第15話「蒼と、紅」
サフィーアに兵器のことを打ち明けた、翌日。
俺はまた、馬車に揺られていた。
以前城に向かう便に乗った時から、まだ24時間と経っていない。
元々とんぼ返りのつもりだったので、それ自体は別に構わないのだ。
問題なのは……予想よりも馬車が狭いことだった。
「馬車で旅行なんて久しぶりね」
「はい!
お城以外の町に行くなんて、いつぶりでしょうか」
「……もうちょっと緊迫感を持って欲しいんだが。
てか、二人とも目的わかってるか?」
「もちろんよ」
「わたしはわかってません!」
「……じゃあなんでついてきた……」
元々は一人で引き返す予定だったのが、この通りだ。
サフィーアはまだわかる。
想定外なのは、この元気印の獣耳娘だ。
「それは、ね?」
「はい。
私の居場所は王城ではありません。
いつだって、フィーニャの隣ですから」
「よしよし。
貴女は本当にいい子ね」
「ん~~っ」
サフィーアが頭を撫でると、ミラーヤは気持ちよさそうに甘え声を出した。
「少なくとも、旅行じゃないんだがな……」
「ふふ、わかってるわよ。
でもいいじゃない。たまには私も、執務から解放されて羽を伸ばしたいわ」
「……そう言われてみれば、王様としての仕事はいいのか?」
「ええ。
諸々のことは、大臣たちに任せてきたの。
そもそも普段は雑務ばかりで、そんなに忙しくないのよ?」
「へぇ」
「もし貴方から見て私が忙しそうに見えたのなら……それはきっと時期的なもの。
と、半分ぐらいは貴方に関しての書類仕事や根回し、かしらね?」
「そうだったのか……」
自分が負担になっている……とまでは言わないが、知らないところで俺のために働いてくれていたとは、頭が下がる思いだ。
考えてみれば、国として身元がわからない男を受け入れ、さらにはそれを騎士団の所属にしたのだ。
仕事が増えるのも、当然と言えば当然か。
「王様って、思ったより退屈なのよ。
だから私は、本来私がしなくてもいいような庶務まで大臣たちから奪い取っているの。
いつもそれで楽をしている大臣たちにも、たまにはキリキリ働いてもらわないとね」
「それで国は大丈夫なのか?
サフィーアがいない間に何かあったら、とかさ」
「ご心配、感謝するわ。
でも、クロキアの人間はそこまで弱くないの。
王に依存しなくても、大抵の問題は自分たちで解決できる。
私だって、自分の国の民を信じられないほど頼りない王様ではないつもりだもの。
それに……少なくとも政治に関しては、私がいつ死んだとしても困らない仕組みにしているわ」
「へぇ……立派なもんだ」
俺に政治のことはわからないが、サフィーアがそう言うならそうなのだろう。
しかし、サフィーアの言葉に暗い感情を抱いた人間もいた。
「わたしは……フィーニャが突然いなくなったら、困ります……」
「あらあら、さっそく例外が一人いたわ」
ミラーヤだ。
彼女は狭い屋形の中にも関わらず、サフィーアの膝に上半身を委ねた。
「わたしは、フィーニャの傍にいるだけです。
何があっても、わたしはそこにしかいられません。
だから、死ぬなんて言わないでください……」
「ありがとう。
でも、私たちも人間だもの。
いつまでも一緒にいられるわけじゃないってことも、わかって頂戴ね」
「いやです。
ずっと、一緒です……」
「もう……この子は」
ミラーヤの髪を優しく撫でる姿は、まるで姉妹か親子のようだった。
そのまま、しばらく。
馬車が揺れる音だけが続いた。
「……そういえばこの前、『ミラーヤは拾った子だ』って言ってたよな。
その話って……」
言いかけて、サフィーアが指を口元に当てているのに気付く。
どうやら、彼女の膝の上でミラーヤが眠ってしまったらしい。
「やれやれ……」
「その話は、また今度ね」
「はいよ」
────
───
──
─
村についたのは、太陽が昇り切る手前だった。
朝早くの便で出発したが、やはりここまでは半日ほどかかるようだ。
着いてすぐヴェルニグに会ったが、彼はサフィーアの姿を見るなり飛び上がるほどに驚いていた。
帰ってきたのが俺だけだと思ったら、尊敬する『我が王』までついてきたのだ。無理もない。
その後、サフィーアに対し小言を言いかけていたが……そちらは無残にも一蹴されていた。
「災難だったな、ヴェルニグ」
「トリド……!
