26 六大対抗戦(15)
ナオトには大きなアドバンテージがある。とは少し前のノアの言葉であった。
六大対抗戦という魔術界の大イベント、中でも彼ら1,2回生が出場する名も無き闘いはその目玉である。母校や親戚を応援する観客は勿論のこと、出場者にもその名誉と賞品のために大会への大きな熱量がある。
勝利の為に多少の手間は惜しまない。そう考える生徒が、特に最後の出場になる2回生の中には多い。その為、放課後は課題よりも魔術の鍛錬を優先し、対戦表が発表されると相手の研究もする。
「しかし、君にはデータが無い。魔術を本格的に学び始めて1ヶ月弱のナオトのことを誰が知り得ようか」
ノアは得意げな表情で続ける。
「しかも碌に鍛錬もしてない有象無象どもには君の実力を見せること無くここまで来ている。二次予選で一回ステージに上がりはしたものの、闘いになる前に終わったのが逆に良かった」
励ましには、毒が盛られていた。一体、自分の代わりは何をしていたのだろうか。
少しの頭痛を覚え額に手をつく直登を横に話の流れは次の対戦相手のことに移った。
───
「強化魔法で生み出された圧倒的なパワーとスピードで敵を捻じ伏せる超攻撃的な魔術師。過去13回魔術事件の現場に出向き、その全てで2次被害を出した問題児。…………成る程、確かに」
静止した世界で独り言つ青年。吹き飛ばされ、もうとうに地上に落ちてくる頃合いだったが、彼は物理法則に反したまま空を踏みしめ立っていた。
「ノアの言った通りだ。相性がいい」
見下す直登の顔は、自信と確信で満ちている。──魔力量の差は歴然、しかしそこまで悲観することでは無い。
───魔力量の差など一つの指標でしかないのだ。目下、見上げて立つ男には体格や魔力こそあれども品性も知性も、そして上回生としての貫禄も感じ取れない。
「頭が高いぞ一年ッ!!」
男はその熊のような体を一瞬沈めて飛び立った。人間の領域を遥かに超える跳躍は一瞬にして直登の高さまで達する。
「調子に乗ってんじゃねぇえ!!」
──頭蓋を狙い振り下ろした両拳には、柔らかい感触。その瞬間、しまったと言う言葉が脳を駆ける。それと同時に頭に血が昇っていたことにも気付いたが、もう遅い。
地鳴りのような激しい音が会場を包んだ。元より崩壊しかけていたビルは最早その原型を留めてはいなく、崩れた瓦礫と共に砂塵が舞っている。
「───クソがッ」
悪態は掠れた声で、上半分の無くなったビルの中からであった。
「(何が起こった?どうして俺はここまで飛ばされているんだ)」
思えば目の前の一回生の見下したような表情を見て感情が昂ったのが良くなかった。またいつもの悪い癖が出てしまっていた。
「(──奴は!?)」
思い出したように男は埃舞う中辺りをキョロキョロと見回す。──姿が見えない。攻撃を受けて約5秒。追撃は一向に来ない、相手の姿も見えない。不気味な空気だけが男の周りに漂う。
「おいおい、トドメを刺すなら今しかなかったぜ」
男は身を乗り出し、皮肉混じりの怒声をステージ全体に響かせる。
「──そうしたかったのは山々なんだけどさ」
ぽつり、と一声。その位置は変わること無く、ただ少し下方から聞こえた。───直登もまた瓦礫に埋もれたのだ。
こんな筈では無かったんだけどな。と己の髪を掻き毟りながら現れる姿は、とても弱々しく──
「さっきまでの威勢はどうしたんだぁあ!!」
猪突猛進、気付けば飛び出していた。弱った敵に先手を取れる。そう感じ取ってしまったからである。
流石の直登も目を大きく開き、嘲るような笑みを浮かばせる。
「病的な程に単調だな」
両雄が互いの間合いに相手を捉える───男の記憶は、そこで途絶えていた。
「……少し、しんどかったな」
失神させた相手を前に、青年はどうしたら良いのか分からず呆然と立ち尽くしていた。
想像以上に沸き立つ観客も、場内に響くアナウンスも、やはり新鮮であった。
振り向くと、2人が手を振っているのが見える。ノアは笑顔で、一方、アンヘルは少し俯いて目を合わせようとはしない。
「僕の言った通りだっただろう、ナオト。不意打ちであれなんであれ、初撃を耐えれば必ず君が勝つ。ああいう冷静を保てない相手には、君のタフさと冷静さは武器になるんだ」
ステージから降りてすぐ、歓迎と共にノアから放たれたその言葉に、確かに、と直登は感心する。今までの戦いを思い返すと、その節は顕著であった。
「それよりも良いのか、ノア。次はお前の番だろう」
アンヘルはいつの間にかいつもの腕を組む立ち姿に戻り、準備を催促する。
「ああ、大丈夫さ。……抜かりは無いよ」
一転、顔色は変わりノアは先程までとは異なる笑みを浮かべる。見る者に恐怖さえ抱かせる様なそれは直登の背筋に悪寒を走らせる。
どうして、と口に出しかけたところで、未だ歓声が沸き立つ場内に再びアナウンスが入る。
「エンリス大学A班対ルーデウス大学A班、第二試合、ノア・ロシニョール対ジェイビット・ミルナーの試合を始めます」
ステージ上に立った男の背中を直登は直視出来ずにいる。何かに駆り立てられている様なその背中を。
「(魔術師というものは、どうしてこうも───)」
───その先の言葉は、思い浮かばなかった。




