11 魔女との再会
少女は幼い頃より「魔女」と呼ばれ、周りから忌み嫌われていた。それはある種の差別に等しかった。授業中手元に飛んでくる紙屑や塵は数えたらキリがない、謂れもなく酷くいじめられたこともしょっちゅうである。
そうしているうちに、少女は次第に感情を表に出さなくなった。何をしても馬鹿にされ嗤われるのであれば、何もしなくてもいい、何もしたくない。少女の心は内に閉じてしまった。
それは周りの環境が変わっても同じであった。彼女は二年飛び級し、古郷から離れたルーデウス大学に入学することとなったが、どこからか彼女が「魔女」と呼ばれていることと、その理由が入学前には既に伝わっていて、周りから孤立し担当教員も決まらないまま2ヶ月が経っていた。
「ここ三日、イタリア・ボローニャにおいて連続通り魔事件がおきている。被害者はもう50人近くになっているそうだ。おそらく、『人形使い』によるものだろう。したがって、今回の任務達成条件は人形を仕留めることである」
学長の臓腑に響くような重く低い声で命じられたのは、最近魔術界を騒がしている「人形使い」と呼ばれる人物に関する事件。通常なら学生に任せられるような事案ではなかったが、魔術師としての彼女はその戦闘能力において学長から一目置かれていた。
幾度目かの任務。それまで通りにこなし、報告をして、報酬を貰う。彼女にとって、任務などそれ以下でもそれ以上でもない。しかし、今回の件に関しては一つ懸念があった。
「(殺したくないな……)」
魂を器である身体から奪い、魔術で生成した人工の魂を身体に注ぎ直す。数々の死体解剖から人形使いの手口として分かったことだ。したがって、一連の事件を受け魔術界はこれを禁忌とし、更に器に正しい魂が注がれている状態を「人間」と再定義した。
「(それでも、生きているなら人間だと思うんだけど)」
凍えるような上空で、夕焼けが消えていくのを見ていた。そろそろ空も飛べなくなる季節に入る。少女は、はぁ、と白い溜息をついた。
その瞬間、魔術の衝突を感じ直後に耳を劈くような高い音を聞いた。
「(二人いる……?)」
彼女は一瞬の内に地上のすぐそこまで降りた。それは、すぐ下で起こっていた。
男が二人、淡い光に照らされて見合っている。溢れ出すどす黒い邪悪な魔力から大きい方が「人形」である、と彼女は確信し魔力を左手に込める。
刹那、戦闘態勢に入った「人形」から練り出される膨大な量の魔力。
「あぶないっ!!」
不意に察知した予想外の魔力に、声を発した時には攻撃を終えていた。
———
救った命は不思議な男であった。魔術師なのにその自覚が無い。魔術学校に通ったことがない。普通では考えられない境遇もだが、何よりも自身を特別視しない同年代の魔術師は彼女にとって新鮮であった。
「直登、吉備……」
明日の授業の準備を終え、部屋の隅に置かれたベッドに体を沈める。真っ白な天井に映る彼の黒い瞳は、いつも優しさであふれていた。初めて自分と対等に接してくれた彼は、俗に言う「友達」と呼べるものなのだろうか。
この一週間いつもなら考えないようなことを、ふとした時に思いついてしまう。彼女は未だ困惑していたのだ。
しかし、彼女には一つだけ確信したことがあった。
「直登とは上手くやっていけそう……」
疲れ果てた彼女はそのまま瞼を閉じ意識が途切れる。その口元は、少し緩んでいた。
———
「殺したの?」
目の前の男からその言葉を聞いた瞬間、彼女の頭は真っ白になった。
滅茶苦茶にした広場も、直前まで感じていた焦りも、もうどうでも良かった。彼は自分を何だと思っているのだろうか。対等な関係だと思っていなかったのだろうか。その疑問と共に、怒りと虚しさが混ざり合って彼女の頭の中を回っていた。
気付いたときには数年ぶり涙を流し、廊下にへたり込んでいた。情けなくアンナに胸を借り、頭を撫でられていた。
「彼と話をしてみてはいかがでしょう」
アリアが一通り話をすると、アンナはそう言った。嫌なことがあったら、何が嫌だったか伝えろとのことだった。
「でも、悪いのは直登だしなぁ……」
外から漏れる僅かな明かりの中、ベッドの上で彼女は考えていた。彼に悪気は無いのは知っている。でも、だからこそ、自分から何が違うと詰め寄るのは嫌な気がした。
「もう、『友達』じゃないのかな……」
思わず口にした言葉に、はっと驚き口を塞いだ。それと同時に、顔が真っ赤になり胸が締め付けられるように感じた。
もう、考えるのは止めよう。微かに残る胸の痛みと共に、彼女は目を閉じた。
———
その朝は憂鬱な気分がした。学校に向かう足取りは重く、普段は決してしない擦れるような足音が響く。
しかし、その気持ちとは裏腹に彼女は無表情を崩さないで大学の正門まで来ていた。
「……えっ」
白く、巨大な門の脇に一人の男が立っていた。彼は流れる人を気にもせず、ただぼんやりと青い空を眺めている。
まだ心の準備が整っていない彼女は、隠れるように人の波に入った。
「……あっ、いた」
微かに声が聞こえ、彼女が思わす直登の方を見ると彼が小走りで駆け寄ってきていた。その黒い瞳は、真っ直ぐアリアだけを見ていた。彼女は彼が近づいてくるに連れて自身の鼓動が早くなるのに気づく。
「ごめんっ!!!」
アリアの目の前で立ち止まった彼は、深く頭を下げた。それと同時に、突然発せられた大声にアリアを含めた人の波は一瞬止まり、彼の方を見る。
「俺、アリアに酷いことを言った。友達として、言ってはいけないことを言った」
「……だっ」
「アリアを傷つけてしまった———」
「だから、なに」
直登の用意していたかのような言葉に、思わず声が出た。
「だから、どうしたいの」
「だから、いや、だけど、これからも俺と友達でいて欲しい………です、お願いします」
アリアは顔を上げようとした直登の頭を手で押さえた。もう片方の手は、無意識に口元を覆っている。彼女の鉄仮面に綻びが見え始める。
「こっち、来て」
頭を押さえていた手で直登の手を握り、急いで人目のつかないところに走った。
冬ももう間近の、ある朝のことである。街には冷たい風が吹き、木々は実りを終え木の葉を散らす。重ねあった掌だけが、じわりと暖かかった。