貴様もなぜ言わんのだ。
王を連れてくるのであれば、連絡の一つぐらい寄越すべきだろう」
「わり、忘れてた」
「全く……。
貴様は戦いが出来ても、そういうところが甘いのだ。
騎士団に所属するのであれば、そのうち叩き込んでやらねばならん……」
「悪かったって。
それに、俺があっちについたのは昨日の夜。出発したのも今日の朝だ。
手紙を出すにしても、時間的に難しいだろ?」
「しかしだな……」
ヴェルニグが眉間に皴を寄せる。
「二人とも、仲が良いのね?」
「王……!」
役場から戻ってきたのは、サフィーアだ。
「トーヤ、案内ありがとう。
荷物はミラーヤに任せてきたわ。
一番奥の客室でいいのよね?」
「ああ。
つってもそもそもが役場らしいから、客室って呼べるかは微妙だがな。
俺たちが一週間以上寝泊まりしてたところではあるんだが……」
「王が来られることが先にわかっていれば、村長殿に言って別邸を開けていただいたのですが……。
今からでも交渉をしてきましょう」
「いいのよ。
今ここにいるのは、顧問魔術師としてのサフィーア。
王様扱いはやめて頂戴」
「またそのような屁理屈を……」
ヴェルニグは頭を抱える。
得意の小言も、二度目は出てこないらしい。
「それで、問題のフレイミアの子はどこかしら?」
「彼なら、今しがた───」
「お待たせした」
ヴェルニグが言うと同時に、その背後から近づいてくる声があった。
それは、聞き覚えの無い声だった。
「お?」
歩いてきたのは、コルヴィ。
と、それよりさらに大きい、赤い鉄の塊。
「貴殿らが、この馬鹿どもを止めた者で間違いないか」
「ああ、そうだが……」
新たな声の主は、どうやらこの赤い甲冑の人物らしい。
(初めて見る鎧だな……)
その甲冑はヴェルニグが使っている物と同じようなフルプレートで、頭から足先までを完全に覆っていた。
しかし逆に言えば、ヴェルニグの甲冑との共通点はそれぐらいだった。
見た目には、赤茶けた金属板をつなげたようなシンプルなもの。
装飾はおろか、所属を示す紋様すらない。
まるでそれは、戦いの中で消費される『消耗品』であることを前提に造られたようなものだった。
無骨で飾りっ気のない、ただ鎧としての機能を果たすためだけのもの。
ヴェルニグの纏っている騎士団然としたものとは、まるで正反対の印象だ。
無論、それは全身を覆っているため、中の人間がどういった人物かは伺い知ることができない。
「私は、ブランシュ。
フレイミアの一軍人だ。
書簡を受け取った王の命により、この度は証人として国境を跨がせてもらった」
その鎧の持ち主が、またも平坦な声を出した。
「ああ……なるほど。
俺がその書簡を出した、烏兎 凍矢だ。
で、こっちが───」
「ヴェルニグだ。クロキアで騎士団長をやっている。
お初にお目にかかる」
「ちなみに、俺も騎士団の所属だ。
一応、顧問魔術師って立場らしい」
「ほう……では、貴殿があの『フード付き』か」
「げ……その名前で伝わってんのかよ。
たしかにそれは俺だけど……あんまりその呼び名は好きじゃねえんだ」
「失礼した。
ただ、最も信用できる人物だと聞いていたのでな」
「名誉なんだか不名誉なんだか……」
「良かったな、フード付き」
その名前を広めたであろうコルヴィが、こちらに視線を向ける。
「……貴様は黙っていろ」
「っ……」
しかしブランシュと名乗った人物のドスの効いた声で、コルヴィは縮こまってしまう。
なるほど、あちらの王様に証人として指名されただけあって、影響力も実力も備わった人物なのだろう。
少なくとも、コルヴィを一言で黙らせられる程度には。
「……そちらの御仁は」
ブランシュが、静観を続けていたサフィーアに言葉を投げる。
互いに目を合わせるが、身長差のせいでサフィーア側が見上げる構図になっている。
「サフィーアよ。
