第14話「天邪鬼と、女帝」
「……なんだこりゃ」
アデレニエが残していったカップをテーブルに置きながら、コルヴィが呟く。
「口に合わなかったか?」
中に入っていたのは、昨日騎士たちに振舞ったのと同じ紅茶だ。
ただし、今日は魔法で冷やしてあるが。
「いや……冷てェンだ」
「悪い、冷やしすぎたか」
「過ぎるも何もだな……。
なンだ、クロキアの人間ってェのは普段から飲み物を冷やして飲んでやがンのか?」
「ああ……そういうことか。
どうだろうな。それについては、俺が元々冷たい飲み物を飲みなれてるからってだけかもしれない。
今は、この魔法で簡単に冷やせるしな」
「ふン……変な感じだぜ」
「逆に、フレイミアには冷やした飲み物はないのか?」
「ほぼ無ェよ。
冬場に氷が獲れたらワインを冷やしたりはするらしいが……わざわざそれを飲みたがるやつは、よっぽどの物好きだぜ」
「へぇ……」
フレイミアとはどういう国なのか、少し興味が湧いてきた。
「ま、口に合わないなら適当に魔法で温めてくれ。
また家を燃やさない程度にな」
「へっ、いいさ。
てめェのその皮肉も、この冷えた水も。
今はおとなしく飲み込んでやるよ」
水ではなくて、紅茶なのだが。
「じゃあ、話を始めようか」
「あァ、どうとでも」
お互いに身体の力を抜いたのを確認し、口を開く。
「まずお前たちの処遇だが……俺としては、さっきヴェルニグが言ってたことと同じ意見だ。
そちらが『もうしない』と誓ってさえくれれば、解放するつもりだ」
「そうかい」
「ただ、それだけじゃあ解決しない。
お前たちが攻めてくる理由が、その『兵器』とやらのせいなら。
それが消えない限りは、また同じことが起こる。そうだな?」
「ま、そうだろうな」
「だからこそ聞かせてくれ。
お前たちの言う『兵器』ってのは、一体なんなんだ」
コルヴィは冷えた紅茶を不味そうにもう一口飲み、テーブルに腕全体を乗せてこう言った。
「ハッキリ言うぜ。
アンタ、こっちにつかないか?」
こちらを真っ直ぐに見据える、赤い瞳。
炎熱の民とやらは、みな彼のような目をしているのだろうか。
「アンタ、騙されてンだ。
兵器についてなんも知らされてないのが、何よりの証拠だぜ。
アンタは騎士団の命令で、お国のためだーつッて俺たちをぶちのめしたのかもしれねェが……本当は戦争の準備に加担させられてンだよ」
「悪いが、それは俺が判断することだ。
さっき『俺は中立の立場だ』ってことを伝えたのはな、コルヴィ。
俺がすでにアンタに肩入れすると決めたからじゃない」
「……はっ、そうかよ」
「ああ。
『兵器』のことを、出来る限り詳しく教えてくれ。
判断するのは、それからだ」
「チッ……わーッたよ」
そう言って、コルヴィは再び椅子の背に腕を乗せ、ジェスチャーを交えながら語りだした。
「正直、俺たちもその『兵器』をこの目で見たわけじゃねェ。
だがな……肌でわかンだよ。
この村の先に、とんでもねェ量のマナが溜まってやがる」
「マナが……?」
「あァ。
例えば、大型の魔術兵器を造るには十分すぎるぐらいのな」
初めて聞く、『魔術兵器』という単語。
語感から、それが戦争に使われるものであろうことは想像に難くない。
「その魔術兵器ってのは……具体的には?」
「そりゃ、アンタらクロキアが考えてる通りだろ。
