第2話 偶像
衣装に袖を通すだけで気持ちが切り替えられる。余計な感情は、全部この下に隠せるから。
ステージから聞こえてくる歓声に煽られて、心音が高鳴っていく。
センターの瑠璃を中心に想介と俺、スタッフの皆と円陣を組む。本番前の恒例儀式だ。
「皆さん、今日は感謝祭です!碧斗と想介!ありがとうな!これからもよろしく!」
瑠璃の声に合わせて互いの背を叩き合う。
「スタッフの皆も、いつもありがとう!今日はぶち上げていくんでよろしく!」
ライブTシャツを着た皆がファンに負けないくらいの声を出してくれて、自然と笑顔になる。
「ライブ中はファンのことだけ考えよう!煩悩は捨てて!…あ、碧斗が友達隠してたのも忘れてな」
突然俺の名前が出てきて周りで笑いが起こる。俺が考える以上に根に持っているらしい。
ざわめきが収まって団結した後、想介、瑠璃、俺の順で並んだ。音楽に合わせて足場が徐々に上がっていき、顔がステージ上に出る。
その瞬間、3色のペンライトが星のように光っているのが見えた。初めてライブをした日よりずっと面積が広くなった。
上がりきった途端に皆の声とともにキラキラな王道アイドルソングが流れ始めた。ライブは明るくスタートし、クールなダンスナンバーから背中をそっと押すバラードまで曲が繋がっていった。
ステージをぐるぐる回っているうちに晴香を見つけた。
不思議と晴香は光って見えて、いつも見つけやすい。
位置はメインステージの近くで、さすがファンクラブ会員ナンバーひと桁の人だなと思う。
晴香は肩より少し長いくらいの髪を強めに巻き、可愛らしいブラウスを着ている。俺のために選んでくれたのかなと思うと、嬉しくてニヤケが収まらなかった。
MCの時間になると、早速瑠璃が喋り始めた。
「皆、今朝の番組見た?」
その問いかけに僕の肩が一瞬震える。けど、大勢のファンがペンライトを振ってくれた。
だから、とっさに笑顔を作って手を振り返した。
「ありがと~!」
「え、何クール連続でドラマ出てんの?」
「あー…3かな?」
「すげぇ!もう立派な俳優さんですね」
「でもPRISM CLOWNの宣伝もちゃんとしてくれて、感謝いっぱいです」
気を抜くと視界に入る晴香が、にんまりとこちらを見る。
我に返って、メンバーや他のファンのいる方角を向くが、2人の話の内容は右から左に通り過ぎていった。
「ところで!…今朝言ってた碧斗のお友達?幼馴染?俺らもどんな人か聞いたことないんだよね」
この話をするとは思っていたから、また友達はシャイだって誤魔化そうとしていた。が、その前に想介が叫んでしまった。
「っていうか、今日も来てくださってるんですよね?碧斗のお友達!」
俺は反射的に晴香の方に視線を向けたが、遠くからでも分かる睨み顔が見えたので、すぐに目を元の位置に戻した。
会場もざわつき始め、俺の視線に気づいてしまった何人かは晴香のいる方を見ている。
俺は場を収めようと立ち上がり、マイクを口元に近づけた。
「はいはーい!じゃあ、俺の友達の人手上げてー!」
そう言うと、ぱらぱらとペンライトが揺れるのが見えた。
「ははっ、微妙な数。想介数えてくれる?」
「えーっと、1、2、3、4、5……0人ですね」
「おい!もっといっぱいペンライト振ってくれてるだろ!」
なんとか矛先が晴香に向かないように流れを変え、ファンミーティングは続いた。
座ってから疲れがどっとやってきて、車の中で睡魔に襲われる。
「おつかれ様!明日もこの調子で頑張れ」
マネージャーの山本康介が目元にシワを作りながら笑った。
「でも気を抜くなよ?明日終わって連休明けたら新曲会議が始まるからな。特に碧斗。楽曲制作は進んでるのか?」
「まあ…ぼちぼちです」
眠い目をこすりながら言うと、まだ山本は口を動かしている。それだけは分かるけど、どうも聞き取れない。
ああ、今日で何連勤だっけ?最近は月に1日くらいしか休暇がないんじゃないか?
頭がぼーっとして、瞼が重くなる。
大事な話なのに空返事になってしまった。
ホテルに着いてすぐ、ベッドに吸い込まれるように入った。会場でシャワーを浴びたし、歯もちゃんと磨いた。ここに来る前にうがいもした。もう寝よう。
そう思って目を閉じた途端、スマホから通知音が鳴ってぱっと目を開けた。
画面を見ると、晴香からのメッセージがあった。
《お疲れ様! 今日もかっこよかったよ! 友達を探すくだりはめっちゃ焦ったけど、楽しかった! ありがと〜! おやすみなさい》
この文章の後に羊が寝ているスタンプが届いた。
俺はスマホを置き、布団にぎゅっと抱きついて、幸せを噛み締めた。
これだけで頑張れるくらい、俺の頭の作りは単純だった。まあ、今はへとへとだから無理だけど。
「…晴香」
ため息とともにこぼれた名前が静かな部屋に響いた。
この痛みと甘みが混ざりあった感情と好きを向けられるのは、晴香だけ。仕事仲間や家族とは違うベクトルのもの。
考え始めたら、だんだんと恥ずかしくなっていく。
一時は頭を抱えていたけど、俺はまたスマホを手に取り、勢いで晴香にビデオ電話を求めた。
自分から電話をかけたくせに、心のどこかで出ないでくれと思っている俺もいる。あれもこれも心臓がうるさいせい。
しばらくすると、晴香が画面いっぱいに出てきた。髪は真っ直ぐに戻り、メガネをかけている。
「夜な夜な電話とか珍しいじゃん。っていうか、碧斗めっちゃ眠そう」
「そういう晴香も眠いでしょ」
私も眠いと言いながら微笑む晴香が恋しい。
ああ、会いたいな。
「ん?何よ。どうしたの」
「え、何が?」
「だって今、“会いたい”って」
心の声が漏れ出るほど疲労が溜まっているらしい。でも、ちゃんと回っていない頭なのに、この状況を逆手に取ったアイディアをひらめいた。
「うん…会いたい。次にまとまった休み取れたらそっち行ってもいい?」
晴香はぱっと目を見開いてこっちを見た。
「…あなた、本気?」
こくりと頷くと、晴香は画面越しでも分かるくらい極端に嫌な顔をした。
「じ、実家帰ろうと思ってんの。だけどさ…やっぱり7年も会ってないから緊張するもん」
「緊張って、さっきまであんな大舞台でライブしてた人が?」
「それ関係ないでしょ」
ライブには味方しかいないけど、実家は俺の夢に反対した人、悪く言えば敵しかいない。敵に立ち向かおうとしているだけ偉いと思ってほしい。
一度ため息をついてから、晴香は言った。
「しょうがないなぁ。1泊なら許す」
「ふふっ、ありがと」
嬉しくてついこぼれた微笑を聞きながら、晴香がコップに水を入れている。それを一気に飲んだ後、おやすみと言い合ってから電話が切れる。
スマホの充電が残りわずかなのも気にせずに、幸せと不安を同時に抱えながら眠りに落ちた。




