第17話「大熊と、香辛料」
「さて、準備はこんなもんでいいか」
時刻は昼過ぎ。
俺たちは王城への連絡とヴェルニグへの引継ぎを済ませ、東門の前に集合していた。
「ミーチカ、忘れ物はない?」
「はい! お着替えも、香辛料もばっちりです!
あと、村長さんから干し肉までいただいてしまいました。えへへ」
「ナスレグも、ミラーヤのことを気に入っていたものね」
「……そうか。
サフィーアからしてみりゃ、あの村長さんも呼び捨てになるのか」
「そうね。
私は、彼が私よりずっと小さかった頃から知っているもの。
氷雪の民はみんな、私にとっては子どもみたいなものよ」
なるほど。
改めて、サフィーアが『理外』の寿命を持っていることを思い知らされる。
「フレイミアの王都へは、徒歩での旅になる。
まずは国境である関所を超え、フレイミアにとって西端の街が目的地だ。
そこから、王都までの馬車が出ているのでな。
故に、旅という旅はその街までと思っていいだろう」
「一日じゃつかない、か」
「ああ。
私がこちらへ来たときは、急ぎの馬を使ったからな。
徒歩ならば、日を跨ぐのは避けられんだろう」
「具体的にはどんぐらいだ?」
「何もなければ、明日の昼には西の街につく予定だ。
間に合うのであれば、そこから王都へ向かう昼の便に乗りたいところだ。
夜には王都に到着して、翌日には王城へ向かえるだろう」
「ってことは、街に着くのが明日の昼。
明後日にはフレイミアの王城、ってことか」
「トーヤ殿の言う通りだ。
それと今朝、先にコルヴィを出発させてある。
我々が招待を受けて王城に向かっている事を、先回りして王に知らせねばならんのでな」
「なるほど、コルヴィも徒歩か?」
「そうだ。
私より先に王都に着かねば殺すという条件付きで先に行かせたからな。
我々が王城に到着する頃には、最低限のもてなしぐらいは用意されているだろう」
少しだけ、コルヴィが不憫に思えてきた。
「なんにせよ、スケジュール的には二泊三日。
その二泊のうち一泊は、野営になる。と」
「そうなるな」
「……ってことですが、うちのお嬢さん方は大丈夫ですかね」
「はい。わたしは野宿には慣れっこですよ!
……ただ……」
「ただ?」
「……尻尾用の香油を、もう少し持ってくればよかったかもしれません」
「私が櫛を通してあげるから、我慢なさい」
「わぁ、いいんですか?
フィーニャの尻尾梳き、久しぶりです!」
「櫛は持ってきているのよね?」
「はい、もちろんです!
えへへぇ」
「……やれやれ、ずいぶん余裕そうだな」
「ふふ。
逆に聞くけれど、私がそんな弱い女に見える?
それとも、肩に虫がくっついただけで助けを求めるような女の子の方が、トーヤは好みかしら」
たしかにサフィーアなら、虫の一匹ぐらい表情も変えずに魔法で対処してしまうだろう。
「はぁ、心配して損したぜ。
一応王様だから聞いてやったのによ」
「可愛げが無くてごめんなさいね。
それに、何かあったら貴方たちが守ってくれるのでしょう?」
「それは───」
「任せておけ。
貴殿らのことは、私がこの身に代えても守って見せよう」
───もちろんだ。と俺が言う前に、鎧を身に着けたブランシュが返答する。
「ありがとう。
頼りにしてるわよ、三人とも」
「はい!」
そうして俺たちは、それぞれに荷物を背負って東へ歩き出したのだった。
────
───
──
─
「にしても、ブランシュの荷物はやたらとでかいな。
何が入ってんだ?」
ブランシュの背中には、上に人が三人は座れそうなレベルの鞄が背負われている。
「野営用の装備だ、一個小隊分のな。
確かに本来は四、五人で分けて持つものだが……貴殿らに持たせるわけにもいくまい」
「テントとか、ってことか?
