤが、ですか……。
じゃあ、俺もお願いしていいですか?」
「はいよ。
すぐできるからね。荷物だけ置いたら、食堂に来てくんな」
「ありがとうございます」
階段を上がり、自分の部屋に辿り着く。
ドアの隙間からは、朱光石の光が漏れていた。
(ん……?
点けて出た覚えはないんだが……)
宿の人が掃除でもしてくれているのかと思いながら、ドアを開ける。
「あっ、トーヤさん!」
「うわっ!!」
その姿を視認する前に声をかけられ、心臓が飛び跳ねる。
「なんだ、ミラーヤか……」
「す、すみません。
そこまで驚かれるとは……」
「いや、マジでビックリしたぜ……。
つーか、なんで俺の部屋にいるんだ?」
「えっと……なんだか、動いてないと落ち着かなくて。
お掃除をしたり、ベッドを整えたりしていたんです」
「なるほど……ありがとな。
んで、体調の方は?」
「はい、もう大丈夫です。
ご心配をおかけしました」
ミラーヤは笑顔を見せる。
……が、いつもは上を向いている大きな耳が、今日は垂れたままだ。
無理をしているのが、丸わかりだった。
「……そうか。
あんまり無理はしないでくれな。
んじゃ俺は、飯とか風呂とか済ませてくるから」
「はい」
────
──
飯と風呂を済ませた俺は、再び部屋のドアを開ける。
すると、そこにはミラーヤの姿があった。
「……ミラーヤ?」
「あっ。
トーヤ、さん……?」
「また掃除……ってわけでもなさそうだな」
ベッドに腰かけたミラーヤは、さきほどよりも沈んでいるように見える。
今日一日では、身体も心もあまり休まらなかったのだろうか。
「すみません。
自分の部屋は……なんだか、寒くって」
そう言いながら、俺の使っていたシーツを丸めて抱いていた。
「……今日で、用事は全部済ませてきたよ。
ちょっと早いけど、明日には城に戻れる。
サフィーアにも会えるぜ」
「フィーニャ。
……フィーニャ……」
ミラーヤは、どこか虚ろな様子で主人の名前を呼んでいた。
「……」
「……ねえ、トーヤさん」
ミラーヤが、顔を上げる。
その目はたしかに俺の方を向いていたが……決して、俺のことを見てはいなかった。
「……なんだ?」
「今日は、いっしょに寝てもいいですか……?」
ここにいない誰かにすがるような、空虚な眼差し。
俺は、その頼みを断ることができなかった。
「……ああ」
「ふふ……ありがとうございます」
(俺にできること、か……)
────
──
ミラーヤが不安にならないよう、テーブルには小さな朱光石を灯して置いておいた。
しかし。
一人用のベッドは、成人が二人で入るにはやはり狭いもので。
どうやっても、ミラーヤの身体が俺に密着してしまう。
「今日は……たくさんわがままを言っちゃいました」
背中から聞こえる、甘い声。
「……たまにはいいんじゃないか」
「えへへ……ありがとうございます」
薄い寝巻き越しに伝わってくる柔らかな感触と、ミラーヤの体温。
普段なら泥のように寝られるほど疲れているはずなのだが、俺はどうしても寝入ることができなかった。
「うぅん……」
きめ細かな尻尾が足に絡みつき、首筋にはミラーヤの息がかかる。
匂いを、嗅いでいるのだろうか。
くすぐったさに身をよじると、彼女の大きな耳や髪の毛がまた俺を撫でた。
「だいすきです……。
ふぃーにゃ……」
どうにかなりそうなほどに甘い体験だったが……ミラーヤは、俺のことなど見ていないのだろう。
今の俺は、ただのサフィーアの代わり。
だが、それでミラーヤが落ち着くのなら。
それだけを思い、俺は眠れない夜を過ごした。
────
──
「きゃあ!?
と、トーヤさん!?」
ミラーヤの悲鳴で、目を覚ます。
「んお……ミラーヤか……」
「わ、わたし……!」
焦ったように、彼女が布団を引っぺがす。
「さっむ……」
「す、すみません!
でも……!!」
剥がした布団で、ミラーヤは自分の身体を隠す。
どうやら、その布の下はほぼ裸らしかった。
彼女の癖なのだろうか。
どうやら、寝ている間に衣服を脱ぎ捨てたらしい。
夜中に布の擦れる音が聞こえていたのはそういうことだったのか。と、ぼやけた頭で理解した。
「おー……煽情的、ってやつだが……もう少し寝かせてくれ……。
寝れてねえんだ……」
「は、はい!」
「昼前に、馬車の手配してっから……それに間に合うように……」
「承知しました!!」
そうして、長い夜が終わりを告げたのだった。
────
──
「うぅ……本当に、お恥ずかしいところをお見せしました……」
馬車に揺られながら、真っ赤になったミラーヤが声を漏らす。
どうやら、いつもの彼女に戻ったらしい。
「ん……落ち着いたか?」
「はい……」
対して俺は、未だ睡魔を振り切れないままだったが。
「なんだか、記憶がぼんやりしてて……。
まるで昨日のことはぜんぶ夢で、おとといが、わたしにとっての昨日みたいで……」
「なるほどな……」
「き、昨日が昨日だったのはわかるんですよ!?
一日中なにもできなくて、ご迷惑をおかけした日があったというのは……!」
「大丈夫、わかってるよ」
「すみません……」
「気にすんなって。
それより……俺は、サフィーアの代わりになれたか?」
「えっと……はい。
そのせつは、ありがとうございました……」
またミラーヤが赤くなり、ぷしゅうと言って湯気をあげた。
「そうか。
なら、いい」
ミラーヤは、俺からサフィーアと同じ匂いがすると言っていた。
それはきっと、俺たちが同じ時魔法のマナを持つからだろう。
だから昨日のミラーヤは、その匂いを求めて一緒に寝ようと提案してきたのだ。
……男としては、少し残念だが。
「……トーヤさんには、いっぱい甘やかされちゃいましたね」
「そうか?」
「はい。
この旅で、たくさん」
「そうでもないと思うけどな」
「いいえ、そうなんです。
ここ数日、わたしはいつもみたいにお洗濯やお掃除、ご飯を作ることもしなくって。
本当のお仕事も、トーヤさんとおサボりしちゃって、おいしいご飯を食べてばっかりで。
……あげくのはてに、いっしょに寝てもらっちゃって……」
「ん-、まぁ」
「甘やかされすぎるのも、かんがえものですね……。
やっぱりわたしは、フィーニャのために動き回るのが向いているみたいです」
ようやくサフィーアに会えるというのが嬉しいのか、ミラーヤの尻尾は左右に揺れていた。
「まぁ……またサボりたくなったら言ってくれ。
代わりに飯でもなんでも作ってやるよ。俺でよければな」
「……また、甘えてもいいんですか?
トーヤさんに」
「ああ」
「じゃあ……いっしょに、寝てもらうのも?」
「いや、それは……」
「うぅ……ですよね。
でもフィーニャは、忙しいときは一ヶ月以上も添い寝してくれないこともあって……」
ミラーヤが、また子犬のような声を出す。
「……わかったよ。たまになら、な。
あんなのを何度もされたら、俺がもたん」
「わぁ!
ありがとうございます、トーヤさん!」
尻尾の動きが、また速くなった。
(やれやれ……)
この娘は、どこまでわかってやっているのだろうか。
鈍った頭ではうまく考えることができず、気が付くと俺はまた眠りに落ちていたのだった。
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