28 六大対抗戦(17)
赤く染まる街はいつになく賑わいで溢れている。決して広くはない道の上に所狭しと並ぶ売店の前では、髪色も肌色も目の色でさえもそれぞれに異なる多様な人々が、その活気の一端を担うかの如く魔具や食べ物を買い漁っている。
幾度とぶつかりそうになる人の波を避けながら直登は歩いていた。降り注ぐ日の光が作る影のせいで表情はよく見えないが、その面持ちは穏やかなものではなく時折ため息も聞こえる。
「———おい、兄ちゃん」
足早に歩いていた直登は動きを止め、引っ張られた肩の先に顔を向ける。
「……え?」
知らない顔だ。中年の男が直登と同様に少し驚いて直登を見つめていた。
「おおっやっぱそうか!お前さんキビ・ナオトだろ。見てたぜぇ、さっきの試合。体格差もあって知名度も段違いだったからゲイヤーに賭けようかとも思ったが、浪漫を求めてお前に賭けてよかったぜ!ありがとな!」
男は直登の手をがっしりと掴んでから去っていった。
「何だったんだ……?」
嵐のように過ぎ去った出来事に、直登は人波のなかで数秒立ち尽くすことしかできなかった。
———
太陽は東の空に、その輝きを失いつつあった。
西から覗く漆黒に同化するかの様に、静寂だけが会場を包む。それは、余韻であった。重音の中、二度同じ校歌を歌うという異様さに会場の中の誰もが吞まれていた。
「これより第618回、魔術六大学対抗戦決勝戦を開始いたします。対戦表、発表———」
静寂はアナウンスの音によって破られ、次第に会場にあった熱気が戻ってくる。巨大な空間の中央には『ルーデウス大学A班対ルーデウス大学G班』という文字列が浮き上がり、その下には各々の対戦相手が一組ずつ派手な演出と共に示されていた。
「……ようやく来たね、この時が」
湧き上がるスタジアム、しかしその中心に設置された競技場の両脇は張り詰めた空気が流れていた。
「緊張しているのかい、ナオト」
ベンチに腰を掛ける直登の肩に手を置きながらノアは顔を覗かせる。
「……いや、何だろう。躊躇ってる……って言えばいいのかな。本当にこれで大丈夫なのかな、って怖気づいているというか」
「この期に及んでまだそんな甘いことを考えているのか、お前は。こんなこと、今に分かった話では無いだろう」
しかめっ面のままの長髪の青年は呆れた声でそう言う。淀みの無い綺麗なはずの瞳がこの瞬間だけ歪んで見えるのは、彼の掛けている眼鏡のせいだろうか。
「それでも……俺はしたくないよ、女の子を傷つけるなんて……」
「———何言ってるんだい?体に魔力が流れている人間は、致命傷でもなければ治癒魔法で治るんだよ」
「そういう問題じゃ———」
そこまで言いかけて、直登は口を閉じた。
試合前にチームの空気を汚すのも得策ではなのは分かっていたが、それよりも、これ以上彼らに話しても無駄だろうと思ったからだ。なにかに当てられた彼等には———
とにかく直登には二人の、いや、この会場にいる人全員の感情が理解できなかった。もしかすると嫌悪に近い感情を抱いていたかもしれない。
「俺、第一試合だから行ってくるよ」
「おい、待て」
足早に去ろうとした彼を呼び止めたのは意外にも長髪の青年であった。
「何か勘違いしているようだが……怪我をするのはお前の方だ。気を付けろよ」
直登は後ろ向きのまま手だけで返事をして深く息をついた。
相手はルーデウス大学G班、つまり直登達と同じ一年生の女子である。同学年の中でも選りすぐりの魔術師達が集められたその班には一人、直登の見知った顔があった。
第一試合 ナオト・キビ 対 ルネ・ルロワ
第二試合 アンヘル・ディ・ステファノ 対 ルアナ・マワリポウリア
第三試合 ノア・ロシニョール 対 アリア・ハワード
「両者ステージへ」
疑念と戸惑いが頭の中を雑音として這い回る。ああ、気分が悪い。何故彼らは女の子とこうして相対することに違和感を覚えないのだろうか。
おかしいじゃないか、いくら魔術師だろうと意味もなく女の子に手を挙げるのは。
「それでは、今からルーデウス大学A班対ルーデウス大学G班第一試合、ナオト・キビ対ルネ・ルロワの試合を始めます。鐘の用意を」
唸るような歓声が上がる。いよいよ試合が始まろうとしているのだ。
そんな中、気持ちが戦いに向かないのは自分が異常なのだろうか。
「やるしかないよな……」
悩み、葛藤の末に漏れたその言葉は『決意』というよりも諦めに近いものだった。そう、自分もここにいる人々の様に何かこの場に流れる風みたいなものに当てられた方が苦しくなくて、楽。
そんな『逃げ』だった。
———内臓を揺らすような、低く重い銅鑼の音が鳴る。




