第20話「フリージア」
鼻先を何かにくすぐられる感覚で、俺は意識を取り戻す。
微睡みの中、眠気に逆らってゆっくりと目を開ける。
すると、逆さまになったサフィーアの寝顔が視界いっぱいに映った。
(ん……)
どうやら俺たちは、いつの間にかテーブルに突っ伏して寝てしまっていたらしい。
くすぐったい感覚も、サフィーアの長い髪の毛が触れたからだった。
「ん~~~……くっ……はぁ」
伸びと、大きなため息。
身体を起こすと、頭から血が降りていく感覚。
「……頭が痛え」
完全に、二日酔いだ。
「はぁ……」
もう一度息を吐きながら、サフィーアが握っていた俺の水筒をそっと盗み取る。
「っふぅ……」
残り少ない水を飲み干すと、やや思考がクリアになった。
昨晩、俺たちはどちらからともなく意識を落としてしまったらしい。
普段であれば、どちらかが先に寝た時点で、ベッドに運ぶか毛布を掛けるかぐらいはしただろう。
しかしお互いに深酒をしたせいか、その程度のことも出来ずにテーブルに突っ伏していたようだ。
事実俺も、眠りに落ちた時の記憶はない。
ただ、グラスに残ったワインの量だけが、最後の記憶と同じ様子だった。
「あっ、トーヤさん。
起きられたんですね」
しばらく微睡みの中で意識を揺蕩わせていると、心地の良い声が聞こえてきた。
「おー……ミラーヤか。おはよう」
「おはようございます。
よくお眠りでしたね」
「ああ……気分は最悪だが」
「あはは……たくさん飲まれたようですもんね。
フィーニャも、ですよね?」
「ああ。
俺と半々だ」
そう言って、テーブルの上の空のボトルを指差す。
「なるほど、です。
結構きついお酒でしたもんねぇ……」
「そうだな。
ミラーヤが一発で眠っちまうぐらいには、な」
「み、みっともない所をお見せしました……」
「いや、二日酔いになるまで飲んだ俺たちの方がよっぽどみっともねぇよ。
むしろ、三人共倒れにならなくて感謝してるぐらいだ」
「いえいえ。
むしろわたしは、お酒のおかげかとてもよく眠れたので……」
二人して、乾いた笑いを飛ばす。
「んっと……それでいま、宿の厨房をお借りして、二日酔いによくきくご飯を作っているんです。
もうちょっとで完成するので、少しだけお待ちくださいね」
「朝飯か……。
ミラーヤは、本当に気を利かせてくれるな。
頭が上がらないよ」
「いえいえ。
トーヤさんは、ここで休んでいてくださいっ」
「ああ。
サフィーアを看ておくよ」
「はい、お願いします。
……あ、ご飯ができるまでは起こさなくても大丈夫ですからね」
「わかった。
看るだけにしとく」
「ふふふ、フィーニャの寝顔はとってもかわいいですから。
いつまでも見ていられますよ」
「ん。
ミラーヤの寝顔と、そっくりだぜ」
「はぇ?
……あ!
も、もう、トーヤさん!」
言葉の意味にどこまで気付いたのかはわからないが、ミラーヤは遅れて取り乱す。
「はは、冗談だって。
あんまり騒ぐとサフィーアが起きちまうぞ」
「うぅ~……」
尻尾を逆立てたり揺らしたりと、ミラーヤの感情表現は見ていて飽きないものだ。
「じゃ、じゃあ、わたしは厨房に戻りますので……」
「ああ、何も手伝えなくてすまんな」
「いえ……とにかくお水をたくさん飲んで、お大事にしてくださいね」
それだけ言って、ミラーヤはまた廊下に出て行った。
「……ふぅ……」
ミラーヤの前では平静を装ったが、実を言うとそこそこキツい。
水をもらいに行きたいのは山々だが、立ち上がったら今にも吐いてしまいそうなぐらいだ。
ひとまずは、サフィーアが起きると同時に酒をかぶってしまわないように、ワインが残ったグラスをテーブルから退かした。
昨日ワインを冷やしていた水桶に突っ込んでおけば、後でどうとでもなるだろう。
───そしてまた、一人の時間が続く。
といってもそれは、頭痛と吐き気に耐えるだけの最悪の時間だ。
(とにかく、少しでも動けるようにならないと今日の支度もできねえな……。
たしか昼からブランシュが来るっつってたが、頭痛薬なんて気の利いたモノはこの世界にはないだろうし……)
頭痛をどうするか考えていると、ノックの音が響いた。
「おー……ミラーヤか?