街一つを氷漬けにしたいのか、それともただのマナの大砲として運用するのか……。
どちらにせよ、あれだけデカいマナを溜めこんでるならなンでもできるだろうよ」
彼の口ぶりから察するに、今言ったことは決して比喩ではないのだろう。
「なるほど……。
つまり、クロキアは密かに魔術兵器を開発していて。
それはフレイミアに攻め込むための準備である可能性が高い。
だからコルヴィたちは、それを阻止するためにここに襲撃を仕掛けた、と……。
そういうことでいいか?」
「あァ、そうだよ」
(……他国に攻め込む、か)
やはり、にわかには信じられない。
だが、コルヴィが嘘を言っているようにも思えなかった。
「言っとくが、嘘じゃねェぞ。
今だって、この村の向こうにバカデカいマナを感じる。
そいつのせいで、ここにきてからずっと寒気がしやがるんだ。
まったく、どうやってそこまでの量のマナを集めてやがるンだか……」
「……すまないが、その寒気とやらは俺には感じられない。
一応聞いておくが、気候のせいじゃないよな?」
「違うな。
アンタも魔術師なら、マナを引き出した時の感覚ぐらいわかンだろ。
この、何もしなくても肌がヒリつく感じ……少なくともうちの国じゃ絶対に感じられねェモンだ」
俺がそれを感じられないのは、氷魔法に適性があるせいか……もしくは、そのおかげで冷気に多少の耐性があるからだろうか。
どちらにせよ、彼の言う通りマナが作用しているに違いない。
「わかった。
で、その兵器の情報はどこから得たんだ?」
「そりゃダンナから……って、そうだ。
ダンナはどうなったんだ?」
「『ダンナ』?」
「お前が最後に追ってた三人組だよ。
小さいの一人と、デカいのが二人いたろ。
そのうちの小さい方だ」
「あいつは……あいつには、逃げられた」
「そう、か……」
コルヴィは腕を組み、やや難しい顔でテーブルに目線を移した。
「そいつが情報提供者ってことでいいんだよな?」
「……そうだ」
「一体どこのどいつなんだ?
コルヴィの古い知り合いなのか?」
「いいや、出会ったのは一ヶ月ぐらい前だ」
「一か月前?
……言っちゃ悪いが、よくそんな出会ったばかりの相手の言葉を信用して、他国の村を襲おうと思ったな」
「俺たちも、最初は半信半疑だったぜ。
でもダンナの言う通りこの辺りに来てみりゃ、確かに言い逃れできねェぐらいの莫大なマナがあるじゃねェか。
それだけ証拠が揃ってンなら、やられる前にやるしかないだろうがよ」
たしかに、コルヴィの言うことにも一理はあるだろうか。
「それに、ダンナはすげえ奴だ。
一目見ただけで俺たちの実力を見抜いたし、俺たちがなンで軍を辞めたかも言い当てた。
その上で、今回の話を持ち掛けてきやがった。
モチロン、そんなことを軍に話しても信じてもらえねェのは火を見るより明らかだ。
あまつさえ、軍に唾吐いて辞めた俺たちが言っても。な。
そんでそれは、ダンナも同じだったんだろう。
だったら、俺たちがやるしか無ェ。ってな」
「なるほど、ね……」
つまり、その人物こそがコルヴィたちを焚きつけ、襲撃に参加させた人物。
コルヴィの話だけを聞くと、とんでもなく怪しい人物だ。
……いや、そもそも人間だったのかも疑わしい。
俺が追っていたあいつ自身すらも、泥人形の可能性があるのだから。
「で、ここまで聞いてどうだ?