トーヤと同じ、顧問魔術師ね。
お会いできて光栄だわ」
「こちらこそ」
サフィーアは微笑むが、ブランシュの表情は読めない。
「さて……ブランシュ、だったか。
アンタがフレイミア側の証人ってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだ」
『兵器』の真相を確かめるため、フレイミアから送られてきた証人。
俺たちは今日、『兵器』の下まで行き、それをこの目で確かめるのだ。
それの如何次第では、話がどう転ぶかわからない。
サフィーアの言う通り『兵器』なんてものはなく、コルヴィたちが騙されているだけなのか。
それともコルヴィの言う通り、クロキアが他国へ侵攻するための準備をしているのか。
(……どちらにせよ。
血を流す結果にだけは、させはしない)
「じゃあ……『役者は揃った』ってやつだな」
「早速だけれど、出発しましょうか?」
サフィーアの言葉に、ヴェルニグが反応する。
「待てトリド、まさかこちら側の証人は……」
「ああ。
ヴェルニグの想像通り、俺とサフィーアだぜ」
「そんなバカな───」
「国から認められた顧問魔術師が二人。
何か問題があって?」
サフィーアが割り込み、ヴェルニグがまたも黙らされる。
そして大きな大きなため息をつきつつ、言葉を捻りだした。
「……はぁ。
くれぐれも、お気を付けください。
トリドも、わかっているな。
何かあったらお前一人で責任が取れるものではないと思え」
「へいへい」
「騎士団長様は大袈裟ね。
信頼されていないのかしら、私たち」
「信頼しているからこそ、ですよ……」
「ゴホン。
とにかく、この四名で良いのだな?」
見かねたブランシュが、内輪揉めを纏めに入る。
「ごめんなさいね。
向かう人間は、各国から二人ずつ。その方が平等でしょう?
色々と」
「異論はない。
では、案内していただこう」
「ええ。
私が先導しましょう」
その一言を合図に、俺たちは四人で村を出発した。
────
───
──
─
「そういえばコルヴィは、兵器の場所がだいたいわかるって言ってたな。
こっちで合ってんのか?」
城下町と村を、東西まっすぐに繋ぐ街道。
そのやや南側を通る山道を、俺たちは歩いていた。
「おう、間違いねえ。
あのイヤな感じが、徐々にデカくなってやがる」
「ブランシュもか?」
「ああ。
コルヴィほどの嫌悪感はないが……背筋がヒリつく感覚は消えないな」
「へぇ。
俺にはわからないが……同じ炎熱の民でも、人によって感じ方は違うんだな」
「まぁ、これは魔法を力技で駆使しているようなものだからな。
理解できないのも無理はあるまい」
「……『鬼教官ブランシュ』は、変わってねえな」
「聞こえているぞ。
貴様は余計な事を口走らなくていい」
なるほど、たしかコルヴィは元軍人だと言っていた。
ブランシュとも、少なからず面識があるのだろう。
「ちなみに、サフィーアは感じないんだよな?」
「まぁ、感じないと言えば嘘なのだけれど……。
私たち氷雪の民にとっては、慣れ親しんだマナだから。
多少その『濃度』が変わったところで、意識しなければ気付かないでしょうね」
ということは、それを感じられない俺の魔法適性も、氷の魔法であるということで間違いないようだ。
「てか、サフィーアは道がわかるんだったよな。
じゃあなんもわかってないのは俺だけか……」
我ながら、下らない疎外感を覚えてしまう。
「ふふ。
安心なさい、貴方にも関係がある場所よ。
近くなってきたらわかるわ、きっとね」
「そうなのか?」
「ええ」
───昇り切った太陽が照らす中、何の面白みもない山道を歩いていく。
見通しのいい道とはいえ、山中だ。
湾曲した道や高低差のある地形に、少しずつ体力を奪われていく。
(水筒でも持ってこればよかったな……)
あれ以降、会話は無い。
