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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第1章『フレイミア』
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第18話「赤と、茶」


翌日。



「ふあぁ……よく寝た」



テントから出ると、すでに俺以外の三人は起きて支度をしていた。



「あら、お寝坊さんのお目覚めだわ」


「おはようございます、トーヤさん」


「あぁ……おはよう。

 早いな、みんな」


「女の子は、身支度に時間がかかるのよ」


「えへへ。

 フィーニャの尻尾()き、気持ちいいですー」



なるほど、ミラーヤは尻尾に櫛を通してもらっているようだ。


ブランシュに関してはもう支度を済ませてしまったのか、すでに鎧を着こんで座っていた。



「ブランシュ、貴女も髪ぐらい整えてあげましょうか?」


「……いや、遠慮しておく」


「そう。

 レディなんだから、少しは自分に気を遣ってほしいのだけれど……。

 トーヤからも何か言ってあげて」


「ま、いいんじゃねぇか。

 ブランシュはサフィーアとは正反対のタイプの女性だろ。

 無理に合わせる必要もないと思うぜ。

 みんな違ってみんないい、ってやつだ」


「もう、トーヤまでそんなことを言うのね」



サフィーアは、俺の意見に少し頬を膨らませた。



「とにかく、今の貴方はその『いい』のレベルにすら達していないみたいよ。

 早く川に行って、顔を洗ってきなさいな」


「はいはい……」


「……」



ブランシュは、まるで石像かのように静止したままだった。




────

──




川から戻ってくると、全員が荷物をまとめ終えていた。



「あとは貴方だけよ、トーヤ」


「悪い、すぐ支度する」



テントの中に広げた布を回収し、手早く鞄に詰める。



「あとはテントだけか、ブランシュ?」


「……」


「おーい、起きてっか?」


「ん、ああ……すまない。

 そうだな、片付けるとするか」



腰を上げたブランシュは、手際よくテントを解体していく。



「そういえば、なんか妙な匂いがしないか?

 空気が違うっつーか……」


「む。

 そ、そうか……?」


「ええ、私も思っていたわ。

 なんだか空気の味が違うみたい。少し落ち着かないわ」


「マナの影響ですね。

 このあたりはもう、クロキアのマナはほとんど届いていないようです。

 代わりに炎熱魔法のマナが満ち始めていますよ」



意外なことに、ミラーヤが(よど)みなく答えた。


これが、獣人特有のマナに対する敏感さというやつだろうか。



「ああ……なるほど。

 合点がいったぜ」


「……ゴホン。そういうことか。

 我々炎熱の民には感じられないが……貴殿らにとっては慣れないものなのだろうな」


「だな。

 この間、みんなで龍脈に行ったとき。

 コルヴィやブランシュが『あの場所近づくほど嫌な感じがする』って言っていた理由が、わかった気がする」


「そうね。

 でも、フレイミアのマナは嫌な気はしないわね。

 なんだか体の芯から熱くなってくるみたい。

 クロキアのマナがその反対……熱を奪うものだとしたら、不快な感じがするのも頷けるわ」


「わたしはクロキアが一番好きですけど、フレイミアもいいですねえ……。

 体がぽかぽかして、毎朝元気に起きられそうです」



会話をしながら、テントの撤収も終える。


仕舞われた先は、もちろんブランシュの背中の鞄の中。



それが終わる頃には、彼女もいつもの調子に戻っていた。



「さて、では出発するか。

 街まではもうすぐだ。

 そこで早めの昼をとって、王都行きの馬車に乗るとしよう」


「了解。

 サフィーア、いけるか?」


「ええ、大丈夫よ。

 ありがとう」


「どうしてもお腹がすいたら、村長さんからいただいた干し肉がありますからね~」


「ふふ……自分に言ってるのかしら?

 ほら、よだれを拭きなさい」


「はっ。いけません、つい……」



昨日よりも明るい雰囲気の中、歩き出す。



真っすぐに続く街道は、ほとんどが見晴らしのいい草原の中だった。


たまに木々の間を抜けることはあっても、先が見えなくなることは無かった。




そして、平坦な道を往くこと数時間。


俺たちは無事、最初の街に到着した。



「着きましたー!」



到着したのは、クロキアの村以上、城下町以下の大きさの街だった。



そこはどうやら、街道から区切りなく大通りに続いているらしく。


街の中心へと続くその道は活気に満ち溢れており、通る人たちの喧騒がここまで届いてくるようだった。



しかし、石やレンガの街並みはクロキアと似ていたが……俺はどこかに違和感を覚えていた。



「ここがフレイミアの街か。

 ……なんか、建物の雰囲気とかがクロキアとは違うな。

 何がとは言えねえけど」


「材質……かしら?

 家の扉や、店の看板、そこに並んでいる器もそう。

 人々が運んでいる()れ物も含めて、金属製の物が多く見えるわ」


「さすが、王の眼は鋭いな。

 サフィーア殿の言う通り、フレイミアは鉄鋼技術で栄えている国だ。

 国民性も、クロキアのように上品では無いぞ」


「たしかに、人の密度はクロキアと変わらないように見えるが……騒がしいな」



住宅と商店が立ち並ぶ通りには、想像以上の活気があった。


活気というよりも、ここまでくれば熱気と言った方が近いのかもしれない。



「これでも王都と比べればまだ静かな方だがな」


「へぇ……」


「さて。

 歩きながら、どこか落ち着ける場所を探すとしよう。

 目的地は、街の東側。

 王都行きの馬車が留まっている場所だ」



俺たちは、大きい荷物を持ったまま歩き出す。



「なあ。

 なんか、おすすめの食いモンとかはあるのか?」


「ふむ……特には思いつかないな。

 私が食にこだわってこなかったから、というのもあるのだろうが」


「そうか。

 まぁ、自国の名産品……とか言われても、他国と比べる機会が無けりゃわからんよなぁ」


「すまないな」



周りを見回していると、突然ミラーヤが一歩前に出た。



「くんくん……あちらから良いスパイスの香りがしますよ!

 嗅いだことのない匂いです!」


「あら、頼りになる子が一人いたわね」


「そうみたいだな。

 今回はミラーヤの鼻に頼るとするか。

 ブランシュも、それでいいか?」


「ああ、構わない。

 彼女の味覚と嗅覚なら、美味いものを見つけてくれるだろう」


「ふふ、信頼いただいているようで嬉しいわ」


「……まぁ、あれだけ美味いものを振舞われればな」


「みなさーん! こっちですよ!」


「はいはい、待って頂戴ね」



ミラーヤは早足で匂いを辿って行く。


彼女の尻尾を目印にするのは、これで二度目だった。





────

──





「お、その鎧は軍人さんか。

 お勤めご苦労さん」



店に入るなり、店主が気さくに話しかけてくる。



「お連れの方も同じかい?」


「ああ、仲間の魔術師だ」


「すごい荷物だね、遠征かい。

 ひとまず、奥の広いテーブルを使ってくんな」


「恩に着る」



店内は、外から見る印象よりも広い場所だった。


木製のテーブルと椅子が、雑然と並ぶ空間。



時間が時間だけに、席はそこそこ埋まっているようだったが……当然ながら座っているのは皆、炎熱の民と思しき人たちだ。


店主の勧めの通り、俺たちは奥にある柱の裏。広めの席に陣取らせてもらった。



「ご注文は」


「適当な肉料理を人数分……いや、ひとまず二人分だ。

 ちょうど今匂っている、このスパイスの効いたものを」



ブランシュは言いながら、兜を外す。



「私は柔らかいパンを頂けるかしら」


「あいよ。

 兄ちゃんは?」


「俺もパンと……あと、冷たい水をもらっていいか」


「冷たい水だぁ?

 馬鹿言っちゃいけねぇ、んなモンおいてねえよ」


「ん……そうなのか。

 すまん、じゃあ普通に水を人数分」


「あいよ!

 ……にしても、冷たい水、か。

 兄ちゃんも変わってるねェ」



店主は笑いながらカウンターの奥に消えていく。



「……注文が、豪快ですね」


「そうか?

 こういうものだろう」


「ていうかブランシュ、料理は二人分でよかったのか?」


「まぁ、そうだな。

 来たものを見ればわかるさ」


「なるほど?」


「でも、今日は鎧を脱がないのね。安心したわ」



ブランシュは、兜と手甲だけを外した状態だ。



「……以前と違い、この後すぐに出るからな。

 それに、このまま食うのには慣れている」


「そう」



今度は店主とは違う女性がやってきて、人数分の水を置いていく。



「ありがとう」



サフィーアが礼を伝え、俺はその中の一つを持つ。



そして、少しだけ魔法を行使した。



すると間もなく、コップの外側が水滴で曇り始める。


手に伝わってくる、冷たい感覚。



魔法を使った冷水の、完成だ。



「慣れてきたわね」


「ああ。

 このぐらいなら、意識しなくてもできる程度には」


「良い事ね。

 これからも、その調子でお願いね」



こちらに向けられたサフィーアの真っ直ぐな微笑みを、コップに口を付けることで視界から隠す。



「ふむ……トーヤ殿の魔法も、やはり氷雪系なのだな」


「ああ……まあ、な。

 ちょっと変わった氷魔法だと思ってもらえれば」


「なるほど」


「ブランシュは? 炎の魔法なんだろ?」


「ああそうだ。

 私の炎熱魔法は『爆発』に近いな。

 魔術師たちのように、器用に炎の形を操るまではいかん」


「へぇ。

 同じ炎の魔法でも、人によって違うのか?」


「まぁ、そんなところだ」


「……そういえば。

 トーヤは炎の魔法や氷の魔法、と言っているけれど……」


「うん?」


「正しくは、『炎熱魔法』や『氷雪系魔法』と呼ばれているわ。

 どちらでも意味は通じるのだけれど」


「ほお」


「それと、同じクロキアの人間でも、得意な魔法は違うの。

 氷を作るのが得意な子もいれば、雪を降らせるのが得意な子もいる。

 フレイミアもきっと、炎の操作に傾倒した子もいれば、モノを熱するのに特化した子もいるんじゃないかしら。

 合ってる? ブランシュ」


「サフィーア殿の言う通りだ。

 一口に炎熱魔法と言っても、様々だな」


「へぇ……」



サフィーアに目線を合わせると、彼女はふわりと微笑んだ。


やはり、時魔法という言葉を避けたのは正解だったらしい。



「みなさん、お料理がきましたよ!」


「あいお待ち!」



今度は店主から、三つの皿が並べられる。


丸いパンがいくつか乗った皿がひとつと、巨大な肉料理が二つだ。



「いただこう」



手が空いた店主に、ブランシュが銀貨を数枚手渡す。



「まいどあり。

 じゃ、ゆっくりしていってくんな!」



それを片手で握ると、店主はまた店の奥に消えていった。



「お、お会計も豪快なんですね……」


「あれ絶対数えてないだろ……。

 てか、値段合ってるのか?」


「釣り銭など気にしていては疲れるだけだ。

 そもそも多めに渡しているからな、問題はないだろう」


「なるほど……」



改めて、フレイミアの懐の深さを思い知る。



「にしても……肉がやたらデカいな、こりゃ」


「言っただろう?