アンタは、俺たちの側についてくれるのか?」
「……ふーむ」
もしコルヴィたちの言い分を全て鵜呑みにするなら、そうなるのかもしれない。
そもそもの発端は、魔術兵器を用意してまでフレイミアに攻め込もうとしているクロキアの方で。
俺は新入りだから、そのことを隠蔽された上でクロキアに都合よく利用されているのだと。
あまりに突拍子もない話だが……『あり得ない』の一言で切って捨てられる情報でもない。
なぜなら俺も、僅かにではあるがその可能性を考えたからだ。
だからこそ俺がフラットな立場であることを餌にしてまで、コルヴィから兵器のことを聞き出したのだ。
(兵器、ね……)
今俺の目の前にいる、炎熱の民は。
コルヴィはきっと、嘘をついていないのだろう。
何よりも、俺たちに敗北した今、このような嘘を重ねるにはリスクが大きすぎる。
さらに言えば、彼らのとった『他国の村を襲う』という強引なやり方。
その動機となるに相応しいだけの、規模の大きい話が裏にあったからだ。
そして、それら全てが真実なら。
彼の言う通り、俺がフレイミアに寝返るには十分な理由であることは間違いないのだろう。
「……すまないが、まだ判断できない」
「ふン……そうかい」
「悪いな。
別に、アンタが嘘をついてるとは言わないよ。
でも……正直なところ、俺にはクロキアの人間がそんな兵器を造っているとも思えないんだ」
「よっぽどクロキアにお熱なんだな。
アンタだって、まだそっちについてから、少ししか経ってねェんだろ?」
「そうだ。
俺が世話になったからってのもあるが……それを抜きにしても、俺にはクロキアを信じられるだけの理由がある。
むしろ、その『ダンナ』という奴がアンタらを騙してる可能性の方が高い。とすら考えてるよ」
「だが、ダンナと出会ってから。
目の前で起こる出来事は、全部ダンナの言う通りだった。
カスみてェなフレイミアの軍よりも、このクソ面白くねェ現実よりも。
俺にとっては、ダンナが言うことの方がよっぽど本当だったぜ」
コルヴィは、どこか吐き捨てるように言った。
「あくまで、ダンナを疑う気はないんだな」
「ああ。
フード付き。お前がクロキアを信じているのと同じだけ、俺はヤツを信じてると思ってくれていい」
「……そうか」
そこまで言われては、こちらもこれ以上何も言えない。
それに俺も『クロキアを信じる』とは言ったものの、心の底では信じ切れずにいる自分がいたからだ。
やはり僅かだが、『本当は俺の方が騙されているんじゃないか』と考えている部分がある。
もちろん、クロキアが魔術兵器の開発などをするような国だろうか? という疑問は本当だ。
俺には、闘争を厭うクロキアの人間が。ひいてはサフィーアがそんなことをするとは思えなかった。
しかし。
冷静に考えてみれば、俺がクロキアという国の表面しか知らないのも事実なのだ。
そして同時に、相手はあの老獪でもある。
もし。
もし、彼女が俺に隠していることがあったとして。
それがクロキアの暗い部分───今回の兵器のことだとしたら。
出会ったばかりの俺を騙し、信用させ、手駒にする。
それは、彼女の頭と立場があればあまりに容易なことだろう。
ここには、俺がサフィーアを信じるかどうか。そしてサフィーア自身がそれをするような人間かどうかという部分は関係ない。
『彼女が必要だと判断すれば、出来てしまう』ということ。
それ自体が、問題なのだ。
その事実がある限り───たとえそれが極限までゼロに近い可能性だったとしても───俺はサフィーアのことを疑わざるを得なくなってしまう。
俺は、今日まで自分が成してきたことを。
そしてクロキアでの思い出を、嘘にはしたくなかった。
だが同じだけ、戦争に加担するような真似もしたくはない。
今になって、俺自身の行動理由───信念とも呼べるものが、揺らぎ始めていた。
クロキアとフレイミア、どちらを信じるべきなのか。
俺は。
「俺は……クロキアと、コルヴィ。
どっちも信じるよ」
