31 六大対抗戦(20)
純白は清潔さを表す色だ。医者や研究者の白衣も、マスクでもなんでも白が好まれる。そう彼は言っていた。いつの記憶だろうか、同時に思い出す船酔いの気持ち悪さと砲弾の音。
ああ、そうだ。スリランカに向かう途中でどこかの海上保安隊に追いかけられた時だ。
あの男は続けてこう言った。
「パンティーも白が良い……」
「……」
首から下を覆っていた布団をのけて上体を起こす。真っ白な部屋に右を走る白のカーテン、それにテレビとスツールが一つずつ。目に見えた情報はそれだけであった。そう、”目に見えた”情報は———
枕元、直登の真横から刺さる冷たい視線。アリアか、ノアか、それともアンヘルか、後ろ二人なら何も問題は無いが万が一彼女だったら。今後訪れるであろう面倒ごとを諸々想像しながら、恐る恐る首を回す。
「やばいね、君……」
「ルロワさん……!?」
予想外の人物の登場に直登は思わず狭いベットの上で後ずさる。
「こ、これは違くて!!別に女性用下着が白とか黒とかどうでもよくて、っていうかそもそもこれは俺の言葉じゃないし名前は言えないけどとあるインド人の言葉で、とにかく俺の思ってることじゃないから!……って、そんなことよりもなんでっ!?」
咄嗟に飛びだす言い訳の数々、しかし金眼の少女は二パ二パとした笑顔でそれを受け止めていた。戦中のそれとは似ても似つかないその表情で、真直ぐと直登の瞳を覗いていた。
「一応ナオトくんを怪我させちゃった本人だから。……それよりも調子はどう?体は動く?」
「へ?からだ……」
思い出したかのように直登は首を臍の方に曲げる。
出血は無い。青白い病衣の隙間に僅かに見える腹部にも、布団の上に飛び出した腕にも、その布団を蹴り上げ天井に向けた足にも、外傷は見合ったらなかった。
「医療魔術ってすげーのな」
加えて、『君ってそんなキャラだっけ』と言おうとしたが流石に自重する。
「そりゃあ、六大対抗戦の医師は世界でも最高峰の白魔術師だし」
白魔術、そういえばアリアも得意だったか。そんなことを思いながら直登は足でシーツをたぐり寄せ、裸足のままベッドから降りた。
「よっ、よっと」
弾むようにしてバク宙と前宙を一度ずつ繰り返し、よしっと頷く。少々の痛みはまだ残っているものの、動きにくい部分も特に見当たらないのを確認し、首をぐりぐりと回した。
「こらこら、ナオトくん。随分と活発なのは分かったけど、夜の病室で暴れるのはどうかと思うよ」
「……うん?いま夜って」
静まる純白の一室で、今度は素早く窓の方を見る。起きた時は隣を仕切るカーテンで見えなかったが、そこに映るのは半透明に反射する自分の姿とその奥に光る街灯の無数の街灯。
直登の頭上に上る二つの可能性。それを確かめるためにも———
「リモコンっ、リモコンは」
「ほいよ」
雑に投げられたテレビのリモコンをわたわたと手元に収め、急いでスイッチを入れる。
「……な、な、何で!?」
「なんで、ってそれは何に対して言ってるのかな。まだ試合がやっていること?それともうちのルアナちゃんが君のところのステファノくんに惜しくも負けちゃってること?」
そこには、荒々しくガッツポーズを挙げるアンヘルの姿が画面一杯に映し出されていた。どうやらそこまで長い間眠っていなかったらしい。
「アンヘル、勝ったんだ……」
ほっと安心し、そのままベッドに腰を掛ける。首の皮一枚繋がった状況なのだろう。正直、直登自身この大会に身が入ってないところもあるし、そもそも前半丸々いなかったから達成感というのも特にないが、できるなら自分が敗因になるのは避けたかった。
「ありがとうルロワさん、俺、向こうに行かなきゃ」
「———ちょっと」
再び立ち上がろうとする直登の裾は赤髪の少女により掴まれる。
「もう少し、ここに居よ?」
琥珀色の瞳が直登を釘付けにする。花のように柔い白肌に、薔薇の赤色をそのまま移したような髪、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる魅惑的な身体。生物としての美を一人に凝縮したのか、そう感じてしまう程に妖艶で、吸い込まれてしまいそうな魅力。
その前では直登でさえ抗うことはできなかった。
「(試合は……まぁ……)」
純白の病室の中、置かれた四つの病床は一つを除いて開いている。
直後、沈み込むベッドの音と擦れあう布の音が部屋に響いた。