なら俺も少し持つぜ、さすがに重いだろ」
「気遣い感謝する。だが、無用だ。
この中で一番体力があるのは私だろう。
それに軍の訓練では、もっと重いものを持ちながら山を登ったこともあるのでな」
「そっか……。
んじゃまぁ、辛くなったら言ってくれよ。
これでも体力はある方なんだ」
「その気持ちだけ受け取っておこう」
昨日の柔らかい雰囲気はどこへ行ったのか。
鎧を身に纏った今のブランシュは、完全に仕事モードのようだった。
(……にしても、見てるこっちが疲れてくるレベルだな。
フルプレートの鎧に、あのデカさの荷物って。
炎熱の民ってそこまで体が丈夫なのか……?)
試しにコルヴィがそれを背負っている姿を想像してみる。
(……いや、無理だろ)
どう考えても、彼女の体の強さは炎熱の民だからという一言だけで説明がつくものではなさそうだった。
それこそ血反吐を吐くような鍛錬を積み重ねてきたのだろう。
そもそもブランシュは、女性であるにも関わらず軍人という道を選んだのだ。
並々ならぬ努力はもちろんのこと、その覚悟の裏には何かしら大きな理由があるに違いない。
……少しだけ、ブランシュという人物に興味が湧いてきた。
(つっても、これ以上踏み込むのも違う。か)
などと考えている間に、国境の関所に到着した。
関所と言っても、見晴らしのいい草原の街道に、簡単なゲートと大きめの小屋があるだけのものだ。
本来、村で俺が立てた計画ではこちらまで様子を見に来るはずだったのだが……あまりに早い二度目の襲撃に、それも空振りに終わってしまっている。
なので、俺もここを見るのは初めてということだ。
「話をつけてくる、少し待っていてくれ」
「あいよ」
荷物を置き、ブランシュは小屋へと歩いていく。
「にしても……国同士の関わりが薄いわりに、こういう場所はあるんだな?」
「そうね。
昔からの慣習……かしら。
クロキアはあまりこういうことに積極的ではないのだけれど、大昔に領土や土地に関する取り決めがあったようね」
「はは、サフィーアの口から大昔って言葉が出るとはな。
何千年前の話だ?」
「そこまで歳を食ってはいないわよ、もう」
「冗談だって」
冗談なのだが、千年という単位が冗談にできる時点で普通ではなかった。
「とにかく、国境に関してはお互いに興味が薄いのよ。
昔に自国を守りたいと言った側が、今も監視をしている状態ね」
「なるほど。
このゲートから続いてる壁も、人間ならどこからでも飛び越えられそうだしな」
「そういうことよ。
このゲートで引っかかるのは、軍隊や荷馬車ぐらいなものね」
土地の問題というと、古今東西において戦争の種にしかならないはずだが……この世界ではそうではないのだろう。
それぞれの国がマナに───つまり龍脈の位置に縛られてるため、他国に侵攻する理由がない。
故に、お互いに国境や土地に関してはこれといった取り決めもないということだ。
改めてここが異世界であること。
そして条件が違えば、人の歴史とはこうも変わるのかと思わされる。
もっとも、俺は島国の出身故にそのあたりの感覚は掴みづらいのだが……。
「待たせたな」
会話をしている間に、ブランシュが戻ってくる。
「問題無かったか?」
「ああ、行きもここを通ったのでな。
では、改めて出発するぞ」
「あいよ」
炎熱の民であろう男性に見送られ、俺たちはゲートを超えた。
────
───
──
─
「今日はこのあたりで野営とするか」
日も沈み始めた頃、ブランシュが足を止める。
「お、やっとか」
「ああ。
野営に適している場所をようやく見つけたのでな。
遅くなってすまない」
「なんか聞いたことあるな。
キャンプをするなら、平らな場所でー……川が近い方がいいとかだっけか?」
「雨や増水の可能性を考えれば、近いほどいいというわけでもないがな。
川も条件に入るが……なによりここは森が近く、山は遠い。
森を風上にすれば、木々が風を防いでくれる。
野生動物や魔獣の心配も、山から離れるほどに少なくなるからな」
「なるほど……さすが軍人」
「得手不得手の問題だ。
では、暗くなる前に野営の準備を始めるぞ」
ブランシュが荷物を置き、一番大きな鞄を開く。
「にしても、かなり歩いてきたな」
「ああ、予想より早く進んでいる。
これならば、明日の昼までには街に着くことができるだろう。
よく私の歩幅についてきてくれた」
「俺は平気なんだが……」
心配な人間が、一人いる。
「ごめんなさい、私はちょっと疲れたわ……」
手頃な岩に腰かけ、サフィーアが息をつく。
「ま、歩いてる時も少し心配にはなったが……」
「お水、いりますか?」
「ありがとう、ミーチカ。
……ごめんなさいね、設営に関しては力になれそうもないわ」
「構わない。
サフィーア殿は氷雪の民で、更にその背丈だ。
無理もないだろう」
「身体のせいにしたくはないけれど、こればかりはね……」
体力が違えば、歩幅も違う。
相対的に見て、サフィーアに一番疲労がたまるのは当然だろう。
「むしろ、普段座りっきりの王様にしては、よくここまでついてこれたんじゃないか?
