第11話「紅茶と、赤」
「───以上、十名。
これより騎士団長殿の指揮下に入ります!」
「ここまでの移動、ご苦労だった。
突然の配置変更にも、よく対応してくれたな」
「いえ!
我々『派兵師団』の者にとっては、日常ですので!」
薄明の藍が、山々の間から顔を覗かせる頃。
深夜の特別便で、派兵師団から人員が到着した。
「騎士団長殿と同じ任に就けたこと、誇りに思います!
何なりとご命令を!」
一番前に出ているのは、見た目には若い騎士。
やや興奮気味の彼は、明け方にも関わらず溌溂とした声でヴェルニグの方へ一歩踏み出す。
「そのことについてだが……ここでの指揮権は私にはないということを先に伝えておく」
「と、いいますと?」
「今回の任、指揮権はこの『顧問魔術師』殿にある」
「……え? 俺?」
突然水を向けられ、困惑する。
「当然だ。
城での下知を聞いていなかったのか。
今回、私はあくまでお前の指揮下にいるのだぞ」
「……そんな話だった気もする」
「そうでありましたか!
ではよろしくお願いします、顧問魔術師殿!
自分は派兵師団 第八小隊の隊長、エルビンと申します!」
「あぁ、よろしく。こっちは烏兎 凍矢だ。
まぁなんだ……俺も、顧問魔術師になったばかりだからさ。
色々教えてくれると助かるよ」
「は!
自分でお力になれるのであれば!」
小隊騎士たちからの期待の眼差しが、眩しい。
どうやら顧問魔術師という肩書きは、そこそこに力のあるもののようだ。
「では、ひとまず荷物を降ろすか。
私たちの泊まっている村役場に、追加で部屋を用意していただいた。
まずはそこで、情報共有といこう」
───
──
─
村役場に戻ると、まずは派兵師団の騎士たちに部屋を案内した。
そして荷物の整理が終わり次第、一階にある談話室で会議を行う予定だ。
俺は手が空いたので、先回りして人数分の紅茶を淹れておくことにした。
茶葉は、出発の日にミラーヤからもらったもの。
王城でミラーヤと共に給仕をしていたおかげか、こちらの厨房も違和感なく使うことができている。
───しばらくすると、荷解きが終わったのかぞろぞろと騎士たちが階段を降りてきた。
ぎしぎしと軋む床が甲冑の重さで抜けてしまわないか、やや心配だ。
「お待たせいたしました!」
「各自、適当に座れ」
「はい!」
ヴェルニグの指示で、全員が大きいテーブルに車座になる。
俺は卓上に広げた地図を避けるようにして、各自の前に紅茶を並べていった。
「これは……?」
「紅茶だ。
ここまで一晩中、馬車に揺られてたんだろ?
これで身体を温めてくれ。
そこそこいい茶葉……の、はずだ」
窓際から伸びる影は、まだ長い。
陽が昇り始めた今ごろは、一日で一番寒い時間帯だと聞く。
そもそもの気温が低いクロキアで夜行軍をしたともなれば、彼らも相応に体温が奪われたはずだ。
「恐縮です!
しかし、顧問魔術師殿にお手数をおかけしてしまいました。
次からは自分が準備いたしますので、言っていただければと」
「あー。
いいっていいって、そういうの」
「しかし、それでは立場が」
先週騎士団に入ったばかりの俺に対して、立場もクソも無いと思う。
そしてここにいる全員が、ほぼ間違いなく俺より年上なのだ。
「堅苦しいの、嫌いなんだよ。
呼び方も適当に、烏兎か……凍矢でいい」
「……では、トーヤ殿と」
この世界の住民は、なぜか俺のことをトーヤと呼びたがる。
何か理由でもあるのか、それとも呼びやすいからというだけだろうか。
「じゃあそうしてくれ。
いいよな? 団長」
「好きにするといい」
「はいよ」
ヴェルニグ、もとい団長の同意も得た。
立場がどうのと言った傍だが、さすがに騎士団長を呼び捨てにするのはまずいだろう。
たとえ俺とヴェルニグが良くとも、騎士たちに要らぬ畏れを植え付けかねない。
「よいしょっと……じゃあ、始めるか」
「よろしくお願いします!」
素晴らしいコールアンドレスポンスだ。
毎度返事をしてくれる、このエルビンという騎士は……小隊長だったか。
氷雪の民らしい色素の薄い肌をしており、ぱっちりとした目元が特徴的な好青年だ。
外見だけなら、俺と同い年ぐらいに見える。
が、寿命の長い氷雪の民において見た目が俺と同じぐらいということは、間違いなく俺より年上だということだ。
なんにせよヴェルニグと違い、彼には快活さがある。
この中では、一番付き合いやすそうだ。
「今回の任務の概要は、事前に城で聞いてもらったよな?」
「は。
被害を受けた村への支援、と」
「ざっくりは、そうだな。
ひとまず村の被害調査については、俺と団長で終わらせた。
だから、ここに来た当初の目標はほぼ達成済みってとこだ」
「なるほど」
「だから皆には、その次の目標を手伝ってもらいたいんだ。
その目標ってのは……東の土地の調査だ」
「調査、ですか」
「ああ。
この村の東側は、舗装された街道がある。
そこをずっと進めば、国境───つまり、フレイミア側の関所に辿り着くわけだな。
この村からスタートして、その国境までを探索したいってわけだ」
「探索と言うと……何かを探すのでしょうか?」
「その通りだ。
ま、理想は『何も見つからない』ことだがな」
「はぁ……?」
遠回しな俺の言葉に、エルビンが首をかしげる。
「つまり、この村に危険を及ぼしそうなものを見つけたら報告してほしいってことだ。
具体的には、炎熱の民が次の襲撃に向けて備えてる拠点、とかな。
あんまり想像したくはないが」
「なるほど。
目的は、安全の確保でありますね」
「そういうことだ。
全員である程度の間隔を開けながら、土地という土地を練り歩く感じだな」
いわゆる、ローラー作戦というやつだ。
「もちろん、村の警備も同時に行わなきゃいけない。
だから隊を二つに分けて、二交代制でやるつもりだ。
どちらにせよ退屈かつ体力勝負な作戦になるが……協力してくれるか?」
「は!
