4 捻れた愛情の終焉は
義弟、ウォント視点。
それから僕たちは、王都から遠く離れた農村へ連れて来られた。
ひっそりと、けれど厳重な警備が整った孤児院には高貴な貴族の落し胤や、成長が遅くて世に出せないと捨てられた貴族の子供がちらほらといた。貴族の血縁者を野に放つわけにはいかないと、ある程度成長するまで一箇所に集めて育てていた。
暮らしぶりとしては、貴族のように贅沢ではないが、貧民からしてみれば天国だろう。屋根もあるし綺麗な服も着せられる。おやつはないが三食きちんと食べられて飢える事もない。
思ったよりもいい暮らしだった。
そこでプリズミーは、精力的に動き回った。
貴族の生まれだが貴族として生きていけない子供達を育てるとあって、平民に馴染むよう自給自足を教えている。反発する子供が多い中、プリズミーは進んで仕事を熟していた。
宣言通り、汗も泥も気にせずに働く。癇癪を起こす子供を甘やかさず叱咤するのは性格だが、誰よりも泥まみれになっているので反発は少ない。むしろ新参者なのに、既に頼りになるお姉さんの立ち位置を確立している。
ちなみに僕は、そんなプリズミーに付き従って動いてはいるが、プリズミーに言われた事しかしない。指示待ちで隣に居る事が多いので、良くプリズミーに怒られていた。
現在も、粉だらけになりながらパンを捏ねるプリズミーの斜め背後にひっそり立っている。
未来の記憶があるから誰よりも大人なのは当然だが、そこで手加減をするようなプリズミーではない。
そう、そう言う人なのだ。
本来のプリズミーは、責任感と正義感のある仕切り屋だ。
だから、生家の事実を知って、自分だけ無罪を主張する事もできなかった。
自分を育てた血税が本当に血塗れだったと知って、自分にも罪があると本気で考える人だったから。
だから、自分を含めたギフト家を処刑場へと導いた。
一つも取りこぼさないように、自分の手でなく国の介入で没落するように仕向けて。
毒杯を望んだ。
ウォント一人、残して。
――毒杯なんかで終わらせてなるものか。
汗を光らせるプリズミーをほの暗い目で見つめながら、僕はひっそり胸の奥、塞がらない傷跡を抱えていた。
プリズミーに爪を立てられた手の痛みなど比ではない。
それ以上の傷跡を、彼女は僕に残していた。
全部、プリズミーの所為だ。
かつて、勝ち気で好奇心旺盛なプリズミーが引き取られて寂しかった十歳の僕の手を握ったのに、突然その手を振り払った。手を伸ばしたらたたき落とされた。蔑む視線。飛び出す罵声と暴力。疑問を訴える暇もなく虐げられた。抱いた想いは憎悪に染まった。
だというのに、ギフト家が不利になるよう少しずつ策を巡らせていた事に気付いてしまった。ギフト家に一番近い他人だったから。彼女の思惑を、察してしまった。
僕だけ逃がそうとしているから、僕の手を振り払ったのだと気付いてしまった。
気付いたのに、気付いた時には遅すぎた。
プリズミーはあっさり毒杯を呑み干して、血を吐きながら事切れた。
血を吐きながら子供の頃のように笑ったあなたを見て、僕の精神は崩壊した。
だから全部壊したんだ。
小娘が動かなければ気付けなかった無能達も。小娘の目論み通りの展開を踊った人形達も。小娘を処刑して安心している愚か者達全て、僕は壊した。全部燃やした。
全部燃えるように、誰一人逃がさないように、全員ちゃんと毒を飲ませて、逃げられないようにしてから火を放った。少なくとも王都中の水には毒を混ぜたから、誰一人逃げられなかったはずだ。
殿下は、そんな僕を止めようとしたから刺し殺した。
婚約者の立場で距離が近かったのに、悪役を演じるあの人に気付けない節穴だ。邪魔だったし、何度も何度も刺した。
――最後には何か勘付いていたようだけれど、遅い。
遅い。
僕らは気付くのが遅かった。
その後、虎視眈々と領地を狙っていた国へ状況を伝える手紙を出して。
燃える大地を眺めながらあの人と同じ毒を飲んで死んだ。
そのはずだったけれど。
「死に戻っている……!?」
びっくりしているプリズミーの横で、僕だって驚いていたんだ。
こんな都合のいい展開があるのかって。
(殿下に記憶があったのは、想定外だったけれど)
本当は、こんな予定じゃなかった。
僕はプリズミーが引きこもった時、これ幸いと侯爵家の人間を皆殺しにしようと思っていた。
プリズミーは取りこぼしを気にして国が動くまで策を練ったけれど、そんな小物はどうでもいい。ギフト家の人間を殺そうと思った。
未来で沢山殺したから、今更数人殺したところで心も痛まない。
それを止めたのが殿下だ。
彼もまた死に戻り、何が起こったのか把握してすぐに僕を止めに来た。死に際の記憶がある彼にとって、プリズミーより僕の方が危険度が高かった。
だってプリズミーは謀略で人を殺すけれど、僕は直接手を下す。
殿下は未来の記憶があるから、僕がプリズミーの為に躊躇いなく手を染めるのもわかっていた。
罪に手を染めて逃亡生活をするより、後腐れなく貴族社会から弾かれた方が姉も生きやすいはずだと説得された。
納得したわけじゃないけれど、殿下が動いてくれるならと僕は自ら動くのをやめたんだ。
だからちょっと回りくどいカタチでギフト家を摘発することになったのは、殿下の発案だ。僕じゃない。
それにしても、逃亡生活をするつもりだと考えたのが、殿下の育ちの良さだと思う。
だって僕はギフト家を皆殺しにするつもりだった……両親だけでなくプリズミーも殺して、僕も死ぬつもりだったから。
プリズミーを許せなかった。
這いずって生きればいいなんて、言い残したプリズミーが。
僕を置いて死んだ彼女が。
(あんな形で守られて、平気で生きていけるわけがない)
少なくとも、初恋の女の子に拒絶され虐げられたと思ったら全部自分を守る為だったと知って情緒と性癖が狂った僕には無理だった。
「ウォント、私の隣でぼうっとしていないで、野菜の皮でも剥いてちょうだい」
「ハイ姉様」
全身を使ってパンを捏ねるプリズミーに指示されて、僕は夕飯の下拵えをはじめる。まだ慣れなくて速さはないが、じっくり丁寧にナイフを動かした。時間は掛かるが、まだ慌てるような時間じゃない。
そう、慌てなくてもいい。
だってプリズミーは、自分の幸せを考えていない。
自分で自分を許せないから、今は生きるので精一杯だ。
同じ立場の子供達にどれだけ慕われても、大人に頼りにされても、感謝されても、素直に幸福に身を委ねられない。血筋に嫌悪感を抱く彼女だ。結婚だって考えられないだろう。
だからきっと、僕は最期までプリズミーと一緒にいられる。
姉弟として、どこかの家でひっそりと、動けなくなるまで。
その時が来たら。
――毒杯じゃなくて僕の手で終わらせてやっと、僕の復讐は終わるんだ。
死に戻りの原因はウォント。
本人に自覚はないが、プリズミーの埋葬方法や王太子殿下への仕打ち、王都の市民を生贄にて(したつもりはないが)化学反応を起こして偶然、死に戻りの呪いが発動した。誰も気付いていない。偶然なので二度目はない。
ちなみにプリズミーは長生きします。