ともすれば戦争一歩手前という際どい問題の最中だ、さすがに軽口を叩くこともできない。
俺たちが土を踏む音。そして、ブランシュの甲冑ががしゃりがしゃりと鳴く音だけが続いていた。
少し注意を向けると、それが常に一定のリズムで鳴っていることがわかる。
鎧の持ち主であるブランシュは、同じ炎熱の民であるコルヴィと違って歩調が一切乱れていない。
一人だけかなりの重装備にも関わらず、だ。
そのあたりは、さすが現役軍人と言ったところだろうか。
そんなことを考えていると、道の向こうに見覚えのあるものが現れた。
「お……あれってもしかして」
「思い出したかしら?」
近づくにつれて、その輪郭がハッキリとしてくる。
「……さすがに、な」
「貴方の大好きな寝具だものね。
それもこの世界に来て初めて使った、ね」
「なるほどね……。
たしかに、王城のベッドより何倍か贅沢なやつだな。
デカさだけなら」
「ふふ、そうね」
俺たちの目の前に現れたのは、灰色の石群。
それは忘れるわけもない。
この世界に来て最初に見た、祭壇だった。
俺がもたれかかって寝ていた石柱も、あの時のまま。
まさか、これが?
そう言う前に、コルヴィが反応した。
「……おい、こりゃなんだ」
「さぁ、何でしょうね。
少なくともこれが兵器に見えるのなら、私はその子の感性を疑うわ」
「……」
コルヴィは押し黙る。
その沈黙が、全てを肯定していた。
莫大なマナの発生源が、ここで間違いないということ。
そして、ここにあるのは灰色の祭壇だけで。
『兵器』など、どこにも存在しなかったということを。
「これが、ここにあるものの全てよ」
それを語るサフィーアの言葉はいつも以上に冷たかったが、当然と言えば当然だ。
コルヴィたちがクロキアの民の暮らしを壊したのは、誤解によるものだと証明されたのだから。
その本人たちに、恨み言のひとつも出て然るべきだろう。
「で、でもよ……」
「大きすぎるマナの正体は何なのか、ということね」
黙る俺たちを背に、サフィーアは祭壇に歩んでゆく。
「……あまり公にすることでもないのだけれど、少し大事な話をしましょうか」
そして階段の前で振り向き、ゆっくりと話し始めた。
「あなたたち、自分が生まれた国を離れたらその人間は魔法を使えなくなる……というのは知ってるわね?」
「言ってたな。
でも、少し離れた程度じゃ問題ないんだろ?
たしか、数年単位とか」
「そうね。
それが起こること自体稀だし、前例も少ないから詳しい期間はわからないわ。
誰でもそうなる前に国に戻るし、そもそも国から出ることが少ないんだもの」
「そうなっちまったらもう、国に戻っても治らないから……ってのも要因だよな」
「そうね。
そしてそれは、その国特有のマナが関係しているの。
クロキアにはクロキアの、フレイミアには炎熱系魔法のためのマナが存在する。
その国から離れると、当然そのマナは薄くなる。
魔法を喪ってしまうのは、それが原因だと言われてるわ」
「自分の魔法に使う種類のマナが摂取できなくなるから……って感じか?」
「わかりやすく言うと、そういうことね」
サフィーアは、俺に向かって微笑む。
「じゃあもう一つ聞くわ。
あなたたち、マナはどこから来るか知ってる?」
その一言に、全員が黙った。
俺が知らないのは当然としても、コルヴィやブランシュも答えられていない。
ということは、この世界の人間にとって当たり前の知識ではない。ということだろうか。
「『龍脈』。
マナが溢れ出る場所のことを、私たちはそう呼んでいる」
マナが、溢れ出る場所。
「それって、もしかして……」
「そう。
ここがその場所、ということ。
その子たちが『魔術兵器』だと勘違いした理由も、そこにあるわね」
サフィーアの言葉に、全て合点がいった。
コルヴィたちが感じていた『莫大なマナ』というのは、龍脈から溢れ出るマナのことだったのだろう。
