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プリーズミー毒杯  作者: こう


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3 這いずってでも


 全ての始まりは、家族旅行でギフト侯爵家の領地に訪れていた子供が行方不明になった事だった。


 そして行方不明になった子供は貴族だった。

 ギフト家と同じように領地を持ち、騎士団も保有していた。流石に他領へ騎士団を向かわせる事はできないが、捜査協力という事で数人紛れ込ませる事はできる。

 ギフト家が保有する騎士団の表面は普通だが、内部はすっかり腐敗してギフト家の言いなりだった。しかし他所からの目が入り、誤魔化すのに手子摺っている間に真面だった騎士達の手によって内部革命が起きた。


 そこで彼らの手によって誤魔化されていた領地で起きている大規模な誘拐事件が発覚し、追跡したところ、ギフト侯爵家が関与している疑いが確認され。

 この日、ギフト侯爵家より上の権威の命令によって、家宅捜索が決行された。


 ちなみに誘拐された領民の子供は本家で発見されなかったが、他の持ち家で発見された。

 が、行方不明で捜索されていた貴族の子供は見付からなかった。彼はその後……何食わぬ顔で自室で茶をしばいている姿が発見されたらしい。


 あれよあれよと乗り込んできた騎士達に保護されて、ギフト家の大人達から引き離された私は、展開について行けていなかった。


「どういう事なの……?」


 ドレスではなくワンピースを着た私は、呆然と馬車に揺られていた。

 隣には、同じく質素な服装になった義弟が素知らぬ顔をして座っている。


 摘発されたギフト家はそのまま没落。十一歳の私と十歳のウォントは子供で関与を認められず、情状酌量として施設に預けられることになった。

 修道院に併設された孤児院で、そこには訳あり貴族の子供達が数人集められて生活している。子供達はそこで平民の暮しに馴染み、平民として生きていく術を学ぶ。

 そう、私は貴族ではなく平民になる。


「大人に頼ったんですよ」

「お前は何を言っているの?」

「姉様は自分一人で家ごと地獄へ行こうとしましたが、姉様が付き合ってやる義理はありません。あいつらだけ地獄へ送ればいいのです」

「お前、やっぱり未来の記憶があるわね」


 それどころではなかったので聞けなかったが、都合の良いことに馬車には私とウォントしか乗っていない。御者はいるが、車輪の音で叫ばない限り声は届かない。人に聞かれたくない話をするなら、今しかない。


「何故死んだ私だけでなく、お前まで死に戻っているの。まさかお前もあの後死んだの? 養子だろうと結局処刑されたの? 処刑される未来を変える為に、このような真似を?」

「僕たちだけでなく殿下も記憶があります」

「今の話でどこから出てきたのよ殿下!」

「行方不明の少年役です」

「お前達謀ったのね!!」

「謀略が特技だった姉様に言われたくありませんね」


 全ての発端となった少年が殿下ならば、展開が強引だった理由もわかってしまう。


 殿下が行方不明になったのなら、捜査には国の介入があったはずだ。領地の騎士団も介入を拒否できない。大人達は何としても殿下を見付けねばならなかったし、革命を虎視眈々と狙っていた真面な騎士達はこの流れをチャンスと捉え動いただろう。

 本来ならばもっと時間をかけるべきだが、行方不明の相手が相手だ。多少手荒になっても早急に助け出さねばならない。慎重に動く必要もあったが、そこは意図して強攻策へと誘導したのだろう。ご本人は結局部屋で茶をしばいていたというし、全て計画的犯行だ。未来の記憶があるのも納得できる。


 全てはギフト侯爵家を、早急に摘発する為。

 未来を知っているからこそ、問題しかないギフト家を早急に潰したのだろう。


 別にそれは、全然構わない。病巣の摘出は早い方がいいに決まっている。

 だから解せない。


「未来を覚えているお前達が何故、私を見逃したの」


 悪逆非道だったのはギフト家の大人達だけではない。私だってそうだ。


「ギフト家が存在しなければ、姉様は悪女にならないでしょう」

「そんなのわからないじゃない」


 確かにギフト家を滅ぼす為に悪行を重ねたが、他所から見てそれが理解できるはずがない。闇の業者にそこまでしなくても……と言われるくらい悪逆非道に振る舞った自負がある。

