一世一代の決意と
次の日エメラインが目を覚ますと紀一郎が唯一外を眺める事が出来る格子窓の前で外に向かって何かをしていた。
「きぃ、何してるの?」
「おはよ、ちょっと日課をね」
彼女が起きた事に気づいた紀一郎は窓を離れ隣に座る。
「前から気になっていたんだけど毎日窓に向かって何やってるの?」
「まあ無理だとは思うんだけどね、何とか僕の町の人達に居場所を知らせようと思って頑張ってたんですよ」
「テ、テレパシーとか? きぃって魔法が使えるの?」
エメラインは感心した目で紀一郎を見る。
「ちょっと違うけど、似たようなものかな」
そう言ってキーホルダー代わりに付けているポケバトの時計を見た。
「おかしいな」
「どうしたの?」
「いや、朝飯がいまだに来ない」
「遅れているんでしょう? いつもの事じゃない」
もう一度時計を見直すが、すでに時刻は朝ではなく昼になろうとしていた。
「にしても遅すぎる。今日に限ってはイレギュラーは起きて欲しく無いんだけど」
紀一郎の真意を掴めないエメラインはきょとんとした表情だ。
「何かあったのかな……」
外界と遮断されているので外で何が起きているのか分かりようがない。
思案を巡らせているとエメラインが最初の異変に気付いた。
「何か揺れてない?」
『揺れる』というフレーズに思わずエメラインの胸元に目をやってしまう。
揺れる程は大きくないが服の上からでも分かる形よく膨らんだ胸に全神経が集中する。
「どこ見てるのよ」
「え、いや、別に」
睨まれ目を逸らす。
「ほら、また揺れた」
「本当だ。地震、じゃないよね。何だろう?」
ズンズンと断続的に発生する振動を感じた。
「何か近付いて来てない?」
地震とは違うどちらかと言うと何かが歩いている様な揺れに不安になる。
「止まった?」
次の瞬間全体が大きく揺れると建物の一部が崩れ落ちる。
エメラインは驚きと恐怖に声を上げた。紀一郎は声を押し殺し何が起きているのかと目を見開いた。
「なんじゃこりゃ!!」
崩れた壁から濁った緑色の肌をした一つ目の巨人が顔を覗かせた。
反射的に二人は牢屋の端に身を寄せる。
紀一郎達を見たその巨人は巨大な手を伸ばし二人を掴もうとする。
建物の壁はさらに崩れ落ち、人間の力ではビクともしなかった鉄格子はまるで針金の様に曲げられ、二人を逃げ場無く追い詰められた。
紀一郎は怯えるエメラインを抱き締め巨人を見る。
怪物が何をしたいのかを直感的に理解した紀一郎はある種諦観に似た心境に襲われ最後を覚悟するのだが、
巨大な手が二人をもう少しで届こうかとした時、何故かその手が止まり離れていった。
何が起きたのか不思議に思っていると巨人の目と興味が階下に向いているのに気付く。
巨人は下に手を伸ばしたと思うと丸々と太った人間らしきものを掴んだその手を口に運び、グチャグチャとグロテスクな音を出しながら食べ始める。
食べられた人は文字通りの断末魔を死ぬその瞬間上げていた。
食べ終わった巨人はもう一度手を伸ばしまた一人太った男を掴み口を開く。
どうやら巨人的に痩せている紀一郎やエメラインよりも太った者の方が好みなのだろう。
「行くよ! エメライン」
勇気を振り絞り立ち上がる。
「え? え……」
「あいつが壊した格子の隙間から出られる。さあ、立って」
怯える彼女を引き上げ好物を食べるのに夢中な巨人を尻目に牢屋を脱出する。
「とにかく外に出よう。下手したらこの建物崩れるかもしれない」
巨人から離れるように廊下を進む。以前尋問を受けていた頃に何度も往復していたので記憶を頼りに出口を目指した。
牢獄の建物から逃げ出した紀一郎は眼下の光景を見て度肝を抜かれる。
「こりゃすごい……」