ありのままの感情を、言葉にした。
「……あァ?」
「そのままの意味だ。
今の段階で、俺はどちらにつくとは言えない。
どちらかを信じれば、どちらかを嘘だと言ってることになるからだ。
でも……もし、その兵器とやらの正体がわかれば。
誰が嘘をついてるのか、何が間違いだったのか。それが全部明らかになる。そうだろ?」
「はッ……そうだな。
アンタの言う通りだ。その目で見れば、全部ハッキリするだろうよ」
「コルヴィの言った、マナが溜まってる場所。
必要な人間を集めて、一度そこに向かおう。それでいいな?」
「あァ」
「……国に連絡を取る。
それまで時間をくれ」
「ならよ、フード付き」
もう一度、コルヴィの目が鋭いものに変わる。
「兵器の話が本当だったら……今度こそ、俺たちについてくれるンだよな?」
「……ああ、そうだな。
本当にクロキアが、他国に攻め入るための兵器を開発しているのだとしら。
完全にアンタらの味方になるってわけじゃないが……俺は俺の正義に則って、それに対処する。
約束するよ」
「誓えるか」
「ああ。
炎熱の赤にでもなんにでも、誓ってやるさ」
「へっ……そうかい。
やっぱり、アンタは信用できる男だ」
「勘違いしないでくれよ。
俺は決して、戦争がしたいわけじゃない。
その兵器が無くなれば、コルヴィたちがクロキアを攻撃する理由も無くなる。
そうすれば、誰も傷つかずに済む。
俺が望んでるのは、あくまでそれだけだ」
「なンとも刺激に欠ける考えだが……ま、それでいいさ」
コルヴィは、どこか満足したように力を抜いた。
「コルヴィたちだって、自分の国のためを想って戦ってるだけなんだろ?
だったら、俺も同じだよ」
「……どうだかな」
コルヴィの胸の内は読めなかったが、今はそうだと信じよう。
「まぁいい。
兵器の正体を確かめに行くにしても、両方の国に連絡を取ってからだ。
今すぐに、とはいかないが……それでいいよな?」
「いいんじゃねェか。何が起こるかわからねェしよ」
何が起こるか、わからない。
それは、コルヴィの言う通りだった。
最悪のケースなど想像もしたくないが……その『兵器』の如何によっては、話がどう転ぶかわからないのだ。
場合によっては、本当の戦争になる可能性だってあるだろう。
だとすれば、これは間違いなく外交問題だ。
あの日サフィーアに言ったことが、奇しくも現実となってしまったのだ。
だからこそ、そこには俺が立ち会う必要がある。
真実がどうだったとしても、嘘を吐いているのが誰だったとしても。
(戦争になんて……絶対にさせはしない)
「とりあえず、今日の夕方……いや、昼の便でクロキアと連絡を取る。
コルヴィたちの処遇は、全部が終わってからにしよう」
深夜から動き回っていたせいですっかり忘れていたが、今はまだ明朝なのだ。
普段なら、ようやく朝飯の準備をしている頃だろう。
「それについてだけどよ。
……あいつらはもう、解放してやってくれねェか」
「あいつらっていうと……残りの九人か?」
「あァ、そうだ。
都合のいい話かもしれねェが……あいつらは、俺やダンナについてきただけなンだ。
たしかに皆、村を襲った当事者だがよ……頭である俺が白旗を揚げた以上、あいつらにはこれ以上何かする気力も、できるだけの頭もねェ」
「……約束できるか?」
「できる。俺がさせる」
「そうか、なら言う通りにしよう。
どちらにせよ、フレイミアにも一報入れる必要があるだろうしな。
そっちの国に還すついでに、連絡役にもなってもらおう」
「……俺がいうのもなンだが、えらくあっさりだな」
「初めに言ったろ。
村長に言われたことを約束してくれるなら、すぐに解放するつもりだって。
それに、コルヴィは最初に俺を信用してくれた。
だから俺も、アンタを信じる。それだけだ」
「へっ……。
アンタ、案外熱い男だな。
好きだぜ、そういうの」
「クロキアのやり方に従ってるだけさ。
それに見てる感じ、フレイミアは上下関係がハッキリしてるお国柄なんだろ?
