第13話「縄と、竹」
空は、徐々に白み始めていた。
俺とヴェルニグが村に戻ると、炎熱の民たちが縄や拘束具で縛られていた。
それを囲むようにして立っている、騎士たち。彼らが指示通りやってくれたのだろう。
そして状況が状況だからか、ナスレグ村長も来てくれていた。
「ああ、ヴェルニグさんとトーヤ君。
よかった、無事だったんだね」
「ええ」
「なんとか、ですけど」
「無事に事態を収めてくれたようで、お礼を言うよ。
村民にも建物にも、被害は出ていない。
本当に、感謝してもし切れないぐらいだ」
「いえ……畑がまた、一部焼けてしまいました。
そこに関しては、申し訳ないと」
「いやいや。そんなもの、ほんの一部だよ。
君たちが守ってくれたものに比べたら、数にも入らないさ」
「ナスレグ殿、被害の整理は後にしましょう。
私としては、この者たちの処遇を先に決めるべきかと」
ヴェルニグは、沈黙を守っている炎熱の民に目を向ける。
「ああ、そうか。
……どうするんだ、ヴェルニグ?」
「まずはナスレグ殿次第、ですな。
いかがでしょう?」
それを聞いた村長は、顎鬚を撫でながら考える素振りを見せた。
「うーん……。
やっぱり僕としては、大事にしたくないという気持ちが強いね。
彼らにも、死人は出ていないんだろう?」
「そう……ですね。
フレイミアの人たちは、十人全員が無事だと思いますけど」
「そうかい。
だったら、なおさらだね。
今後こういうことを起こさないと約束してくれれば、僕たちはそれで十分だ」
「なるほど、承知しました」
「……ヴェルニグは、それでいいのか?」
「何がだ?」
「いや。
こういう時に、決まったやり方はないのかって話。
外の国の人間が犯罪を犯した時、どっちの国が処理するのかとかさ」
「私の知る限り、特別そのような法や規則は存在しないな。
故に、法で裁くかどうかも含めて村長殿次第ということだ」
「……なるほど」
そういえばこの世界は、国と国との繋がりが薄いという話だった。
そもそも外国の人間が国に入ることも少なければ、定住することもほぼ無いわけだ。
前例が無ければ、規則もない。
国際犯罪だとか、治外法権だとか。この世界には、そういった概念すらないのだろう。
裏を返せば、罪を犯した人間はその国の判断次第でどうしようと構わないということだ。
むしろそれぐらいの方が、ある種の抑止力になるのかもしれない。
しかし。
だとすれば、なおさら不自然な点が浮かび上がってきた。
「さて、ナスレグ殿はこう言っているが……お前たちはどうだ?」
ヴェルニグが、炎熱の民に対し投げかける。
「二度とせぬと誓うのであれば、私にはお前らを裁く理由はない。
然るべき手続きの下、お前たちをフレイミアに還そう。
畑や家を焼いたお前たちにとって、これほど寛大な措置もないだろう」
「……」
「沈黙は、提案への拒否とみなす。
その場合、貴様とその部下の安全も保証できぬが」
「……けっ、誰がてめェら卑怯者の言葉なんて信じるかよ」
リーダー格の男が、吐き捨てるように返事をした。
「なるほど。
その発言が答えということで良いか?
私も、他人に甘い性質では───」
「ちょーっと待った!」
一触即発の雰囲気になりかけたところで、両者に割り入る。
「……ヴェルニグ、ちょっと待ってくれ。
一回、俺から話させてもらってもいいか?」
「何を。
これ以上話す必要は無いだろう。
こやつらは、自ら己の処遇を決めた。
それで十分ではないか?」
「十分じゃないんだって!
村長も、大事にはしたくないって言ってたろ。
今さら死人なんて見たくないぜ、俺は」
「しかし、彼らが引き続きクロキアの脅威となるようであれば、こちらも対処せざるを得まい」
「だからそこを俺に任せてくれって言ってんだよ!