弱音の一つも吐かずにな」
「それでも、もう少し運動をしておくべきだったかもしれないわね……」
「先ほども言った通り、得手不得手の問題だ。
私もサフィーア殿が何も言わないからといって、無理をさせすぎたかもしれんな。そこは反省しよう。
……ひとまずサフィーア殿には荷物を見ていただくとして、我々はテントの設営と焚き木集めだ。
やれるか?」
「任せとけ」
「フィーニャの近くでいいなら、私も手伝いますよ!」
────
──
そして、設営が終わった頃。
「そういえば、ブランシュはどこいったんだ?」
「たしかに、戻ってこられませんね。
鎧を置いてどこかに行ってしまいましたが……お手洗いでしょうか?」
「それにしては長いんじゃない?」
「たしかに、そうですね……」
と同時に、草むらからがさりと音がした。
「……ブランシュか?」
「ああ……待たせたな」
赤い髪の持ち主が、その姿を現す。
しかし、彼女のシルエットがやけに大きい気がする。
「こいつを絞めるのに、手間取っていてな……」
ズドォン。という強烈な振動とともに、ブランシュが背中の荷物を降ろした。
どうやら、彼女が大きく見えたのはこの荷物のせいだったらしい。
「……熊?」
「ああ、グリズリーだ。美味いぞ」
「おいおい、嘘だろ……。
まさかこいつを、素手で倒したってのか?」
俺たちの目の前には、2メートルほどもある巨熊が打ち下ろされていた。
「用を足すついでだ。
襲ってきたのはあちらだがな」
「貴女……信じられないわ。
身体が強いと言っても、限度があるでしょうに……」
サフィーアも、動かなくなった熊を前にため息をつく。
「手甲とグリーヴさえ身に着けていれば、このぐらいわけはない。
それに、見たところこいつは雌の親熊だ。
仲間が復讐に来ることもないだろうからな。都合が良かったのだ」
(こりゃ、コルヴィがブランシュにビビってたのも納得だぜ……)
「むしろ問題はここからだ。
手早く捌くぞ、解体の経験がある者は?」
「すまん、さすがに無理だ。
技術的にもそうだが、血を見るのは極力避けたい……」
「なんだ。
思ったより軟弱だな」
「私もさすがに、かしら」
「わたしがお手伝いしますよ!」
「そうか、なら頼もう。
暗くなる前にな」
「おまかせください!」
そして、ミラーヤとブランシュが嬉々として熊を捌く中。
俺とサフィーアは、少し離れた場所で調理場を組み立てていた。
「すごいな、あの二人は……。
男として自信が無くなってくるぜ。
それとも、この世界じゃ熊ぐらい捌けて当然なのか?」
「冗談。
あの子たちが特別なのよ。
私も、喜んで熊を捌くトーヤの姿なんて見たくないわ」
「だよな……。
ちょっと安心したぜ」
安心すると同時に、一つの疑問が湧いてくる。
「でも、ミラーヤがあんなことを出来るのは意外だな。
さすがに熊の解体ってのは、調理師としての域を超えてないか……?」
「獣人特有の腕力、というのも理由ではあるでしょうけれど……それだけじゃないのは事実ね」
「やっぱりそうなのか」
「ええ。
あの子は昔……」
「見てください、フィーニャ!