今開けるぜ」
俺はミラーヤが両手で食事を運んでいる姿を想像し、扉を開けるために立ち上がる。
しかし予想に反して、扉はひとりでに開いてしまった。
「おっと……起きていたか」
「んお、ブランシュか」
ぶつかりそうになった体を引き、ブランシュを招き入れる。
予想外の人物だったが、思えば当然だ。
仮にミラーヤだとして、両手が塞がったままどうやってノックをするのだろうか。
やはりまだ、正常な思考には程遠いらしい。
「今日も分厚い鎧で……」
「仕事なのだから、当然だ。
むしろ、鎧を着ていない私を見たことのある人間の方が少ないのだぞ」
「へぇ」
ブランシュはそのまま、扉近くの椅子に腰かけた。
たしかにブランシュは、俺たちが見ている間だけでもほとんどの時間を鎧で過ごしている気がする。
サフィーアの言っていた通り、その鎧は仕事や鍛錬のためというだけではないのだろう。
「おーいサフィーア、起きろ。
ブランシュが来たぜ」
サフィーアの肩をゆするが、反応がない。
「……サフィーア殿らしくない眠り方に見えるな。
大オヤジ殿からもらった酒を飲んだとは聞いたが」
「ああ。
それも、かなりの量な」
「ふむ……どの銘柄だ?」
「これだよ」
足元に置いていた空のボトルを、ブランシュにも見えるように持ち上げる。
「なるほど……これを一本も空けてしまえば、こうなるのも無理はないか」
「やっぱ、キツいのか?」
「ああ。
フレイミアのワインの中では、間違いなく上から数えた方が早いだろう。
そしてこれは、大オヤジ殿が気に入っている銘柄でもある。
私も一度だけ飲んだことがあるが……味も香りも、間違いない一品だ」
「なるほどね。
道理でサフィーア様のお眼鏡にもかなうわけだ。
呼ばれた俺が来た時には、もう数杯は飲んでたぜ」
「無理もない。
相当な高級品だからな。
普通であれば、貴族の会合ぐらいにしか出てこない代物だろう。
なにぶん、フレイミアでは滅多に取れない品種のブドウを使ったものらしいが……」
ならもう少し味わっておけばよかったか、と後悔しかけたが……その考えは頭痛ですぐにかき消された。
「んぅ……。
とー、や?」
そんな俺たちの話し声に反応したのか、サフィーアがもぞもぞと動き始める。
彼女は薄目を開け、テーブルに突っ伏したまま俺を認めた。
「おはようさん。
ようやく起きたか」
「おはよう……。
なんだかとっても、あたまがおもいわ……」
「俺も同じだよ。
あれだけ飲めば、そうもなる」
「のんで……おさけ……。
そう、だったわね。
……ふふ」
「なんだよ、いきなり笑い出して」
「いいえ……。
とっても、たのしい夜、だったわ……。
また、貴方と……」
「……ゴホン」
へにゃへにゃと表情筋を緩ませるサフィーアを見かねて、ブランシュが咳ばらいをする。
「……ブラン、シュ……?」
「おはようございます、サフィーア殿」
「え……や、やだわ。
どうして……?
来るのはお昼って話だったじゃない……!」
予想外の人物の登場で一気に脳が覚醒したのか、焦ったサフィーアは身体を起こし、その手で髪を整えはじめた。
無論、二日酔いと寝起きのせいで、うまく腕が動くはずもなかったのだが。
「ああ。
だから約束通り来させていただいた。
むしろ、今は昼にしては遅いぐらいなのだがな」
「私、そんなに寝て……。
もう、トーヤも起こして頂戴よ……!
恥ずかしいところ見せちゃったじゃない」
「悪いな。
ミラーヤが、寝顔がかわいいから起こすなってよ」
「あの子ってば、もう……!
っつ……!」
遅れて頭痛が来たようで、サフィーアは頭を抱える。
「ってのは冗談で。
起きたら二日酔いで苦しむだろうから、寝られるだけ寝かせてやろうってな。
ちなみに、俺も同じ状態だぜ?」
「……貴方は平気そうに見えるけれど」
「これでも、我慢してんだよ。
まぁ、もしかしたらサフィーアよりはマシかもしれないけどな。
体格の差とかで」
「そう……ブランシュも、ごめんなさいね。
お昼までには起きられるつもりだったのだけれど……」
「構わない」
「ていうか、もう昼だったんだな。
ミラーヤが用意してくれてるらしい飯も、朝飯じゃなくて昼飯か」
「その昼も、午前中に私と買い出しにいったのだぞ。
二日酔いに効く食材はないか、と聞かれてな」
「あの子ったら、私たちのためにブランシュまで巻き込んだのね……。
もう、本当に恥ずかしいわ」
「主の体調を一番に考えているのだろう?