それに、必死こいて人死にが出ないように戦いを終わらせたのは俺だ。
だったら、俺にもちょっとぐらい意見させてくれたっていいだろ?」
「……たしかに、貴様の言い分も正しいな。
わかった、トリド。
ここは一度、お前に任せよう」
「ふう……感謝するよ」
やれやれだ。
職務に忠実なのは良いことだが、頑固すぎるのも考えものだ。
(さて、と)
息をつき、もう一度地面に座らされている炎熱の民を見下ろす。
彼は先の戦いで唯一俺の凍結を解いた、リーダー格の男だ。
ヴェルニグの方を睨んでいた彼の顔は、すでにそっぽを向いていた。
「俺は、烏兎だ。
アンタ、名前は?」
まるで俺の声など聞こえていないかのように、一切の反応を示さない。
(まぁ、そういうことだよな)
しかし、この反応はある程度予想していた。
それを確認し、俺は剣を抜く。
「……」
刃物が擦れる音を聞き、男は少しだけ眉を動かした。
俺はそれを気に留めず背後に回り、彼の身体を拘束していた縄を一刀に切断する。
すると、突如として身体が自由になった彼は、驚いたようにこちらを見た。
「……おい、トリド」
「いいから、任せてくれ」
一歩こちらに踏み出そうとしたヴェルニグが、その歩みを止める。
俺はそのまま、彼の正面に座り込み。
そして、抜き身の剣を俺と彼の間に投げ捨てた。
彼と同じようにあぐらをかくと、まだ冷たい地面の感触が足全体に伝わった。
「もう一度聞くぜ。
烏兎 凍矢だ」
「……コルヴィ サールだ」
ようやく彼が口を開いてくれた。
「俺は、クロキアで顧問魔術師をやってる」
「兵卒だ。元がつくが」
「そうか、安心したよ。
俺も一応騎士団の所属だが……剣なんて使ったことないんでね。
きちんと扱える奴に握ってもらったほうが、その剣も喜ぶだろう」
彼の視線が、もう一度足元の剣に移る。
「その上で、だ。
もう少しだけ、俺と話す気はあるか?」
向き直った彼の目を真っすぐに見ると、その口角が僅かに上がった。
「へっ。
どうやらアンタは、そこの鎧男より信用できそうだな……『フード付き』」
フード付きというのは、俺のこのローブを揶揄してのことだろうか。
「いいあだ名だ、気に入ったよ。
アンタの子供に産まれなくてよかったと思うぐらいにはな」
「はっ、そうかい。
クロキアの野郎は、センスまで凍っちまってんのか?」
「なら、それについてだが……俺は、実はクロキアの人間じゃないってことを先に伝えとく」
「……なんだと?」
俺の言葉に、コルヴィと名乗った男がもう一度表情を引き締める。
「俺が魔術師になったのも、騎士団に入ったのも。全部が全部、先週の話だ。
そもそもこれが初任務だし、クロキアについてならここにいる誰よりも疎いだろう。
もちろん、フレイミアについてもな」
コルヴィの視線が、考え込むように泳ぐ。
「で。
その情報はここにいる人間だと、ヴェルニグ以外は知らない事実だ。
つまり俺は、偉そうな顔しながらお前らを殴っておきながら……感覚的にはほとんど部外者だってことだな。
だからその上で、アンタに聞きたいんだ」
一呼吸おいて、続ける。
「お前らの言う『兵器』って、なんだ?」
その言葉が核心を突いていたのか、コルヴィの表情は今までで一番硬いものになった。
そして、長い沈黙。
──やがて、陽光が彼の顔を照らし始めた頃。彼は自ら静寂を破った。
「……さっきの言葉、誓って本当か?」
「俺が魔術師になってから日が浅い、って話か?
なら、全部本当だ。
誓ってもいいが……生憎、何に誓うべきか俺には見当もつかないんでな。
このローブか、それともクロキアの紋様が入った、その剣か?
なんにせよ、自国のことも良く知らない人間が誓ったところで、薄っぺらいモノになるだけだろうよ」
「わかった、十分だ。お前のことを信じるぜ。
……今度こそ降参だよ。
なにもかも、全部話す」
そう言って、コルヴィはどこか満足そうに力を抜いた。
「感謝するよ。
じゃあ……ここじゃなんだからな、役場の俺の部屋に行こうぜ。
そこで話を聞かせてもらって……処遇を決めるのは、それからでもいいよな? ヴェルニグ」
「ふむ……止める理由もない、が」
そう言って、ヴェルニグはちらりと拘束された男たちに目をやる。
「……なるほど。
コルヴィ、アンタの部下が気になるってよ」
「あァ、そうか。
おいてめェら!」
コルヴィが立ち上がり、声を荒げる。
「俺らの負けだ。
今からはこのフード付きと、そこの鎧のオッサンに従え。
こいつらからの命令は、俺の命令と同じだと思え。いいな!」
その言葉を聞いて、残りの九人の身体から力が抜けたようだ。
ようやく、本当の意味で『負け』を認めたということなのだろう。
その様子を見届けて、俺も立ち上がる。
あとはヴェルニグに任せれば、牢に入れるなり戦場の片付けをさせるなり……とにかく上手くやってくれるだろう。
「そうだコルヴィ。
その剣、お前が持ってきてくれよ」
服についた土を払いながら、コルヴィに放つ。
「へっ、もういいぜ。
アンタの気持ちはわかった」
そう言って、コルヴィは足元の剣を鞘に収め、俺に投げ返した。
「義には義を。
炎熱の赤に誓って、もうアンタらに逆らいはしねえ」
「そうか。
そんなに信用してもらってるトコ悪いが……話の内容によっては、俺はまだアンタに罰を与えるつもりだぞ?」
「それならそれでいいさ。
アンタみたいな人間が決めた罰なら、ウチの人間は誰も文句を言わねェだろうよ」
「……そうか」
その竹を割ったような性格は、コルヴィ特有のものか、それとも炎熱の民の気質なのだろうか。
受け取った剣はさきほどまでとは違う意味を持って、俺の背に仕舞われたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




