37 越境(4)
「あれが本当に魔剣だったら、白刃を振ることなんてなく魔剣自身が持つ膨大な魔力だけで列車を真っ二つに出来たはず。でもあの瞬間、たしかに金属音がして抜き身の光も見えた……」
目前の男は確実に剣を抜いている。帯刀しているものが魔剣であれば必要のない動作をしている。それはつまり、あの剣は魔剣でないという証。そして魔力の開放でもない。あれ程の規模の魔力の開放であれば、腕の立つ者でも魔力の溜めに数秒は掛かる。であれば、考えられる可能性は一つであった。
「オイオイッッ!!やる気出したんじゃアねぇのかよッッッ!!!」
ルネが思考を巡らせている間にも、男は近づいてくる。殺しが目的というよりも戦い事態を楽しむ趣向があるのか、よろよろと膝をふらつかせながら立ち上がるルネに向かって攻撃をする様子は無かった。一方のルネもそれ分かっているのか時間をかけてゆっくり立ち上がる。
「身体強化魔法ね……」
ふらつく足を抑えながらルネは呟いた。口元で消えるような小さな声だったが、それが聞こえたのか男はにやりと笑う。
「でたらめなね。身体強化魔法で腕、と足もかな、の運動能力を飛躍的に上昇させて文字通り光速で抜刀し、その風圧で斬撃を飛ばすように見せる。ただそれだけ。ただそれだけなのにあのとんでもない威力のおかげで、その鉄屑を魔剣と勘違いしてしまったわ。あなたの魔力量は並より少し多いくらいだから、魔力の特性が身体強化魔法にだけ振り切って相性が良いのね」
「ひひっようやく気づきやがったかァッッ!!だが、それがどうしたァ!!!」
叫びとともに、男は柄に手を掛ける。
「賭けね……」
覚悟を決めると、ルネは勢いよく飛び出した。刀身が仕舞われるまでに全ての事を、今自分ができる、最大の速さで———
詠唱も、予備動作すら無く放たれたルネの魔法が着弾すると同時に刀身が振られる。刹那、届く凄まじい熱風。
「なんだァッッ!!今のが最後の抵抗かァぁぁッッ!!傷ひとつついてねえぞッッ!!!」
しかし堪える様子も無く、斬撃が襲い掛かる。
「ちぃっ」
この距離では回避は不可能。斬撃はルネが咄嗟に出した土壁を破り、一瞬にして到達する。甲高い悲鳴が聞こえて、そのすぐ後に華奢な身体の倒れる音。
服はぼろぼろに破け、その隙間から見える白い肌は深く抉られていて、流れる血で傷が見えない程である。それでも、少女の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「オイオイッッ!!!なに笑ってんだァッ!!ボロ雑巾がァッ!!!」
すでに納刀を終え、勝ち誇った顔でルネに近づく男は、はっとした顔で立ち止まる。
「……ん、オイオイオイッッッ!!!おかしいよなァッッ!!!壁越しとはいえ俺の斬撃をくらってその程度の傷な訳ねえよなァッッ!!!なんで粉微塵にならねえんだよッッッ!!!!」
声を荒げて飛ばされた問いに、答えは返ってこない。少女は空を見つめながら、苦しそうに、それでも満足気な表情を浮かべていた。
「オイオイオイッッ!!!どうなってんだこれはァァッ!!??」
五月蠅く叫ぶ男は自らの剣を手にしていた。しかしその刃はどういう訳か柄から10センチもしない所より先が無く、残った刃もその輝きを失っている。思わず残った刃に触れると、氷結と間違える程に冷たい。
「やれるだけのことは、やれたかな……」
口元で呟く声は豪風によって掻き消される。
「まあいいぜェ、何をしたか知らねえけどよォッッ!!!だからどうだってんだァッッ!!!剣が無くたってお前を殺すことはできるんだよォ、あの方の邪魔をするお前をなァッッッ!!!」
枕木を渡り、土壁を越え男はルネに近づく。刀を折ったとはいえ、彼の身体は傷一つ付いていない。男はただ道端に落とした小銭を拾う様に何の警戒も無くルネのもとに歩いていく。
「もう殺されるしかねえよなァッッ!!!」
「(———終わった、わね……魔術師なんか禄な死に方しなのは分かってたけど……)」
死に近づいている。それももう間近に。男の剣を折った所で身体が無傷では、身体強化魔法を使われて殴る蹴るの類で殺されてしまうだけだ。剣を折って初撃を無効化し、その隙を付いて攻勢に転じる。これが彼女の狙いであった。しかし男がその常軌を逸した力によって折れた剣ですらルネを戦闘不能にできた時点で彼女の敗北は決していた。
ルネの心は死への恐怖と、手は尽くしたという達成感の様な清々しいものが半分ずつに混在していた。
「……ブサイクね、思ったよりも」
既に男の足は倒れたルネの顔の横まで来ていた。せめて奴に何かのダメージを。必死の思いでついた悪態を男は鼻で笑い一蹴する。
「死ねやァァッッ!!!」
拳は高く振り上げられ、足元に倒れている赤毛の少女の頭蓋を潰すべく凄まじい速度で振り下ろされる。
「———折紙」
ルネが再び死を覚悟した瞬間、無数の結界が男を押しのけた。