良い従者殿ではないか」
「それは、そうなのだけれどね……」
そこでまた、扉の外から声が響いた。
「トーヤさん、わたしですー!
開けていただけますか? 両手がふさがっちゃってて……」
「おー、今開けるぜ!」
立ち上がろうとしたところで、ブランシュに手で制される。
「私が出よう。
立ち上がるのも辛いだろう」
「悪いな」
ブランシュが扉を開けると、ミラーヤの耳がぴこぴこと跳ねる。
「わあ、ブランシュさん。
戻られてたんですね!
と……フィーニャも、おはようございます!」
「ああ」
「おはよう。
面倒をかけてしまったわね」
「いえいえ。
でもブランシュさんが来られたなら、わたしも支度をしないとですね。
フィーニャたちがご飯を食べてる間に、済ませてしまいましょう……!」
ミラーヤは、俺たちの座ったテーブルに手際よく皿を並べる。
「じゃあわたし、お水を取ってきますね」
そしてまた、厨房にとんぼ返りをしていった。
「……ふむ。
やはり、ミラーヤ殿の料理はいいな。
買い出しの帰りに昼を食ったばかりだと言うのに、香りだけで腹が減ってきそうだ」
テーブルでは、スプーンが添えられた一枚の皿が湯気を放っていた。
ポテトグラタン、のようなものだろうか。
様々な野菜と鶏肉らしきものが、ペースト状にした芋と一緒に焼き固められているようだ。
「あら。
買い出しの帰りに……ってことは、ミラーヤと二人で食べてきたの?」
「ああ。
今回もまた、美味い店を探し当ててくれたよ」
「そう……珍しいこともあるものね」
「それは、ミラーヤ殿が外で食べるのは珍しい……ということか?」
「いいえ。
あの子が私以外の子と食事や買い出しに出かけることが、よ
それも、自分から誘ってね」
「ふむ……そうだったのか。
どこか意外ではあるが」
「……あの子、昔から少し私に依存してるところがあったから。
少なくともトーヤがくるまでは、一緒にご飯にいけるほど他人と仲良くなろうとはしなかったわ。
まるであの子の世界には、私かそれ以外という二種類の人間しかいないみたいに。ね」
「彼女は、わりと社交的な性格に見えるが……そうだったのだな」
「ええ。
人は、見た目ではわからないことが色々とあるものよ。
……だからブランシュ。
貴女さえよければ、あの子とこれからも仲良くしてあげて頂戴ね」
サフィーアの言葉に、ブランシュは少し考えてから口を開いた。
「その言葉には、回答しかねるな。
ミラーヤ殿は昨日、私のことを友と呼んでくれた。
その瞬間から、彼女は私の友人だ。
……それを、サフィーア殿に言われたからということにするわけにはいかんのでな」
「ふふ……そうね。
ありがとう、ブランシュ」
少し会話をしたことで、サフィーアも目が覚めたようだった。
そしてほどなくしてミラーヤが戻って来たため、俺たちは遅すぎる朝食にありついた。
起き抜けにグラタンは重いかと思ったが、いざ食べてみると予想以上に軽い食べ心地だった。
ミラーヤ曰く、マッシュポテトにバターや牛乳を混ぜ込んで、流動食に近付けているらしい。
宿酔対策として、乳製品と野菜。そして、ブランシュの薦めてくれたフレイミア産の白い豆を多く入れたとのことだ。
そしてその効き目は抜群で、俺たちがクロキア行きの馬車に乗る頃には、二日酔いはほとんど収まっていたのだった。
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───
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以前俺たちが二日かけて往った道も、馬車に乗れば早いものだった。
その馬車もブランシュが手配してくれた軍用のものらしく、乗り合いのものとは見るからに造りが違っていた。
造りが違えば、速度も違うようで。
おかげで俺たちは、日が沈むまでに村に着くことが出来た。
「───フレイミアの軍人で、ブランシュと申します」
「村長のナスレグだよ。
よく来てくれたね」
村役場で、俺たちはまたテーブルを囲んで車座になっていた。
メンバーは、俺たち四人とナスレグ村長。
そして、馬車に乗る際に合流したコルヴィの合計六人だ。
「いえ。
実は私も、一度こちらを訪れているのですが……。
正式な挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
「いいんだよ。
僕も、君たちのことは遠くから見ているだけだったからね」