コルヴィが信用できる奴なら、その部下も信用できる奴らさ。きっと」
「ハッ……アンタ、そのうちフレイミアに来た方がいいぜ。
きっと気に入る」
「あぁ。
そのうち、な」
────
───
──
─
約束通り、コルヴィ以外の九人はその日のうちにフレイミアに送り返すことにした。
無論、うちの騎士たちに護送させる形で。
ヴェルニグはやや不服だったようだが……彼らを村に拘束しておくにしても、監視役や最低限の食事など、ある程度のリソースが必要になってくる。
それを一時的にとはいえ、この村に負担させるのは気が引けたからだ。
それに、村を襲った犯人たちがいつまでも村の中にいるというのも、村民にとっては気が気でないだろう。
……という話をしたところ、どうにかヴェルニグを納得させることができた。
ちなみに、彼らに持たせたフレイミアへの書簡は、ヴェルニグと俺の判断で作成した。
彼らがクロキアで騒ぎを起こしたこと、こちらとしては穏便に済ませたいこと。
その騒ぎの原因が、『兵器』と呼ばれるものであること。
そして、それを確認するために証人となる人物が必要である旨をしたためておいた。
フレイミアにとっては、まさに寝耳に水だろう。
コルヴィ曰く、今回の襲撃は軍や国に相談せずに行ったとのことだ。
つまりフレイミアにしてみれば、知らないうちに自分たちが他国に侵略行為を働いたということになっているのだ。
驚いて当然どころか、唐突すぎて怪しまれる可能性すらある。
なので、少しでも信憑性を高めるために、書簡には俺とコルヴィの拇印をついておいた。
どうやら、拇印はフレイミアにとってかなり重要な意味を持つらしい。
彼らの言う『炎熱の赤に誓って』という言葉と同じぐらいだそうな。
それがどれほどの重さを持つのか、俺には推し量れないが……炎熱の国の対応に期待しよう。
───そして、俺はというと。
「なんか、すっげぇ久しぶりな気がするな……」
再び、クロキアの城下町に立っていた。
コルヴィにも言った、今日の昼の便。
そこには結局、手紙を載せるのではなく、俺自身が乗っていくことにした。
一週間以上の任務を経て、王城のベッドが恋しくなったから……ではない。
この件は、俺自身の言葉で伝えなくてはいけないと思ったからだ。
「と言っても、どう伝えたもんか……」
城下町についてからというもの、今回の話をどう切り出そうかと悩むうちに、日が沈んでしまっていた。
(王様、あなたは本当に戦争をしようとしているのですか。
……なんて、聞けるわけがないんだよな……)
無論、サフィーアのことは信じている。ミラーヤのこともだ。
あいつらが、あれだけ国のことを想っている人間が、兵器開発の指揮などを執っているわけがない。
だが、俺の頭はどうやっても『もしも』のことを考えてしまう。
本当に俺が、戦争の道具にされているのなら。
だとしたら、このことをサフィーアに直接訊いてもはぐらかされるだけだろう。
……いや、はぐらかされるだけならまだいい。
最悪の場合───
『ここまでよく働いてくれたわね。貴方はもう用済みよ』
───なんて可能性も、ないわけではないのだ。
「……はっ、なんだそりゃ」
渇いた笑いを飛ばしつつ、俺は彼女の底の知れない笑顔を思い出す。
例えば、どうだろうか。
悪の国の女王。氷の大魔女。冷酷な女帝。
その役回りは、サフィーアにこの上なく似合うものだろう。
しかし、そこまで想像してから、気付く。
「……ま、それならそれでいいか」
それならそれで、いい。
俺が信じた人間に殺されるなら、それで。
俺はいつの間にか、そう思っていたのだ。
彼女は頭が回り、皮肉が得意で……掴みどころのない人物だ。
だがそれと同じだけ、優しい心の持ち主だった。
どこの誰ともわからない俺を拾い、ひとりの国民として受け入れてくれて。
それどころか、生活や食い扶持の面倒まで見てくれようとしているのだ。
そんな人物を疑う人間になるくらいなら、利用されて殺された方がマシだろう。
しかしそれは、決して恩があるというだけではない。
俺が個人的に彼女のことを気に入っている、というのもある。
だがなによりも……彼女を疑いたくないという気持ちが一番にあったからだ。
(それに……どうせ一度、バカらしい死に方をした身だ。
異世界に来て魔法を使えるようになったと思ったら、信じた人に背中を刺されました。
もう一度死ぬなら、そんな死に方のほうが……俺にはお似合いなんだろうよ)
そんなことを考えているうちに、この足は俺を城の前まで導いてくれていた。
「……よう、お前ら」
「これはトーヤ殿、お久しぶりです!」
「帰られたのですね!
