1 悪女の終焉
全4話。
「プリズミー・ギフト侯爵令嬢。あなたの処刑が決まった」
そう言ったのは、にこりともしない私の婚約者。
いいえ、元婚約者。
私が貴族牢に押し込められる前日に婚約は破棄されたから、今となっては無関係の人。
そんな彼がわざわざ、処刑を告げにここまで来るなんて。王太子殿下はいつから暇ができたのかしら。スケジュールが秒刻みの、とても忙しい人だったのに。
「罪状は、ギフト侯爵家による王位簒奪と国家転覆への関与。例外を除き、ギフト侯爵家の者は須く処刑される。あなたがサロンで同世代の令嬢達へ、よからぬ思想を植え込んでいたのは調べが付いている。他にも、証拠隠滅を図り私の目を逸らそうと騒ぎを起こしていたな」
「あら……それは、殿下の近辺を騒がせたご令嬢の事かしら」
「そのご令嬢が起こした、王権派と貴族派の軋轢を深める騒動の事だ」
「うふふ。確かにお忙しそうでしたわね。ですが学園で起きた騒ぎでしたら、私は関わっておりませんわ」
王太子殿下の眉間に皺が寄る。彼も、証拠が出ない事は分かっているのだ。
物的証拠はどこにも無い。状況証拠も整わない。
しかし、彼らが翻弄されるほど燃え上がった騒動は……子爵家の令嬢が一人でシナリオを書いたと思えないほど、内部情報が漏れていた。
どう考えても内通者が。扇動役が居たとしか思えない。
そしてそれは、私以外あり得ないのだろう。
でも嘘ではない。
私は、手を下していない。
王太子殿下の婚約者だったので、取り巻きのほとんどは王権派だった。立場ある身なので貴族派と付き合った事はない。こっそり手紙でやりとりした事もない。
ただ私は、彼らの傍でこっそり囁いただけ。
情報を求める彼らの耳に届くように、必要な情報をそれとなく話題に出しただけ。
勿論、わかりやすく直接囁いたりしない。誰が聞いているかわからないのだもの。相手の悩みをわかった上で、他の人にはわからないよう口にしたわ。私が話していたのは、私の取り巻き達だったもの。時には私ではなく、取り巻き達から情報を引き出した。
だから、たとえ私を見張っていたのだとしても、繋がりなんて見えないでしょう。
偶然私の言葉を聞いただけの相手が、裏付けをとって行動しただけだもの。
それでも罪状としてあげたのは、最期だから私が諦めて自白するとでも思ったのかしら。
処刑が決まっているのだから、今更罪状が一つ増えたところで変わらないと開き直ると?
(そんなわけないじゃない)
私はしかめっ面の王太子殿下に、艶やかに微笑みかけた。
「これから処刑を待つだけの私に罪状を増やそうとするなど、殿下もお人が悪うございますわね」
「明確になっていない罪状を一つ、明らかにしたかっただけだ」
深くため息を吐いた殿下の合図で、金色の杯がテーブルに置かれた。
なみなみと注がれた赤ワイン。
装飾が多くて重そうな杯は、書物でしか知らない品物だった。
この国では、処刑の多くは絞首刑だ。
しかしそれは平民だけで、貴族は斬首。女性は毒杯とされていた。
「まあ、殿下が見届けて下さるの?」
「破棄したとはいえ、長い間婚約者だった女の最期だ。見届けるなら私が相応しいだろう」
そう言いながら、殿下の目に憐憫が走る。
「……最期に言い残す事はあるか」
「ありませんわ」
言い切れば、殿下は怒ったような顔をした。元々厳しい顔つきの方なので、目をつり上げるだけで迫力がある。
けれど、その程度の威嚇で私が怯むはずもない。
「私、プリズミー・ギフトは、思う存分遊び回りました。この世に未練など一つもありません」
「義弟の事も、思う事はないと」
「ありませんわ、あんな裏切り者」
下品にも鼻で笑いそうになった。
「裏切ったところで、あの子もギフト侯爵家に名を連ねる者。処刑を免れたところで、進むのは罵声と暴力に満ちた道ですわ」
むしろ我が身可愛さで血筋を売った者として、印象の回復は望めない。
「裏切り者なんて……這いずって生きればいいのよ」
