23 六大対抗戦(12)
目を覚ますと、ベッドの上に横になっていた。部屋の電気は消され、窓から漏れる橙色の光が頬を微かに照らす。
一瞬、自室かと思ったが、普段のそれよりも遥かに明るい窓の色と僅かに見える部屋の内装から、その考えを改める。
「……どこだ、ここ」
その日、三度目の位置感覚の消失。直登は上体を起こしながら、窓がちょうど顔の高さにあることに気づき、覗くようにして首を捻った。
ガラス越しに見える淡く滲んだ街灯。まだ活発な人通りを照らすそれは、提灯であった。さらに、四角がほぼ直上に反り上がった瓦屋根、至る所赤色が散りばめられた木造の建築物。
そこは、まるで中国のようだった。
新鮮でどこか懐かしい景色を前に、『時間』という言葉が直登の頭に浮かぶ。
「(ここが中国だとすれば、この部屋は魔術都市のホテルのどこか。日本と時差の小さいここが、夜なのはおかしい———)」
灯りも少なく視界が悪い部屋の中、直登は手探りで携帯を見つけ、画面を開く。
「なっ……」
『19時20分』そう大きく表示された下にあったのは、現地時間で転移した日の翌日の日付であった。
一瞬の自失の後、直登は携帯の下に感じる薄い感触に気付きそれを取り出す。携帯の裏に付いていた白い紙には暗くてよく見えないが、何行かに渡り文字が書かれていた。
「灯りは……ここか」
直登の指一つで部屋に落ちる影は跡形もなく消え、瞬く間に光に変わる。良くなった目で見る部屋は想像していたよりも狭く、シングルベッドと壁際の机、そしてその間に狭い通路があるのみであった。
しかし、直登にとって部屋の狭さなど大した問題ではない。確かな記憶と、ここにある現実の矛盾。体感としては一瞬だった意識の隙間に入り込んだ一日半という時間で何があったのか、彼は何故かその答えがそこにあると確信し、掌の白い紙に目を落とした。
『おはよう、少年。僕の都合で君を翌日の夜に飛ばしたが、安心しておくれ、その間は君を完璧に模した人形が君の代わりをしていたから、何も心配はいらない。』
そして、その確信は間違ってはいなかった。
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
少し落胆するような表情を見せた直登は、その手紙が白紙になっていることに気付いた。何かの魔術であろうか、などと思いつつ彼はその紙を丸めて屑籠に放った。
そして直ぐに、少女のあの言葉で脳が埋め尽くされる。
———
「ルーデウス大学A班の決勝進出を祝してぇ~~~っ乾杯!!」
喧騒に塗れる店内に一際明るい声が響いた。丸テーブルがいくつか並び、肉とニンニクの臭いが充満するそこは、いかにも中国料理店という内装で、直登たちの前に並べられた料理も酢豚や海老チリなど有名な中国料理ばかりであった。
「「かんぱーーい」」
直登が居ない間に、随分と事が進んでいた。昨日、行われた一次予選を全勝で終え、今日行われた二次予選を2位で通過し、ベスト8を決めて明日の決勝トーナメントを迎えていた。
「じゃ、今日は僕の奢りだから好きに食べな菜和」
久しぶりに目にする豪勢な食事に、直登は腹を鳴らす。丸テーブルの上に盛り盛りと重ねられた、豚、鳥、野菜、豆。色鮮やかな食材が直登の胸を躍らしていた。
「(なんもやってないけど、せっかくの奢りなんだ。食えるだけ食ってまうか!)」
直登は目の前に置かれた取り箸を持ち、まずは一際と香ばしい匂いを放つ青椒肉絲を取り皿にかき分ける。そして箸を持ち替え、てかてかと光る青椒肉絲を、白い宝石『白米』の上にどさりと乗せた。
「青椒肉絲丼……」
思わず恍惚と見入ってしまう程の満足感。じゅるじゅるとご飯に染みる肉汁は、直登の食欲を限界まで嗅ぎ立てる。
「いただきまーす!」
次の瞬間には、白米の上に乗せられたピーマンと豚肉は口の中に放り込まれていた。
———美味い。口に入れる前から確信していた言葉が、思わず口から漏れ出る。奥歯で嚙み締めた肉から旨味汁が溢れ出し、口の中を幸せで埋め尽くした。舌先で感じる、ぴりっとした感覚は熱々の白米だろうか……否———
「黒酢か!」
驚きの連発。ふんだんに取り入れられた、塩分から見つけ出す異なる酸味の正体が、青椒肉絲をより高い次元へと引き上げていた。
もう、手が止まらない。取り寄せた青椒肉絲を次々と白米の上に乗せ、口の中へ掻き込む。圧倒的な速さである。彼が食べ始めてから1分もしない内に、白米は全てなくなっていた。
底をついた茶碗に彼は少し残念そうな顔をしながら、しかし前を見据える。次の獲物を習う豹のような目である。
彼の目はテーブルをぐるりと一周しもう半周ほどしたところで止まった。
———獲物が、決まる。どす黒い赤を纏った柔らかな四角。鼻をツンと刺激する四川料理特有の山椒の香り。麻婆豆腐。
「……すんません!ご飯追加で!」
彼の食欲は、留まることを知らない……




