第10話「地図と、兵」
翌日。
畑と家屋の記録を終えた俺たちは、遅めの昼飯をとっていた。
「被害調査はこんなものか」
「ああ」
「ふむ……初めてにしては、仕事が早いな。
測量法に関しても、昨日教えたばかりだというのに」
「別に、こんなもんだろ」
昨日は結局、時計の針がてっぺんを超えるまで勉強に勤しんでいた。
羊皮紙と羽ペンの使い方に始まり、この世界の長さの単位や、土地の測量法。
果ては地図から、村とその周辺の地形まで頭に叩き込んだ。
それらを一晩で覚えきるとなると、少々骨が折れた。
しかし朱光石は俺のマナをくれてやるだけでいくらでも光り続けたので、灯りに困ることは無かった。
おまけに言えば、村役場のベッドはひどく古く、疲れなどとれたものではなかった。
数年単位、ともすれば十年以上は手入れがされていないものだったのだろう。
布団やシーツこそ新しいのものを用意してもらったが……それでもまだ、首や肩が痛む。
しかし寝床を失った人々のことを思えば、そんなことはどうでもよかった。
むしろ今は、その痛みこそが俺の原動力になっているのだろうとさえ思えたからだ。
「昼からはどうするんだ?」
「そうだな、村の外周を一周でもするか」
「はっ、今から瓦礫を片付けるための体力づくりか?」
「防衛のための、地理把握だ。
地図の情報と本当に相違がないかを、見ておきたい。
今のところ炎熱の民は東の街道からしかやってきていないが……そちらにだけ注意をしていればいいというわけでもないからな。
また襲撃があった場合は、猪や魔獣除けに用意している柵だけでは足りんだろう」
仕事中のヴェルニグは、俺の冗談に反応しない。
どこまでも生真面目な人間だ。
「んじゃ、ひとっ走りしてくるか」
「なんだ、昼飯ぐらいもう少しゆっくりと取れば良いものを」
「どうやら、体力があり余ってるみたいでね。
時計の針が半周するまでには、戻ってきてやるさ」
俺は保存食であろう塩漬け肉の最後の一切れを口に入れ、踵を鳴らす。
「そうか……好きにしろ。
いざという時に力が出んということだけないようにしておけ」
「わかってるよ。
さすがに自己管理ぐらいはできるつもりだ」
そのまま地図を引っ掴み、走り出す。
たしかに、昨日のことで若干の睡眠不足感はある。
体力も全快しているとは言えない。
だが俺は、この村の人間が安心して自分のベッドで眠れるようになるまで、止まるつもりはなかった。
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──
結局その日は、地理の把握。
そしていざという時の防衛拠点を決め、終わりとなった。
その防衛拠点はここ、村役場。
以前の襲撃の際、炎熱の民はこの村役場を狙っていたらしい。
どんな理由があるのかはわからないが……次回もそうだとしたら、それを易々と見過ごすわけにはいかない。
また襲撃があった際は、真っ先に村民をここに集める手筈だ。
クロキアの人間を集めれば、氷魔法で籠城するぐらいはできるだろう。
(明日はそれを村民全員に告知して回るのと、前回の襲撃の様子の聞き取りか……)
疲れからか、硬い寝具も心地よく感じる。
その日は、簡単に眠りに入ってしまった。
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──
─
さらに数日。
このローブの権威もあり、俺たちの仕事はかなり順調に進んでいた。
サフィーアとの手紙のやり取りでは、被害が事前の情報より大きかったことと、できる限りの支援が必要なことを伝えておいた。
すると、あちらで準備が整い次第、『派兵師団』から小隊をいくつか寄越すという旨の返信が。
そして俺には、引き続きヴェルニグと協力し任務にあたるよう下知があった。
「なあヴェルニグ、そろそろ調査範囲を広げないか?」
「調査範囲を……?」
相変わらずの、暗い部屋の中。
硬いパンをスープに浸して食いながら、ヴェルニグに言った。
「ああ。
炎熱の民は、東の街道から来たんだろう?