「それで、こっちは私の元部下ですが……」
「コルヴィ君、だね」
「はい。
さすがにご存知でしたか、失礼しました」
「いいや。
僕も、面と向かって彼と言葉を交わしたことはないんだよ。
……そうだったね、コルヴィ君」
コルヴィはバツの悪そうに俯いたまま、ちらりと村長を見る。
「村長サン。
今回は、本当にすまねェことをした。
……謝るには、遅いかもしれねェけど。
アンタは俺に、この村の土地を踏んでほしくねェって。そう思うかもしれねェけど……。
今の俺には、こうすることしかできねェ。
だから……すまなかった」
そして、デファンスと同じような仕草で頭を下げた。
「……うん。
顔を上げてくれるかい。
僕は一度、君を許した。だから、もういいんだよ。
……それに僕には、君が謝るためだけにここに来たようには見えない。
違うかい?」
「それは……」
「今の君の眼は、ずっと先を見ているように見えるよ。
だからきっと、この村の為に何かをしに来てくれたんだと思う。
なら、僕が君を拒む理由はないよ。
……よく来てくれたね」
「村長サン……」
俺は今、初めて当事者同士が言葉を交わしたのだと気付く。
一度起きたコトは、俺たちのような外野がどうこう言っても始まらないこと。
そして、彼らが許し合って初めて終わるのだということを改めて認識させられた。
その結末は、コトの大きさに反して、甘いものになったのかもしれない。
だがそれを否定する者は、ここには誰一人としていなかった。
「さ、大昔のことを掘り返すのはもう終わり。
話を先に進めていいわよね? ナスレグ」
「ええ。
どうぞ、サフィーア様」
サフィーアの言葉で、話が仕切りなおされる。
皆思い思いに座りなおし、彼女がフレイミアで決まった事項を要約して話す様を聞いていた。
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──
「なるほど……。
この村をフレイミアの人たちに直してもらって、可能であれば東に拡張したい、と」
「後半の発案は、俺ですけど」
「へぇ、そうかい。
トーヤ君が、か……」
「どうかしら? ナスレグ。
人が出入りするようになれば、騎士団を常駐させられるようになるし……この村はクロキアの東端だから、関所代わりにもなるわ。
そうすれば、今回のような事態も未然に防げるでしょう。
だから、国としては断る理由はないの。
もちろん、貴方たちさえよければ。だけれど」
「うーん……」
ナスレグ村長は、髭を撫でながら少し考えた。
「そうだね……新しいことに挑戦するのは、僕も賛成だ。
商売をするのも、人を呼び込むのも。
それは、何も無いこの村だからこそできることなのかもしれない。
でも……だからこそ、一つ大事なことを聞いておきたいんだ。
トーヤ君、きみに」
村長は、神妙な面持ちで俺の方を見つめた。
「……なんでしょうか?」
大事なこととは、何だろうか。
交易を成功させるための、具体的な算段だろうか。
それとも、もっと精神的なもの。例えば、覚悟や、心積もりだろうか。
どちらにせよ、何を聞かれても大丈夫なように答えは用意してきたつもりだ。
しかし、村長の口から出たのは意外な単語だった。
「名前だよ」
「……名前、ですか?」
「ああ。
きみは、この村の名前を知ってるかい?」
「いえ……そういえば、聞いていませんでした」
「ふっふ……聞いていない、か。
まぁ、それも当然かもしれないね」
「……すみません、勉強不足で」
「いや、違うんだよ。
知らなくて当たり前なんだ。
なぜならね、トーヤ君」
「……はい」
「この村には───名前が、無いんだから」
「名前が、無い……?」
「ああ。
……そうでしたね、サフィーア様?」
「ええ、そうね。
少なくとも、私が知る限りはそう。
どの文献にも、この村のことを指した名前は無かったはずだわ」
「サフィーア様が知らなければ、誰も知らんでしょうな」
村長はまた、くつくつと笑う。
……たしかに、今までのサフィーアたちのやりとりでも、この村の名前は出ていなかったように思える。
ただ、東の村。
小麦畑が有名な村、とだけ。
「どうだい、トーヤ君。
もしきみがここで商売をするとして。
特に、それが国外の方を巻き込むのだとしたら。
この村に名前が無いと、不便じゃないかい?」
「それは、まぁ」
「だからね、トーヤ君。
僕はきみに、この村の名前を決めて欲しいと思うんだ」