「フレイミアにも、同じような場所があるはずよ。
クロキアは城下町から少し離れているけれど……他の国は、だいたい王城の地下にでもあるんじゃないかしら?」
「なるほど……」
「とにかく、この龍脈があるおかげで、私たちは魔法を行使できているというわけね。
だからこの付近に来れば、マナが濃く感じるのも当然ということよ」
「そういうこと、かよ……」
コルヴィは全てを察し、脱力する。
「騙されてたのは、俺の方だったか……」
へたりこんだコルヴィの傍に歩み寄るようにして、ブランシュが前に出る。
「この度は、クロキアに多大な迷惑をかけてしまいました。
本当に、謝罪の言葉もない」
そしてブランシュは剣を身体の前に携え、頭を下げる。
まるで、あらかじめその言葉を用意していたかのように。
「いいのよ、頭を上げて頂戴。
実は、こちらにも誤解を招いた原因があるんだもの」
「……と言うと」
「普段はね。
龍脈から必要以上のマナが漏れ出さないように、私たちが管理しているのよ。
でも今は、その封印が少し弱まっている。
何が原因かはわからないけれど……必要以上にマナが溢れているせいで、あなたたちを勘違いさせてしまったのでしょうね」
「……なるほど。
しかし、他国に勝手に侵入することがなければ、こちらがそれに気付くことは無かった。
それも事実でしょう」
「そうね……それは否定しないわ」
「では、この件はこれで決着だな。
立て」
ブランシュは、茫然自失したコルヴィを片手で引き上げる。
「重ね重ね、申し訳ありません。
この者には、然るべき罰を受けさせましょう。
村の被害に対する金銭的な補償も……」
「いいわ。
そのあたりは村に帰ってから話しましょう」
「……たしかに、ここでする話でもありませんね」
「あなたたちは先に戻ってもらえるかしら?
私たちは、封印を治してから帰るわ。
ヴェルニグたちには、夕方には戻ると伝えておいて頂戴」
「了解した」
「それと、龍脈のことは口外しないようにね。
この場所が知られているということ自体、あまり良くないことだわ」
「……知っているということも、我々のためにならん。か」
「そういうことね。
お互いのために、黙っておいてもらえると助かるわ」
「肝に銘じておきましょう。
では」
そう言って、半ばコルヴィを連行するようにして帰っていくブランシュを見送った。
「───で。
俺、封印とかできねえぞ?」
二人きりになったので、ようやく思っていたことを口に出す。
「ふふ、わかってるわ。
貴方に残ってもらったのは別の理由よ」
「と、仰いますと……」
「来て頂戴」
サフィーアを追い、祭壇の裏まで回る。
こちらは、ちょうど階段の正反対の位置だ。
「さあて。
これは私と貴方だけの、秘密よ?」
いたずらっぽく笑い、サフィーアは石の壁に手を当てる。
───ぱきり。
軽い音を立てたと同時に、その壁にぽっかりと穴が開いた。
「……おー」
「これが封印。
開けられるのはきっと、私ぐらいだけれど」
「わざわざ、何もなさそうな裏側にね……。
祭壇は、カモフラージュか?」
「ほとんどそうね。
さ、行きましょう」
サフィーアが、その黒い空間に吸い込まれるようにして消えた。
「……お?」
急な出来事に、俺は穴を覗き込む。
どうやら黒い穴だと思っていたのは、地下への階段だったらしい。
目を凝らすと、ようやく階段を降りていくサフィーアの姿が見えた。
「開けっ放しで良いのか?」
「大丈夫よ。
それより暗いわね……えっと」
並んで降りるにはやや狭い階段を下りながら、サフィーアがローブの中から小さな石を取り出した。
「それは?」
「朱光石よ」
「なるほど、灯りか」
「ええ、でもね……」
サフィーアが握った手を開くと、その石は青白く輝いた。
「お、足元が見えるな」
と同時に、少しの違和感を覚える。
「……ん?
