46 アルテイアの日常
世界に6つある魔術大学の一つであるルーデウス大学は、企業の研究機関や大学の研究棟が並ぶ東エリア、教室棟や会議室が北寄りをショップや飲食店が南寄りを占める中央エリア、農場や魔獣研究の場として多く用いられる森が広がる西エリア、大学本部が置かれ大闘技場を始めとした様々な体育施設がある北エリア、ともはや一つの町とも言えるような広大な一つのキャンパスから成っていて、敷地内には水路が張り巡らされている。
企業の研究機関が内部にあることからも分かるが、このキャンパスは学生や大学関係者だけが使用しているのではない。魔術都市アルテイアに住む多くの人々が、あるときは勤務先として、またあるときは休日に訪れる商業施設として、キャンパスは位置的な意味だけでなく機能的な意味でも都市の中心となっていた。
「通学時間帯は凄い人だな。アルテイア中の人が集まっているのかってくらいだ」
「ええ、正門から入るとどうしてもこの人ゴミを抜けなくちゃならないから毎朝嫌になるわ。学生は学生専用の道を作って欲しいものよ」
「人混みの『ごみ』を強調するのやめて」
「そんなことより、ナオト君も今日から講義に参加するのね。アリアさんから受けたっていう講義に比べたら進みも遅いだろうし、私達にとっては既習の範囲もよくあるけど、それでもナオト君にとっては知らないことが多いだろうから頑張ってね」
「ありがとう、ルネ。対抗戦期間中も隙間時間に勉強していたしきっと大丈夫なはず……って信じたいけど、どうなんだろう。楽しみでもあり、心配でもあるよ」
編入という立場でこの大学に入学した直登であったが、彼は自身の置かれた状況を好意的に受け入れていた。最初こそ貰い事故的に起きた状況に戸惑いを見せたが、アリアの授業や立て続けに起こる事件に関わったことで「魔術」への関心が大きくなっていた。
更に直登の心の中に常に引っかかり続けていることも要因の一つであった。
「(……どうせあと一月もない世界だ。何をやったって一緒だよな)」
世界は12月31日に滅びる。自身を「神のような存在」と称するあの少女の言ったことはどうやら本当らしい、と直登は思っていた。クールに向かう道中、襲ってきた日本人が言っていた「一ヶ月後」という言葉。そして男の絶大な魔力。
「(あの日本人も12月31日に何かが起こることを知っている。いや、それだけじゃない『最も優れた人間』だけが生き残れることも知っているのだろう。だからあの魔力、強さ……)」
最も優れた人間を最も強い人間であると解釈すれば、それ即ち最も強い魔術師であると言っても過言ではない。あの男はいつからかそれを知り、そのために研鑽を重ねてきた。直登が彼自身残り一ヶ月弱鍛えても敵う相手でないと思えるほどに。
「そう考えると、世界が滅亡することを知っていても意味も無いし、皆ににそう言って回ってもおかしな奴だと笑われるだけだよな……」
彼のそんな諦めが、彼を魔術大学へと誘っていた。最後の一ヶ月くらい友達と楽しく過ごそうと。
「何物騒なこと言ってるのよ、ナオト君。ほら、もう講義が始まるよ」
「うわっ!……そ、そうだよな。準備しなきゃ……」
考え事をしている内に、南エリアを抜け直登達はいつの間にか講堂に着いていた。
魔術大学は厳密に定義するならば、魔術総合大学である。一年次は魔術に関する教養科目が履修の軸となり、二年次以降「魔法工学部」「魔法生命学部」「魔導文学部」など様々な学部の内から一つ選択し、自身の専攻とする。そのため直登達一年生は幾つかのクラスに分かれてそれぞれ同じ講義を履修しているのだ。
「1限の魔術史の先生は怒ると怖いんだから、逆鱗に触れないように気をつけてね」
直登はルネの心配に生返事をしつつ、床に置いた鞄を弄る。いくつかそれらしい感触を得て確認するも、いずれも魔術史の教科書ではない。
「……ナオト、これ」
聞き馴染みのある声に視線を机上に戻すと、目の前に置かれた魔術史の教科書。そして視界の端で見切れる金色の髪。
「私はそれ見なくても分かるから、ナオトが使っていいよ」
「あ、ありがとうアリア。いつの間にそこに……」
「ね、寝起きでぼーっとしてたんだ」
なにを唐突に言っているのか、と直登は首を傾げる。知らぬ間に隣の席に座っていた少女の顔は依然として赤く、俯いていた。
「だ、だからさっきは変なこと言っちゃって……そ、その」
「あぁ、そのことか!全然気にしてないよ。恥ずかしいけど、ちょっとカッコつけていた気もするし……もう、本当にあんな場面では無言で登場しようと思うし、遅れてきた分際で『おまたせ』なんて言うのはどうかしてるよね……はは……」
「すごい気にしてる———!?」
気付けば教壇には白髪混じりの教師が、この教室にいるのは20人程、六大対抗戦で仲間であったノア・ロシニョールやアンヘル・ディ・ステファノの姿は見えない。直登は少し残念に思いながらも、この狭い教室で初日の講義を受けた。