 こちらではこれが標準的な大きさだが……昨日までの三人の食事を見る限り、この量を食い切れるか怪しいと思ってな」



握り拳何個分だというサイズの肉が、二皿。


赤いソースに濡れたそれは、とてもではないが一人で食べきれる量ではなかった。



「ミラーヤ、嗅いでたスパイスの香りはこいつで合ってるか?」


「はい!

 とってもおいしそうな匂いがします。

 フレイミアでしか取れない食材を使っているのでしょうか……」


「国が違えば、気候も違う。

 育つ作物が違えば、食文化も変わるのだろうな」



そう言って、ブランシュはナイフを器用に使って肉を人数分に切り分けていく。



「ありがとう。

 私はパンもいただいているし、少しでいいわ」



サフィーアはというと、丸いパンを少しちぎってミラーヤに食べさせていた。



「あむ……パンもおいしいですね」


「俺も昨日から肉ばっか食ってる気がするからな。

 ミラーヤより少ないぐらいでいいよ」


「ふむ、やはり氷雪の民は小食だな。

 私も任務でなければ一人前を食いきっているところだが」


「どうしても、体のサイズがな……」



改めて、周りの席に座っている人間を見る。



炎熱の民と思しき人々は、もれなく全員が俺よりも良い体格をしていた。


皆一様に筋張った体をしていて、生きているだけでそれ相応のエネルギーを消費しそうな印象を受ける。



「わたしは、一人前いけますよ!」


「ふっ、ミラーヤ殿の食欲は目を見張るものがあるな。

 王都に着いたら、また美味い店でも探してもらうとするか」


「はい!

 ぜひ一緒に、食べ物屋さんをめぐりましょう!

 知らない食材、新しいレシピ。今から楽しみです……!」


「ふふ……。

 取り分けありがとうブランシュ。

 それで、王都に着くのは今夜だったかしら?」


「そうだ。

 今回使う馬車は、かなり大きいのでな。

 乗客が私たちだけなら、少し横になるぐらいはできるだろう」


「そう。

 ここからは楽ができそうね」


「このお肉、もちもちです……!」


「思った。

 美味いよな、それ」


「ふむ。

 これは……ディタリー豚だな。

 たしか、フレイミア南部の地方で畜産されていたはずだ。

 食感が独特なので、私も記憶に残っている」


「なるほど……やっぱりスパイスだけじゃなくて、色々違うんですね。

 はあ……ここのメニューにあるもの、一度ぜんぶ食べてみたいです……!!」



飯を食いながら飯のことを考えるとは、さすがミラーヤだ。



それは料理への探求心から来るものか、それとも単純な食欲だろうか。


どちらにせよ彼女の食べっぷりを見ていると、果物屋の店主やナスレグ村長を始めとした周囲の人間が彼女を気に入るのも理解できた。






─────

────

───

──






その後俺たちは、予定通りの馬車に乗った。



ブランシュの言っていた通り、王都行きの馬車はそこそこに巨大なもので。


先頭には、巨大な馬が二頭。



布で覆われた客席には、十人程度なら座れそうなほどの長い椅子があしらわれていた。


なんだかんだ午前の行軍で疲れていた俺たちは、交代で休みながら王都へ向かうことにした。






そして、夕方。


俺が船を漕いでいる間に、馬車は王都に到着していた。




「今度は都会ですー!」


「おお……こりゃすごい」



フレイミアの王都についてすぐ。


何よりも目を引いたのは、馬車の発着場からでも見える巨大な城だった。



(……あれが、フレイミアの王城か……?)



黒を基調としたそれは、ともすれば要塞とも呼べる見た目で、ちょうど街の中央に屹立(きつりつ)していた。



ここからでもそれが見えたのは、城がやや高い場所にあるためだ。


そのため、外縁(がいえん)であるこちらに向かって緩やかな下り坂が続いていた。



(なるほど……面白いな)



どうやら、町全体がなだらかな円錐(えんすい)状の構造になっているらしい。



中心に王城。


そしてその周り360度に城下町、という全体像なのだろう。



「王城に向かうとなると、こりゃちょっとした登山だな」


「ああ。

 王城と外縁の往復は、いい鍛錬になるぞ」


「だろうな……」


「……それにしても、この空気はどうにかならないのかしら。

 空が灰色に見えるわ」



サフィーアが言っているのは、家屋の煙突から立ち上る、黒い煙のことだろう。


それら煙を吐き出す建物は城下町全体に点在しており、フレイミアの景色の一部と化していた。



「それは、製鉄所や鉄工所から立ち上る煙だな。

 製鉄から鍛造、切削に接合加工まで。

 それらを行う工房が、国のいたるところに存在している。

 フレイミアに住んでいれば、嫌でも煙を食えるようになるさ」


「製鉄所?

 ……そうか、炎熱系の魔法を使えるから……」


「その通りだ。

 炎が自由に扱えるのは、製鉄に有利というわけだな。

 今朝話した通り、フレイミアは鉄工技術で発展してきた国だ」


「それで前の街でも鉄製品が多かったのか」


「ああ。

 点火や温度の調整が適切であれば、それがそのまま金属の質に繋がる。

 マナを使った炎の管理も、炎熱の民特有の身体の強さも。フレイミアという国は、それらの要素全てが鉄工業に適しているのだ。

 特にフレイミアで出来た武具は、価格が安い上に丈夫だと有名でな。

 他国と行き来する行商人とも、少しではあるが取引をしている」


「へぇ……そりゃ、町中から煙もあがるわけだ」



あちこちから上がる灰色は、僅かにではあるが確実に空を濁していた。



「ごめんなさい。

 私には貴女の言う『煙を食べる』というのは難しそうだわ……」



こほ、こほ。とサフィーアが咳込む。



「大丈夫ですか、フィーニャ?」


「そうか、慣れない人間にはそこまで負担になるか……。

 考えが回らなくてすまないな。

 この先に、私がよく遠征前に使っている宿がある。

 すぐに向かおう」


「頼むぜ」



活気のある通りを避けて、建物の間を縫うように歩くこと数分。


俺たちは、ブランシュの言う宿に到着した。



ブランシュの言った通り顔なじみの宿だったようで、彼女は受付と二、三言交わしただけで鍵を受け取ってきた。



「今からでも、晩飯を用意していただけるようだ。

 必要な者はあとで食堂に集まってくれ」


「ああ、助かるよ」


「サフィーア殿も、もう少し我慢していただけるか。

 もうじき日が沈む。工房が閉まれば、煙も止むだろう」


「ええ……」





────

──





晩飯を終え、部屋でくつろいでいると。


不意にノックの音が響いた。



「トーヤ、私よ。

 入っていいかしら?」


「開いてるぜ」


「お邪魔するわね」



ドアノブの後ろから、サフィーアの顔が現れた。



フレイミアの建物は、全体的に大きい。


それは炎熱の民の体格に合わせてのものだろうが……ここのドアノブに至っては、サフィーアの首ほどの高さにあった。



「っと……。

 ドアを開けてエスコートぐらいした方がよかったか?」


「しなくて正解よ。

 貴方がやっても、気味が悪いだけだわ」


「そりゃ残念」



テーブルの傍に椅子を二つ用意し、先に腰かける。



「ありがとう」


「体調は、もうよくなったのか?」


「ええ、おかげさまで」


「ミラーヤは?」


「私のご飯を作ったあと、寝てしまったわ」


「そうか、同じ部屋だったっけか」


「そうね。

 ブランシュが、わざわざ一番大きい部屋を取ってくれたみたいだから。

 ……私を心配して、ね」


「そっか。

 言葉は淡々としてる印象だけど……なんだかんだ、優しいよな。ブランシュって」


「本当にそう思うわ。

 面倒見がいい、と言うのかしらね」


「でも……だったらなんで、軍人なんかやってんだろな」


「そうね……。

 どうしてでしょうね」



サフィーアは考えるように目を閉じた。



煙のこともそうだが、やはり連日の旅で少し疲れているのだろう。


野営をしたこともあってか、彼女の艶のある髪にも珍しくほつれが見える。



「で、なんか用があったんじゃないのか?」


「用と言う用ではないのだけれど。

 ただ、少し眠れなくってね」


「昼間も馬車で少し寝たからな。

 わかるぜ」


「ええ。

 ミラーヤを起こすわけにもいかないし、ブランシュは鍛錬だと言って外に出て行ってしまったもの」


「そうか。

 前にやったチェスでも持ってくればよかったか?」


「チェス……あのボードゲームのことね。

 さすがにかさばっちゃうわ」


「たしかにな。

 それに俺たちは、物見遊山に来たわけじゃないもんな」


「本当よ」


「……明日の、フレイミアの王様との謁見(えっけん)

 昨日と今日で色んな事が起きすぎて忘れかけてたが……それが本来の目的だったよな」


「ええ」


「サフィーアは、なんか話すことは考えてんのか?」


「そうね。

 一応考えてはいるけれど……その場の流れに合わせて、かしらね」


「なるほど」


「トーヤは?

 わざわざ指名された顧問魔術師様として、何か伝えたいことはあるの?」


「んー……そういうわけじゃないが、あるにはあるぜ」


「あらそう、意外だわ。

 貴方個人としてのお話、ということね?」


「ああそうだ。

 大袈裟に言えば、俺がこの世界で生きる目的、やりたいこと。

 ……そういうのに繋がることだな」


「やりたいこと……?

 ……もしかして、トーヤは。

 顧問魔術師をやめるつもり、かしら……?」


「そういうわけじゃないさ。

 クロキアには居させてもらうよ。

 ただ、いつまでもサフィーアに頼ってばかりじゃいられないとも思っててな」


「そう……。

 私はトーヤを一生飼ってあげるつもりでいたのだけれど」


「それはそれでアリなんだろうが、飼い殺しはゴメンだな。

 ま、あくまで上手いこと行けば、だぜ」


「……そう。

 何か考えがあるのね」


「ああ。

 言うだけタダってやつだ。

 上手くいかなけりゃ、しばらくはまたサフィーア様に首輪をつけてもらうことにするさ」


「じゃあ、期待してるわね」


「はっ、どっちの意味でだ?」


「ふふ……どちらでしょうね」



サフィーアはまた、静かに笑う。



「さて……そろそろお暇しようかしら」


「なんだ、もういいのか」


「ええ。

 少し笑ったら、また眠くなってきたわ。

 それに本当は……貴方が明日のことで必要以上に緊張していないか、見に来たのよ。

 杞憂(きゆう)だったけれど、ね」


「そういうこと、か。

 安心してくれ。誰かさんのおかげで、ここ最近ずいぶんと胆力が鍛えられたからな」


「じゃあ、その人に感謝しておかなくちゃね。

 ……椅子、ありがとう」


「ああ。

 おやすみ」


「ええ、おやすみなさい」



サフィーアは巨大なドアを少しだけ開けて、その隙間に身体を滑り込ませるようにして部屋を出て行く。


その姿に、ふわりと揺れる長い髪が挟まってしまわないか心配になった。



「さて……寝ますか」



そして俺は、ベッドに視線を向ける。



部屋が大きければ、どうやらベッドも大きいようで。


人ふたりが寝られそうなほどのそれは、その無骨な見た目に反してほどよく身体が沈む仕組みになっていた。



(おお、これは……)



さすがブランシュ御用達の宿というところだろうか。


俺は鍵を閉めるのも忘れて、すぐに寝入ってしまった。







────

───

──






翌日。


少しばかりの身支度をしてから外に出ると、ちょうどサフィーアたちも部屋から出てきたところだった。



「あっ、おはようございます。トーヤさん!」


「おー、おはよう。

 元気だなミラーヤは」


「こっちに来てから、寝覚めがよくなりまして!」


「あら、おはようトーヤ。

 起きてたのね」


「今さっきな。

 ちょっと水でも飲もうかと思ったんだが」


「起こす手間が省けたわね。

 準備が出来ているのなら、もう出発しましょうか」


「ん、早いな。

 俺は構わないが……ブランシュは?」


「もう鎧を背負って、外で待っているわ」

 

「なるほど、んじゃ待たせたら悪いな。

 いくか」


「ええ」



荷物はそのままに、王城へと出発するために外へ出る。


そこで見慣れた赤い鎧の主と合流し、俺たちは黒い城へと歩き始めた。



「よく眠れたか?」


「そこそこ、な」


「わたしはぐっすりでした!