村の安全のため、全力を尽くしましょう!」
「ありがとう。
で、エルビンの小隊は……第八小隊だっけか?」
「仰る通りであります!
自分を隊長とした、こちら側の5人ですね」
なるほど。
俺から見てテーブルの左側に座っている5人が、第八小隊。
ということは、ヴェルニグの側に座っているのがもう一つの小隊だろうか。
「じゃあ、そっちは俺と組もう。
団長は───」
「第十一小隊の5人をもらおうか。
彼らとは何度か同じ任についたことがある故、こちらとしても好都合だ」
「そうか。
じゃあ俺たちは、街道を境に北側の土地を担当しよう。
そっちは、南側を頼む」
「異論はない」
「早速、今日から出発でありますか?」
「いや……今日は皆で村の周辺を一周しよう。
ここは見渡す限り畑だけど、その向こうは山になってる部分が多い。
警備をするにも、まずは周辺の把握からだ」
「なるほど、仰る通りでありますね」
「それが終わって時間が出来たら、焼け落ちた家の瓦礫の撤去だな。
今までは人手不足で手が付けられてなかったが、さすがにこの人数ならできるだろ」
「承知しました!」
よし、これで大体の動きが決まった。
あとは実際の距離や捜索にかかる期間など、細かい部分を伝えるだけだ。
「じゃ、あとは細かい認識合わせだけするか。
まず地図上で気になる地点がいくつかあってだな───」
────
──
「こんな感じで良かったか?」
昼飯のため、会議は終了。
二人になった談話室で、ヴェルニグに声をかける。
「初めてにしては悪くない。
私から訂正を入れる点も特には無かったな」
「そうか、安心したよ」
「ああ。
探索にかかる期間も大きくズレてはいなかった上に、情報に過不足もなかったからな。
正直、よく練られていると感心した。
本当に村民のためを思っての行動であれば、貴様の評価を少し改めねばならんかもしれんな」
「言ったろ、俺はいつでも大真面目だって」
「ふっ……そうだな。
では午後からも部隊の指揮を任せたぞ、『トリド』」
「……ああ」
────
───
──
─
午後。
瓦礫の撤去も落ち着いてきたので、全員を集める。
「さて、ちょっと早いが今日の作業はこれで終わろうと思う」
「まだ日が落ちていないのに、ですか?」
「ああ。
今夜からはやることが増えるからな」
そう言ってヴェルニグに目を向ける。
「夜警、だな」
「そういうことだ。
また炎熱の民の襲撃がないとは限らないからな。
今夜から、当番制でやっていこう。
基本はこの役場の外で待機しながら、半刻ごとに村の土地を軽く巡回するだけの予定だが……。
って、説明するまでもないか。派兵師団って、たしか」
「はい!
夜警や見回りは、我々派兵師団の得意分野でありますから!」
「釈迦に説法だったか。
んじゃ今から役場に戻って、時間配分を決めようか。
それが終わったら、必要な人間はすぐに睡眠を取ろう」
「了解であります!」
─────
──
(ふぅ……。
今日は、話し疲れたな)
この世界では、陽が落ちたら寝て、登れば起きるのが普通だ。
朱光石があるとはいえ、夜にできることは少ない。
その朱光石も、平均的な氷雪の民にとっては多くのマナを使う代物だ。
わざわざ疲弊してまで夜更かしをする理由もないだろう。
そして俺もその例に漏れず、早めに床についていた。
(明日からは、村の警備に加えて東側の調査か……)
何もなければいいが、やはり心配だ。
それに、部隊の指揮のこともある。
やることは山積みな上、人を動かすのがこんなにしんどいとは思わなかったというのが本音だ。
俺は改めてサフィーアやヴェルニグの仕事に敬意を覚えつつ、睡魔に誘われるまま意識を落としていった。
そして、この日。
この村の空が、再び赤く染まった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




