27 六大対抗戦(16)
「お前は、一体何者なのだ」
ノアを見送ってすぐ、長髪の青年は前を向いたまま口を開いた。鳴り響く雑踏の中、微かに聞こえるその声は少々の震えを伴っていて———
「ありえないだろう───魔術強化も施してない一介の人間が、大会でも最上位の攻撃力を持つルーク・ゲイヤーの打撃を受けて平然と立っていられる。」
彼は再びありえないだろう、と繰り返す。
「何の訓練も受けていない人間がゲイヤーや──認めたくは無いが俺すらも凌駕するかもしれない体術の使い手だと言うことは。」
直登もまた、ステージを見上げたまま。何処か翳る面持ちであった。
「……いつだったかな───」
目前の戦場は既に連続的な魔力の爆発が起こっている。始まったのだろう。砂塵が舞い、ステージを取り囲む不可視の障壁に次々と張り付いて視界を悪くする。
───
その夜はようやく開けた。「日本の星降る夜」というニュースは世界中を駆け巡り、目にした人々を戦慄させていた。
東京、大阪、名古屋の三大都市を含む30の都市とその近隣地域、日本全体とも言っていいであろう領域の潰滅。地獄の様な状況の中、東京から唯一人生還した少年は未だ毛布に包まり体育館程の大きさの部屋の隅にぽつりと座っている。
避難民用の一時的な収容所の一つだとヘリの中の男は言っていた。しかし、その床の上に張られた幾つものブルーシートは手持ち無沙汰に広がったままで、私服よりも寧ろ軍服の方が多く目に入る。つまるところ、この広大な空間の中に避難民は片手で数えられる程にしかいなかった。
「やあやあ、不幸な善人さんたち」
そこに現れたのは一人の女だった。新たな避難者が来たのか、と思い顔を上げた一同であったが、その考えはすぐに自身の目によって否定される。
———瞳が違った。彼女の黒い瞳はそこに居る誰よりも潤い、活力で満ちていた。
———肌が違った。その肌は悲愴に暮れる自分達とは違い、張りのあるきめ細やかな肌であった。
———服が違った。彼女の着ているワイシャツは、傷一つない新品にも見えた。
そして、何より———
彼女は、笑顔だった。
「何しに来たんだてめえ!!」
振り絞るような怒鳴り声が響いた。荒んだ、それだけで背景が窺えるような叫びのような声であった。
彼女は構わずそこにある顔を見て回る。ショーケースに並ぶケーキを一つ一つ眺める子供のように、好奇の目を以てゆっくりと。しかし、それは一瞬だった。
彼女はついに少年の前に立ったかと思うと、直ぐに毛布の中から彼の腕を引っ張り出し外に連れ出すよう強引に起立させた。
「君、名前は?」
固い床に粗い靴音を立てながら彼女は問う。
「…………」
返答は無い。少年は残った手で毛布を大切そうに掴み、足は惰性で動かしているに過ぎなかった。しかし、だからといって彼女に抗うこともしない。
もう、どうでもいいのだ。全てを失った自分をどうしようと、もうこの先には興味も関心も無い。
「へえ、君はそうして流されるまま生きて来たんだ……それで、これからもそうやって生きていくんだ。」
その時少年の虚無の中に一つ、何かが生まれた音がした。
「君のお母さんはちゃんと君を育てなかったんだろうね。可哀そうに。」
今思えば随分と投げやりな言葉だった。それでも、少年の無で満たされた心に種火を落とすのには十分であった。
「……じゃない」
「なんだい、少年。はっきりいいなよ。」
「———母さんはお前に馬鹿にされるような人間じゃないッ!!!」
嵐の明けた晴天の下、顔を上げると心底嬉しそうな女の顔———よく見ると印象程に大人ではない、少女と言っても不自然ではない顔立ちだった。
彼女は掴んでいた手を離し、くるりと直登の方に振り返る。肩までもない短い黒髪はふわりと浮かびあがり、その後から凛と少年を覗く双眸。
「自己紹介どうも、少年。私は海野彩綾、所謂「死の商人」ってやつをやっている。」
それは、十年前の暑い夏の日であった。
———
そこまで話し終えたところで、会場に大きな破裂音が鳴った。空間魔法特有の「ねじれ音」だろう。三次元空間を術師固有の亜空間で大幅に削り取り、曲げるなどした時になる音だが、ここまでの大きく霞のない音を出す男はこの場に彼しかいない。
「勝者、ノア・ロシニョール!!」
アナウンスと同時に、会場は大きく沸く。一方、平坦と化したステージを挟んで向こう側、男たちは膝に手を突き、肩を震わしていた。
「ま、時間も掛かるし続きはまたどこかで……」
直登はそう言い、自分の時に彼がしてくれたようにノアに手を振った。それに気付いたのか、振り返ったノアはいつもの笑みで答える。
「ノアはまた余裕で勝ったみたいだね。」
「そんなことは無い。よく見てみろ……あの燃えかすの如き魔力を。満身創痍そのものではないか。」
魔力を見ろ。と今まで聞いたこともない指摘をされ直登は少し戸惑ったが、アンヘルがそういうので納得せざるを得なかった。それによく見るとブレザーを脱いだ彼も僅かに肩を震わし、白いシャツは冬だというのに肌に張り付く程濡れていた。
「(みんな、意外とつかれてるのか……)」
「何はともあれ、これで決勝進出だ———」
直登が横を向くと長髪の青年が片手を挙げ何かを待っていた。瞬間、彼の似合わない素振りに思わず吹き出しそうになった直登は笑うまでほんの僅かの所でそれを耐え、ハイタッチに応じた。
「……ッククッ…」
「ん?何がおかしい」
「……ッいやッ…何も…ッ…」
不可解そうに首を捻るその姿も、また直登には可笑しく感じた。
この後30分程、直登はこの時のことを思い出しては笑っていた。




