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プリーズミー毒杯  作者: こう


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2 燃え尽きてしまいそう


 自分で言うのもなんだが、ギフト侯爵家は汚泥が人の形を真似しているような、見窄らしく穢らわしい家だった。


 書類改竄や申告の虚偽など当たり前。領地の税収をギリギリまで上げて、支払えないなら若い子供を取り上げる。取り上げた子供は売り払い、時には召使いにして使い潰す。動かなくなったらバラバラに壊して、髪の毛一筋まで金にした。

 彼らは吐き気を催すほど邪悪で、生きているだけで害悪だった。


 彼らの生み出す金で美しく飾られた私もまた、目を背けたくなるほど醜悪な存在だった。

 私が美しく育てられたのは、殿下の婚約者になる為。その為に候補者達に不幸が起こるよう画策したし、誰よりも気高い娘であれと教育された。

 義弟ができたのは一人娘を嫁に出す前提だったからだ。半分だけ血の繋がった兄弟は沢山いたが、全て沼に落ちていった。私が彼らを知ったのは腹の膨れた母が子を生んだのに、誰にも知られず消えていったからだ。


 そもそも彼らは、自らが正当なる国の継承者だと信じていた。


 その昔、王家を追放された王子が興した家がギフト家。不当な扱いで城を追い出された先祖の無念を晴らすべく、子孫は玉座に返り咲くのが悲願だった。

 長年の悲願を隠し続けるだけ合って、彼らは汚泥の癖に擬態が上手かった。厳しい領主、良き貴族として過ごすのが上手かった。

 だから周囲はおかしいと思っても、探るまで行かなかった。探ったとしても、徹底的に証拠を隠滅していたので、探った瞬間に殺されて終わりだったと思う。


 悲願などと言っているが、ただの妄執だ。


 過去追い出された王子だって、国を追われた訳じゃない。王家から伯爵位まで落とされたのは、確実に何かやらかしている。きっとその頃から、他責思考で自己愛が強くて、他人を人間だと思えないような人間だったのだろう。


 私の家族はそうだ。

 そんな家だった。

 そんな家だったから、私は家族諸共地獄に落ちようと思ったのだ。


 告発して見逃されるような、情状酌量の余地などいらない。

 穢れたこの身は、流れる血は、一人残さず途絶えさせないと浄化できないと思ったのだ。


 決意した私は頑張った。


 本当に遠縁でほぼ他人のウォントを巻き込まないように虐げて距離をとらせ、彼が悪事に気付けるようにわざと口の軽い使用人を傍に着けた。

 ギフト家として暗躍しながら、違和感の芽を摘まずに残し続けた。

 殿下の婚約者として教育を受けながら、同じく穢らわしい輩には蜜を与えて手招いた。せっかくだから穢らわしいものはすべて燃えてしまえば良いと、派閥を拡大していった。

 そう、野心に溢れた子爵令嬢だって、貴族派の救世主とになれると夢を見させた。


 全てはギフト家断絶の為。

 毒杯で、私に流れる穢らわしい血を吐き出す為に。

 全て燃えてしまえと暗躍していたのに――。


 その全てが、無駄。


(こんなのってないわ……)


 私は寝込んだ。

 脱力して寝込んだ。

 部屋に引きこもって、天蓋付きのベッドの中に籠城した。


「あんなに頑張ったのに……」


 ネグリジェのまま膝を抱えて丸くなる。ほろほろと赤い目から涙がこぼれて、目元までもが赤くなる。

 泣きたいわけじゃない。でも心が痛くて勝手に流れるのだ。

 だって完遂したと思ったら初期に戻っていた大仕事。無に帰した努力の日々。心の傷は深い。

 私が一体どれだけ心血注いで悪役に徹したと思っているのだ。

 全て、ギフト侯爵家を断絶させる為だったのに。


(またあれを、一からするなんて……)


 心がポッキリ折れていた。

 燃え尽きたとも言う。


 すっかり意気消沈した私に、家族は不可解そうだったが放って置かれた。

 両親は人の良い仮面を被っては居るが、人の目のないところで演じはしない。使用人達は全員が事情を把握しているわけでないので、気遣ってくれる人も居る。


 ちなみにそんな優しい人達は、前回いびって嬲って追い出した。侯爵家に居たままでは、処刑に巻き込まれるに違いないからだ。

 目的があったので心を鬼にして遂行したが、神は私にもう一度鬼になれと言うのだろうか。


(ちょっと時間をちょうだい……)