肝ですよ肝! 左手もキレイに取れました!!」
「あら素敵、でも見せるのはやめて頂戴ね」
「えへへ」
「褒めてないわよ」
「ミラーヤ殿、そっちを持っていてくれ、次は首を落とす」
「あ、はい!」
「……何の話だったかしら」
「いや、今度にしよう。
聞く気が失せた」
「そうね……」
血生臭さの中、サフィーアと俺は調理場を組み立て終える。
火の用意まで終わったところで、二人も解体を終えたようだった。
「できました~!」
「おお……肉だ」
俺たちの目の前に広げられたのは、複数の肉の板。
50センチ四方ほどの分厚い肉板が、いくつも調理台に積みあがっていた。
それらは間違いなく『熊の死骸』でも『血まみれの肉片』でもなく。
俺のよく知る『食肉』だった。
「見事なものね。
二人とも、服に血の一滴もついていないわ」
「えへへ。
ほとんどブランシュさんがやってくださいましたから。
本当にキレイに、肉の隙間にナイフを通されていましたよ。
尊敬しちゃいます!」
「さて、焼くか」
ブランシュは、熊だったものの残りを森に投げ捨てながら言う。
「そうですね。
じゃあまずは、下ごしらえからさせてください!」
「いや。
丁寧な下処理には、貴重な水と時間を使いすぎる。
直接焼くだけでいいさ」
「その点はおまかせください!
かるーく臭みを取るだけですから」
「……ふむ。
私は、熊の臭みは嫌いではないがな」
どうやら、肉をどう料理するかで、やや意見が分かれたようだ。
「まあまあ。
肉は食いきれないほどあるんだし、各々で作ればいいんじゃないか?
俺はミラーヤの熊料理を食ってみたい気持ちもあるし、とりあえず早くなんか口に入れたいって気持ちもわかるぜ」
「たしかにな。
では、そうするか」
「お料理交換会ですね、楽しみです……!
じゃあフィーニャ、ちょっと時間をくださいね」
「ええ、時間ならいくらでも。
美味しいのを期待してるわね」
「おまかせください!」
────
──
案の定、料理はブランシュの方が先に出来上がった。
それは料理と呼んでいいのか迷うほどにシンプルな一品で、肉に少量の塩をまぶしてしっかりと火を通しただけのものだった。
サイコロ状に切り分けたそれを大皿に乗せ、四人がフォークでつつく。
「わあ、おいしいです。
熊肉って、案外柔らかいんですね?」
「もも肉だからな。
熊の中でも、一番食べやすい部位だ」
「まさに肉料理って感じだな、好きだぜ。
俺はもうちょっと塩が濃くてもいいと思うが」
「塩分を摂りすぎると、必要以上に水を消費するものだ。
行軍中の飯は、味が薄いぐらいが丁度いい」
「なるほど、納得だ」
ブランシュのサバイバル知識は、正論と呼ぶべきものばかりだ。
さすがは軍人というべきか……自分がいかに贅沢な環境で生きてきたのかを思い知らされる。
「たしかにとても美味しいのだけれど……私はひとつで十分かしら。
疲れた身体には、少し重いわ」
サフィーアがフォークを置く。
「本来食事とは、体力を使うものだ。食うにも、消化するにもな。
しかし、食わねば力が出んのも事実だぞサフィーア殿」
「わたしはフィーニャがそう言うと思って、とっても食べやすいものにしています!
もうすぐ出来上がりますから、期待していてくださいね」
隣の鉄板の上を見ると、ミラーヤの料理が火にかけられていた。
「包み焼き……か?」
「はい!
水に浸した香草で包んで、火にかけるんです。一種の蒸し焼きですね。
香りもつきますし、お肉がとっても柔らかくなるんですよ!
あとは……できてからのお楽しみです。えへへ」
「そりゃ楽しみだ」
────
──
三人がブランシュの肉料理を食べ終わる頃、ミラーヤの方も出来上がったようだ。
「できました~!
熊肉の包み焼きです!」
全員の皿に盛られたのは、大きな葉の上にどっしりと乗った肉だった。
「これも美味そうだ。
なんか、バターみたいな匂いがするな」
「さすがトーヤさん! 気付かれましたか。
香辛料で下ごしらえをして、香草の中でバターと一緒に蒸し焼きにしたんです!