 やっぱり、テントよりベッドで寝る方がいいですねえ」



当たり前のことを嬉しそうに言うミラーヤに、思わず三人から笑みがこぼれる。



「ん……そういえばサフィーア。

 今日はなんか、服装が違うな」


「あら、ようやくお気付きかしら?」



前を歩いていたサフィーアがくるりと振り向き、後ろ歩きをしながらいたずらっぽく笑う。



「ああ。

 なんか、服っつーか……『お召し物』って感じだな」


「はい。

 トーヤさんの仰るとおりで、それは儀礼用の正装です!

 かわいくてかっこよくて、とってもフィーニャらしいですよね」



サフィーアは昨日まで俺やミラーヤと同じローブ───つまり顧問魔術師の装いをしていたのだが、今日は違っていた。



白と青を基調としたフォーマルなワンピースドレスに、様々な装飾がはためく厚い生地のマントコート。


それらの組み合わせが、ほどよく中性的な印象を与える服装で。


彼女の持つ女性らしさと、王としての威厳。その二つを上手く両立させていた。




「たしかに。

 いつになく王様らしいな」


「こんな時ぐらいはね。

 でも、もう少し褒めてくれたっていいのよ?」


「似合ってる似合ってる。

 だから前を向いて歩いてくれ」


「ふふ、ありがとう」



再びドレスの裾を翻し、サフィーアは前を向く。



流れるようにたなびく白銀の髪に、昨日までのほつれは見当たらず。


その表面はまるで貴金属のように陽光を反射していた。



「言い忘れていたが、玉座は王城に入ってすぐだ。

 私の任務は、サフィーア殿たち三人をそこに送り届けるところまでとなっている」


「扉一、二枚の先にもう玉座があるということ?」


「ああ。

 その言い方で言えば、一枚になるが」


「そう。

 大胆な構造なのね……」


「そういうものだ。

 前も言った通り、大オヤジに意見をすることなら簡単にできるからな。

 それが通るかどうかは別として、だ」


「王様との距離が近いんだな。

 精神的にも、物理的にも。

 その点はクロキアと似てるか?」


「そうね……。

 国民からの相談は、できる限り私が直接聞くようにしているけれど。

 それでも、フレイミアほどじゃないと思うわ」


「たしかに、サフィーアは王城で誰よりも経験が長いからっていうのがあるんだろうが……フレイミアはまた事情が違うだろうしな」


「そこは、お国柄ね」


「だな」


「私も同意見だ」



話が一息ついたところで、ミラーヤが口を開く。



「……ブランシュさん」


「どうした、ミラーヤ殿?」


「わたしたちを送り届けてくださるところまでが、ブランシュさんのお仕事なら。

 ブランシュさんとは、これでお別れってことですか……?」


「王との会談には、私も立ち会う気ではいるが……そうだな。

 国を離れていた間にたまった仕事次第では、すぐにその場を離れる可能性もあるだろう」


「そうですか……」



ミラーヤはしゅん、と耳を下げてしまう。



「せっかくブランシュさんとお友達になれたのに。

 まだまだ一緒に、食べ歩きなんかもしたかったです……」


「ふっ……お友達、か」



彼女の緊張感のない言葉に、ブランシュが笑った。



「本来であれば、貴殿らは賓客。

 そして私は、護送のために国から送られてきたただの軍人だ。

 友人というには、あまりに遠い関係のはずなのだがな」


「でも……」


「ただ……ミラーヤ殿がそう望むのなら、それもいいだろう。

 軍人としては『お別れ』でも。

 例えば、仕事を終えた後に街で夕食を共にすることぐらいはできるだろう。

 友人としてなら、な」


「ブランシュさん……!!」


「こちらも、ミラーヤ殿たちと共にいた時間は悪くなかったと思っているさ。

 久しぶりに国外の人間と話せて、良い刺激にもなった。

 この鎧を着ている間は、友人と呼ぶことはできんが……それでもよければ、また会えよう」


「えへへ……わかりました!

 わたしきっと、おいしいお店を探しておきますね!」


「ああ、期待しておこう」



ミラーヤはよほど嬉しかったのか、しばらくの間尻尾を揺らしていた。



「でも、一応はここでお別れなんだよな」


「ああ。

 サフィーア殿にもトーヤ殿にも、世話になったな」


「こちらこそよ」


「案内、助かったぜ」


「またフレイミアに来ることがあれば言ってくれ。

 いつでも顔を出そう」


「そうするよ」



社交辞令ではない挨拶を済ませ、俺たちは坂を上る。


気付けば、黒鉄の城も目の前だった。



「お戻りでしたか、ブランシュ様!」


「ああ」


「ブランシュ様! 遠征、お疲れ様です!」


「ああ、そちらもご苦労」



王城に近付くにつれて、ブランシュに気付く人間が多くなってくる。


そしてそのほとんどが、鎧を着た兵士だ。


きっと、ブランシュの指揮下の軍人たちなのだろう。



「……ご苦労様です、教官」


「教官はやめろと言ったはずだ、カデール」


「へい」



見るからに寡黙で屈強そうな男すらも、足を止めてブランシュに挨拶をしている。



「……なあ、サフィーア。

 もしかして、ブランシュも結構偉い立場なのか?」


「証人として来るぐらいだもの。

 顧問魔術師と同じぐらいの発言力はあるんじゃなあい?」


「王様に直接話ができる程度の、ってことか?」


「……別に、直接聞いてもらってもかまわないのだぞ。

 トーヤ殿」



通りすがる軍人たちに声をかけていたブランシュが、肩越しにこちらに声をかけた。



「悪い、なんか聞きづらくてな」


「いや。

 一軍人、としか名乗っていなかった私も悪いだろう」


「でも実際、どうなんだ?

 ブランシュの軍人としての立場ってのは」


「そうだな。

 サフィーア殿が言っていたことに近いだろう。

 少しばかり、王には口が利く立場ではある」


「へぇ。

 軍人は軍人……なんだよな?」


「ああ。

 位としては、上から片手で数えられる内には入るのだろうな」


「おおう……かなり偉いんだな」


「ちなみに、その中のトップは大オヤジ殿だ。

 残りの面々も、退役寸前の老人ばかりだがな」


「おいおい。

 じゃあ、実質的にはほぼブランシュがトップみたいなもんじゃねえか?」


「誰が上というわけでもないのだろうがな。

 私自身、肩書きには興味がない。

 ただ……実力でなら、誰にも負けん自信はある」


「なるほど……だからブランシュ様、ってわけだ。

 前に言ってた通り、強いヤツが上にいくと」


「シンプルで良いだろう?」


「ああ、全くだ」



つまり彼女は、フレイミアでも最強格の人間ということだろう。


こちらも素手で熊を倒せる人間が何人もいるとは思いたくはなかったので、少し安心した。






「さて、到着だ」



そして歩くことしばらく。


俺たちは、王城の足元まで到着していた。



「おー……近くでみると、こりゃまた」



横幅だけでも、クロキアの王城の倍はあるだろうか。


見上げると首が痛くなるほどの圧迫感だった。



近付くまでは要塞のようだと思っていたが……それは間違いだった。


城の各所には、()()ぎの拡張を繰り返したような跡が見られる。



その改築は、歪で、無秩序で。


まるで身体の各所が好き勝手な方向に成長を遂げた、ひとつの生命体にすら見えた。



「なんか、今にも足が生えて動き出しそうだな」


「ふっ、なんだその感想は……。

 開けてくれ」


「はっ!」



ブランシュが番兵に声をかけると、黒鉄(くろがね)の城がゆっくりと口を開く。


鉄同士が擦れる軋轢(あつれき)音は、どこか獣の咆哮のようにも聞こえた。



「さて、玉座はすぐそこだ」



高い靴音を立てて進むブランシュについていくように、俺たちも王城に足を踏み入れる。


人間が数百は入れるかと言ったエントランスには、無数の扉と階段が存在した。



そしてその中央、俺たちの目線の先にはすでに玉座が見えていた。



途中にひとつ細い通路はあるものの、玉座までの間に扉は無く、地続きになっている。


少し距離はあるが、ブランシュの言う通り扉一枚を開けてすぐに玉座が見える構造だった。



「さて、フレイミアの王様はどんな方なのかしら」


「豪快。

 一言で表すならそれだ」


「ブランシュよりもか?」


「私など、比べ物にならんよ」


「なるほど……」



緊張からか、自然と顔が引き締まる。





そして玉座の間に入った時、最初に声を上げたのはブランシュだった。





「大オヤジ殿!

 クロキアからの客人を連れて参りました」



その声に、玉座にかけていた人物が反応する。


側近と話していたらしいその人間は、こちらを認め立ち上がった。



「おう!