今、門をお開けします!」
「あぁ、ありがとう」
こんな時間にも関わらず、威勢のいい声で返事をしてくれる門番の兵士たち。
「……そうだ、二人とも」
そういえば、彼らを見ていてひとつ思い出したことがある。
「なんでしょう?」
「今からでもいい、便所は綺麗に使えよ」
「……は?」
「いや、いいんだ。深く聞かないでくれ。
半分は俺のせいでもあるからな」
「はぁ……?」
当然だが、門番の二人は何がなんだかわかっていない様子だ。
口角を上げつつも心の中で彼らに謝罪しながら、俺は王城へと足を踏み入れたのだった。
────
───
──
─
「我らが国王様は、どこに行かれたんだ?」
玉座の間に待機していた侍女に、声をかける。
「執務室でございます。
ご案内いたしましょうか」
「頼むよ」
「承知いたしました」
彼女は器用に足音を消して歩きだし、その後を俺が追う。
玉座に向かって右手の扉を一枚開け、ほどなくすると執務室の前に辿り着いた。
「それでは」
「ああ、ありがとう」
静かに一礼する彼女を見送った後、改めて執務室の扉を見据え、深呼吸。
そして意を決し、目の前のドアをノックする。
「誰?
開いてるわよ」
「……よう」
ガチャリという音が止んだところで声を出し、そのまま後ろ手にドアを閉める。
「あら、トーヤ……!」
その背丈に似合わない巨大な机に向かうサフィーアが、書類の山の間からこちらを認める。
彼女の驚いた顔は、すぐに綻んだ。
「おかえりなさい。
……貴方がいきなり帰ってくるということは、何かあったのかしら?
もしかして、急ぎの用?」
「いや……そういうわけじゃないんだが。
まぁ、報告にな」
「そう……。
じゃあ、少し待ってもらえる?
この書類だけ片付けさせて頂戴ね」
「ああ」
そしてまた書類に目を落としながら、サフィーアは手元のベルを鳴らす。
その音が鳴り終わるか否かというところで、ドアの外にいた兵士が入ってきた。
「御用でしょうか」
「ミラーヤを呼んできてもらえる?」
「は」
「ありがとう」
兵士は軽く敬礼をし、ドアが閉まる前に外へ出てしまう。
俺はその様子を、部屋の隅のソファで眺めていた。
そして、少しの間。
サフィーアが紙をめくる音だけが部屋に響いた。
「……落ち着かない様子ね」
サフィーアは書類から目を離さずに、俺に水を向ける。
「……わかるか?」
「ええ。
例えば何か、私に話したいことがあって仕方がないみたいに」
「……やれやれ。
やっぱり今回の任務、サフィーアと二人じゃなくて良かったよ」
「そう?」
「そこまで見抜かれてると、やりづらくて仕方ねえよ」
「……ごめんなさいね」
「いや……」
座ったまま、俺はサフィーアの方に身体を向ける。
「なぁ、サフィーア」
「なあに?」
「俺……サフィーアを信じて、いいんだよな」
「……どうしたの? いきなり」
「いや……すまん、忘れてくれ」
今の訊き方は、誰がどう見ても失敗だ。
「村で何かあった?」
「……」
サフィーアが筆を滑らせる音が止まる。
「……私はね、トーヤ」
筆を机に置きながら、サフィーアは俺と目を合わせた。
「貴方にならなんでも話したいと思うし、貴方の感じたこと、考えたこと。全て言葉にして聞いてみたいと思ってる」
「……ああ」
「だから、たとえ貴方が私のことを信じてくれなくても、私は貴方を信じるわ。
……本当にそうなら、少し寂しいけれど」
そう言って、サフィーアは困ったように笑う。