 人に向かって鞭を振るったのは、確実に没落する覚悟があっての事だった。

 あんな覚悟、気軽に何度もできない。


 陰鬱な気持ちで引きこもっている私の部屋に、ノックの音が響いた。


「姉様。僕です。入りますよ」


 義弟のウォントが、許可なく寝室のドアを開けた。

 過去の私でも許さなかった暴挙だ。怒って注意する無礼な振る舞い。未来の私だったら重くて硬い何かを投げている。


 しかし今は注意する気力も怒る体力もない。


 天蓋の中で膝を抱える私に、ウォントは無遠慮に近付いてきた。一言「失礼します」と言って天蓋すらまくり上げる。

 部屋のカーテンも閉められているので、天蓋をまくられたくらいで明かりは差し込まない。薄暗さはあまり変わらないが、こちらを覗き込む少年の顔は見えた。


「泣いていたのですか」


 真面目な顔をして、じっと私を見詰めるウォント。

 無垢な少年らしさが残る青い目に、思わず俯く。未来ではもう見られなかった、こちらを慕う視線に狼狽えた。


 ウォントはギフト家の野望に巻き込まれた、遠縁の子息だ。

 王位簒奪の為に娘を王太子の婚約者にしたかったギフト家。しかし私に弟妹は……その頃は、居なかった。一人娘を嫁に出すなら跡継ぎが必要だと、養子にしたのがウォントだ。


 だから彼は、本来ならばギフト家に関わらず生きていけるはずだった。


 むしろこれからもそうであるべきだと、かつての私は徹底的にウォントを家族から遠ざけた。彼を虐げ、奴隷のように扱う事で。

 私がそう扱うから他の家族にもウォントは下に見られていたし、ウォントもこちらを憎悪の籠もった目で見ていた。

 だから、未来ではこんなふうに心配される事などなかった。


「あんたには関係ないでしょ。出ていって」


 居心地の悪さから、つい突き放す言葉が口を突いて出る。義弟専用の棘は、癖になっていた。

 全て、ギフト家を終わらせる為に含んだ棘だった。その棘が周囲の人を傷つけて、私の柔らかい部分に突き刺さっても、本懐を遂げる為に耐え続けた。

 誰かを陥れる度、心無い言葉を浴びせる度に、棘は杭となって私を貫いた。簡単に抜けないくらい深く。


 耐えたのは、目的があったから。

 死ぬ気でやり遂げる決意があったから。

 やり遂げたから、念願の毒杯を手に入れたのに。

 私はやり遂げたはずなのに。


「うぅ……っ」


 思考がループして、理不尽な天の裁きに涙がにじむ。

 罰が与えられるほど罪を重ねた自覚はあるが、それにしたってこの仕打ちはないだろう。

 さめざめと涙を流す私の傍に、ウォントが座った。泣いている乙女の傍に無遠慮に座るなんて、本当に無遠慮で無礼で紳士としての気遣いがなっていない。


「姉様がこんなふうに泣くのを、初めて見ました」

「淑女の泣き顔を覗き込むなんて、紳士としてあるまじき行為よ」

「僕はまだ紳士と呼ぶには早いので、これからですね」


 なんてポジティブに切り返すのだこの義弟は。こんな男だっただろうか。

 基本的に痛めつけてばかりだったので、冗談交じりの雑談などした事がない。いや、この頃はまだ私も何も知らなかったから、姉弟らしくじゃれ合ったかもしれない。それからの事が強烈で忘れていたけれど、そういえばウォントは自己肯定感が割と高かった。


 ――どれだけ虐げても、絶対に俯かなかった。

 だから私は、ウォントの顔は忘れても、青い目だけは、ずっと覚えていた。

 炎のような青い目を、ずっと。


「何が悲しいのですか。それとも怖いのですか」

「触らないでちょうだい」

「僕にできる事はありますか」


 ウォントの手が私の涙を拭う。手加減を間違えて強く拭う手が痛い。振り払おうとしても、ウォントの方が強かった。


「あなたにできる事なんかないわ。いいから放って置いて、私に構わないで!」


 もう嫌だ。もうあんなのやりたくない。

 でも私がやらないと、この家は太々しく残り続ける。本当に、隠蔽は上手かったから。

 いっそのこと、窓から飛び降りて死んでやろうか。そうすれば、未来の国母なんて親の野望は潰える。


 ……それってとってもいいのでは?


 前は見張りのように侍女が付き従っていたからできなかったけれど、今ならできるのでは?

 国賊(病巣)は取り除けないけれど、スパイ(転移)は防げるのでは!?


 日々の犯罪行為は止まらないが、私がいなければ国家転覆の野望は潰える。だって私を王家に嫁がせてこその計画だった。

 疲れた私は死に希望を見出して、早速行動に移そうとしたが。


「そうですよね。将来あんな終わりになると思えば、涙も出ますよね」

「えっ」


 淡々としたウォントの言葉に、動きを止めた。


「あんな終わりにはしません」


 世間話のような言葉に、思わずウォントを振り返る。


「大丈夫。僕が姉様を守ります」


 目が合った義弟は、うっすら笑っていた。


「今度は僕が終わらせます」

「お前、何を」


 騎士団がギフト家の家宅捜索にやって来たのは、それからすぐの事だった。



決死の覚悟で取り組んだのになかった事になって泣き喚いていたら義弟が何かしたっぽい。

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