19 六大対抗戦(8)
———もう、全て終わってもいい。
救護ヘリに乗るただ一人救出者である少年は、幾度もそう念じていた。それは、声に漏れていたかもしれない。乾き切った彼の目の奥に映る凄惨な光景。一瞬にして消えた母と妹を思い出す度に、少年は空虚を感じた。
闇よりも暗い空を飛ぶヘリは、陸に空いたクレーターの数々を超え、単に「目的地」を目指す。車内は少年の周りだけ時が止まったように静かであった。
「……ぅおい、子供ぉ、んもぉすぐつく」
静寂は一人の軍人によって破られる。彼の発した訛りのある日本語に少年の肩はぴくりと動いたが、それきりであった。
「……まぁ、しょうがないか」
中国本土の南方およそ400キロに位置する中華民国、通称「台湾」と呼ばれる国で話されているその言葉は、少年の耳には届かずに夜の闇に消えていった。
———
『図書館』ただそうとだけ表記された建物は、それにしてはあまりにも大きく、五階建ての内装には壁際はもちろん、至るところに書物が敷き詰められていた。
「何冊あるんだ……」
思わず零したその言葉は吹きぬけのロビーに反響し幾重にも重なり、それと同時にいくつかの視線を向けられる。彼は咄嗟に口を手で覆い、その場から逃げるように歩き出した。
「(取り敢えず館内図が無いと話にならんよなぁ……)」
蔵書数およそ三千万冊、世界最大級の規模の図書館の中で目的の書物を手探りで見つけることは不可能に等しい。
「———っ!?」
直登は何かにぶつかる感触がして顔を上げた。
「(……本棚!?)」
焦げ茶色のそれはぶつかった衝撃で滑るように動き出し、鈍い音を立てながら直ぐ隣の本棚にあたって反射した。
本棚は僅かに浮いていたのだ。
「これって……」
そこに隙間なく敷き詰められた書物。単に本だけでなく、巻物やただ一枚の紙だけのものも丁寧に詰めれていた。そして、直登にとっては懐かしい、忘れかけていた文字の数々が意味していた。
「(この本棚が……)」
清涼に吹く風と、優しく輝く太陽の光。「心地よい」という言葉を具現化したような天気の下、耳が張り裂けるような爆音が響いた。
「そろそろ限界かな」
流れるような金髪の青年は、相も変わらず涼しげな顔をしている。それとは対照に、髪は乱れ、額に汗をだらだらと流し、両手を膝についた東洋人は、彼が言った通り「限界」そのものという状態に見えた。
「はぁ、はぁ……ノアの、出す魔法を……俺が、防ぐ……はっ……この繰り返しで、ほんとに、魔力量が増えんの……?」
喉から振り絞るようにして出した直登の懇願に近い問いに、ノアは小さく頷いた。
「寧ろこうやって徐々に魔力を消耗させるのが魔力量を増やす一番効率のいい方法なんだ。幸い対抗戦の準備期間は講義も無いから、結界術の習得は午前中に時間を使えるしね」
「まじかぁ……」
六大対抗戦まであと3日、この苦痛から逃げる術は無い。彼の答えからそれを悟った直登は大きく息を吐いた。
「……まぁ、強くなるしかないもんな」
彼は心にかかる靄を切り払うように発した言葉で自身を奮い立たせ、整ってきた息をさらに精錬するために深呼吸をする。
「……よし」
整った。呼吸は上々、姿勢も正した、重心を落とし衝撃に備える。
「もう一本っ!」
予想外の粘りにノアは少し驚きながらも、ふと笑みを零す。嘲笑というよりも、なにか他の感情を持ったそれはノア自身にもどうして出たのか分からなかった。
「いいな、君は」
その感情に敢えて名前を付けるとしたら———
「(———『憧れ』か)」
周囲を白く包み込む眩しい光と共に、轟音が鳴り響いた。




