表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第7話 出発

 腰が痛くて目が覚めた。痛む箇所をさすりながら立ち上がり、カーテンを開く。すると、どんよりとした曇天が見えた。光なんてろくに差し込まない。

 スイッチを押して電気をつけると、一晩放置されて冷めきったココアが目に入る。そういえば、温めすぎて飲めなかったんだ。

「もったいないな…ごめん」

 マグカップを傾けると、ココアはずるずると音を立てながらシンクに吸い込まれていった。カップの内側にこびりついた茶色い跡をはがすように水を当て、そっとそこに置く。

「…ごめん」

 濡れた手を拭き、寝室に歩いた。

 ベッドに沈むなり、枯渇した瞳に目薬を1滴ずつ差す。だけど、それだけでは足りなかった。空っぽになった俺には、1滴だけじゃ少ない。

 瞼が重くなって自然と目を閉じると、思い浮かぶのは晴香だった。

 中学生の頃、アイドルを目指すと言ってからは毎週、カラオケで声が枯れるまで歌わされた。

 高校生になると、晴香が芸能事務所の情報をかき集めて教えてくれた。あっちはマルチタレントにさせられるとか、こっちはテレビより路上ライブをしがちだとか、どこから仕入れたのか分からないことばかり。

 じゃあ、晴香が離れてしまった今、俺は何でアイドルなんだろう。そもそも、どうしてアイドルなんか目指したんだ。

 ジリリリリ…ジリリリリ…

 ぱっと目を開けて、ゆっくり起き上がった。机に置きっぱなしだったスマホのアラームを止めると、作詞ノートが目に入る。

 面倒だからまた寝ようかとも思ったが、なんとなく席についてノートの白紙を開いた。適当にシャーペンを出して、右手が動くままにぐちゃぐちゃと書き殴った。いつもなら曲から作るのに、どうしても衝動を止められない。

 そうして書いた詞を、いい感じのメロディで録音し、それっぽいコードに乗せた。

 あっという間に出来てしまった曲は、言葉が出ないほど痛かった。

「ふっ…ははっ」

 全部聴き終えてから、なぜか渇いた笑い声が響いた。しばらくすると声が出なくなり、咳込む音に変化する。

 腹を押さえているうちに椅子から滑り落ち、床に倒れこんだ。

 ひんやりしていて気持ちよかった。


 重い体を机で支えながら立つ。

 2度目の新曲会議。やっとの思いで作った曲を披露すると、途中から嗚咽が聞こえてきた。

「想介、泣きすぎだって」

 全部聞き終えた後、瑠璃はティッシュの箱を差し出した。

「だって…だってぇ!」

 3人の中でも天使のようなビジュアルを誇る想介だが、今は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

 その波が落ち着いてから話せばいいものの、想介はティッシュを掴みながら口を開いた。

「こんなに好きな気持ちが溢れてんのに、“君がいなくなってから時計が動かない”とか…切なすぎるだろ」

 想像以上の大号泣で、俺ももらい泣きしそうになる。

 騒がしい想介に対して、山本はニヤッと笑って肩を叩いた。

「短期間でよく頑張ったな!これから上層部にも確認してくる。お疲れ!」

 書類を持った山本は、俺らを置いて部屋を出ていった。

「…ふぅ」

 力が抜けて危うく倒れるところだったが、なんとか近くのパイプ椅子に座れた。

 仕事は朝から晩まであるし、家でも眠れない。だからか、知らぬ間に疲労が溜まっていた。

「碧斗!神曲作ってくれてありがと!」

 瑠璃がそう言うと、想介も目を赤くしながら拍手してくれた。

「ん、俺頑張った」

 凝り固まった表情筋を動かして薄く笑顔を作ると、瑠璃と想介が立ち上がった。

 何をするのかと思ったら、瑠璃は歌詞を持ってきて隣に移動した。想介は俺の背後に回って、なぜか肩を揉んでいる。

「…何でも話して?」

 真剣な眼差しを向けられた。けど、俺は逃げるように目を逸らした。

「仕事の話なら何回も」

「違う」

 瑠璃に言葉を遮られたのは、今日が初めてだった。同時に想介の手も止まる。

「俺らは、碧斗の話が聞きたいの」

 急に鼻の奥がツンと痛くなる。

 それを堪えるように唇を噛みながら続きを聞いた。

「碧斗は1人で頑張りすぎなの!仕事も、プライベートも」

 次は想介がくるっと回り込んで座り、歌詞を指さした。

「この曲いいけどさ、辛すぎだよ」

 ピックアップされたのは、落ちサビの部分だった。

『嫌われていても 会いたくなるんだよ』

 途端に視界がぼやけていく。

 この感情が外に流れないように、目を見開いて飲み込もうとする。だけど、それすら2人には見抜かれていた。

 真っ先に想介がぽんぽんと頭を撫でた。

「俺らの前でもアイドルしなくていいの。普通の男に戻れ」

 瑠璃と想介の顔を見る。

 ただ純粋に、友を心配し、気遣う人の目をしていた。

 俺は1度目を閉じ、呼吸してから、震える唇を慎重に動かした。

「俺の幼馴染、アイドルにしてくれた人は…初恋の人だった」

 その瞬間、水膜が破れた。

「大好きな、女の子だった。けど…もう、会えないって」

 手で涙を拭いながら、本音は絶えず漏れ続けた。

「桜沢さんと付き合ってるって、誤解されたままだし…俺の気持ち、ちゃんと伝えられなかった」

 晴香の気持ちも聞けなかった。

 好きな人は誰?

 痛そうだったのは何で?

 羨ましいってどういう意味?

 全部知りたいのに、もっと声が聞きたいのに、連絡が繋がらない。

「ずっと好きだったのに、傷つけた…俺が泣かせた」

 そう言うと、想介が俺を優しく包みこんだ。

 みっともない顔を隠すように、想介を抱き返して、温かい体に顔を埋める。

「おいおい、碧斗は泣いてもいいけど想介は違うだろ」

 顔を上げてみると、また目を潤ませている想介がいた。

「しょうがないじゃん…碧斗が泣いてると泣けてくるの」

 それを聞いてしまったら謝ることしかできない。

 ごめんと言いながら背中をさすると、腕の中で想介が震えた。

「…泣いてないけど俺も入れて」

 瑠璃はそうつぶやき、俺と想介を包んだ。

「大丈夫だよ。これから忙しくなるし、そのうち…ちゃんと思い出になる。恋愛ってそういうもん」

 思い出。そう言われると不安に襲われた。俺の抱く痛みも、感情も、涙も、たった4文字で収まりきるのかと。

 涙が止まるとともに、体の力が抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