第14話 崩壊
碧斗がテレビに出る度、どういう顔をすればいいのか分からなくなってしまった。
2人はいつから付き合ってたのだろうとか、共演歴がないのにどうやって仲良くなったんだろうとか、頭の中がうるさい。
何より、ここ最近の碧斗の表情が暗い。表面的には笑っているのに、別のことを考えている。そういう影が見え隠れしている。私はスマホを手に取って碧斗のアカウントを開くが、文字を打ち込んだところでやめてしまう。
碧斗には彼女がいるもんね、と。
今日も打ち込んでは消すを繰り返して、無駄にスマホのバッテリーを減らしている。そんな時に、響からメッセージが来た。
《こんにちは 閉店後、時間ありますか? たまにはランチじゃなくて、夕飯なんてどうかなと思いまして》
優しい文面で一気に緊張がほどける。でも同時に、罪悪感が募った。響の気持ちを知っていながら、曖昧にして縋ろうとしている。
やっぱり、何事もはっきりさせないといけない。
道がオレンジ色になった頃、食堂の前まで来ると、暖簾を外す響がいた。
「…あ、鳴海さん。どうぞ入ってください」
そう言われて中に入り、いつもの席に座る。するとすぐに水が出てきた。
「ありがとう。閉店後なのに申し訳ないわ」
「呼んだのはこっちですから、気にしないでください」
そう言って響は自分のコップにも水を入れた。
呼吸の音が聞こえるほど静かなせいか、同じ食堂なのに空気が違う。そのせいで変に2人きりだと意識してしまう。
響が定位置に座ると、口を開いた。
「鳴海さん、今は無理しないでください」
急に何を言い出したかと思えば、気遣い上手の響らしい言葉だった。それだけだったらいつものようにかわせたが、次の発言で分かりやすく固まってしまった。
「単刀直入に言いますけど、鳴海さんは、碧斗のリアコですよね?」
“リアコ”なんて耳馴染みのない音だけど、言われた途端納得してしまう。
ずっと認めたくなかった。幼馴染だから。
私の恋は、ファンがアイドルに持つ感情じゃなくて、単に幼馴染として、1人の人間としてできたものだから。SNSで呟く人たちとは違うと思いたかった。外から見れば、私は特別じゃないのに。
「よく分かったね。隠してたのに」
「嫌でも分かりますよ。好きな人の好きな人は」
何を話そうかと迷っていると、着信音が鳴った。震えているのは私のバッグだ。
「…大丈夫ですよ。仕事だったら大変だし」
響にごめんと言ってからバッグを持ち、スマホの画面を見た。
不意打ちをくらって、言葉が出なかった。
タイミング悪く、碧斗からの電話だった。ちらりと響を見ると、私を不思議そうに見つめている。
本当はここで切るべきだったが、私は手の震えを抑えながら通話ボタンを押して耳に当てた。
低い碧斗の声が聞こえた。私の好きな声。
「もしもし、晴香。聞こえてる?」
でも、その弱った声で名前を呼ばれたくなかった。
「聞こえてる…連絡できなくてごめんね。色々あって」
私のわがままなところを抑えるように声を出したが、幼馴染だからばれてしまった。
碧斗は心配するように、「何かあった?」と言う。何かあったのはそっちでしょと口を滑らせそうになった。けど、何もないと誤魔化しきれない。
「晴香?」
再び名前を呼ばれた時、響と視線がぶつかった。そして、毎日頑張って荒れた手が目に入る。
私はその手に触れて目を閉じ、深呼吸した。響は目を丸くしていたが、拒否されなかった。そのおかげで、私は終わらせる覚悟ができた。
「もう、やめよう」
少しの間が空いてから、碧斗の震えた声が返ってくる。
「ほら、 “碧斗”には彼女がいるし…私がいなくても平気でしょ?」
わざと聞かせるように出した名前で、響の手が離れた。
「そんなことない!俺は…」
そこに続く言葉を教えてくれない。結局、私は幼馴染止まりだ。
碧斗は、演技もできて、都合の悪いことは忘れられて、本当に羨ましい。私にないものばっかり持ってる。
「じゃあ、お元気で」
一方的に電話を切り、その勢いでスマホをバッグにしまった。響は何か言いたげに私を見ている。
「私ね、碧斗の幼馴染なの。家も隣だった」
吹っ切れたからか、何の罪悪感もなく高校時代のツーショットを出した。スマホを手に取ってズームして、響はまた私に視線を戻した。
「マジ、なんですね?今の電話も、碧斗」
アイドルが幼馴染だなんて、よく考えれば少女漫画の設定みたいだ。当事者じゃなきゃ現実味がない。
「そう。信じられないと思うけど、碧斗は、私の…」
今、何て言おうとしたの?
碧斗は私の何?
幼馴染、好きなアイドル、特別な人。どれも当てはまるのに、どれかひとつになることはない。
「…鳴海さん」
顔を上げると、響が泣きそうな笑顔で言った。
「俺、碧斗の代わりなんてできませんけど、いくらでも話聞きます。ずっとそばにいます」
今まではうやむやにしてきたけど、響は何から何まで真っ直ぐすぎて困る。この様子じゃきっと、プロポーズじみたことを言ってるなんて気が付いてない。
「だから一旦、ごはん食べましょ?いつものやつ、すぐ温めなおすので」
「うん…ありがとう」
その後食べたもやし炒めは、味はよく分からないけど、枯れた心に優しく染みていった。