そういえば朱光石って、赤く光るんじゃなかったか?」
「ふふ……素敵でしょう?
極稀に採れるのよ。こうやって、普通とは違う色に光る朱光石が」
「へー……そうなのか」
「ええ。
こういう特別な子は、大抵が高値で取引されるか、研究用に遺されるのだけれど。
この子は、私が一目惚れしちゃってね」
「お、なんだ。
職権濫用か?」
「ちゃんと買ったわよ。
私のポケットマネーでね」
「ならよし」
「もう。
貴方まで大臣たちみたいなことを言わないで頂戴」
サフィーアが、その小さい唇を尖らせる。
「はは、すまんすまん。
でもいいな、青い光は。
サフィーアのイメージにぴったりだ」
「フォローのつもり?
ちっとも嬉しくないわ……」
「そう拗ねるなって」
「もう……」
「やれやれ、面倒な王様のご機嫌を損ねちまった」
「やっぱりミラーヤに頼んで、貴方の晩ご飯にだけ毒草を入れてもらおうかしら」
軽口を叩いていると、足元が階段から平坦な地面に変わった。
「ん、到着か?」
「ええ……半分ね」
少しだけ広がった空間に、並んで立つ。
どうやらかなり降りてきたようで、ここにはすでに陽の光も届かない。
しかしサフィーアが朱光石を掲げると、行き止まりに石造りの扉が現れた。
「扉……ってことは、まだ先があるのか」
「この先が目的地よ」
「ふむ」
「さあトーヤ、扉の真ん中に手を当ててみてもらえる?」
「ん? おう……」
言われるがまま、両開きの石門のど真ん中に手を当てる。
「じゃあ、そこにマナを流し込んでもらえるかしら?」
「え?
魔法使う時みたいにか?」
「ええ。
中を探ってみて」
「といってもな……」
魔法を使う時の要領で、手を通して石門に探りを入れる。
「……お?」
すると、奇妙な反応が返ってきた。
まるで石門の内側に、クモの巣が張られているような感覚があったのだ。
俺が手を当てている場所を中心として、規則正しい直線が放射状に伸びているようで。
それらはまるで血管か電子回路のように作用し、石門全体にマナを循環させているようにも思えた。
「なんだこれ。
なんか妙な、マナの道筋……って言ったらいいのか?」
「良い勘ね、それが封印よ」
「あー……なるほど、人工的に作られたマナの流れか。
なら納得だ。
水や植物なんかのマナの動きはなんつーか、もっと複雑で有機的だもんな。
この封印は……導線の並びや、角度が正確すぎる。
人工物じゃないと、こうはならないよな」
「そういうことね。
じゃあ、真ん中に点があるのはわかる?
ちょうどあなたの手が触れている部分よ」
「ああ、あるな。
ここが全部の導線の、接続点だ」
「そこにマナを流し込んでみて」
「量は」
「その仕組みを壊してしまわないぐらい」
「漠然としすぎなんだよ……これぐらいか?」
マナを流し込んだ瞬間。
ガリガリ、と何かが削れるような音がした。
「……やべ、壊れた?」
「いいえ、成功よ」
「そっか、ヒヤヒヤしたぜ……」
「でも……やっぱり貴方は、開けられるのね。
本当に不思議な子……」
言いながら、サフィーアは考えるように目を伏せる。
「どうした?」
「……何でもないわ。
さ、開けて頂戴」
「おう。
……って言っても、封印の反応はもうないぞ?」
「あら。
貴方は普段、ドアを開ける時どうするの?」
「……いやいや、まさか。
扉っつっても、石の塊だぜ?
押してもびくともしねえのに」
「なら、私のこの細腕に任せてみる?」
「……冗談だろ……」
「ふふ……ほら、頑張って」
────
──
「っだぁ畜生!!!
