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# 第三章 ## 「皇帝、はじめて城下町へ行く」

# 第三章


## 「皇帝、はじめて城下町へ行く」


---


翌朝。


皇帝城は、朝から騒がしかった。


「陛下がまた消えました!!」


宰相グラードが机を叩く。


もう慣れているはずなのに、毎回ちゃんと胃が痛くなる。


「今回はどこだ!」


衛兵が震えながら報告した。


「し、城下町へ……」


「なぜ!?」


「“民の笑顔を見に行く”と……」


宰相は頭を抱えた。


「変装は!?」


「ヒゲを描いていました」


「雑すぎる!!」


---


その頃。


城下町。


レオンは、満足そうに歩いていた。


マントを羽織り、口元には変なヒゲ。


どう見ても怪しかった。


隣を歩くミラは、完全に呆れている。


「それ、変装になってません」


「完璧だぞ」


「どこがですか」


「誰も朕だと気づいておらぬ」


「たぶん“触れちゃいけない人”だと思われてます」


レオンは真剣な顔で頷いた。


「なるほど。威厳か」


「違います」


ミラは深いため息をつく。


昨夜から、彼女の心は妙に落ち着かなかった。


未来では、皇帝レオンは城下へほとんど出なかった。


民を避け、感情を捨て、玉座に閉じこもっていた。


だが今の彼は違う。


笑っている。


人を見ている。


世界を知ろうとしている。


(未来と違いすぎる……)


それが良いことなのか、悪いことなのか。


ミラにはまだわからなかった。


その時だった。


「パンだよー!焼きたてだよー!」


子どもの声。


小さな屋台。


まだ十歳くらいの少女が、一人で店番をしていた。


レオンが立ち止まる。


「一人か?」


少女は少し驚いたあと、笑った。


「うん!お母さん病気だから、今日は私が頑張るの!」


レオンの表情が変わる。


「病気……」


ミラはその顔を見逃さなかった。


レオンは少女の前にしゃがみ込む。


「売れておるか?」


「ぜんぜん!」


少女は笑いながら答える。


だがその笑顔の裏に、不安が見えた。


今日売れなければ、薬が買えない。


ミラにはすぐわかった。


未来で、何度も見た顔だったから。


その瞬間。


レオンはパンを一つ持ち上げた。


「うまい」


まだ食べてない。


「食べてませんよね」


「見ればわかる」


「なんなんですかその能力」


レオンは立ち上がる。


そして──大声で叫んだ。


「このパン、うまいぞーーー!!」


通行人が振り向く。


「え?」


「ふわふわだぞ!!」


「食べてませんよね!?」


しかし、なぜか人が集まり始めた。


「なんだ?」


「買ってみるか」


「おいしい!」


あっという間に行列ができる。


少女は目を丸くした。


「売れてる……!」


レオンは満足そうに頷く。


「うむ」


ミラは呆れながら笑ってしまう。


「皇帝がやる客引きじゃない……」


だがその時。


少女がレオンの服を引っ張った。


「お兄ちゃん!」


「なんだ?」


「ありがとう!」


その笑顔を見た瞬間。


レオンは少しだけ固まった。


まるで、その言葉に慣れていないみたいに。


「……礼を言われるほどではない」


「ううん!」


少女は笑う。


「お兄ちゃん、優しいから!」


その言葉に。


レオンは、どこか困ったように笑った。


ミラは気づく。


(この人……褒められることに慣れてない)


皇帝なのに。


誰より上にいるはずなのに。


たぶん彼は、ずっと孤独だった。


---


しばらくして。


二人は川辺を歩いていた。


風が吹く。


穏やかな時間。


レオンがぽつりと呟く。


「民は、温かいな」


ミラは隣を見る。


レオンは空を見ていた。


「未来の朕は……民に嫌われていたか?」


ミラの足が止まる。


聞かないでほしい質問だった。


だがレオンは続ける。


「皆、怖がっていたか?」


ミラは沈黙する。


その沈黙だけで、十分だった。


レオンは少しだけ笑う。


「そうか」


その笑顔が、あまりにも寂しかった。


ミラは思わず言う。


「でも!」


レオンが振り向く。


ミラは自分でも驚いていた。


「今のあなたは違います」


「……」


「少なくとも、私は」


そこまで言って止まる。


レオンは静かに待っていた。


ミラは顔を逸らす。


「……嫌いじゃ、ないです」


数秒の沈黙。


そして。


「そうか!!」


レオンが急に明るくなる。


「では今日は記念日だな!」


「なんでですか!?」


「初めて“嫌いじゃない”をもらった!」


「ハードル低すぎません!?」


レオンは本気で嬉しそうだった。


ミラは顔を赤くする。


(この皇帝、ちょろい……!)


しかしその時だった。


胸元の装置が震える。


『警告:未来変動率上昇』


ミラの表情が凍る。


さらに。


装置に、ありえない文字が映る。


『観測対象:皇帝レオン』


『未来変化確認』


『死亡予定日──消失』


ミラの呼吸が止まる。


(え……?)


未来では確かに。


皇帝レオンは、十年後に死ぬはずだった。


だがその記録が、今。


消えた。


つまり──


未来が、完全に変わり始めている。


その瞬間。


遠くの建物の屋根。


黒い影が二人を見下ろしていた。


「確認完了」


冷たい声。


「未来観測者ミラ、対象と接触済み」


その男は静かに笑う。


「ならば、“修正”を始めるか」


男の赤い瞳が光った。


そして。


ミラはまだ知らない。


未来を変えるということが、

“世界そのものを敵に回す”行為だということを。


---


## 第三章・終


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