21 六大対抗戦(10)
彼女は穢れを知らぬ新雪のように白かった。
木々から零れ輝く朝日を背に受け、肩まですらりと伸びた純粋な白が透けている。澄み渡るように美しく儚げな肌と、純白の髪の下から覗く神秘的な青色の双眸。
彼女のその全てが、一度見たら目を放せなくなるほどに儚げで、美しかった。
「だ、どなたさまでしょうか」
全身を電流のように走る動揺をどうにか抑えようと直登は胸を掴んだ。しかし、そんな些細な動作とは無関係に鼓動は速くなり、全身が震える。
「僕かい?」
彼女は自分を指さしそう言った。その一挙一動に、直登は思わず目が釘付けになる。美しく着こなした巫女服とその下わずかに見える白い二の腕も、また心臓の収縮を大きく速くしていた。
「僕はこの世界の主、存在という存在、あるいは神だ」
澄んだ瞳で優しく微笑む彼女を前に、直登は思わず耳を疑った。『主』『神』という聞きなれた単語は、状況と場所により新鮮な言葉と化していた。
しかし、彼はすぐに気付く。自身の、その胸の中が未だに激しく収縮を繰り返していることに。そして、その恋にも似た症状が、圧倒的な恐怖によるものだと。
「へ、へぇ……なるほど」
彼は怖気づき、女が口にした虚言にしか思えないそれを肯定するように頷いた。
彼女の背後に広がる巨大な空虚、それは、宇宙に思い馳せるときのような圧倒的な無力感と、大海原を前にしたときのような漠然とした恐怖を、その二つとは比べ物にならない程増幅させて内包していた。
「ははっ、まぁそう怖がらないでおくれよ」
彼女は、直登の額に滲む汗を見てそう言った。
———
竹のように伸びる幾つもの木々は、『樹海』と呼ぶには整えられていて、枝葉の隙間から零れ指す朝日が神秘的な輝きとともに澄んだ空気を照らしていた。
どこかの神社であろう、直登が久しく目にしていない日本様式の瓦の作りや、阿吽の呼吸をしたところで時間が止まっている狛犬。そして、鳥居。なによりも『神』の居場所として、これ程までに適している場所は無い。
「まず、何から聞きたい?」
前を歩く少女が直登にそう聞く。散歩でも、という誘いを受けた直登は彼女とともに本殿から続く石畳の階段を下りていた。
「……なぜ、ここにいるのか」
直登がそういうと、少女は振り返り彼を見つめる。直登は不意に視界に入る彼女の顔に思わず胸がときめいた。恐怖と恋の中庸のような感情が未だに彼の中に蠢いていたのだ。
「いいのかな?僕が『神』だということは」
「気にならないことは無いですけど……」
曖昧な彼の言葉に、少女は、ははっと肩を少し震わせた。その白い笑顔はしんしんと降り積もる雪のように穢れ無く見え、直登は思わず目を逸らす。
「まぁいいさ、君をここに連れてきた理由だったね。……それはずばり、『君』とこうして話をするためさ」
「俺と、話を?」
「正確には、今一番『可能性が高い人間』と、だけど、今はそんなことはどうでもいいかな」
再び背を向けて歩き出した彼女の後ろで、話が見えないままの直登は、はぁ、と気の入らない相槌を打つ。
あの笑顔からだろうか、彼女に対する恐怖心は直登の中からすっかりと消えていた。
「ところで、最近の調子はどうだい吉備直登くん。アリア・ハワードとは仲良くしているようだけど」
「……どうして、俺の名前を知って———」
「そりゃ、君達の言うところの『神』だからね。知ろうと思えば、賀茂劉基やノア・ロシニョール、それに行方知らずの君の父親のことだって、ね」
———父親、遠い昔にもう関わることは無いと確信し、その存在ごと頭の奥深くに埋まっていた言葉が、少女によって強引に引きずり出された。しかし、間髪を入れずに、彼女は直登を弄ぶような表情で再度振り返り、それで、と促す。
「……調子は、いいですよ。アリアも先生も、ノアやアンヘルだって良くしてくれるし。それより———」
直登が自身の『父』について初めて興味を持ち、それをぶつけようとした、その瞬間だった。
少女の柔肌が直登の口に触れる。冷たく、溶けてしまうのではないかと感じるその右手は直登の唇を優しく包み、彼女は直登と息が触れ合う距離まで顔を寄せていた。
「まだ、君には話せない……人の範疇にある君には、まだ」
ささやく彼女の声が頬にかかり、耳を震わす。紅潮は耳だけでなく顔全体に上り、目が、脳が、揺れるような錯覚を起こしていた。これが今際の際であっても構わない程の幸福感、張り裂けそうな心臓が五月蠅く鼓動を繰り返す。
「……ま、まだ」
直登は少女の手の内で言葉にならないような声を上げる。
「そろそろ、本題に移ろう」
彼女は直登の口から手を離し、わざとらしく指を弾いた。