さ、どうぞ召し上がれ~」
フォークで一切れ口に入れると、味わったことのない風味が鼻をくすぐった。
「お、これは……」
「柔らかくて、とっても食べやすいわね」
「えへへ、ばっちりですね」
「ありがとう、ミーチカ」
たしかに、表面に残った焦げからは想像できないほど、柔らかくとろみのある肉だった。
それは、森で狩ってきた動物を焼いただけの野外料理のイメージとはかけ離れた存在で。
言うなれば、ソテーやボイルと呼ばれる上品な類のものだとさえ感じた。
「うん、めちゃくちゃにうまい。
サバイバル料理とは思えないな」
「見事なものだな……。
ここまでしっかりと調理したものであれば、疲れた身体にも優しいだろう。
この短時間でここまでできるとは、驚きだ」
「いえいえ。
ブランシュさんの仰る通り手間もかかりますし、あまり量も作れませんから。
バターだって、私がこっそり隠し持っていたものですし」
「いや、これは完敗だ。
……もう少しキャンプ地の選定を早くしておけばよかったとさえ思うよ」
「あらあら、絶賛ね。
よかったわねミーチカ」
「えへへ、勝ち負けとかではないんですけど……。
でも、ありがとうございます!」
「ふっ……」
鎧を脱いだブランシュは、昨日と同じような笑みを浮かべた。
ミラーヤの料理のおかげか、それとも鎧を着ること自体が彼女にとって切り替えのスイッチになっているのだろうか。
どちらにせよ、俺たちが打ち解けるのはいいことだ。
無論、観光や旅行気分でいるわけにもいかないが……逆に、任務だからといって無理に顔をしかめる必要もないのだ。
今の俺たちは敵同士ではなくなったが、友人というわけでもない。
クロキアとフレイミアの関係も未だに揺らいでおり、微妙なままだ。
でも今は、これでいい。
ここにいる俺たちが共に笑い合うことができずに、国同士が手を取り合うことなど、到底できはしないのだろうから。
やがてサフィーア以外の三人が食べ終わり、食器を置く。
「先日の料理でも気になったのだが……ミラーヤ殿は、サフィーア殿の専属調理師なのか?」
「あら、そういえば言ってなかったかしら?
ミーチカは顧問魔術師よ。
私たちと同じ、ね」
「……なるほど、魔術師殿だったか。
失礼した。
あまりに上質な料理が出てくるものでな」
「でもでも、料理人というのも正解ですよ。
フィーニャのご飯は、毒見も兼ねてわたしが全部作っていますからね」
「王様だもんな。
いいもん食ってるぜ、ほんと」
「否定はしないけれど……もともと私がこの子に指示したのは、『安全な食べ物』という条件だけよ。
ここまで美味しいものが出てくるのは、この子が自分で食べたいからでしょうね」
「えへへ……実はそうなんです。
王城にはわたし専用のお台所まで用意していただいてますし。
それなら、って。いつもはりきっちゃいます」
「役得、ってやつだな。
でもいいんじゃないか? ミラーヤの飯が美味くなる分には、誰も不幸にならないぜ」
「私もそう思うわ。
はいミーチカ、あーん」
「あーん!」
最後の一切れは、ミラーヤの口の中に消えていったようだ。
「ご馳走様。
片付けぐらいは手伝おうかしら」
「フィーニャは座ってていいですよ。
疲れてるでしょうし」
「いいえ、それぐらいさせて頂戴。
子供じゃないんだから」
「うーん……じゃあ、お願いしちゃいましょうか」
そうしてミラーヤとサフィーアは食器を。
俺とブランシュは調理場を片付け始める。
「……なぁブランシュ、余った肉はどうするんだ?」
「捨てることになるな。
処理のできていない熊の肉は、傷むのも早い。
肉の腐臭で、虫や動物が我々に寄ってくることは避けた方がいいだろう」
「なるほど、これは一晩限りの贅沢ディナーだったってことか」
「そういうことになるな」
「んじゃ、さ。
捨てるぐらいなら俺がもらってもいいか?」
「……なにをする気だ?
まさか生で食うつもりではないだろうが」
「冗談。まだ俺は死にたくないぜ。
……でもま、ちょっと考えがな。
迷惑はかけないつもりだから、サフィーアたちには黙っててくれな」
「ふむ……トーヤ殿がそう言うのであれば、何か理由があるのだろう。
了解した」
そうして俺たちは調理器具と食器を片付け、調理用の火も消した。
最終的に残ったのは、最低限の焚火とテントだけだった。
「さて……じゃあ、寝床の組分けなのだけれど」
「ん?
