29 六大対抗戦(18)
ステージの上には砂漠が広がっていた。砂漠といっても大多数がまず想像するような、晴天の空の下に黄土色の砂が辺り一帯に敷き詰められている、所謂”砂砂漠”ではない。
起伏の富んだ地形の中には層状に重なる大地。足元から見える範囲で無数に転がる大小の岩石。その全てが寒空に浮かぶ月に照らされ、影を落とす。それは、岩石砂漠と呼ばれるものであった。
「ッて、おいおい……早々に御対面かよ」
しかも、ただ、真っ直ぐに———
褐色の大地は目の前で二つに割れていた。そして、もちろん視線の先には赤髪の乙女。視力の良い直登にはその腰ほどにまでゆるりと伸びる長髪も、その下から覗く琥珀色の瞳も、どこか異国風にさえ思える程白い生肌も、距離およそ200メートル、ステージの反対側に立つ彼女の姿が隈なく見えた。
「(っまずい!隠れ……)」
隙を見せた、攻撃が来る。思考はそこで止まり、彼女の視界から一刻でも早く消えようと身を翻しかけた一瞬、体が硬直する。
「いや、待てよ……」
再び動き始めた回路が、彼の愚行を遮っていた。
———
「ナオトの相手は、おそらくルネ・ルロワになるだろう。今大会は未だ負け無しの強敵だ」
手の平に本人の画像を映し出しながらノアはそう言った。つい最近できるようになった小技だそうだ。何万もの極小さな魔力の粒にそれぞれ属性を与えて着色させることにより写真の様に見せているらしいが、今の直登は理屈を聞いても右耳から左耳へ流れていくだけだった。
「ん……?その顔、どこかで見たことあるような……」
はっとして、脳裏に浮かぶのは一週間前の記憶。赤髪、金眼、童話の住人のようなその風貌は、一言話すのを見ただけだったが忘れるはずもなかった。
「ああ、そうか。班の顔合わせの時にナオトが見たのは、彼女の姉で僕等の担当教員、リナ・ルロワだ。彼女達『森の令人』は皆、赤髪に金眼だから見間違うのも無理はないさ」
「その、森の、レーニン?って何?ソビエト?だとしたら、尚更戦いたくはないね」
隣で聞いていたアンヘルが呆れた溜息をつくのはもう何回目のことだろうか。そして、それを見たノアがその端正な顔に苦笑いを浮かべるのも。
「森の令人は魔界と人界が繋がるよりも前から魔界に居た先住民の一つさ」
およそ1000年前、イングランドに住むとある少女が扉を見つけ、そこから魔界と人界の交流が始まったとされている。この歴史は、直登もアリアの授業で一番最初に教えられた程に魔術界では常識である。
「彼女らの得意とする魔術は伝統的に一つ。『召喚魔術』だ。森の令人はその高い魔界との親和性をもって、人類では到底隷属させることの出来ない高尚な魔獣を従えて戦う」
「魔獣ねぇ……」
「僕が得た情報では、ルネさんの従える魔獣はシープ、黒狼、黒鴉、グリフォンの四種類。……と、まぁ、なんというか極普通の魔獣使いだ。寧ろ魔獣の数だけなら並より劣っていると言えるだろう」
ノアがそう言うと、直登は怪訝そうに首を傾げた。
「でも、彼女今のところ全戦全勝なんでしょ?魔獣に命令する以外に何か強みでもあるの?」
「ああ、歴代でも屈指の魔術師が揃っていると名高い今年のルーデウス大学一年だが———」
「(そんな期待値高いのか、この学年……)」
「その中でも属性魔術において彼女に勝るものは、唯一人を除き在籍していないと断言できる」
唯一人、その口振りから察するにノア自身のことではないだろう。すると、その一人は誰だろうか。
再び訝しげな表情を浮かべる直登をよそにノアは話を続ける。
「ちなみに、この言葉の真意は『彼女の得意な属性において勝る者がいない』ということではない。火、水、風、地、の四大元素を始めとした『彼女の操る全ての属性魔術において彼女に勝る者がいない』ということだ」
「……取り敢えず勝ち目が薄いことは、分かった。だけど———」
「そこでだ———」
直登が再び口を開きかけたところで、それを遮るように金髪の青年は話を本題に移した。彼もまた理解していたからだ、目の前に座るナオト・キビという少年の根の強さに、そして、彼女を前にしたらすぐにその甘い価値観が文字通り根底から覆ることに。
「———君の勝ち筋を教えよう」
———
「信じるよ、ノア・ロシニョール」
直登はその車幅ほどしかない細い道を、ただ歩いていた。
「……なにを———」
誰が言ったのだろうか。ノアか、アンヘルか、それとも目の前に立つ赤髪の彼女か、それとも観客の一人か。とにかく、その場にいた全員が呆気にとられていた。
数秒後、会場は異様な雰囲気で静かにざわめき始める。絶句するのは直登以外の両チーム。
そんなことは気にも留めず直登は歩き続ける。さながら街に行き交う一市民のように、もしくは朝、今日一日の授業に憂鬱になりながらも友との一日ぶりの再会を楽しみに学校へ向かう一人の生徒のように。
「(懐かしいなぁ、この感じ。……アルジェリア以来かな)」
懐古に浸りながらも、直登は歩くことを止めない。できるだけここが戦いの場だと悟られないように。殺気を殺し、敵意を殺し。できるなら風に舞う砂粒と同化して。
「———っ黒狼!」
初めに気付いたのはルネだった。彼女が呼ぶと同時に足元から二匹の狼が飛び出し、直登の方に駆ける。
「あらら……流石に気付かれたか」
少しの落胆を見せる直登。それでも、その距離は残り四分の一の所まで迫っていた。
「ま、及第点!!」
その言葉と同時に、直登も彼女の方へ駆け出す。疾風の如き速さは、瞬く間に二匹の魔獣の目前まで迫り、その無詠唱の結界を以て二頭の頭上を越した。
「———ッ!?」
速い、二度目の詠唱は間に合わない。そう直感したルネは、思念のみで土壁と黒鴉を繰り出し行く手を阻む。しかしこれも叶わない。直登は未完成の土壁を蹴り、赤髪の少女の背後に回り込んだ。
「つーかまーえた」
パタリ、と二人はその場に倒れた。にへらと笑う直登の両腕は彼女の首元をがっちりと捕らえ、足は腹部を締め付けていた。




