↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/48

47 アルテイアの日常(2)

 寒空は魔術都市にも及んでいた。妙に黄色い月と、凶兆を占う様に赤く光る星々。直登は未だに慣れないが、アルテイアの夜空はいつもこうである。


「大丈夫?ナオト。疲れてるように見えるけど……」


 アリアはそう言い、腰が曲がった老人のように歩く直登の顔を覗く。憔悴(しょうすい)、とは正に今の彼を表していて、惰性で両脚を動かせてはいるものの、顔はやつれ放心状態であった。

 そんな直登にアリアは三度、目の前で手を振って見せ声をかける。一度目、二度目では反応が無かった直登であったが、三度目に強い語気と共に鼻先に触れそうなほど近くで手を振るとようやく正気を取り戻した。


「まさか……」


「まさか?」


「———まさか、こんなに授業がつまらないなんて思いもよらなかった!!!」


 迫真の表情でそう告げる直登に、アリアびっくりして思わず仰け反った。

 思えば彼がアリアの講義で退屈と感じたことは一度も無かった。アリアの講義では新しいことを学ぶときはいつもその応用例や実際に使用されている様を示し、最初に興味を惹くように構成されてたが、今日受けた講義はどれも教科書の朗読を進めているようなもので、自身が何に向かって勉強をしているのかもはっきりとしなかった。


「大体何なのあの教授達、質問にも禄に答えないし授業後はそそくさと帰って、生徒に対して全く関心がないように見えるけど、教職者としての自覚は無いのかな」


 閑散としたキャンパス内の路地に次々と出る文句が響き渡る。赤髪の少女は用があると言って大学本部の方へと行ってしまったため直登とアリア以外の人影は見えない。


「流石に全員がそうってわけじゃないけど、前時代の魔術師だった人達はその傾向が顕著かも」


「前時代の魔術師?」


「今の60歳くらいから上の魔術師のこと。今日の先生達はみんなその年代の魔術師だったから。原因は色々あると思うけど、排他的で差別的な魔術師が他の世代に比べて多いって言われてる。だから基本的に自分の研究にしか興味が無くて、授業は仕事だからこなしてるだけの教授が多いんだよ」


「へえ……確かに、若手の賀茂先生はそんな感じしないしね。あの人はあの人で何考えてるかよく分かんないけど」


 確かに、とアリアは笑って見せた。暗い路地裏に現れた白雪の精のような笑顔に直登の心音が思わず高まる。少女の笑顔を見るのはいつぶりだろうか、彼は久しく見ていないような気がしていた。

 もしかしたら、初めて会ったあの日以来かもしれない、直登はそんな思いと共に記憶を遡(さかのぼ)ると、目的の記憶を見つける前に今朝の記憶に衝突した。


「アリア、突然で悪いけどやることを思い出したから図書館に行くよ」


 言葉通りに唐突に告げられた予定の変更。それにアリアは思わず呆けてしまう。


「気を付けて帰るんだよ。できるだけ明るい道を歩いて、真っ直ぐ家に帰りなよ」


 同年代の女の子というよりは、年の離れた妹にかけるような言葉であった。

 直登はそう言い残し、踵を返して今来た道へと振り返る。朝気になっていたことを調べなくては、幸いにも図書館自体は24時間開館しているが、大学の門は早くに閉まってしまう。好奇心が高まっている時に、今日を逃してまた明日というのは彼にとっては耐え難い苦しみとも言えた。


「———ナオトっ!」


 その背中へと向けられた少女の声。彼は振り返り、窓の内から漏れる光に照らされた少女を眺める。


「明日、頑張って……」


「う、うん!」


 間もなく、少女の方が走り去っていた。段々と遠くなる背中を見ながら、直登はまた一つ新たに生じた疑問について考える。


「明日って、何かあったかな……?」


 赤レンガの影に隠れ一人佇(たたず)む彼は、ついにその疑問を解決することなく図書館へと歩き出した。


———

 