 ブランシュか、ご苦労だったな」



その人物は数歩の階段を降り、俺たちの目の前までやってきた。


彼は同じ高さに立ってなお、甲冑を着込んだブランシュよりも大きい身体の持ち主だった。



「アンタ方が、クロキアからの」


「ええ」


「そうか……こんなところまで、本当によく来てくれた。国を代表して感謝するぜ。

 ここじゃなんだ、俺の執務室まで行こう。

 おいブランシュ!」


「はい。

 案内しましょう」



あちらの王に挨拶をする間もなく、ブランシュが歩き出す。


ひとまずそれに連れられるようにして、俺たちは巨大な執務室に辿り着いた。



「どうぞ」



入口にいた兵士が扉を閉めてくれた後。



ローテーブルを挟んで一対三の形で、ソファに腰かける。


促したブランシュだけが、フレイミア王の隣に立っている状況だ。



「……今回ァ、本っ当にすまなかった!」



開口一番。


テーブルに額をぶつけるかという勢いで、フレイミア王が頭を下げた。



「若いのから話は聞いた。

 まずは、ウチで出来る限りのことをさせてもらうつもりだ。

 家の立て直しに、畑の分の金も出す。

 ケジメとして俺が顔を出さにゃならんのなら、どこへでも引っ張り出してくれて構わねぇ……!」



頭を下げたまま、唸るように低い声で謝罪するあちらの国の王。



「……お顔を上げていただけますかしら、フレイミア王」



それを見て、平坦な声で返事をしたのはサフィーアだった。



ミラーヤはもちろん、俺もサフィーアの言葉を待つだけだ。


政治的な場面で、俺たちが率先して口を開く必要はない。



「私は現クロキア王、サフィーア・ザモロツェヴナ・プラファドナーヤ。

 まずはご招待を頂いたことに、お礼を申し上げますわ」


「とんでもねぇ。

 こっちの都合で呼びつけておいて、申し訳ねぇ限りだ」



しゃがれた声を出しながら、フレイミア王は顔を上げる。



彼の赤錆のような色の髪の毛は顎まで繋がっており、輪郭全てが毛で覆われているようだった。


その巨躯と同じく、一度みたら忘れられない相貌(そうぼう)だ。



「いいえ、その上で招待を受けたのは私たちの方ですもの。

 それで、そちらは」


「ああすまねぇ、遅れたな。

 俺ァ、デファンス・グランダルシュ。

 現王だ。

 ……にしても、嬢ちゃんがクロキアの王様か」


「意外でして?」


「あァ、いや。

 氷雪の民は、寿命が長く見た目が若いと聞いてたが……それでもな」


「これでも私は、貴方の何倍も長く生きていてよ。

 ……まぁ、それでもこの年齢でこの見た目なのは、クロキアでも私ぐらいですけれど」


「そうか……そうだったな。

 いや、気を悪くしないでくれ」


「ええ。

 ほら、二人も」



サフィーアに促され、俺とミラーヤも姿勢を正す。



「お初にお目にかかります。

 顧問魔術師をしております、ミラーヤと申します」

 

「同じく、烏兎 凍矢です。

 書簡にコルヴィと拇印をついたのが俺で」


「ほう……。

 じゃあ、アンタがあの『フード付き』か」


「……ええ、まぁ」



傷と皴だらけの浅黒い皮膚から覗く澄んだ瞳が、俺を見据える。


それはサフィーアと同じ、人を見透かす類の眼だった。



「あのバカどもを、よく止めてくれた。

 アンタにゃ、感謝してもし切れねぇな」


「いえ……」



デファンスと名乗った王は、皴のある顔をさらにしわくちゃにしてニカリと笑う。



国を代表する者同士の話し合いだというのに、彼はサフィーアと違ってかしこまる様子も見受けられなかった。


聞いていた通り、豪快で熱い人物ということなのだろう。



そしてその振る舞いの差こそが、両者の国民性をよく現していた。



「改めて……クロキア王も、本当にすまなぇな。

 もう一度伝えておくが、ウチはクロキアに敵意があるわけじゃない。

 言い訳をするつもりはねぇが、今回の事はあくまで若いのが暴走しちまっただけだ。

 それだけは信じてほしい」


「ええ、それは伝わっていましてよ。

 貴方やブランシュの態度から」


「ありがとよ。

 ……つっても、下のモンがやっちまった事の責任は俺にある。

 重ねて言うが、ウチでできる限りのことをさせてもらいてェんだ。

 俺個人としても、クロキアとの関係を悪くするつもりはねぇ」


「それはこちらも同じですわ。

 クロキアとしては、そちらの提案する対応をそのまま受け入れるつもりです」


「ありがてぇ。

 ……しかし、他に俺たちでできるこたァねぇか。

 人でも金でも、あるだけ用意しよう。

 この際だ、なんでも言ってくれ」


「いいえ。

 王である貴方が、頭を下げた。私たちはそれで十分だと思っています。

 被害を受けた村の民も、貴方たちに敵意はもっておりませんから。

 そして、そちらも全力で事後処理に当たってくれる。

 その言葉を信じて、今回のことは水に流しましょう」


「そうか……頭が上がらねぇな。

 だが、その信頼には絶対に報いて見せるぜ」



サフィーアが選んだ道は、最も平穏なものだろう。



クロキアはただ現状の回復のみを要求し、過度に被害者ぶることもない。


それに対しあちらが最善を尽くしたという事実が残れば、フレイミアの面子も保つことができる。



フレイミアの王が礼を言ったのも、それを理解しているからだろう。


やはり両者ともに、事を大きくするつもりはないようだ。



むしろ今回の事件を、ただ『話し合いの場を設けるきっかけだった』という過去にしたがっているようにも見えた。



「具体的な計画や規模については、後ほどでよろしいかしら。

 他にもお話ししたいことが、いくつかありますの」


「ああ、なんでも聞いてくれ。

 こっちは逃げも隠れもしねぇ。

 ……だからよ」



そう言って、彼はまた前のめりになる。



「嬢ちゃんも、腹ァ割って話してくれると嬉しいんだが」


「……ええ。

 なら、お言葉に甘えましょうか」



それを聞いて、サフィーアは少し姿勢を楽にする。


同時にフレイミアの王も、首元のボタンを片手で乱暴にいくつか外した。



場の空気が、どこか和らいだのを感じる。


被害者と加害者の関係はここまで、ということだろうか。



「具体的には、二つよ。

 一つは、今回の事の発端について。

 もう一つは、そちらの若い子たちの処遇について。

 まずは前者ね」


「ああ、それァ俺も聞こうと思ってたところだ。

 何があいつらをそこまでさせたのか……気になってたんだ」


「そちらとしては、何か掴んでいて?」


「いいや。

 コルヴィ以外の先に帰ってきた奴らをシメてやったが、何も吐かなかった。

 ま、想像通りだったがな」


「想像通り?」


「ああ。

 ……その前に、ウチの国の文化をちィとばかし話しておくか」


「ええ……聞きましょう」


「ありがとよ」



彼は、サフィーアと同じように姿勢を楽にして話し始める。



「ウチの国じゃあな。

 数年に一度、派手な喧嘩が起きるんだ」


「喧嘩……と言うと?」


「あァ。

 若いのが中心になって、国や社会への不満なんかをぶつける。いわば祭りみてェなもんだな。

 たまにまともな意見が出ることもあるが……大抵は、大したきっかけじゃねェことが多い。

 つまりまァ、ケツの青い奴らが持ちがちな自信や反骨精神ってヤツだ。

 そいつが爆発して、でけェ喧嘩に発展する。

 そンで、それを最終的に、軍人や大人たちが実力で鎮圧するんだよ。

 社会は甘くねェ、お前らはまだ弱ェ。ってのを思い知らせてやるんだ。

 ま、そこまで合わせて一種の風物詩みたいなもんだな」


「……野蛮ね」


「はっはっは!