 だから、未来の記憶があるならギフト家の一員に見えていたはずだ。

 記憶があるのなら、子供だろうと、見逃せないほど。

 ギフト家でなければ染まらないなんて、一体誰が信じるだろう。


「わかりますよ」


 けれどこの義弟は、燃えるような青い目で、真っ直ぐ私を見つめてくる。


「だって姉様は、あいつらと違って愉しそうじゃありませんでした」

「――……」

「僕を鞭で打つ時も。誰かを陥れる時も。無能な人形が策に嵌まって踊っても」


 大きな手が、私の手を握った。

 身長はまだ私の方が大きいのに、私より大きい手の平が、私の手を包む。


「あなたいつだって、笑ってはいたけれど……苦しそうでした」


 瞬間、私はウォントの手に爪を立てた。


「苦しそう? 私が?」


 未来では長く整えられた爪も今では短い。短いが、他者を傷つけるのに充分な長さだ。


「ええそうね、お前は仮にも侯爵家の人間だったから、人を使って躾けることができず面倒だったわ。腕を振るのも楽ではないのよ。だというのにお前ときたら不出来で、私の手を患わせてばかり! 腹が立って仕方がなかったから、愉しくはなかったわ――だからなんだというの?」


 柔らかな皮膚に沈んだ爪が、赤い筋を作る。


「お前、随分私に夢を見ていたのね?」


 嘲るように嗤った私は、爪を立てた手を引いて、相手の顔を覗き込んだ。

 そこには、虚を突かれて傷ついた相手の顔が――。


「それ、侯爵夫人(お義母様)の真似ですよね」


 ウォントは、表情を変えず私を射貫いた。


「あなたは素で相手を甚振れないから、ずっとロールモデル(誰かの真似)をしていたのは、わかっています」

「……私が単純に、お母様に似ただけの事よ」

「似ていません。あの人は間違いなく、幼い頃にお忍びで街にいって興味本位で立ち食いしたり猫を追いかけたり路地裏より狭い隙間に入ったり畑の手伝いをしたりしていないですよ」