 古びた木と紙の香りと、眠くなりそうな暖かい光。六大対抗戦の準備期間に通っていたせいか、直登にはそう珍しく映らない宙を彷徨う本棚。そこに並べられている情報を必要としている者を察して目の前に現れると言われているそれは今回も直登に必要な本を届けてくれた。


「(今朝のルネの話には不可解な点があった。それも一つじゃない。それらがこの本に書かれていると良いんだけど)」


 そう願いながら、直登は「魔術史観」と題された一冊の本を開く。

 まず一つ目は、三千年前に処刑された農夫について。人々が魔術を使い始めたのが千年前の門(・)が発見された時からならば、この話は一体何の意味があったのだろうか。


「『魔術の発生について、諸説あるが、農夫であったとされる原始の魔術師の遺灰が魔力因子となり世界中に伝播し、魔力因子に適性のあった者のみが門を認識することが可能であったため——』って、これがルネが話してくれたことに繋がるのか。当たり前だけどまだ研究段階なんだな。ルネ達森の令人のことについても『出自は不明である』としか書かれていないし」


 そう文句を垂れながら、パラパラとページをめくり二つ目の疑問の答えを探した。


「あった、『魔剣について———』」


 ルネは今朝、始めに発見された七つの門にそれぞれ魔剣が掛かっていたと説明した。しかしこれは以前ルネ自身が言っていた魔剣の数と異なる。この差についても直登は朝から引っかかっていたのだ。


「『現在13本あるとされる魔剣は門(・)の発見と同時期に発見され、その内7つは門の鍵として、6つは門と同時に発見された忘れられた魔法陣《エンシェント・サークル》に魔法陣の一部として——』へぇ、だから13本。でもこの本によると鍵となっていた魔剣は各大学が保管していて鍵じゃない6本の魔剣の内1本だけ紛失したままなのか。それにこの魔剣って———」


 次の言葉を発する前に、直登の口は柔らかい手の平によって塞がれる。


「ちなみに初めて見つかった門はイギリスにある門で、街の少女がかくれんぼをしているときに見つけたって話も有名よ」


 腰を掛けていた直登はそのまま手の平によって半ば押し倒された。普通なら不審に思うはずであるが、直登は抵抗もせずそれに従う。

 赤髪の下から覗く黄金色の双眸、眼鏡を掛けているが彼女は紛れもなくルネ・ルロワであった。さらに彼女は残った手の指で文字を書く。


「(魔剣の話を人前でするな)」


 ルネは直登がそれを目に入れたのを確認してから手を離した。


「ルネ、大学本部に行ったんじゃなかった?『魔力の適正と特性』なんて本を持っているけど」


「クールでの演習で少し気になることがあったことを思い出して寄っただけよ。ナオト君こそ本当に図書館で調べるなんて、えらく勉強熱心なのね」


 他愛もない会話であったが、ルネの瞳は真剣そのものの様に見える。そういえば、と直登はルネから魔剣について初めて聞いた時のことを思い出したが、確かにその時は周りに人が居なかった。


「今から帰るけど、ルネも帰る?」


 直登自身の知りたいことは調べ終えた。本当ならば結界術の本もついでに読んでおこうと思っていたところだが、それよりも気になることができてしまった。

 こくり、と頷く赤毛の少女は一冊の本を抱えたまま出口に向かう。直登も彼女を追うようにすぐ席を立った。複雑な建物だ、少し時間が経つと動く本棚のせいですぐにルネを見失ってしまうだろう。



 

