10 ベネチア事変(4)
レンガ造りの住宅に囲まれた細い路地が眩い閃光に包まれ、そのすぐ後に轟音が鳴り響く。繰り返し、何度も。その間隔は広場に近づくにつれて短くなる。
「アリアっ!!!」
光と音が重なった瞬間、直登は白い石畳の先にいる彼女の名を叫んだ。
「……え?」
彼は目の前の光景を吞み込めなかった。
ひび割れ、所々剥がされた石畳。木端微塵になった柱の残骸。クレーターのような穴がいくつも開いた寺院。途中で真っ二つに折られた鐘楼。それは世界一と謳われた美しさを欠片も残してはいなかった。
そして、鐘楼の上で箒にまたがりこちらを見る少女。月明かりに照らされたその顔は赤く染まっていた。
「……ねえ、これどうしよう」
物凄まじい速度で直登に近づいた彼女は、いつも通りの無表情ではあったが少し声色が高くなっていた。
「それよりも爆弾魔は?相当強いって聞いたんだけど……」
彼女一人しか見当たらないことに気づいた直登がそう聞くと、彼女は彼の頭上を指さした。彼が後ろを振り向くと、時計台がそこにあった。蒼く塗られたその時計は所々に傷があり、真ん中に行くと大きな穴が開いている。
「突き抜けてなかったら、あそこに埋まってる」
「殺したの?ま———」
「また」と言いかけて慌てて口をつぐむ。それを聞いて僅かに蟀谷にしわを寄せた少女は大きく首を横に振る。その顔は、何か言いたげなように見えた。
そうこうしているうちに、もう一つ、コツコツと足音が二人に加わる。時計台の影から現われた男は呆気に取られたような表情をしていた。
「こりゃまた、派手にやってくれたなぁ……」
広場中の悲惨な景色に当てられた男は、掌を額に付け大きく溜息を吐いた。しばらくして、彼は汚れ一つないそのスーツの中から携帯を取り出しどこかに電話をかけた。
———
窓の中を走る街灯を眺め、はぁ、と一息つく。白く曇ったガラスが外の景色を遮るので、直登はそれを指でなぞって消す。何時間ぶりの何気ない日常は彼にはやけに久しぶりに思えた。それは自身の隣で座席に深く腰を掛けて、ぼんやりと外に視線を向けている少女も同様であろうと感じていた。それゆえ、静寂が続くこの車内も気まずさは無かった。
「流石に、今日は疲れたっしょ」
静まり切った中、不意に賀茂が話し始めた。二人は特に驚くことも無く賀茂の方を見る。
「10時間以上授業した後だったんで、相当しんどかったですね。ま、俺以上にアリアの方が大変だろうけど」
そう言って直登がアリアの方を見ると、彼女は目を合わそうとせずにまた外を向いた。少しの間、静寂が戻ってくる。彼は行き場の無くなった言葉を誤魔化す様に軽く笑った。
「(アリアも疲れてるんだろうな……)」
彼はそう自分に言い聞かせて、何事もなかったかのように窓を見た。
———
「ただいま、アンナ」
いつも通りの派手な出迎えに、アリアは芯の無いよれた声で答えた。連日の授業の準備に加えて、戦闘による膨大な魔力消費。流石のアリアにも疲れが溜まっていた。
「……シャワー、浴びてくる」
彼女は焦げ茶色の木でできた廊下の上、途切れ途切れの足音を鳴らしバスルームに向かう。顔は俯き、目尻に皺を寄せたその表情は外で決して見せないものであった。
「大丈夫ですか?」
後ろから聞こえるその声に、こくりと頷いて返事をする。彼女は熱くなった目頭を指で摘み、ふう、と大きく息を吐いた。
直後、肩に何か乗った気がして彼女は振り向いた。
「無理しないで話してみなさい、アリア」
少女の荷物を受け取ったままのアンナの青い瞳は小刻みに震えていた。途端、少女は何かが切れていたようにその場にへたり込む。頬を伝う大粒の涙は少女にとって初めての感覚であったが、そんなことは些細に思えた。
今はただ、泣いていたかった。