 そうだな、野蛮だ。

 だが、その一言で片付けるにゃちと勿体ねェ。


 そりゃ俺たちだって本気でやりあってるわけじゃねェし、拳以外の武器を使うのもご法度(はっと)だぜ。

 しかし、それが若いのにとっちゃガス抜きにもなるし、先達(せんだつ)の偉大さを知る良い機会にもなる。

 それがお互いの活力や刺激に、ひいてはこの国の未来の力になってンだろうな。

 拳でしか伝わらねェことがあるってのを、皆わかってんだ。

 ……そっちの国じゃ、考えらんねぇかもしれねぇがな」


「ええ……仰る通りよ」


「だけどな。

 俺たちにゃ、それだけ時間が無ぇんだ。

 それこそ氷雪の民の半分程度しか、な。

 燃えるように生き、火の(つい)えるように死んでいく。

 それが、フレイミアで最も()しとされる生き方だ」


「……理解はしたわ。

 それで、そのことが今回にどう関係があって?」


「あァ、そうだった。

 ま、つまり今回もそれと同じだったってことだ。

 あいつらにとっちゃ、暴れられるならなんでもよかったんだろうよ。

 だから全員、『コルヴィとダンナについていっただけだ』ってな。それしか言わなかったぜ。

 ……少なくとも俺ァ、そう感じた」


「そうだったのね」


「もちろん、ぶちのめすついでにキツく言ってやったぜ。

 ウチの国の中じゃまだしも、他人(ひと)様を巻き込むのは違うだろうってな。

 だが、それだけだ。それ以上は、頭であるコルヴィ自身に聞かねェとわからんだろうな」


「そう……。

 きっかけはわかったわ。

 なら、こちらもわかっていることを話しましょうか」


「おう、頼むぜ」


「こちらとしては、今回の襲撃に最初から違和感があったの」


「ほォ」


「そもそもの話だけれどね。

 昔からクロキアとフレイミア、その国境付近で少しの諍いが起きることは珍しくなかったの。

 だけどその中で、人ではなく村自体が狙われるのは初めてだったわ」


「なンだ、そんなことがあったのか?」


「ええ。

 私が王になってからだけでも、二回。

 でも、どちらも簡単な苦情みたいなものよ。山や川なんかの自然資源の使い方についてのね」


「そうか……そりゃ知らなンだ。すまねェな」


「知らなくて当然よ。

 どちらも、百年以上は前のことだもの」


「はっ、なるほど。

 そりゃ俺が知らねェわけだ」


「結局今回のことも、終わってみれば理由自体は簡単だったわ。

 私たちクロキアの龍脈から漏れ出るマナを、そちらが魔術兵器だと勘違いした。

 だから、あの子たちには村を襲うだけの大義名分があった。

 大筋で言うと、そんなところね」


「そこまでは、俺が聞いた話と一緒だな」


「ただ……マナが漏れていることにフレイミアの人間が気付いたという事実が、妙なのよ。

 龍脈の封印が弱まっていたとはいえ、国外の人間までが気付くような状態では無かったわ」


「たしかに、な。

 ……となると、事前にクロキアに行った上で、ウチのモンを手引きしたやつがいる。か?」


「そうね。

 フレイミアではどうか知らないけれど……クロキアでは龍脈の存在自体、国民に明かしてすらいないわ。

 だから気付くとしたら、それは外部の人間」


「……コルヴィたちの言う、『ダンナ』か」


「その可能性が最も高いと思っているわ。

 その子たちをそそのかしたのも含めて、ね」


「はァ……どうやっても、そこに行きつくんだな」


「心当たりがあって?」


「いや……俺も、帰ってきた奴らからその呼び名を聞いただけだ。

 だが、あいつらがそそのかされたってのがどうも引っかかってたンだ。


 特に、コルヴィだな。

 ハッキリ言って、あいつァバカだ。バカだが……一本芯の通ったバカだ。

 だから最初にこのことを聞いたときは、俺も驚いたぜ。あいつが他の国に行ってまで、何かをしでかしたってのがな。

 そこには必ず、あいつをそこまでさせた何かがある。

 そんでそれを与えたのは……『ダンナ』ってヤツだろう。ってな」


「考えが同じなら話は早いわ。

 ミラーヤ、あれを出してもらえる?」


「はい。こちらです」



ミラーヤが鞄から大きめの布を取り出し、テーブルの上に乗せる。



「……こいつァ」


「それが『ダンナ』と一緒にいた人間が身に着けていたローブよ。

 そうよね? トーヤ」


「ああ、そうだ。

 実際は人間じゃなくて泥人形みたいな何かだったんだが……間違いない。

 俺が殺したヤツのものだ」


「嬢ちゃん、触ってもいいか?」


「ええ、どうぞ」



フレイミアの王はローブを指先で摘まみ上げ、ひとしきり眺めた。



「マナの残滓(ざんし)は、きっとあるはずなのだけれど……。

 うちのミラーヤに見せてみても、ほとんど何もわからなかったわ。

 ……どこか嫌な感じがする、ということ以外はね」


「たしかに、こりゃクセェな。

 感じた事の無ぇ『悪意の塊』みてぇなモンが、ひしひし伝わってくるぜ」


「えっと……おっしゃる通りです。

 わたしも探れるだけ探ってみましたが、同じ意見でした。

 これは、感じた事のない魔法の気配です。

 魔法のはずなんですが、残っているのはマナというよりも……まるで恨みや憎しみと言ったような『人の暗い感情』のようなものの塊で。

 とてもじゃありませんが、正体なんてわかりませんでした……」


「ふゥむ……」


「万が一と思ったのだけれど……そちらにも心当たりがないのなら、お手上げね」


「ああ。

 当たり前だが、こんなモンがウチの炎熱系魔法の痕跡なわけがねぇ」


「でも、このローブの持ち主が貴方の国にいたのは事実なのよね。

 だから、この件はそちらにもご協力いただこうと思って。

 これを調べることで貴方の国民をそそのかした犯人がわかるのなら、そちらも望み通りでしょう?」


「違いねェ。

 しばらくウチの国で、分析と調査をしてみるぜ。

 悪ィがこのローブ、預からせてもらってもいいか」


「ええどうぞ。

 こちらには同じものがもう一着あるから」


「恩に着る。

 何かあったらすぐに報告しよう」


「お願いするわね。

 ……それで、もう一つの話なのだけれど」


「あァ。

 うちの、バカどもの処遇だな」


「ええ。

 それはトーヤから」


「……俺から?」


「このことを一番知っているのは貴方とヴェルニグでしょう。

 こちらとしては一度決定を下していることだし、ここからは貴方に任せるわ」


「まぁ、そうかもだが……」


「へェ……ボウズがか」



突然お鉢が回ってきたことにより、少し困惑する。


まさかそれについてを俺が話すことになるとは思わなかったが……フレイミアの王を待たせるわけにもいかない。


一つ咳払いをして、話し始めることにする。



「あー……まず最初に、ですが。

 コルヴィたちの処遇は、そちらに任せるつもりです」


「ほォ」


「クロキアの法に、彼らのしたことに該当する罰則がないというのも大きいんですが……。

 被害を受けた村の村長も、大事にしたくないと言っていますので。

 ですので、クロキア側で彼らに何らかの罰を与えるつもりはありません」



改めてフレイミアの王と向かい合うと、あちらも俺に身体を向けた。



「なるほど。

 早く手放してェのか、こちらを信じてくれてンのか……。

 どちらにせよ、甘ェ対応だな」


「……ブランシュにも同じことを言われましたが、意見を変えるつもりはありません」


「ブランシュに?」



フレイミアの王は横目にブランシュを見るが、鎧の主は身じろぎすらしなかった。



「そうか……」



そう言って、王は親指と人差し指であご髭をつまむように撫でた。



「何にせよ、こちらとしてはコルヴィたちをお返しして、それで終わりのつもりです。

 その先の処遇はそちらに委ねますが……あまり重い処分はやめていただきたい、とだけ」


「ま、言いたいことはわかった。

 だがな……」



フレイミアの王は、テーブルに腕を置いてこちらを見据える。



「ボウズ、それがお前の本音にゃ聞こえねぇな」



その真っすぐな瞳に捉えられ、俺は言葉に窮した。



「今のお前の言葉は、正しいんだろう。だが、上っ面だけだ。

 ボウズ、王の嬢ちゃんと違ってこういう場で話し慣れてねえだろ?

 それは見りゃわかるぜ。

 でもな。だからこそ俺ァ、本音で話さねェ奴の話は聞かねぇって決めてんだ。

 ……わかるか?」


「……」


「俺ァお前の感情が知りてえ。心が聞きてェんだ。

 俺が王だからとか、ンなこたぁ気にすんな。

 話しづれェなら、敬語もやめちまえ。

 少なくとも、今のお前はコルヴィたちが言ってた『フード付き』には見えねぇ。

 ……今思ってっこと、お前の言葉で話してみてくれや」


「……じゃあ」



俺は少し体の力を抜いて、口火を切った。



「コルヴィたちに罰則は必要ない。

 改めて、それが俺の意見だ」


「……ほう」


「さっきも言った通り、こちらとしては大事(おおごと)にするつもりがない。

 人死にが出ていない上に、決して取り返しのつかないことは起きてないからだ。


 何より俺自身、アイツは信頼できる奴だと感じた。


 騙されてたことに気付いてから、大人しくなったのもそうだが……そもそもアイツは、正義感から動いてたんだと思う。

 そりゃ結果として家は焼いちまったってのはあるが、それは魔法のせいだ。

 もしアイツが炎熱魔法の使い手じゃなかったら、もっと被害は軽く済んでたはずだ。


 それに、コルヴィ以外の人間もそうだ。

 あいつらは、ダンナよりもコルヴィについていっていたように見えたんだ。

 そんで何より、コルヴィ自身もそれをわかってたんだろう。

 事が終わったあとも、あいつは何よりも仲間の解放を一番に望んでいたしな。


 つまり……アイツは自分で考えて、自分で動いてたんだよ。

 かといって、最終的に自分のやったことをダンナのせいにすることもなかった。


 だから、アイツの力は未来のために使われるべきなんだ。


 国から、罪人の烙印を押されて終わり。って結末だけは……絶対に違う」


「なるほどね……。

 それが、ボウズの答えか」


「ああ。

 アイツが言った『炎熱の赤に誓って』って言葉。

 俺には、あれが嘘だとは思えない」


「そうか……」



こちらを真っすぐに見据える瞳を、もう一度見返してやる。


すると。



「……っくっく……はァーっはっは!!」



突然、デファンスが大声で笑い始めた。



「いいぜ、気に入った!

 やっぱお前は、聞いてた通りのヤツだったぜ『フード付き』!」



ひとしきり笑い終えた後、デファンスは続ける。



「くっく……確かに、伝わったぜ。

 お前の『熱』がよ」


「……言いたいことが伝わったんなら、何よりだ」


「ああ。

 ならボウズの言う通り、フレイミアとしてコルヴィを罰するのはナシにしよう」


「そうしてくれ。

 たしかに俺たちは一度、コルヴィたちと戦うことになったが……それでも死人は出なかった。

 なら、これ以上物騒なことは勘弁願いたい」


「任せとけ。

 コルヴィの野郎は、俺が個人的に半殺しにするとして……今回の件は、それで終いにしといてやろう」


「おいおい……結局半殺しにはするのかよ?」


「たりめェだ。

 他人様に迷惑かけといて、お咎めなしっつーわけにゃいかねェだろ。

 だが俺も、わざわざ説教をするつもりはねェ。

 なら、ぶん殴るのが一番だ。そうだろ?」


「……ほどほどにしといてやってくれよ」


「おう、あいつ次第でな」



こうして、コルヴィへの正式な罰は保留となった。



「にしても……そうか。

 くっく……。

 拳じゃなく言葉でやり取りすんのも、たまにゃ悪くねェな」



話が終わった後も、デファンスは満足そうに何度も頷いていた。


だが、その様子は予想通りといった風だった。



俺は、試されていたのだろうか。


無論それは、不快な類のものではなかったが……どこかそう感じられたのだった。



「嬢ちゃんよ。

 クロキアにも、熱いのがいるんだな?」


「残念ながら、この子ぐらいよ。

 ……こちらからの話はこれで終わりだけれど、そちらは?」


「特にねェな。十分だ」



話は、一旦落ち着いたようだ。



元凶でもある『ダンナ』については、両国が調査を継続。


コルヴィたちについては、無罪放免とはいかないが、法の裁きは免れた。



そして次に始まるのは、被害を受けた村の補償の話だった。



「じゃあ、村の話に戻すわね」


「おう。

 ……おい誰か!

 水でも持ってきてくれ」


「承知いたしました」



部屋の入口で待機していた侍女が、一礼をして出て行った。



「まず、被害はこちらの通りよ」



サフィーアが一枚の紙を取り出しテーブルに置くと、デファンスがそれを持ち上げる。



「なるほど……一番デカいのは家が二件、か。

 住んでた人数はわかるか?」


「片方は一人、もう片方は二人ね」



前者は、アデレニエのことだろうか。



「そうか……すまねぇことをしたな、本当に」



デファンスが少し目を閉じるが、サフィーアは沈黙したままだ。



「……これに関しては、金か人かだな。

 どちらを選んでも、十分な補償をしよう。

 選んでくれ」



金か、人か。


つまり、家を建てる分の費用のみを負担するか、フレイミアの人間が直接建て直しを行うか。ということだろう。



「人でお願いするわ。

 私たちは、炎熱の民ほど身体が強くないもの」


「そうか。

 俺たちがしばらく村に入ることになるが、それでもいいのか」


「ええ。

 さっきも言った通り、村の子たちも特に貴方たちを恨んでいるとかは無いようだから……変なことは起こらないはずよ」


「ふン。

 こちらもそのつもりだが、一応な」


「少しでも心配する気持ちがあるのなら、その分だけ見返すつもりでいいものを建てて頂戴。

 あの子たち自身のためにもね」


「その点は任せとけ。

 うちは何も鉄工だけじゃねェ、建築も一級品だ」


「期待してるわ」



サフィーアが答えたあと、侍女が人数分の水を配り始めた。



「ご苦労」



デファンスが伝え侍女が下がると、ミラーヤがサフィーアの前に置かれたコップを手に取った。



「いただきますね」


「おう」



ミラーヤが口をつけた後、サフィーアもミラーヤの前にあった水を一口飲んだ。



「んで……次の項目か。

 畑と、村の設備の被害に関して。

 こいつは、書いてる額のままでいいのか?」


「そうね。

 それでいいわ」


「ふむ。

 塀とか柵なんかはいいとして……畑の方はすぐ元通りとはいかねぇだろうからな。

 金だけで即解決、とはいかねぇ気がするが……」



「それについてなんだが……二人とも、ちょっといいか?」



予想していた通りに話が進んだので、ここでひとつ声を上げることにする。



「トーヤ?」


「実は、畑とかあの村の修繕について。

 俺なりに考えてきたことがあってな。

 二人とも、聞いてくれると嬉しいんだが」


「それは……昨日言っていたことかしら?」


「ああそうだ。

 これをやるには、サフィーアにも、そっちの王様にも。

 色んな許可をもらわないといけないっつーか……」


「デファンスでいいぜ、フード付き」


「わかった。

 ……なんにせよ、少し規模の大きい話になる。

 しかも素人の考えだから、国を運営する立場の二人に通用する意見かどうかはわからないんだが……」


「ふゥむ。

 構いやしねえよ。話してみな」


「ええ、聞きましょう」


「ありがとう。

 っても、どっから話したらいいもんか……。

 とりあえず、一つ目としてはだな。

 今回被害を受けた土地を中心に、あの村の東側を丸ごと作り替えたいと思ってるんだ」


「作り替える……?