「それで、魔剣の話をするなってどういうことかな」


 キャンパスの中にある小さな公園。音の無い二人だけの世界で、直登がそう切り出した。


「……別に全部の魔剣の話をするなって言っている訳じゃないんだよ」


「というと?」


「鍵として掛かっていた魔剣以外の6つの魔剣の話は避けた方がいいってこと……ナオト君は魔剣の持つ力って知ってる?」


「……いや、そう言われてみると具体的な事は何も知らないな。一昨日のルネの口ぶりからして何か凄い力を持っているんだろうけど」


 直登がそう言うと、ルネはきょろきょろと周りを確認してから口を開く。


「魔剣はその持ち主に絶大な魔力を与えるの……それも、魔力を与えられた本人がその気になれば一瞬で大陸一つを消してしまえる程の魔力を」


 大陸を一つ消してしまえるほどの魔力、そう聞いて直登が思い当たることは一つだけ。


「『メテオラ』って、もしかして……」


 一瞬、驚きでルネの目が見拓く。彼女はあ(・)っ(・)ち(・)の世界で育ってきた直登がこの話から直ぐにメテオラを連想するとは思っていなかった。魔法界ではメテオラが魔法的な災害であることは大いに噂された半ば確定した事実のようなものであったが、直登達が生きて来た世界ではそうではなかったはずである。


「……悪意のある魔術師が発見されていない一本の魔剣を使ったと、そう言われているわ」


「そうか、それならあの規模の魔法も…………ってことはまずいじゃないか。今この瞬間にもメテオラがまた起きるかもしれないってことだ」


 言葉の意に反して、直登の口ぶりは軽かった。そんな直登にルネは不満気な顔を見せる。


「はぁ、ほんっとにナオト君って…………」


 暗闇の中、溜息は冬の寒さで気霜(きじも)に変わる。その溜息の所以に見当もつかない直登を見ていると、少女はまた溜息をつきたくなるがそれを我慢して話を続ける。


「すぐにまたメテオラが起こる可能性が低いわ」


「どうして?魔剣はその『悪意のある魔術師』が持っているんでしょ」


「ここで一つ問題!魔術師が自分の限界値の何百倍もの魔力を扱ったらどうなると思う?」


 そう言ってルネはぴんと指を立てた。


「…………あっ、魔力切れか」


 思い浮かぶのは、つい先日のアリアの姿。直登が到着していた頃には魔力の使い過ぎでぐったりとしていて、結局翌日の朝まで目を覚ますことは無かった。あのときの彼女で自身の持つ魔力量の底をついた状態である。


「そう、魔力切れ。それも体を動かせなくなるなんて生易しいものじゃない。自身が持つ魔力を使い果たした魔剣は魔術師の魔力を奪い、それすらも使い果たしたら次は持ち主の体中の全ての物質を魔力に変換して魔力を行使する」日本列島を丸々覆うような魔術なんて魔術師の何百倍どころじゃなくて何千倍もの魔力量が必要よ。魔剣が持つ魔力量を以てしても賄いきれないと思うわ」


「そうか、だからメテオラを起こした魔術師は死んで、魔剣は…………あれ、魔剣はどうなったの?」


 三度、ルネは回りを確認する。ただでさえ人が寄りつかない公園で真冬の夜。勿論、誰も通ることは無いがそれでも彼女は直登にだけ聞こえる声で話し始めた。


「魔剣はまだ、見つかっていないの。少なくとも魔法界にとって益する勢力には。だからこそ水面下で今起こっているのは『魔剣の争奪戦』」


 今まで十世紀以上もほとんど伝説のように扱われてきた6本目のの魔剣。大多数の魔術師は存在しないものとして考えていた。それがメテオラによって現実に存在すると分かれば、様々な勢力による争奪戦になるのは必然であった。


「魔術大学はもちろん、各国の政府や闇の世界の重鎮、世界中の大物が理由は色々だけど血眼で探しているの。だから私達は無闇に魔剣の話をしない」


「聞かれたら、尋問という名の拷問に掛けられるだろうからね」


 ルネの話は直登を納得させるには十分であった。そして魔剣の話をすることが、死よりも恐ろしい未来へ誘うことも彼なら容易に理解できた。


「よく分かったよルネ。忠告してくれてありがとう」


 感謝と共に立ち上がる直登の袖がくいっと引っ張られる。

 どうした、と直登が振り返ると少女はベンチに座ったまま、儚げでどこか寂しそうな目を覗かせていた。


「本当に気をつけてよね。私はナオト君が居なくなったら悲しいから」


 目の前の青年の危うさを思い出してか、それだけ言ってルネも立ち上がった。

 彼女の声は寒空に散りすぐに消える。しかし直登はその言葉と、それを言ったルネの顔が、しばらく頭から離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。