「俺に……ですか?」
「ああ。
トーヤ君のやろうとしていることは、きっと大きな仕事になる。
もしかすると、この村の在り方自体が変わるかもしれない。
そうでなくとも、この村の新しい門出になることは間違いないんだ。
それを、僕のような生い先短い人間が決めるのは……些かお門違いだからね」
「仰ってることはわかりますが……。
だとしても、俺なんかより適任の人間がいるでしょう。
例えば、次期の村長さんとか……」
「本当に、そう思うかい?」
村長の言葉を受け、俺はサフィーアに目を向けた。
そもそもこの村の名前を決めるなんて、俺一人には責任が重すぎる。
それを目で訴えたのだが……サフィーアは微笑むだけだった。
……俺に委ねる、ということだろうか。
「いいじゃねェか、フード付き。
俺は、アンタを手伝うって決めたからここにいるンだ。
俺だけじゃねェ。近いうちに、建築のための人間だってこっちに来る。
フレイミアの人間が、ここに集まってくるんだぜ。
そのきっかけを作ったアンタが決めるってんなら、適任だと俺は思うぜ」
「そうは言ってもだな……」
続けて、ブランシュの方に視線をやる。
どうやら彼女は静観を決め込んでいるようで、鎧の下の表情は伺えない。
そして隣のミラーヤはというと、姿勢を正して微笑んだまま固まっていた。
(まぁ……ミラーヤはそうか)
彼女は、とりあえずそうしていれば絵になるのだ。
きっとサフィーアに、会議の内容がわからない時はそうしておけと教えられているのだろう。
(うーむ……)
頼れる人間がいなくなってしまった。
本当に、俺なんかが決めてしまっていいのだろうか。
そして、そんな思いが顔に出てしまっていたのだろう。ナスレグ村長は続けた。
「トーヤくん、きみじゃないといけないんだ。
仮にぼくが決めてしまったら、この村はまた古臭いものに囚われてしまうことになる。
だから、これからの時代を担っていくきみたち自身が決めなくちゃいけないんだ。
僕も、この場にいる皆もそう思っている。
だから、頼むよ」
「……じゃあ」
ナスレグ村長に背中を押され、俺はひとつ決意をしてから頭を働かせ始めた。
(……村の名前、か)
あまりこういった作業は得意ではないのだが……と思いながら。
頭の中で、アトランダムな単語が出現しては消えていく。
小麦、村、交易。
クロキア、フレイミア。
氷と炎。
相反する二つのものが、共存する土地。
その、名前。
「……フリージア」
不意に、俺の口からひとつの言葉が零れた。
「それは……花の名前、かい?」
これといった理由は、ない。
両国の名前の響きや、イメージから思いついたのか。
それとも、窓際に活けられていた花を見て連想しただけかもしれない。
だが、なぜかその言葉だけが、俺の思考をすり抜けて外に出たのだ。
「黄色いお花……でしたか?」
「ええ。
黄色や紫、あとは白や赤が代表的な色ね。
花言葉は……友情、だったかしら」
「友情、か。
二つの国が手を取れるように、ということか?」
「ふふ……そうね。
ベタだけど、いいんじゃない?
私は好きよ」
「ふン。
ちっと女々しいが……ま、悪かねェな」
俺の思い付きは、予想外に好評のようだった。
外野の解釈により、それっぽい理由も勝手についてきている。
ひとまず都合が良いので、俺もそれに乗らせてもらうことにした。
「ってことですけど、どうですか。
ナスレグ村長」
「うん、異論はないよ。
じゃあ決定だ」
「え……。
言った人間がなんなんですけど……そんな軽い感じでいいんですか?」
「なら、もうちょっと悩んでみるかい?」
「……いや、それは遠慮します」
「はは、そうだろう?
こういうのは、思い切りが肝心なんだよ。トーヤ君。
答えが無いからこそ、トーヤ君が良いと思ったならそれが正解なんだよ」
「そんなもんですかね」
「ああ。
きっとね」
───こうして、今日。
クロキアの地図に、新たな名前が記された。
名も無き小麦畑の村、もといフリージア。
由緒のある立派な名前ではないが……最低限の外聞は保てるのではないだろうか。
迷いは未だあるものの、村長の言う通り、どちらにせよ交易をするには必要なものだったのだ。
だからきっと、これでいいのだろう。
俺は自分にそう言い聞かせ、どこかむずがゆい気持ちを誤魔化したのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