それは『炎熱の国』───つまりフレイミア自体が、この村から見て東方向だから。だよな?」
「その通りだ」
「なら、東側の土地をあらかた調べたい」
「ふむ……東側というのは、どこからどこまでの話だ?」
「草原も森も山も、文字通り全部だ。
あちらがもう一度襲ってくるつもりなら、どこかに拠点を構えてるはずだし、何もないまま調べ終わるならそれでいい。
たしか地図によれば、ちょうど真東の国境には関所があったはずだからな。
そこまで辿り着いた上で何もなければ、関所にいるフレイミアの奴らに文句の一つでも言ってやればいいさ」
「貴様、東の国境までどれだけ距離があるのかわかっているのか?」
「地図を見たって言ったろ。
俺の世界の距離で10キロぐらいだ。今の俺の体力なら、不可能じゃない。
それに今は、何よりも安心が欲しいんだ。
東側を明るくして、何もなければひとまずは大丈夫だって言えるだろ」
「簡単に言ってくれる……」
「俺はやる。
あとはヴェルニグ次第だ。
俺がいない間、村の警備をしてもらってても構わないが」
「……誰も、やらんとは言っていないだろう」
「さすが、騎士団長様だな」
「減らず口は気に入らんが、貴様の提案は採用に値するのも事実だ。
ただし、いくつか問題がある」
「問題?」
「人員と、時間だ。
さすがに東側全域という範囲を貴様一人だけで調査するには、数日という単位では不可能だろう。
貴様一人だけ出突っ張りになるわけにもいかんし、私も同行し村が手薄になるのはもってのほかだ。
ならば、じき到着する派兵師団の小隊と協力する必要があるだろう。
そして彼らを指揮するにしても、皆が貴様と同じだけの体力があるわけではないのだ」
「なるほど」
「地図をしらみつぶしに埋めていくような作業は、どうしても人海戦術となる。
複数人での作戦となるなら、即ち事前の準備が必要不可欠だ。
個々人との情報共有、目的と意識の統一。
そして、いつどこまで進めるかの計画などだな」
「……面倒だな」
ヴェルニグの言ったことは、正しいのだろう。
物事は、思ったほどシンプルに動かないようだ。
「本来、騎士団とはそうあるべきなのだ。
今回は二人での任ゆえに貴様にも自由にやらせているが……人を動かすということはそう簡単ではないのだぞ」
耳が痛い話だ。
たしかに俺は他人に指示を出すのが得意ではないし、人の上に立った経験もない。
その点において、ヴェルニグとの経験の差は明白だ。
やはり彼も、俺が生まれてからの時間よりも長くこの世界で騎士団長をやっていただけのことはある。
改めて、ヴェルニグという人間の歴史の重さに気付かされた。
どちらにせよここは、彼に任せたほうが良いだろう。
「よしわかった。
そのへんは、騎士団長様に任せよう。
で、小隊が集まり次第、俺もヴェルニグの指揮下に入る。
遊撃隊でもなんでもいいから、一人で動けるようにしてくれ」
「……王からの手紙には、小隊はいくつ寄越すと書かれていた?」
「ん?
確か二つだな。合計で10人ぐらいだと」
「明日にはこの村に到着するのだったか」
「ああ、そういう話だったはずだ」
「なら、貴様の下にも小隊を一つ付けることにしよう」
「……いや、話が違うんだが」
「よく考えろ。
二つの部隊と、貴様自身。
それらが私の指揮下につくならば、作戦の規模に対して指揮系統が煩雑になりすぎる。
そうなれば、私が指示のために拠点から動けなくなってしまうだろう」
「うーむ……」
「それに比べ、私と貴様が各小隊の指揮をとれば、互いにある程度の自由が利く。
個別の部隊二つで済むのだからな。その方が貴様も動きやすかろう」
「そういうもんか……?」
「そういうものだ。
……そして、調査の計画も貴様に練ってもらう」
「え? 俺が?」
「発案者なのだから当たり前だ。
代わりに、任務が長引くことに対する王城への面倒な雑務は私がやっておこう。
計画も、草案作成くらいなら手伝ってやる。
だから貴様自身がやり遂げるのだ。いいな」
「んなこと言ったって……」
「貴様がナスレグ殿に言った、民のために何かがしたいという言葉。
それが嘘でないなら、できるだろう」
言い出しっぺの法則というやつだろうか。
言葉のレベル感は違えど、いいように利用されている気がする。
しかし俺の言葉に偽りはないし、村を守るという誓いも嘘にしたくはない。
「……わかったよ。
明日までに、具体的に考えをまとめておく。
地図上での正確な調査範囲と、気になった地点。あとは、調査にかかる期間。
全部素人の考えになっちまうけど、それでいいよな?」
「ああ、十分だ」
裏を返せば、これはヴェルニグやサフィーアからの期待でもあるのだろう。
ヴェルニグに認めさせ、クロキアの人間に俺の力を見せる。
その目的を果たすための、チャンスだと考えるのだ。
「できる限りのことをやれ。
今は、それが何より重要だ」
「へいへい……」
その日の夜は、一人地図に向かって頭を捻らせた。
……徐々にだが、騎士団の人間らしくなってきているのだろうか。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