そう言って、金色の杯を持ち上げる。部屋に誰か入ってきたけれど、気にせず呑み干した。
香るのは芳醇なワイン。そこに混じる甘い香り。
口に含んで呑み干せば、喉が焼けるように熱くなって、胃が逆流する。
「がはっ」
堪えきれず吐き出した赤は、ワインだけじゃない。
「プリズミー……!? おい、何故苦しんでいる!」
驚愕した殿下の声。あら、という事は、本来なら即死できたはずなのね。でもできないという事は、誰かが入れ替えたのかしら。苦しんで死ぬように、強いけれどなかなか死なないような毒に。
それだけ私は恨みを買ったから。
「う、ふふ、うふふ、あは、はは、はぁーっはっはっはっはっはっ!」
咳き込みながら笑う。ごろりと転がって天を仰いだ。一体いつの間に倒れていたのだろう。
仰向けになれば、悲痛な顔をした殿下が見えた。あら、その顔は初めて見たわ。いつもしかめっ面なんだもの。最期に見るのが初めて見た表情なんて、死に際なのに粋な事。
おかしくておかしくて笑いが止まらない。
血を吐きながら笑って、痛みに呻くように笑って、喉をかきむしるように笑った。
笑って、笑って、笑って。
誰かが私の手を握った気がしたけれど――確認する暇もなく、私は事切れた。
「姉様、起きて下さい」
「!?」
とても懐かしい声に、思わず飛び起きた。
「またこんなところで居眠りをして。いい加減、本を読みながら眠るのはやめて下さい」
「ウォント……?」
「はい」
私を呼んだのは、義弟のウォント。
ギフト侯爵家に引き取られたは良いものの、侯爵家の汚職に気付いて殿下へ密告した裏切り者。長い間侯爵家で王家のスパイとして侯爵の身近に潜んでいた男。
さらりと細い銀色の髪を小さな耳に掛け、大きくて丸い青い目でじっと私を見る……ちょっと待って。
小さい。
「あなた、今いくつ……?」
「姉様の一つ下なので、十歳ですが」
「――――!?」
飛び起きた私は小さなチェストへと走った。
見覚えのある装飾は侯爵家にある書斎だ。私は昔、眠くなるまで本を読むのが好きだった。だから本を抱えて眠るなんて良くある事で、身嗜みを整える為にもチェストの上には鏡が置かれていた。
その鏡に映るのは、流れる黒髪を赤いリボンで結んだ、イチゴみたいに赤い目をした女の子。
桜色の唇をポカンと開けて、つり目がちな目をいっぱいに見開いて、まろい輪郭を青ざめさせた十年前の私が居た。
「何故……!」
鏡を見て、自分を見下ろす。幼い頃に好きだった水色のワンピースドレス。胸元は成長期で、花開いた女性の肉付きは遠い。
吐き出したワインの赤も、血の赤も、毒の匂いも一切しない。
――死んだはずなのに。
「死に戻っている……!?」
そうとしか考えられない。
自分だけでなく、義弟のウォントまで若返っているのだ。毒を飲んだ副作用ではない。更に言えば、十代後半ではウォントとは決別していた。ウォントはスパイであったが、ギフト家からしてみれば反抗的な男だった。自ら進んで義姉を起こすなんて、この頃でしかあり得なかった。
つまり、ここは過去で間違いない。
「そんな……そんな」
「姉様? 具合が悪いのですか」
ふらふらと力尽きて膝を突く私に、心配そうにウォントが近寄ってくる。まだ小さな手が、薄い私の背中を撫でた。
温かい手の平を感じながら、体感三分前の出来事へ思いを馳せる。
罪人として没落したギフト侯爵家。
一家郎党、派閥含めての処刑。
差し出された金色の杯。
胸を焼いた毒の味。
死んだと思ったら過去に戻り、若返っている現状。
(つまりこのまま……もう一度?)
もう一度、王位簒奪からの国家転覆計画――を、阻止するのか。
呆然と、頭を抱えた。
裏で手を引いてギフト家の罪状を告発し、没落から処刑までの流れを計画した私は……これまでの苦労を無に返されて、くらりと目眩を覚えた。
失敗したのではなく、成功したのに。
――私は自ら、毒杯を望んだのだ。
成功したのに死に戻りました。