(違う)
胸がちくりと痛む。
(サフィーアのこんな顔が見たくて、俺は城に戻ってきたんじゃない)
「……ごめん。
全部話す。話したい。
聞いてくれるか」
「ええ」
─────
──
迷いながら、言葉に詰まりながら。
その蒼い瞳を直視できずに言葉をつなぐ俺の話を、彼女はただ静かに聞いてくれた。
だから俺は、あの村で起こったこと、俺が感じたこと。
俺がサフィーアを疑っていること。
そして、その理由まで。
その全てを、彼女に打ち明けた。
「……そう、大変だったのね」
「正直、色んな事がありすぎた。
……ほとんど手紙に書いてたことではあるんだが」
「まずは、ご苦労様。
無事に戻ってきてくれて、本当に嬉しいわ」
「まだ全部終わったわけじゃないんだがな」
「その『兵器』のことね」
「ああ」
手元にあったカップにひとつ口をつけ、サフィーアは続ける。
「……私はね、トーヤ。
その話を聞いて安心しているの」
「っていうと……?」
サフィーアは微笑み、俺に放った。
「私はまた、貴方に信じてもらえそうってこと。
そのコルヴィって子、きっと騙されてるわ」
「……間違いないんだな?」
「ええ。
その『兵器』が何のことか、私には見当がついている。
フレイミアを侵攻する気だ、なんて聞いた時には驚いちゃったけれど……。
でも、実際にそれを見に行けば全部理解してもらえると思うわ」
「じゃあ」
「ええ、誤解よ。
私が兵器を開発しているというのも、クロキアが戦争を企んでいるというのも。
全部ね」
「そうか……よかった。
本当に……」
気が抜けて、俺はソファに全体重を預ける。
「あらあら。
まだその『兵器』がどんなものか、何も言ってないでしょう」
「いや、いいんだ。
サフィーアから否定の言葉を聞けただけで、十分だ。
……多分、俺はそれが……」
安心したと同時に、天井を見上げる。
吐き切った息に、言葉はうまく乗らなかった。
「ふふ……お馬鹿さん。
私が本当に嘘を吐いてたら、貴方、今殺されてるわよ?」
「あー、大丈夫だ。
それも悪くねえなって思って、ここに来たからよ」
「ふふふ……なあに、それ」
俺の言葉を聞いて、サフィーアはまた少し笑った。
「……ねえ、トーヤ。
話してくれて、ありがとう」
「やめてくれ。
俺は、サフィーアを疑った。
俺自身が戦争に加担したくない、って。自分の保身のためだけに、サフィーアを疑っちまったんだ。
礼を言われる筋合いなんてない」
「それでもよ。
貴方は私を信じたいって思ってくれた。
だから私を問いただすんじゃなくて、一から全部話してくれた。そうでしょう?
もし、私が本当に貴方を騙していたとしたら。
貴方が私を疑う理由を聞いてしまった時点で、私はまた嘘を重ねて、貴方を操ることだって出来る。
でも貴方はそれをわかった上で、私に全て打ち明けてくれた。
それは、貴方が私を信じたかったから。信じさせてほしかったから。
トーヤが私に、騙されてもいいと思ってくれたから。でしょう?
だから……ありがとう」
真っすぐに微笑むサフィーアを見て、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「……そうかよ」
「ふふ。
顔、真っ赤よ」
「うるせぇ」
「いいじゃないたまには。
嫌味も皮肉も抜きで、感情を伝えるのも。
少なくとも私は、貴方の気持ちが聞けて嬉しかったわ」
「まぁ……それには同意するよ」
「でしょう?