これでどうだ!!!!!!」
サフィーアの応援を受けながら、石門を全力でこじ開けた。
ちなみに、押してもびくともしないのは引き戸だったからだ。
「はぁ……はぁ……ここにきて、力技かよ……」
中腰になり、息を整える。
いくら引き戸と気付いても、石の塊だ。重いことに変わりはない。
「ご苦労様。
やっぱりトーヤは頼りになるわね」
「毎回……どうやって開けてるんだよ……これ……」
「どうだったかしら。
前に開けたのはザクセンがいた頃だったから……彼に開けてもらったのかもしれないわ」
「クソ……まるで他人事みてぇに……」
「だって私、王様だもの。
スプーンより重い物なんて持ったことが無いわ」
「よく言うぜ……」
「ふふ。
でも、本当にありがとう。帰ったらたくさんご飯を食べて頂戴ね」
「……ったく、調子の良い」
俺は目を逸らしたが、サフィーアは屈託なく微笑む。
皮肉が得意で知恵が回るクセに、こういう時は真っすぐに感情を示すのだ。
他人に素直に礼を言える。そこは、ひねくれ者の俺と最も違う点だろうか。
「ふぅ。
でもまぁ……昼飯は楽しみだな」
息が整ってくると、サフィーアが言ったように空腹感に気が付いた。
そういえば今日は馬車に乗る前から何も食べていないのだ。
村に帰ったら、きっと昼飯をとる時間ぐらいはあるだろう。
「お昼ご飯、ね。
食べられるといいわね」
「どういう意味だ?」
「ふふ……さぁ、いらっしゃい」
そう言って、サフィーアはまたミステリアスな笑顔を浮かべながら扉の先へ歩みを進めた。
「……これは」
扉の先。
そこに広がっていたのは、予想以上に大きい空間だった。
「ここが、クロキアの龍脈よ」
剥き出しの岩肌に囲まれた、広い洞窟。
面積も高さも十分で、まるで小さなドームとでも言うべき場所だった。
まさか地下深くに、こんな空間があったとは。
「ここに入るのも、何十年ぶりかしらね」
サフィーアは朱光石を懐にしまい、進んでいく。
どうやら、灯りはもう必要ないらしい。
(……そういえば、灯りが無くても見えてるな)
そう。
この空間だけが、不自然に明るいのだ。
天井が開いているわけでもないにも関わらず、どこからか差し込む白い光が空間全体を照らしていた。
何もわからないままサフィーアについていくと、光源が奥にあることが見て取れた。
その光源の手前で、サフィーアが歩みを止める。
「これが、龍脈よ」
「この光が、マナの大元……ってことか」
「そうよ。
実態はほとんど不明だけれどね」
俺たちの目の前には、眩く光る何かがあった。
果たしてそれが穴なのか、物体なのか。目視では一切わからない。
ただただ白く輝き、膨大な量のマナをとめどなく発している『何か』としか言えなかった。
「この光の中心はマナが濃すぎて、触れればどんなことが起こるかわからないの。
だから、碌に調査もできなくてね。
ただ一つわかるのは……この国を覆うマナの全てをこの子が供給してくれてる、ってことだけ」
「たしかに、とんでもない量のマナを感じるぜ……」
「でしょう?
クロキアの人間以外なら、ここに近づいただけでどうにかなってしまうでしょうね」
「どうにかって?」
「そうね。
例えば……突然、生命活動を停止してしまうとか」
「氷漬けになる……とかじゃないのか?」
「ええ。
もっと、直接的に。
生物としての全ての動きが止まってしまうんじゃないか、と私は思ってるわ」
「止まる……?」
俺はその言葉に、引っかかるものがあった。
「トーヤ。
やっぱり貴方、心当たりがあるのね?」
「……ああ。
言おうかどうか迷ってたんだがな……」
「大丈夫よ。
私が今日ここで話そうと思っていたのも、そのことについてだから」
「ってことは……」
「ええ。
貴方の魔法について、ミラーヤに調べさせていたでしょう。その結果が出たの。
そしてそれは、さっき貴方が封印を解いたことで確信に変わったわ」
サフィーアの神妙な面持ちに、俺は息を飲む。
「結論から言いましょうか。
トーヤ、貴方の魔法は……『氷の魔法ではない』わ」
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




