第15話 残響
PRISM CLOWNが新曲を公開すると恒例のMV鑑賞会が、今回は蒼井食堂で行われた。
「この曲、未練タラタラじゃん。兄ちゃんが作ったとは思えない」
再生し終わってすぐ、陽太がぼそっと言った。社会人になってから久々に会ったけど、どうやら筋トレブームが来たらしく、服が破けそうに見える。
お母様はハンカチで涙を拭い、お父様は相変わらず深いため息を吐いていた。
「…もう、苦しい」
私の隣で頭を抱えているのは響だ。ビジュアルが好みで目のやり場に困ると、ぶつぶつ口から出していた。たぶん無意識で。
「蒼井さん、わざわざ貸してくれてありがとうね。晴香ちゃんもいつもありがとう」
「いえいえ!こ、こちらこそ碧斗を産んでくださって、か、感謝しかないです」
碧斗の家族を目の前にして緊張がマックスだったこともあり、こういう発言を繰り返している。
優しいお母様は、ふふふと笑って私たちを見た。
「碧斗、本当によく頑張ったのね…作曲と映画撮影が同時並行だからしばらく忙しいとは聞いてたけど」
「え、映画撮影?あ、碧斗映画出るんですか!?」
さらっと未公開情報を入手してしまい、響の声が最大ボリュームになった。
「はぁ…やっちまったな」
「ほんと、ばらしたのが晴香ちゃんと響くんで良かったよ」
「まだ言っちゃだめなやつだったわ。ごめんなさい、ここだけの秘密ね」
口の前に人差し指を当てながら笑って、私たちも一緒に同じポーズをした。
「ってかびっくりしたんだけどさ」
陽太がニヤニヤしながら私と響を交互に見た。
「ふたり付き合ってるよね?お似合いじゃん!」
唐突に言われて、ついお互いに目を合わせてしまう。響を見る限り、私も同じような表情をしているんだろうなと思う。
出会ったのは半年以上前だけど、付き合い始めたのは3ヶ月前くらい。やってることも特に変わりない。ただ、この関係に名前がついただけという感じだ。
「そんなふたりにプレゼント!デートにどうぞ」
そう言って渡されたのは、バーコードのついたチケットだった。
「…さ、サイン会」
「そうそう!父さんと俺が当たったんだけど、男2人で行くのはちょっと気まずいからあげる」
サイン会には何度か行ったことがある。幕の出入り口に係員がいて、覆われたスペースで2人きりになるやつ。碧斗は私が入室した瞬間、ほんの数秒だけ幼馴染の顔を見せてからアイドルに戻る。あの瞬間が好きだった。
「ありがとう!じゃあふたりで行っちゃおっかな~」
困惑気味の響の顔を見てそう言うと、ぎこちなく笑った。
蒼井家の和室でぼんやりチケットを眺めて始めてから、もうどのくらいの時間を消費したのだろう。
私の中で、“会いたい”と真逆にいる“会いたくない”が拮抗して、ため息すら出てくれない。
「晴香」
驚いて振り向くと同時に、胸が高鳴る。
「あ、急にごめん」
そこにいたのは、当たり前だけど響だった。
私の耳は、3ヶ月経ってもまだ名前を呼ばれることに慣れない。
チケットを座布団の近くに置き、響の方に体を向けた。
「ううん、どうしたの?」
「これ見て。碧斗初主演映画」
そう言って見せられたスマホの画面に、触れたら消えてしまいそうな表情の碧斗が写っていた。
そして、スクロールした先にいたのは、私も響もよく知った人だった。
「…桜沢美月」
少し前に熱愛報道で世間を騒がせた2人が、ここで共演していた。しかも、公開された場面写真の中には、しれっと報道で使われたものも混じっている。
「どういうこと?」
口ではそう言いながらも、頭ではちゃんと分かっていた。映画情報が目に入る度、黒く塗りつぶした感情が徐々に白くなっていく。
「全部、嘘」
考える間もなく、なぜかメッセージアプリを起動していた。だが、自分で削除したアカウントなど見つかるわけがない。
『そんなことない!俺は…』
今更、あの時何を言いたかったのか気になってしまう。
それからやっと気が付いた。
隣に大切な人が、1番にすべき人がいるのに、碧斗のせいで手が動いてしまったことに。
「…マジでタイミング悪すぎだよな。事務所も監督もバカ」
響の暗い声を聞いて、私は机にそっとスマホを戻した。
ゆっくり顔を向けると、辛そうな弱弱しい声で私に言った。
「サイン会、行こうよ…文句言ってやろう」
その言葉で、私がどれだけ悪い人間なのか思い知らされた。
あと何人か数えながら、私と響は幕の前に並んでいた。数が減る度に服が破けるか心配になるほど強く心音が鳴る。
「俺さ、碧斗に会うの初めてなんだけどさ、大丈夫かな?変な顔してない?」
「ふふっ、大丈夫だよ」
「え、何で笑うの?それ大丈夫じゃないってことでしょ!」
目がいつも以上に開いている響は、今日ずっとこの調子だ。喋っていないと落ち着かないらしい。それがちょっと面白くて、少し緊張がほぐれる。
ついに幕だけになり、急に逃げ出したくなった。
どんな顔で碧斗に会えばいいのか分からない。そもそも碧斗がファンとして私を受け入れてくれるだろうか。
係員が幕をめくり、にこやかにどうぞと言った。後ろからは響が、とんと優しく背中を押される。
「ありがとう。行ってきます」
私は、一歩踏み出した。自分でも靴の音が聞こえる。
その勢いに任せて中に入るとすぐ、碧斗が見えた。
「…久しぶり」
前より伸びた髪を緩く巻いた碧斗は、私を見て目を見開いた。呼吸が止まってるみたいに、時間が長く感じる。でも、すぐに皆のアイドルに戻った。
「久しぶり!来てくれてありがとう!」
相変わらず綺麗な笑顔を目の前にして、心臓が切なく鳴った。
私はやっぱり、最低な女だ。