丘から見下ろした場所にある町ではさっきの巨人が七体も暴れ周って町を襲っていた。
かつて河原崎町を襲った竜騎士達が巨人の周辺を飛び回って攻撃を与えているのだが、遠目から見ても効果が上がっていない事が分かる。
「さーてどうすっかねぇ」
エメラインを見る。紀一郎よりも長い牢獄生活のせいで体力が相当落ち込んでるのか肩で息をしていた。
後ろを見ると巨人が二体ほぼ半壊している建物に集まり中にいた人間達を食べている。
「町に降りた方が安全かもね、あいつら食べ終わったらこっちに来るかもしれないし。もう少しだけ、行ける?」
彼女は弱々しく頷いた。
町へ降りてみると彼にとって驚いた事に、巨人達が暴れまわっている事に乗じた暴動と略奪が起きていた。
二人は巨人と暴徒を避け身を隠せる場所を探す。
土地勘が無かったものの運よく廃墟になっていた建物を見つけた二人は、すでに日が傾き始めていたのもあって朝まで身を隠す事にした。
「ったく、薄暗い牢屋から出られたと思ったらこんな暗い所に隠れないといけないとは、上手くいかないもんだね」
隠れている部屋の至る所にある隙間から外の様子を見ながら愚痴をこぼしす。
二人がいる区画は元々人が少なかったのか外の通りには人が歩いてない。もっとも歩いていたとしても泥棒か強盗の類なのだが。
「エメライン大丈夫?」
隠れる場所を探すのにかなり歩いた為、疲労の色が濃く出ていたエメラインを気遣う。
「うん、これからどうしよう?」
「どーすっかね、あの怪物もだけどハッキリっ言って略奪してる人間の方がよっぽど怖いよ。青写真はいくつかあるんだけど」
「アオジャシン?」
「計画とか企みとかそういう意味の言葉だよ」
「変な言葉ね」
言葉が通じるといってもこの世界に無い物の例え等は通じないようだ。
「逃げるにしてもただ町の外に逃げたんじゃ野たれ死ぬか夜盗に襲われるかだろうし、エメラインはどうするとかある?」
「私は……、もう行くあてなんてないから」
そう言って悲しそうにうつむき沈黙する。
紀一郎は陰った顔を見つめるとわざとらしく咳き込んだ。
「エメライン、えーと大事な話があります」
「大事な話?」
紀一郎は顔を少し赤らめながら意を決した面持ちで彼女の手を握り瞳を間近に見つめた。
「エメライン。僕と結婚してください」
「は?」
いきなりの求婚に呆けた返事を返す。
「僕と一緒に河原崎町へ行こう」
「えっ、カワ、何?」
「僕の生まれた町で僕が住んでいる町だよ。そこで一緒に暮らそう」
あまりの気迫をよそにため息をついた。
「ばか、こんな時に何言ってるのよ。からかわないで」
「本気だって、絶対にエメラインを守ってみせる」
「出来もしない事言わないの」
「本気だよ、嘘言ってるかどうかわかるんだろ? 君に嘘は言わない」
「あ、あれは冗談よ。それにあなたと結婚するつもりなんて無いんだから」
「でもメフィス誓いをしたじゃん」
「あれはしかたなくよ。昨日話したでしょう?」
「それでもだよ、きっと幸せにしてみせる。だから!」
エメラインは少し困った顔をしてため息を付いた。
「ばか……」
「馬鹿でも何でもかまわない」
しばしの沈黙の後エメラインは笑みをこぼす。
「ずっと、一緒にいてね」
「もちろん」
二人の顔が少しずつ近付いていき二度目のキスを交わした。
すると薄暗い部屋の中からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「お嬢様静かにしてください」
「だって可笑しいんだもの、フふふ」
二人は驚き声が聞こえた方向を見る。
「誰?」
心臓が高鳴るのを感じる。
薄暗い部屋の奥を凝視すると物陰に潜む二つの影が見えた。