 焼けた畑の土地に、何か別のものを建てるということ?」


「そんな感じだ。

 で、なんだったら村の東側の塀を取っ払って、そのまま村を拡大していきたい」


「ほお……そりゃデカく出たな」


「その土地に建てるものは、いくつか決まってる。

 まず最優先は、人が泊まれる施設。と……馬宿もだな。


 理由は、ただ一つ。

 あの村を、フレイミアとの交易の基点にしたいからだ」


「交易、か……。

 続けてくれ、ボウズ」


「ああ。

 俺はこの世界でしばらく過ごして、それからフレイミアに来て。

 それで、気付いたんだ。

 国同士の交流がないのは絶対にもったいない、って。

 だから、まず手始めに国同士で交易ができればいいと思ったんだ。

 その国でしか採れないような特産品ぐらい、探せばいくらでもあるはずだ」


「なるほどね……」


「つまり、村を治すついでに、そこを使って新しい商売をしてェっつーことか……」



両国の王が、俺の言葉を咀嚼(そしゃく)するように考え込む。



「ふむ、お前の言いたいことはわかった。

 しかしな、ボウズ。

 交易をやってる行商人なら、数は少ないがもう存在すンだよ。

 そンで、そいつらを見ても決して稼げてるようには見えねェ。

 せいぜい珍しい品や朱光石みてェな、個人で運べるモンを中心に扱って……自分一人を食わせるのが精々なンだろうな。

 そうなってる理由は、ただ一つ。市場の規模自体が足りねェからだ。

 つまりわかりやすく言っちまうと、『利益がでねェ』ってことだな」


「そうね。

 現状、行商人の数が多くなるとお互いに少ない利益を奪い合う状況になるから……彼らの人数が増えることもないのでしょうね。

 それに、国を行き来するのには危険も付きまとうの。

 貴方もこちらに来て、すぐに見たでしょう?

 街を離れれば、山賊や夜盗がいる。

 だからといって、荷馬車ひとつに十分な護衛を付けられるだけの利益が出るわけじゃない。

 ……だから、その話は少し難しい気がするわ」



二人の言うことはもっともだった。



この世界は、龍脈を中心に国々が成り立っている。


故に、必要なものはすべて国の中で生産と消費が出来ているのだろう。



逆に言えば、龍脈を中心にして魔法を使った文化が発展し、そのサイクルが完成した結果国という単位になった……と言うべきだろうか。



なんにせよ国境を跨ぐような交易は、そういったリスクを冒してまで行うほどの利益が出ない。


そこが、全ての問題なのだ。




そして俺も、それを予想していなかったわけではない。




「たしかに俺も、行商人が少ないって話は聞いてたからな……。

 いま二人の話してくれたことも、多分そうなんだろうなとは考えてた。

 だからこそ、これを見てほしいんだ」



俺は持ってきた袋から、とあるものを取り出す。


ゴトリと硬い音を立ててテーブルに横たわったそれは、白い霜に包まれた平たいモノだった。



「なンだ、こりゃあ……?」


「熊の肉だ。

 一昨日(おととい)獲ったやつを、冷凍した」


一昨日(おととい)、だと?」


「そうだ。

 場所はたしか、フレイミアに入ったあたりの森だな。

 ブランシュが獲ってくれたから、みんなで料理して食ったんだ。

 俺も熊の肉を食うのは初めてだったけど……ブランシュの料理もミラーヤの料理も、美味かったな」


「ほう……なるほどな」


「で、だ。

 多分だけど、デファンスも冷凍してある肉を見るのは初めてなんじゃないか?」


「ボウズの言う通りだ。

 ……そもそもこいつァ、まだ食えンのか?

 ガチガチに固まってやがるが……」


「ああ。

 解凍さえすりゃ、いつでも。

 なんなら、今からミラーヤに調理してもらってもいい」


「え、えぇ?

 今ここで、ですか……?」


「まぁ、それは半分冗談だが……」



などと言っていると、デファンスが冷凍肉を素手で掴む。


そしてそれを、大きな両手で挟み込んだ。



「ふンッ!」



マナの高まりを感じた瞬間。



ブジュウ、と音を立てて肉が煙をあげた。


同時に、テーブルに敷いた布に大量の肉汁が零れ落ちる。



「おっと……」



俺はそれに反応し、手早くテーブル周りを凍らせる。


汚れを固形化しておけば、後で侍女か誰かが引き取ってくれるだろう。



「ふン……確かに、こりゃ熊の肉だな」



中まで完全にグリルされた肉を一口。デファンスはそう(こぼ)した。



「ずいぶんと豪快なことで」


「ちょうど、腹が減ってたモンでな。

 しかし……こりゃ、今朝獲ったと言われても不思議には思わねェな」


「だろう?

 冷凍した肉は、ずっと新鮮なままなんだぜ。

 低温で管理すれば長保ちするのは当たり前の道理だが、凍らせられるならなお良いってことだな。

 凍らせることで変質しちまう食品もあるにはあるにはあるが……。

 まぁ、少なくとも肉なら大丈夫だ」


「なるほどな。

 で、これがどう関係あンだ?」


「つまり、交易をしたくても利益が出ないのが問題なわけだろ?

 なら食品を扱えばいい、ってのが俺の提案だ。


 そもそもの話、現状の行商人が食品を運ばないのはなんでか。

 それは、野菜や肉、果物なんかを他国に持っていこうとしても、運んでる間に目に見えて鮮度が落ちるからだ。

 運よく腐らなかったとしても、別の国についた頃には、そこの市場に並んでるようなその日獲れた食品には敵わない。

 だから食品は交易の対象にならなかった。

 違うか?」


「ま、大方その通りだな」


「でも、クロキアなら。

 氷雪魔法なら、それを解決できる。

 凍らせる、とまでは行かなくても……氷と一緒に運べば、鮮度は保てるだろう。

 それで、フレイミアのみんなにはクロキアの特産品を。

 クロキアの人間にはフレイミアでしか獲れないものを食べてみて欲しいんだ」



俺の言葉に、二人はひとまず納得したようだった。



「トーヤの言いたいことはわかったわ。

 でも……」


「それだけじゃまだ、パンチが弱え。

 だろ?」


「ええ、その通りよ。

 珍しい商品を取り扱うだけじゃ、結局は今までの行商と一緒。

 それにもし売れたとしても、物珍しさだけで一過性のものになる可能性もある。

 村を作り替える規模を考えると……少しリスクが大きすぎるわ」




しかし、その意見も想定内だった。




「だから、食品以外にも売れる物を一緒に運んでるだろ?」



「……あン? 何をだ」





「氷だよ」






その言葉を聞いて、二人はまた考え込んだ。



「むしろ、こっちが目玉と言ってもいいぐらいだぜ」


「……氷を売る、ということ?」


「ああ、そうだ」


「氷、ねェ。

 ウチの国じゃなかなか目にする機会はねェからわからねェが……んなモン、すぐに溶けてなくなるんじゃねェのか?」


「ところがだ。

 質の高い氷なら、そう簡単に溶けたりしないんだぜ。

 もちろん、商売と呼べる規模にするなら、専用の貯氷庫なんかを用意する必要はあるだろうがな」


「質の高い氷……か」


「フレイミアは気温が高いから、直感的にわかりづらいかもしれないが……。

 たとえば自然にできるもので言えば、氷山や冬の湖で出来るような、透明な氷だな。

 あれを想像してもらったらいい」


「ふン……。

 たしかにウチの国にも、冬のうちにクロキアに近い山で獲れた氷を使って、年中冷えた酒を出す。

 そンな街が、西の方にあったな。

 俺も一度しか行ったことはねェンだが……つまりは、そういうことか?」


「そう、その通りだ。

 あとこれは、俺もフレイミアに来てから気付いたんだけどさ。

 そもそもみんな、冷やしたモノを食べるっていう習慣がないんだよ。

 それは、今のデファンスの反応の通りだ」


「クロキアでは、食品を冷やして保管するけれど……それは氷雪魔法があるからだものね」


「そうなんだ。

 だから溶けにくい氷には、必ず価値がある。

 モノを冷やすって行為はきっと、新しい文化になる」


「新しい文化……」



その言葉に、ここにいる全員が俺の方を向いた。



「氷の使い方は、本当に色々あるんだ。


 たとえば今言った通り、傷みやすい食品の流通には特に役立つってのもある。


 その氷の役割だって、食品を新鮮なまま運んで終わりじゃない。


 残った氷をきちんと保管すれば、うだるような夏に冷えた水を飲むことができるし……フレイミアにとっては、それが新しい習慣になるかもしれない。


 体調を崩した時に身体を冷やすって手段があることは、医療にも役立つだろう。


 そのためにはまず、こっちの村で質の良い氷を作るための仕組みを作らないといけないけどな。

 それと同時に、お互いの拠点に貯氷庫を作るのも。


 でもそうやってフレイミアにも貯氷庫ができれば、一年を通して氷の供給ができるし、フレイミアで今まで出来なかった大規模な冷蔵もできる。


 それによってフレイミア国内にも氷が出回れば、なおいい。


 交易だけじゃなく、そっちの国のモノの流通自体が変わるかもしれないんだぜ。


 ……ってな感じで、探せば探すだけメリットはあるだろうけど。とにかく、氷は売れるんだ。

 俺は、そう確信してる」



俺の話したことはきっと、ここにいる全員が具体的に想像できたわけではないだろう。


それでも皆一様に、俺の言葉に興味を。


そして俺の話す未来に、どこか期待するような眼差しを向けてくれていた。



「そう……。

 トーヤ、貴方はそんなことを考えていたのね……」


「ああ、どうだ?

 まずは試しでもいいから、一回やらせてくれないか?