「お前見ていたわね」


 全てに心当たりがあった。

 幼い頃の私は、周囲の無関心を好都合と考えてよく抜け出していた。見回りの時間までに帰って来ればいいのだ。

 義弟が来てからは、彼にアリバイ工作を任せてお忍びにも出かけ……だというのにこの義弟、しっかり後をつけていたらしい。


「姉様。無理に悪役ぶって、ギフト家に殉じる必要などもうありません」


 爪を立てられて痛むだろうに、ウォントは私の手を放さない。


「僕らは第三者の判断で、ギフト家の犯行に関与していないと判断されました。僕らはもう、ギフト家とは無関係です」

「……そんなわけがないでしょう」


 ウォントの声音は、駄々をこねる子供へ言い聞かせる大人のようだった。


「私をいくつだと思っているの」

「十一ですよ、姉様」

「そうよ、十一よ……十一年よ!」


 体感で言えば、二十一年だ。けれど十年前なら、十一年。

 十一年も過ぎてしまった。


「私はあの家で、何も知らず、それだけの年数贅をこらして生きていたのよ!」


 貴族としての贅沢に生きるのは見栄と矜持と誇りだ。

 煌びやかに生きてこそ、立場を明確にする。それが出来るだけの稼ぎがあるのは、貴族として土地を、人を、経済を回してこそ資格がある。

 だがあの家の金はほぼ全て、誰かを陥れて手に入れた金だ。

 理不尽で奪い取り、道徳を売り払い、血と涙と怨嗟を糧に肥やした金だ。


「そんな金で生かされた私が、無罪なわけないでしょう!」


 ギフト家を根絶やしにしなければ。

 その覚悟は、腐りきったギフト家の血を残らず絶やす為のものだ。


「だから私も、裁かれるべきだわ! だってギフト家の娘なのだもの!!」


 青い瞳を睨み付け、私は呪いのように言葉を吐いた。

 私にとって不幸だったのは、家族と違う価値観を持っていた事。

 お忍びで街に出るのが好きだったから、家族とは違う感性を身につけていた事だ。

 生粋のギフト家の人間ならば、ここまで良心で苦しまなかった。

 歯を食いしばり、ウォントの手を振り払おうと手に力を込める。

 しかしウォントの手は離れなかった。私に爪を立てられても、私の手を握る手を緩めない。


「いいんですよ、姉様。犠牲になった人達への罪悪感を、責任を、あなたが背負わなくて」


 しかも、そんな甘言を囁いてくる。

 人によっては救いの言葉。私にとっては余計なお世話だ。

 だってあまりにも酷い話だ。


「私が背負わなくて誰が背負うの。お父様もお母様も、おじさまたちだって犠牲者の数を数えないと言うのに!」

「だからって、何も知らなかった姉様が責を負う必要はありません。全部、本人達に償わせるべきです」

「その罪の重さを、あの人達はわかっていないのよ」

「わからせるのは大人の仕事です。僕らの仕事じゃない」


 急にバッサリ突き放したウォントに、思わず肩の力が抜けた。

 親身に説得してくる癖に、私が一番気にしている部分をバッサリ斬り捨てる。


「姉様は僕らが無罪放免に見えているようですけれど、僕らはこれから平民として生きるんですよ? 貴族の子供達としては、充分な罰だと思いますけど」


 そう言われて、思わずきょとんと目を丸くした。

 その発想はなかった。

 だって、お手伝い程度だったけれど、畑仕事で泥だらけになるのは微笑みながらお茶を飲むより楽しかったから。

 ――事実を知った後(十二歳になった頃)は、一度も街に降りなかったけれど。


「第三者から見れば、結構な罰です。これが姉様への罰です。全部知っている殿下も何も言わなかったのだから、妥当だと思われたのでしょう」


 そうだ。殿下も記憶があるのだった。

 あの殿下が私を見逃すなんて、どういうつもりかと思ったけれど……殿下の知っている私は高慢な貴族令嬢だった。その貴族令嬢が平民に落とされるのは、どれ程の屈辱だろう。

 だとしたら、殿下にとって本気でこれが私への罰なのかもしれない。


「姉様に忌避感がなくても、今までの生活とは打って変わって貧しくなります。理想と現実は違いますからね。きっとこれから、あの時死んでおけば良かったと思うこともあるでしょう――それが罰です」


 私の手を握るウォントの手に力が籠もる。青い目が、変わらず私を射貫いていた。


「這いずってでも生きろと言ったのは、姉様ですよ」


【這いずって生きればいい】


 ――それは、私の死に際の言葉だ。


「……そういう、前向きな意味ではないのよ」

「僕は前向きに受け止めました」

「馬鹿ね」


 穢れた生まれだ。悍ましい血筋だ。

 全身の血を抜いても、外道の元で生まれ育った事実は変わらない。

 でも。


「プライドの高いあの人達にはできない生き方ですよ」

「……それもそう、ね」


 絶対に、ギフト家の人間にはできない生き方だ。

 汗水流して働くのを、何より疎う人達だったから。


「……それじゃあ、這いずって、泥にまみれて生きてやるわ」


 煌びやかな世界から想像もできないくらい、泥と汗にまみれて生きよう。

 それができたなら、思ってもいいだろうか。

 私は彼らと違うのだ、と。


 自分を許して、いいだろうか――……。



言い争う声はちょっと御者に届いたけれど、環境の激変する子供達を何度も連れてきたので気にしていない。

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