心から人を信じるのって、本当に難しいことだもの」
「……本当に、痛感したよ」
俺はここで、自分がまだローブを着ていたことに気付き、それをソファに脱ぎ捨てた。
「それにトーヤが私を疑ったのは……少し悲しかったけれど、同時に嬉しいとも思ったわ」
「よいしょっと。
……なんだ、そういう趣味か?」
「やあね。
トーヤが最後まで、平等な目線を失わなかったことが、よ。
貴方はどちらに傾倒することもなく、最悪の可能性まで考えて、私のことも疑った。
それは、とっても大事なことよ。
それぐらいの慎重さと、一歩引いて自分を見られる視点が必要。
少なくとも、私の隣に立ってもらう人にはね」
「持ち上げすぎだ。
ただ、俺が疑り深い性格ってだけだよ」
「本当にそれだけなら、捨てられた子犬のような目で『私のことを信じたい』だなんて言わないわ」
「……そんな表情してたか? 俺」
「してない、って断言できないのね?」
サフィーアは、心底楽しそうに笑っている。
「あーもう、わかったよ。
俺の負けだ。
ったく……どこまでいっても、だな」
「ふふ……それは、お互い様でしょう」
「……皮肉好きの、性悪女がよ」
「悪態つきの天邪鬼さんに言われたくないわ」
俺が言った分だけ、サフィーアも返してくれる。
これが、いつもの俺たちのペース。
今は、それが何よりも心地よかった。
「じゃあ、明日にでも出発しましょうか」
「って……なんだ、サフィーア自身が来るのか?」
「証人が必要なんでしょう?」
「まぁそうなんだが……ヴェルニグや俺で十分じゃないか?
こっちの件については、俺はあくまでサフィーアの許可をもらいに来ただけだ」
「……私と一緒じゃ、嫌?」
急にサフィーアがしおらしくなった。
不安げな声と表情で、こちらを見つめている。
「……そういうとこだぞ」
「ふふ、さすがにわざとらしかったかしら。
これじゃ貴方を騙せないわね」
「こりゃ、次何かが起きた時も真っ先に疑ってやらないとな……」
「ええ。
是非、お願いするわね」
その時、部屋のドアがノックされた。
「来ましたよ、フィーニャ」
「開いてるわ」
開いた扉の隙間から現れたのは、大きな耳。
───と遅れて、その耳の持ち主。
「そろそろご飯にしますか?」
「ええ。
三人分、ね」
いつかと同じセリフで俺に気付いたミラーヤは、その耳をピンと立てた。
「わぁ、トーヤさん……!」
言いながら、すぐさまこちらに駆けてくるミラーヤ。
「わぁ、わぁ……!
帰ってこられたんですね! 一週間ぶりですか? もっとでしょうか!
いつ帰られたんですか? お仕事は終わったんですか?
というか、帰られたなら言ってくだされば……」
そして尻尾をブンブンと回しながら、俺の手を掴んで上下に振る。
「おーおー……」
疲れもあって、俺はされるがままだ。
「ミラーヤ」
「はい!
なんですかフィーニャ?」
「私は。
お腹が空いたの。
わかる?」
「あっ……。
た、ただいまお持ちします!!!」
ミラーヤは顔を一瞬凍り付かせたあと、ぴゅう、と音を立てそうな勢いで部屋から出ていってしまった。
「貴方も、よっぽど懐かれているわね」
「はは……ご主人様ほどじゃねえよ」
言い終わった後。
閉まり切っていない扉の隙間から、垂れ下がった耳と顔だけが帰ってきた。
「あのぅ……どこで召し上がりますか?」
「いつもの食堂でお願い。
私たちもすぐに向かうわ」
「はい……」
そして、ミラーヤはまた顔を引っ込めてしまった。
それを見送り、サフィーアはやれやれと言った風にこちらに目配せをする。
「今日は、厨房からとってもいい匂いがしたのよ。
楽しみね、トーヤ?」
わざとらしく、大きな声を出しながら。
「ああ、久しぶりにミラーヤの飯が食えるんだ。
早く食いてぇな!」
廊下から聞こえる足音が、少しだけ高くなった気がした。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