 ひとまず、アデレニエたちの家が建つまでの間だけでもいい。

 その間に結果が出なければ、取りやめることだってできるはずだ」


「そうね……。

 トーヤはこう言っているけれど、そちらは?」



サフィーアが、デファンスに水を向ける。



「ああ……その話、乗ったぜ」



するとデファンスはまた、白い歯を見せた。



「悪くねェ考えだ。

 細かいとこで粗はあるが……新しいモンにビビらず突っ込んでく姿勢は好きだぜ。

 商売の中身だって、やってみる価値が十分にあると感じた」


「よかった……感謝するよ。

 サフィーアはどうだ?」



まずはフレイミアに同意を取り付けられたことに安心したが、問題はクロキア側。


人も金も、動かす量が大きいのは間違いなくこちらだからだ。



「そうね……。

 うん、いいと思うわ。

 ひとまず、やってみましょうか」


「そうか、よかった。

 ふぅ……」



安心して、力が抜ける。


こちらとしても、サフィーアの許可を得るのが最後の壁だと思っていたからだ。



「それにしても、氷を売るだなんて……。

 私は考えた事も無かったわ。面白いわね」


「当たり前だが、誰でも氷を作れるクロキア国内じゃ売れないだろうからな。

 考えられないのも当然だと思うぜ。

 あくまで俺も、フレイミアと国交ができるなら……ってなってから決めたことだ」


「それにしては、ただの思い付き以上の説得力があったように感じたわ。

 いつから考えていたの?」


「いつから、か……」



その質問に、今までのことを思い返す。



「なんつーか、この世界に来てから漠然と思ってたんだよ。


 この世界は、俺のいた世界とは文化も違うし、技術も違った。

 魔法を使った生活には驚いたけど、慣れれば便利だってことがわかった。


 それでも、飯を食わないといけないっていう変わらない部分もあったし……特にミラーヤの料理は絶品だった。

 炎熱の民だって、自分の魔法を上手く利用して、製鉄にも料理にも役に立てていた。


 だからその違いを活かして、俺にも何かできないか、って。


 フレイミアの炎熱魔法や文化を知ってからは、特にその感情が強くなったんだ。

 得意なことが違う人間同士がいるのに、協力しないなんて……絶対に勿体ない。ってな。


 なんか、上手く言葉にできないけどさ。

 そんな考えとか感情とか、そういうのが全部繋がったんだと思う。


 だからこの交易の目的や発端ってのは、利益とかそんなんじゃなくて……二つの国が協力できる場所を作りたい、って気持ちなんだと思う」



サフィーアは、目を閉じて答えた。



「……デファンス。

 貴方の言った通り、この子はとっても熱い子なのかもしれないわ」


「くっくっく……違いねェ」



王である二人が、揃って笑う。



「……結構いいことを言ったつもりだったんだが」



語りすぎただろうか。


我に返り、少し頬が熱くなるのを感じる。



「ふふ……ごめんなさい。

 別に、茶化すつもりはなかったのよ」


「ああ。

 それに……そこまで言われちゃ、こっちも全力で協力するしかねえな。

 なにしろ今まで誰も手を付けてねェ、新しい市場の、新しい商売だ。

 なら、規模はデカければデカいほどいい。

 何よりボウズの話を聞いて……俺自身、成功する方に賭けたくなっちまったぜ」


「ええ。

 トーヤ、ひとまず貴方の好きにやってみなさいな。

 お金のこととか、失敗した時のことは考えなくていいから。

 人や土地を動かすための面倒な部分は、私も協力してあげるわ」


「……恩に着るよ」



なんとか、両国の同意を取り付けることができた。


そして、国王二人のバックアップもだ。


新しいことを始めるのに、これほど強力なパイプもないだろう。



「にしても、それを本気でやるとしたら……ボウズの言う通り、規模のデカい話になってきやがったな」


「ええ。

 原状回復じゃなくて、村の拡大計画になってしまったわね。

 今日は一日、これに終始しそうだわ。

 お時間はあって?」


「へっ。

 こんな楽しそうなことを放っておいて、他の仕事ができるかよ」


「ふふ……じゃあ、続けていきましょうか」






それから簡単な昼食を挟み、会談は続いていった。




ここからは俺も当事者の一人となったので、今までのように聞くだけの立場ではなくなっていた。


が、その内容はとても俺が意見ができるようなものではなかった。



本来話すべきだった、アデレニエたちの家の建て直しや、村の施設の修繕計画。


それに加えて、俺の言った交易をするための仮施設の建設。


東側の塀の撤去に、畑だった土地の転用について……。



言うだけなら簡単だが、取り決める内容は多い。


人や金、資材に時間と、必要なリソースも多岐に渡るのだ。



そのため、時にはクロキアの地図を広げ、時にはその道の知識人を呼んで話は続いていく。


細部を話すほどに専門性が増していき、俺は内容を追いかけて理解するだけで精一杯だった。


故にそれらは、俺にとってほぼ今後のための勉強のような時間だったと言っていい。



それでも国王たる二人の手腕は確かなもので、話は躓くことなく続いていった。





────

──






「ふぅ……こんなものかしらね」



サフィーアが息をついた時、窓から差し込む光は橙色になりつつあった。



「そうだな、大体決まったか」



デファンスも力を抜き、おもむろに懐から葉巻を取り出した。


そして人差し指と親指の間に小さな火球を作り、先端をそれに近づけた。



「へぇ、便利だな」


「ふゥー……。

 ま、俺もあまり魔法は得意な方じゃねェんだがな。

 こんなことだけは上達しちまう」


「でも、一服はちょっと後にしてもらえると助かるな」


「あン? どうしてだ」


「煙が苦手な人間もいるんだよ」



俺はデファンスが葉巻に火を点けたあたりで、サフィーアが音もなくソファの端に寄ったのに気づいていた。



「あァ……そうか、すまねェな。

 すぐに消すぜ」



デファンスがもう一息、人のいない方に大きく煙を吐いたのを見てから。


俺は、その葉巻の火を『止めた』。



「ほう……ボウズの魔法も、中々に便利じゃねぇか」


「まだまだ修行中だけどな」


「嬢ちゃんも、すまねぇな。

 ここに住んでっと、煙と空気の違いがわからなくなってくるモンでよ」


「ええ……よくってよ」



デファンスは、火の消えた葉巻を足元にあった箱に投げ捨てた。



「にしても嬢ちゃん、さっきはよく俺の話に合わせてこれたな。

 土木の基礎や建築の話まで、全部ついてくるたァ思わなかったぜ。

 その細っこい身体じゃ、実際にやったことなんてないだろうに」


「歳を取ると、知識ばかり増えてね。

 ご存知?

 数百年も生きていれば、国の中で読んだことがない本が無くなるのよ?」


「ガッハッハ!

 なるほど、うちの国じゃ冗談にもならん言葉だ。

 だが……そうだな。

 それならボウズの交易品の中に、書物を入れてみてもいいかもしれねェな?」


「そのあたりの話はまた今度ね。

 どこまで行っても、私の退屈が満たされることは無いかもしれないから」


「そうかい」



たしかに、二つの国の本が集まる図書館なんかを作ってみても面白いかもしれない。


デファンスの言葉を受けて、そんな考えがちらりと頭をよぎる。



「さて……。

 改めて、話はほとんど決まったわね。

 あとは現地じゃないとわからないことだけ、かしら」


「ああ。

 次は実際に人を()って、そこからまた相談だな。

 とりあえず、作業期間の予定なんかは後で渡すぜ。

 嬢ちゃんたちが今泊まってんのは、西の宿だったか?」


「ええ。

 ブランシュの行きつけの宿の、一番大きいお部屋よ。

 ……そういえばそれのお礼も言えてなかったわね。

 ブランシュ、ありがとう」


「いえ。

 お気になさらず、サフィーア殿」


「ふむ……」



それを聞いて、デファンスはまた何かを考えている様子だった。



「ま、とりあえずそっちの村には、早めに人を送らねェとな。

 それを誰にするかだが───」


「ここにいるか! 大オヤジィ!!!」



バン、と大きな音を立てて背後のドアが開く。


いきなり開いた扉に、全員が驚いたようにそちらを注目した。


正確には、それよりも大きい声に、だが。



「コルヴィ……何しにきやがった」


「大オヤジ。

 その話、俺も乗らせてくれ!」


「てめェ……!

 どの口が言ってんだ!!!」



ずかずかと部屋に踏み込んでくるコルヴィの横っ面に、デファンスはすかさず拳を叩きつけた。



「あがっ!」



とんでもない速度でコルヴィが吹っ飛び、執務室の壁にぶち当たる。



「処分が決まるまでは、地下で待機してろっつったよなァ……?」


「ってェ……。

 ……尻尾の姉ちゃんに聞いたぜ。

 俺への罰は無くなったんだろ? じゃあいいじゃねェか!」



尻尾の姉ちゃんというのは、ミラーヤのことだろう。



昼飯の後、ミラーヤは俺たち三人のする話に『このままでは寝てしまう』と思ったのか、見学という名目で王城内を散策していたのだ。


どうやらその途中でコルヴィに捕まってしまったらしく……今まさに、彼女は申し訳なさそうな笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。



「それに、フード付きがあの村の復興を計画してるらしいじゃねェか。

 だったら───!」


「そういうとこが青臭ェっつってんだよ!

 てめェがどれだけのことをしたかわかってんのかァ!?」



声を荒げるデファンスの肩に、ブランシュの手が乗せられる。



「大オヤジ殿、賓客の前です。

 これ以上は」


「……チッ」


「コルヴィ、貴様もだ。

 クロキア王の御前で、みっともない姿を見せるな」


「王だって……?」




いまいち事情を把握できていないコルヴィに、俺の方からこれまでの経緯をかいつまんで説明をすることになった。




「───なるほど、そういうことかよ」


「てめェの首が今も繋がってることに、感謝しとけ」


「それは……たしかにそうだ。

 感謝するぜ、フード付き」


「いや、いいんだ。

 今回の件は全部誤解だったし、結果として誰も死ななかった。そうだろ?

 それに、失ったものはフレイミアがまた作り直してくれるって話だからさ」


「そう、それなんだ!」



そこで、コルヴィがまた声をあげる。



「俺もその計画に参加させてくれ! どんな形でもいいからよ。

 俺は、自分が騙されてたってことに気付いた。

 アンタのおかげで気付けたんだ。

 だから、フード付き。俺はアンタに恩返しがしてェんだ。

 もちろん、氷雪の民への罪滅ぼし……ってのもあるけどよ」


「俺に……?」



処罰を免れたことに感謝される所まではわかるが……恩返しというものが俺に向くとは思わなかった。



「そうだ。

 アンタは、熱い男だ。

 ダンナなんかよりも、絶対に信頼できる。

 だから、アンタのために何かがしてェんだ。

 俺にも手伝わせてくれよ。アンタの計画ってのを」


「この単純バカが……」



デファンスは、コルヴィの言葉に頭を抱える。



「まぁ、いいんじゃない?

 さっきも、人手はいくらあっても足りないって話だったじゃない。

 それに、フレイミアの中でトーヤと面識があるこの子は、単純に役に立ってくれそうよ?」


「サフィーア殿の仰る通りでしょう。

 それに、この中で『ダンナ』と面識があるのもコルヴィだけです。

 協力という意味でなら、『ダンナ』追跡調査の任に就かせてもいい、とは私も思いますが」


「ふゥむ……」



デファンスは考えるように、しばらくの間あご髭をなぞっていた。



「……なぁデファンス。

 俺は、コルヴィもこの復興の計画に参加して欲しいと思ってるぜ」


「ボウズ……」


「そんでせっかくだから、コルヴィにしかできないことをして欲しいとも思ってるんだ。

 家屋の建て直しは、他に専門の人間がもっといるはずだろ。

 『ダンナ』と面識があるのだって、コルヴィだけじゃないはずだ。


 だから俺としては、コルヴィを『炎熱の民の代表』として計画に参加させてほしい。


 俺もフレイミアと交易をするにあたって、そっちの人間の一般的な感覚を聞きたいと思ってたんだ。


 それにコルヴィは、人を集めるタイプだろ?

 言い方は悪いかもしれないが……ピンからキリまで知り合いがいそうだ。


 だから意見を聞くには、この中じゃ一番適した人間だと思う。

 さっきも言った通り、コルヴィには過去じゃなくて、これからのことに携わってほしいからさ」



長い沈黙の後。


寄せた眉はそのままに、デファンスはようやく口を開いた。



「ふむ……よしわかった。

 ボウズの言う通りにしよう。

 さっき言ってた、『そっちの村に遣る人間』。

 それァコイツだ」


「大オヤジ……!」


「ただし!

 ……ブランシュの監視付きでな」


「げっ……」


「私が、ですか?」


「おう。

 お前が一番適任だ」



ブランシュは突然お鉢が回ってきたことに驚いたようだ。


困惑したその様子が、鎧越しに伝わる。



「……期間は、どれぐらいでしょうか」


「調査と準備に一ヶ月、村の建て直しにだいたい四ヶ月。

 あとは……ボウズのコト次第だな。

 ま、少なく見積もって半年ってとこか」


「長すぎます。

 さすがに軍務を放置できません」


「えーっと……デファンス。

 たしかに俺たちとしても、ブランシュがいてくれた方が色々と心強いんだが……。

 でも、ブランシュはそっちの軍のお偉いさんなんだろ?

