14 六大対抗戦(3)
響き渡る鐘の音は一方が負けを認めるまで続く、まるで我慢勝負のような闘いの始まりを告げた。
それと同時に、直登は足音を沈めながら右手の方向に歩き始めた。胸ほどの高さに伸びる木の根も樹皮一枚触らずに軽々と飛び越え、ある一点を目指す。
「(アンヘルに見つかる前に、俺が奴を見つける!!)」
先手必勝、彼は逸る気持ちを抑えて慎重に木々の間を縫っていき、その一点にたどり着く。開始から僅か数秒。予想通りの時間に訪れたそれは、しかし直登が予想していない光景であった。
「動いて、ない……!?」
目を細めた先、枝葉の僅かな隙間から見えた青年は、領域の隅、初期位置に腕を組んだまま仁王立ちしていた。
思わず零した声は木々によって阻まれたが、その感情の変化、存在感の変化は50メートル先の彼に届き、青年は直登が潜む方向に視線をずらした。
「(気づかれた———)」
———が、しかし。咄嗟に隠れた直登の元には、寸分の魔力もアンヘル自身も近づいては来なかった。
「ふっ」
失笑は直登の方に生まれた。またか、またこのパターンなのか。そう思った彼は、口に含んだそれを噴出さずにはいられなかった。
「(間違いない。アンヘルは俺を嘗めている。しかも、教室じゃ分からなかったが、今ならなんとなく感じ取れる。アンヘルの魔力はベネチアで闘った少女と同程度だろう)」
確信は油断には変わらない。いずれにしろ直登が格下であることは自身が一番理解していたからだ。だからこその、先手必勝。相手の想像以上の火力を以って、一撃で制す。直登は数歩ほど位置を変えた。
「簡易結界『障子』」
掌に生成される、一枚の白い結界。
「『折り紙』」
直登が唱えると同時に結界は幾重にも折り畳まれ、より白く、斑が無くなっていく。その先端は針のように細く、岩をも貫くほど強固になっていた。
「(いけぇっ!!)」
狙いは右脹脛、唸るような腕の降る音と共に投げ出されるそれは、目で追えない程に速く標的の青年に迫る。
刹那、ボスッという音はいつの間にか伸びていた木の根から発せられた。その直後、地面に落ちる黒い物体。攻撃は防がれた――ように見えた。
「なっ!?」
青年の組んでいた腕は解け、右肩から流れる血は脇下を滴り落ちていた。一瞬の戸惑いを、直登は見逃さない。好機、そう判断した彼は叢から飛び出し間合いを詰め、今度は左肩を潰しにかかる。
「とったぁ!!!」
振り上げた右手に、より強い確信を抱きそれを目の前の青年に向けた。
その一瞬、生まれる僅かな油断。その綻びを自覚する前に、直登の右腕は自由を失っていた。
「———まさか……『木』!?」
負け惜しみのように出た言葉に青年は鼻で笑って返す。右腕を木に捕まれ吊るされた直登は、それを睨むことしかできなかった。
「これは『降神術』ではない」
「……え?」
困惑を隠せない直登を見上げ、アンヘルは少しの自慢を含んで言った。
「———白魔術だ」
———白魔術は回復の魔法、部分的もしくは全体的に人やその他の生命を回復させる。それはアリアの授業で聞いた言葉であった。回復の魔法と思っていたからこそ、直登はアンヘルの持ち札に精霊魔法しか考えていなかった。
「僕は白魔術を使って木の根を回復、もとい成長させた。素人の君は知らないだろうが、白魔術は回復の魔法などでは断じてない。生命の、そのすべてを操る汎用性の高い魔法、それが白魔術だ。……油断したな三流魔術師、いや、三流結界術師」
「君のような魔術師を昨日も見たよ、アンヘル。……素人、三流、みたいな安っぽい表現を使って、相手を侮る」
なにが言いたい、とアンヘルは眉間にしわを寄せて言った。木に吊るされた目の前の男の放つ不気味な存在感に、彼はまだ気づいていなかった。
「そして、そいつは最後まで油断し続け……負けた」
直後、アンヘルは自身を覆うそれに気付き咄嗟に身構える。
「『鹿威し』っ!!!」




