33 凱旋
控えめな日の光を受け、高さの違う二つの影が歩いていた。赤提灯を左右に、小さい影が大きい方に寄り添うようにして。言葉は交わさないが、それは雰囲気が悪いだとか話題が尽きたとかそういう類のものではない。
二人はただ、あまりもの驚きで声が出ないだけなのだ。
「……どうしたらいいの、これ」
そう問いかけるのは、着慣れた黒のパーカーのフードで顔を隠すアリアであった。彼女が顔を隠すのは日の光を避けるためではなく、ほかに理由がある。
「……分からない。けど、とにかく他言するのは避けようか……」
隣で歩く直登も買ったばかりの帽子を目深に被り、似合わない眼鏡を掛けている。対抗戦で目立った活躍もない彼はそこまでして顔を隠す必要は無いが、アリアからの達ての希望で、帽子や眼鏡も彼女の奢りだと言うので付き合っていた。
コツコツと小さく弾ける靴音が細い路地に響き渡る。人通りは少ないが、道が細い分すれ違うときには至近距離で顔を見られ、特に隣の彼女に向けられる視線は、前から一回、すれ違いざまで二回目、すれ違った後にもう一回と計三回は向けられる。
「あの人達もアリアが貰ったアレのことを知ってる訳じゃないと思うけど」
「アリア、って言うな」
そう言いながら直登の脇腹に軽く頭突きをすると、少女は更に深くフードを被る。
「(無理もないか。社会経験も無い16歳が一夜で超有名人になって10万ユーロも貰ったら……)」
試合後の今朝、直登は皆がこの大会にあんなに熱心になっていた理由が少し理解できた気がした。優勝者各三名にそれぞれ10万ユーロ(1ユーロ=約125円)とスポンサー賞諸々、準優勝チームにも一人3万ユーロとその他の賞品が与えられた。
小さな部屋での授与式だったが、その中にあるどれもが声が出そうになるほど煌びやかで、最後に白装束のアラブ人が何言ってるのか分からないまま長々と話しかけてきた時は直登も「ははっ、はははは」と乾いた笑いをするしかなかった。
「ま、それもあと少しだから」
直登そう言いながら少女の肩をポンポンとそっと叩く。最早このくらいで拒絶される仲ではなかったが、それでも彼女に触れるときはいつも気を遣ってしまう。
「……うん?」
フードを僅かにずらし目に光が入る。一瞬の点滅の後、少女の目に映るのは幅広になった道路と、古びた木橋、そしてその前に立つ担任教員の姿。
着こなした上下黒のスーツ、そのポケットに片方の手を突っ込み、メールでも打っているのかスマホに向かって忙しなく指を動かしている。それにしても相変わらず隙が無い。アリアは思わず目を細めてしまった。姿勢もそうだが、やはり魔力の質が違う。
通常魔力は体をコップに魔力を水に例える。魔力量、つまり水の量が増えると使える魔力は増えるが、それに対してコップが小さすぎると水は溢れ出てしまう。そうして体の外に漏れた魔力も使えないことは無いが、流れがある分扱いが困難である。
しかし、彼の魔力は止まって見えた。否、止まって”見えた”のではない。実際に止まって”いる”のだ。その恐るべき技量で水の表面張力を何万倍にも高め、コップが無い所にも仮想的なコップを作っているのだ。
直登達が二、三歩近づくと賀茂はわざとらしくぴくりと跳ねた。
「おうおう、これはこれは。金持ち少女と、イクジ・ナッシーじゃないですか」
「……なんで、知ってんですか」
「……そりゃあ、それなりに有名だし」
それを聞いた瞬間直登は固まる。言うか、普通。という言葉と同時に赤髪の少女の片目を閉じて舌を出す仕草が頭に浮かび、思わず手を当てる。不幸中の幸いは、隣のアリアがいまいちピンとこない顔をしていることだろう。
「まじか……」
それでもバラ色のキャンパスライフが瓦解していく音が止むことはなかった。
「え、なにが」
「と、三分の一が絶望したところで帰りますか、イタリアに」
「だから、なにが」
それは慈悲からか、賀茂はアリアの問には答えようとせず木橋を渡る。直登もそれにゾンビのように付いて行った。
少女は不服そうに屍に語り掛けるが、もちろん返事は無い。屍だから。
緑色の川の上、軋む木橋は水面に影を落としている。ヘドロと香辛料が混ざった香りは三人を追っていたが、開かれた扉の前ではたと止まり徐々に薄れていた。
暗闇の中、一人の男の声と共に光が舞い三人は姿を消す。それは12月2日のことであった。