 普段何してるかは知らないけど……さすがにウチに付きっきりってわけにはいかないんじゃないか?」


「ボウズが心配する必要はねェ。

 どうせ大した仕事なんてありゃしねェよ」


「誤解を招くような言い方はやめていただきたい、大オヤジ殿。

 私がほぼ毎日、夜まで軍務や書類と睨み合ってるのを知っているでしょう」


「だから言ってんだ。

 そのへんの書類仕事なンてのは、最悪俺でもできンだよ。

 だが、ボウズに協力したり、コルヴィを監視するのはお前にしかできねェ。

 この中でクロキアのことを一番知ってンのは、お前だからな。

 違うか?」


「それは……」


「それだけじゃねェ。

 さっきから見てりゃお前、ここ数日で随分ボウズたちと仲良くなったみてェじゃねえか。

 だから、お前自身気になってんだろ? この話がどう転がるかってのが。

 何の指示もしてねェのに朝からずっとここにいるのが、その証拠だぜ」


「……」


「ブランシュよ、俺ァ嬉しいんだぜ?

 昔からただ強くなることしか頭になかったお前が、特定の誰かに入れ込むなんてな。

 ま、それがまさか氷雪の民だとは思わなかったが……。

 なんにせよ、ちっと羽伸ばしてこいや。

 お前だって元々、一日中座ってられるタイプじゃねェだろ?」


「大オヤジ殿……」


「普段の仕事は、俺に任せとけ。

 そもそもお前がいなかった時は、全部俺がやってたコトだ。

 ンな細けぇコト気にするなんて、それこそお前らしくねえンだよ!」


「……敵いませんね。本当に」


「おう!

 なんたって、俺はお前らの『大オヤジ』だからな!」



デファンスはそこまで言って、また豪快に笑う。



「っつーわけだ。ボウズに嬢ちゃん。

 この二人を、しばらくクロキアに貸す。

 好きなだけこき使ってやってくれや」


「さすがだぜ、大オヤジ!」


「コルヴィ……てめェは後で残れ。

 他所(よそ)様に出す前に、お前にはちィとばかり教育が必要だ」


「そちらは、私も手伝いましょう」


「そうだな。

 俺一人じゃ、クロキアより先に病院に行かせちまうかもしれねェからな」


「……」



コルヴィの顔から、露骨に血の気が引いた。


俺には、彼の身体の頑丈さを信じることしかできなかった。



「さて……じゃあ少し整理をしましょうか」



場が落ち着いたところで、サフィーアがまとめに入る。



「これから私たちがするのは、東の村の復興。

 『私たち』というのは、この場にいる全員。それから……」


「クロキアと、フレイミア。

 この二国のことだな」


「ええ。

 それにあたって、そこの二人を借りるわね。

 こちらの騎士団と協力して、ナスレグ───そこの村長への同意と土地の状態や規模の下調べから。

 それがまとまり次第、フレイミアに連絡。


 ここでも、そちらの二人に連絡役になってもらうわ。


 その間、私は城と村で発生する雑務の処理。

 トーヤは、自分のやりたいコトの準備ね。

 計画も一人で立てるのよ」



サフィーアがこちらを横目で見たので、頷き返す。


自らやると啖呵(たんか)を切ったのだ。人に頼ってばかりではいられないだろう。



「ここまでで一ヶ月弱。

 そしてそれが終わったら、本格的に建て直しね。

 主になるのは家屋が二軒と……トーヤの必要だと言った施設ね」



つまり、俺もここまでには計画の規模感や大小含む必要なモノ、スケジュールを立てておかなければならないということだ。



「建て直しには四か月と言ったかしら」


「先に、ウチのモンが仮で寝泊まりするための場所を作るがな。

 掘っ立て小屋でいい。村の外側に作らせてくれ。

 それ込みで四か月だ」


「ええ。

 そのための場所も目星をつけておきましょうか。

 あとは、トーヤの計画の分が未知数だけれど……」


「そこは追々でいいと思うぜ。

 急に必要ってわけでもねェんだろ?」


「ああ。

 先に俺が寝泊まりするのと、倉庫を兼ねた場所があれば嬉しいが」


「んじゃ、掘っ立て小屋を作る時についでに作るとするか。

 計画がうまく行きゃ、あっちの家が建った後に拡張……か、ボウズが言ってた、宿に改築だな」


「うまくいけば、な」


「ブランシュ、現場の管理と定期報告はお前がやれ。

 人使うのは得意だろ」


「承知しました」


「んじゃ、コルヴィは俺とブランシュの間で動いてもらうとするか。

 連絡役とかを含めた、便利屋だな」


「おう!

 了解したぜ」


「何かあれば、私が責任をもって処分しよう。

 二度目はないからな」


「……了解したぜ。

 いや、はい。了解しました」



ブランシュの放つ圧に、コルヴィが姿勢を正す。



「それで、大体半年ぐらいかしら?

 忙しくなるわね」


「俺もたまにァ顔を出そう。

 そっちに行った時にゃ、ボウズの言うクロキアの美味いモンなんかを食いてェな」


「クロキアの名物……か。

 それならすでに、ひとつ目星がついてるぜ。

 実は、うちにはどんな平凡な食材でも絶品の料理にしちまう魔法があってな」


「ほう……そうなのか?」


「ああ。

 ミラーヤって言うんだが」



いきなり名前を呼ばれ、俺の横にある耳と尻尾がビクリと逆立った。



「わ、わたしですか!?」


「ふっ……。

 その魔法の素晴らしさは、私も保証しよう」


「ふふ……じゃあ私も」


「え、えぇ……!?」


「ガッハッハ!

 そいつァ楽しみだ!

 そん時ゃ期待してるぜ。獣人の嬢ちゃんよ」


「はいぃ!

 が、がんばります!?」



身体を強張らせるミラーヤを中心に、部屋全体が和やかな雰囲気に包まれる。



「さあ……じゃあ、そろそろお開きかしら」


「おう、そうだな。

 すまねえな、こんな時間まで」


「いいえ。

 それはこちらの台詞でしてよ。

 とても有意義な時間でした」



サフィーアがまた、王としての言葉でそれに返答した。



「繰り返すが……今回は、本当にすまねえことをしたな。

 そっちの村の連中にとっちゃァ複雑だろうが、俺たちが信頼を取り戻すための機会をもらえたのは、頭が上がらねえ」


「貴方たちなら、きっとそれに報いてくれると信じています」


「信頼には、必ず報いてみせる。

 炎熱の赤に誓ってな」



最後に、デファンスの差し出した手をサフィーアが握る。


こうして、二国間の会談は終わりを迎えたのだった。



「ふゥ……。

 そうだ、ボウズたち。

 晩飯でも食っていくか?

 今日は、ロクなもてなしもできてねェからな」


「ありがたい申し出なのだけれど、結構よ。

 ここ数日、慣れない旅で疲れていてね。

 早めに宿に戻りたい気分なの」


「そうか……残念だ。

 久しぶりの国外からの来客だからな、パーっと行きたかったんだが」


「ふふ。

 気持ちだけ受け取っておくわ」


「ふむ、なら……アレだけでも用意するか」



デファンスは何か思いついたようで、ソファから立ち上がる。


そして、執務室の端にあった棚を乱雑に開け始めた。



「……そうだボウズ!

 お前さっき、世界がどうのとか言ってたが」



そして中を探りながら、俺に話が投げられた。



「あー……そうか、言ってなかったな」



デファンスが言っているのは、俺がさっき氷の使い道を話していた時に放った言葉についてだろう。



「実は俺、元々この世界の人間じゃないんだ。

 信じられない話かもしれないけどさ」



俺の言葉に、フレイミア側の人間が反応する。



「細かいことは省くけど……俺がクロキアの生まれだと思われてるなら、それは違う。

 だからといって、どこから来たって言われると説明が難しいんだが……」


「なるほどな。

 それで、元々は魔法も知らねえって話だったのか」


「ああ。

 だから俺は、この世界の普通の人とはちょっとだけ目線が違うかもしれないな」


「そうか……。

 だがまァ、この大陸の外にも国はあると聞く。

 そンで、俺たちの手の届く世界ってのは、せいぜいこのフォルジア大陸にある『五行の国』ぐらいだ。

 だからもし、ボウズの出身がこの大陸じゃねェってんならよ。

 ……それが異世界でもどこでも、俺たちにとっちゃ変わらねェ話だな」


「そう、か。

 それで言うなら……ちょっと遠い国から来た、程度の認識でいいと思うよ」



俺自身、異世界から来たことに若干の疎外感を覚えていた。


だがデファンスの話を聞く限り、あまり特別に意識するような問題でもないのかもしれない。と思えたのだった。



「っと……あったあった。

 これをやろう。俺の秘蔵の品だ」



ようやく目的のモノを見つけたらしいデファンスが、それをこちらに手渡してくる。


それぞれが綺麗に包装されたそれは、二つの大きな筒だった。



「なんだこれ?」


「ガッハッハ!

 開けてからのお楽しみってヤツだ」



筒の長さは、俺の肘から先までと言ったぐらい。


片手で一本ずつ持つのがやっとの太さで、重さもそこそこにあるものだった。



「なんかわからんが……もらっていいのか?」


「おうよ。

 ここまで呼びつけておいて、手ぶらで帰らせるわけにもいかねェからな。

 宿ででも開けてくれや」


「んじゃまぁ、ありがたく……」



ソファまで戻ると、ミラーヤが件のローブを入れていた鞄を広げてくれていた。


中が汚れていないことを確認し、土産をそれに入れて持ち帰ることにする。



「ありがとうございます。いただいちゃいますね」


「おう」


「じゃあ……トーヤ、ミーチカ。

 帰りましょうか」


「ああ」


「ではサフィーア殿。

 私が宿まで送りましょう」



今朝からずっと立っていたブランシュが、俺たちの方へ一歩踏み出す。



「結構よ、ブランシュ。

 貴女も明日から忙しくなるのでしょう?」


「ですが……」


「ブランシュ。言葉」


「……どちらにせよ、私も宿に荷物を置いている。

 明日の昼には宿に向かうから、待っていてくれ」


「わかったわ。

 じゃあ、私たちはこれで」



それぞれが、様々な思いを抱えながら。


あちらの三人に見送られるようにして、俺たちは執務室を後にしたのだった。





「……異世界のボウズに、知らねぇ魔法を使う『ダンナ』か」


「どうもキナ臭いですね。

 本当に私があちら側で良かったので?」


「ああ。

 ちィとばかし、やることが増えただけだ」


「そうですか」


「なんにせよ、今俺たちがやることは……」


「これの教育、ですね?」


「そうだ。

 覚悟はできたか? コルヴィ」


「コルヴィ、お前が軍にいた時を思い出すな。

 以前は手加減してやったが……今回はあの時と同じではすまないぞ」


「ひっ……!」



背後の部屋から断末魔があがったが、俺たちは何も聞かなかったことにして城を出たのだった。




毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です

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