あー……そうか、テントは二つしかねえもんな」
ブランシュが持ってきてくれた軍用テントは、二つ。
安直に男女で分けるならば1:3になるのだが、このテントは二人寝るのがやっとのサイズだ。
心情的には男女で分けた方が良いのだろうが……テントの大きさがそれを許さない。
レジャーとしてのキャンプならまだしも、今はあくまで任務での行軍中だ。
今ここで非効率的な配分をして、疲労やリスクを増やすのも違うだろう。
ここにきて、新たな問題が浮上したようだった。
「ならば、何かあった時に王であるサフィーア殿を守るのが最優先事項だろう。
動物や魔獣の襲撃が絶対にないとも言えないからな。
であれば、私とサフィーア殿が同じテントの方が良かろう」
早速、ブランシュが合理的な提案を投げる。
「私だって自分の身ぐらいは守れるわ。
それに、ミーチカもトーヤも、顧問魔術師として十分な実力があるもの。
無理に貴女とペアになる必要はないんじゃなあい?」
「たしかにサフィーア殿なら、魔獣の一匹や二匹ぐらい魔法で撃退できるかもしれない。
しかしこの作戦上での判断基準は『十分かどうか』ではない。それが『最善の手かどうか』だ。
その話でいくなら、私とサフィーア殿のペアが最適だろう。
体格的にも、ちょうどバランスが取れているしな。テントも狭くなるまい」
「うーん……。
貴女のことを信用しないわけじゃないけれど、私が一番安心して一緒に寝られるのはミーチカよ。
それに、ミーチカとトーヤを同じテントに入れるのも少し抵抗があるわ」
「えと……わたしもトーヤさんと一緒はちょっと、恥ずかしい、ですね……」
「でしょう?
私だって、ミーチカの尻尾を抱いて寝たいわ」
「わふ……」
どうやらサフィーア側の意見は、ブランシュと反対らしい。
「だからと言って、誰をトーヤと一緒にするかというと……難しいわね。
残りは全員女性なんだもの」
「私は気にしないがな」
「もう。
貴女はすぐそういうことを言うでしょう」
議論は遅々として進まない。
しかし、俺はここで画期的な解決法を思いついてしまった。
「ちなみに俺がテントの外で寝るっつー選択肢は、あるか?」
「いや、それは無いだろう。
さすがに愚行だ」
「それは、そうね」
「よし、じゃあ俺は先にテントに入って寝ることにする。
別に誰が来ても気にしねえよ。おやすみ」
そう言って俺は、自分の荷物を置いていた方のテントに入り寝床の支度を始める。
完璧だ。
1:3が不可能で、男女のペアも避けたい。
そうすると俺が外で寝るという選択肢が浮上してくるのだが、その可能性はないらしい。
俺が外に出る選択肢さえ消してしまえば、あとはあちらが勝手に結果を出してくれるだろう。
ならば今俺がやるべきことは、気を遣われないために早く寝ることだけだ。
(ま、荷物と寝場所は出来る限り隅に寄せておくとするか……)
しかし、議論は思いの外早く終わったようだった。
「失礼する」
「ん、おう……」
俺のテントに入ってきたのは、ブランシュだった。
「図体がでかいのが来てしまってすまんな。
少し狭い思いをさせるぞ」
「それはいいんだが……」
「どうした?」
「いや、結局男女のペアになっちまったなってな」
「ふ、何を。
このような生傷だらけの軍人を、今さら女扱いする物好きなどいないだろう」
「うーん……ブランシュはそう言うけどさ。
やっぱ俺は意識しちまうぜ、多少はな」
「……」
「任務だから、っていうのはわかってるぜ。
下らない議論をするぐらいなら、早く寝て明日に備えろ。って言うんだろ?
だからって、ブランシュも少しは抵抗があるだろ。知らない男と同じテントでってのは。
なんかちょっと申し訳ねえなって」
「……本当に、そう思うか?」
「ん? 何がだ?」
「いや、いい。忘れろ。
トーヤ殿の言う通り、明日に備えて早く寝るべきだ」
「ま、そうだな。
ブランシュもあんまり気にせず寝てくれよ、俺はできる限りそっち向かないようにするからさ」
「……」
それきり、ブランシュからの返事は無かった。
(さすが軍人だな。たぶん、どこででも寝れる訓練をしてるんだろうな……)
地面という巨大すぎるベッドのせいか、隣にいる女性のせいか。
その夜、俺は寝るまでに少し時間がかかってしまったのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




