20 六大対抗戦(9)
薄暗い石造りの空間は背筋を震わすような不気味な冷気を内包し、石畳の隙間一つ一つから魔力が溢れ出している。扉から漏れ出る微かな光も、部屋の中心部に進むにつれて灯りとして頼れるものではなくなっていた。
深い闇の中足音だけで認識する互いの存在は今にも途切れてしまいそうな程に脆く、学生達が名を呼び合う声も聞こえる。
10分、最初の一人が扉を開けてからそれだけの時間が経過したとき、終わりは唐突に訪れた。
「———っ!?」
放たれた光は天井に四十もの影を堕とす。ふと下を覗くと、石畳の床を埋めるほどに敷き詰められた細かく精巧な術式。それが、目も眩ますような光を発していた。
「(これが、魔法陣ッ———)」
ルーデウス大学学部一回生、その全員を飲み込むほど巨大なそれは更に輝きを増していく。
「……転移、『菜和』」
六大対抗戦前日の夜、学生達はアジア魔術協会本部『菜和大学』へと向かった。
一瞬の浮遊感の直後、訪れる確かな足元の感覚は転移の終わりを示していた。直登は転移魔術のせいか、脳が揺らされるような吐き気を感じ、思わず膝をつき目を開ける。
———違和感、両膝から下を覆う柔らかな感覚。吐き気で涙が零れそうな目に映る緑。大学の地下室とは思えないそれらが脳に情報として送り込まれるが、吐き気で処理が追い付かない。
「しんどい……」
喉元に溜まる酸っぱい物を抑え、吐き出した言葉はどこかに吸い込まれるように消えていく。
体は重く、首を上げることすら億劫だが、他の学生も見ている手前で無造作に倒れるようなことはできないだろう、と彼の中に僅かに残る日本人としての本能のような物が彼に訴えかける。しかし、直登はその自問から、もう一つ違和感を覚える。
「(人の気配がしない……)」
彼が感じた静寂は、猛烈な吐き気による耳の異常ではなかった。同時に転移したはずの学生達は視界の端にも入らず、彼の触覚は微かな揺れさえ感じ取れない。
「……なら、もう」
安心した直登の意識は段々と薄れていく。頬に感じる冷たい感触は土だろうか、だとすると自分は今倒れているのだろうか。他の皆はどこにいるのだろうか、そもそも今自分はどこにいるのだろうか。様々な疑問が泡のように生まれては消える。
朦朧とした意識の中、耳に伝わる揺れと音。繰り返されるそれは、数を増すごとに大きくなっていく。
「なるほど、君が来たか」
しかし、直登にはもうそれを気にする程の気力が残っていない。あとは、落ちていくのみ
「おいおい、僕を前にまさか眠る気じゃないだろう?」
もう、何も聞こえない。
———意識は、そこで途絶えた。
———
見知らぬ天井がそこには広がっていた。木張りのそれは、直登にとってどこか懐かしさのあるものだった。
直登は上体を起こし、自分が布団の上に寝ていたことに気づく。しかし、それと同時に直登の目に飛び込む多くの情報は彼を驚かせる。
「和室か、これ!」
薄緑色の畳と壁、木枠に囲まれた障子や天袋、壺の置かれた床の間。そのどれもが、彼が日本にいたころに目にしたようなものだった。
しかし、それも束の間、一つの不安が頭を過る。
「どこだ、ここ……」
「君の故郷、日本さ」
透き通るような声と共に、障子が開いた。




