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女騎士とお嬢様

 薄暗い部屋の奥から現れた人影に緊張が走る。近付くにつれその影の正体が見えてきた。


 一人は綺麗なドレスを着た金髪の少女で十~十二歳位で良いトコのお嬢様といった感じだ。


 もう一人はダークグリーンのショートカットで軽そうな皮製の鎧と腰に剣を纏った二十歳前後と思われる女性。


 夜盗や盗賊の類ではない事は紀一郎にも理解でき安堵させた。


「どちら様?」


 それでも見ず知らずの他人と言う事で緊張の面持ちで尋ねる。


「ね、大丈夫でしょう?」


 小さい少女はクスクスとまだ笑いっている。


「申し訳ない逢い引を覗くつもりは無かったのだが出る機会を逃してね」


「いつからそこに?」


「君等がここにやって来る前からよ。敵か味方か判断が付かなくて隠れてたの」


「判断付きましたか?」


 皮肉を返す。


「こんな非常時に求愛しだす人は敵とはいわないでしょうね」


「そいつはどうも」


 互いに害意は無い事が分かり張り詰めた空気が和らいだ。


「ミリアよ。よろしく」


「僕は加賀紀一郎、この人はエメライン・スヴェルです。そちらのお嬢様は?」


 紀一郎は頭を下げる。エメラインはまだ怯えているようだ。


「申し訳ないけどお嬢様の名前は控えさせてもらうわ。見て分かるとは思うけどこの方の護衛をしているの」


「誰かに狙われているんですか?」


「そうではないわ。ただ余計な火種を抱えるのを防ぎたいだけ」


「一人でですか?」


「他にも数人いたのだけれど暴徒に襲われたりで散り々りになってしまったの」


「そうですか、僕等はとりあえず夜が明けるまでここに隠れてるつもりですけど」


「私達もよ。短い間だけど仲良くしましょうね」


 牢獄から逃げ出してきた二人にとって、どう考えてもこの町を統治している人達の関係者にしか見えないミリアに素性を聞かれたらどうしようか内心焦っていたのだが、向こうも余り素性を詳しく話したくなかったらしく、紀一郎にとって好都合に思える。


 お互いの関係を物語る様に若干の距離を開けて座った。



「大丈夫?」


 エメラインはひざを抱え暗い顔をしている。


「大丈夫よ、お腹が減ったなって思ってただけ。一日に何回同じ事を聞いてるのよ」


「何回聞いたって良いじゃない。チョコ食べる?」


 ポケットからチョコを取り出して一粒手渡す。


 本日久々の食べ物を口にした。


「ありがとう。とってもおいしいわね」


 甘い物を口に含むと自然に顔が綻んでしまうものだ。


「疲れてる時は甘い物だよ。お腹も少しは膨れるし、動かなきゃこれ一粒で一日分の栄養になるらしいしね」


「こんなに小さいのに? チョコレートって魔法アイテムだったのね」


「魔法って言われれば魔法なのかなぁ。原材料見たらびっくりすると思うよ」


 原料はもちろんカカオの実である。チョコレートとは似ても似つかない原型は、知っていなければ想像も出来ないだろう。


「きぃって一体何者なの?」


「何者ったって唯の村人Aだよ」


「何それ」


 チョコレート並みに甘ったるくうざい会話をしているとミリアが近付いてきた。二人は彼女を見上げる。


「申し訳ないんだけどその魔法アイテムを分けてもらえないかな?」


「魔法アイテムなんかじゃ無いんですけどね」


「私達も逃げている間ずっと飲まず食わずで、お嬢様の分だけでいいの。今は無理だけどお礼はするわ」


 とは言うものの現状では空手形にも程があるのだが、まあしょうがないかと紀一郎はチョコを渡そうとする。


「待って」


 エメラインが制止した。


「見ず知らずの人間に大事な魔法アイテムを渡すなんてお人好し過ぎるわよ」


「でもほらお礼してくれるって言ってるし」


「約束なんて守るわけ無いじゃない」


「それは分からないよ」


「約束なんて力のある者が都合良く従わせる為の方便みたいなものよ。都合が悪くなったら簡単に破られるに決まってるんだから」


 これまでの人生経験からか非常に迫真めいたものを感じる。ミリアの方もそういった連中に思い当たる所があるのかバツが悪そうな顔になった。


「どうぞ」


「ありがとう。この借りはいずれ」


 チョコを二つ手渡す。エメラインは恨めしそうな顔をする。


「そんな顔をしないで今日はもう寝よう」


「ばか」


 明日に備えて眠る事にした。



 疲れていた為すぐに眠りに付いたものの寝心地の悪さと埃っぽさに紀一郎は三時間ほどして目を覚ました。


 日の出まではもう少し時間がある。隣で寝息を立てているエメラインを確認すると不安はあったが周りの様子を見る事にする。


 音をさせないように慎重に外に出ると周りの様子を伺う。


 好都合にも周辺一帯に人気が無かった。住人は町の外に逃げてしまったのだろう。いるのは死んでいる人間だけだ。


 打ち捨てられた死体には二種類あり巨人が食べ残したと思われる欠損した死体と、略奪者から殺されたと思われる惨殺死体だ。それらを出来るだけ見ないようにして散策する。


 巨人達が暴れまわったせいか家々の損壊が激しく無傷な建物がほとんど見当たらないし、略奪者に奪いつくされたのか動かせる物品は見つけられなかった。


 かつて外国のニュースで略奪が起きている映像を見た時にそんな物を盗ってどうするの? とツッコミ入れたくなる物まで奪っていくというシーンを思い出す。


 こういう状況になると(とにかく何でも良いから奪わなきゃ損だ)という一種の脅迫観念に襲われるのだろう。紀一郎は嫌悪感に襲われた。


 道中運よく井戸を見つけた紀一郎はずっとポケットの中で腐っていたビニール袋を取り出し汲み上げた水を入れる。


 日本にいた頃では衛生観念上思いつかないやり方だが、ファンタジー生活のおかげか気にならなくなっていた。


 探検を終え隠れ場に戻る。音を立てないようにそっと扉を開き中に入ると影からミリアが剣に手を沿え身構えていた。


 紀一郎は悲鳴を上げそうになるが、何とかそれを飲み込む。


「君か……、どこに行っていたの?」


「いや周辺を様子見に」


「驚かさないでよね。どうだった?」


 お互いに緊張を解く。


「特に何も、井戸があったから水汲んできました。飲みます?」


 水の入った袋を見せる。


「ありがとう。でもこれどうやって飲むの?」


「こうするんですよ」


 ビニール袋の底に小さな穴を開ける。冷たい水が滴り落ちる。ミリアは穴の開いた部分を口に銜えて水を飲む。


「少しにして下さいよ、もう一回汲みにいくのは勘弁ですから」


「ありがとう、生き返ったわ」


「それと、これもどうぞ」


 紀一郎はチョコを一つ差し出す。


「これはさっきの」


「ミリアさん結局二つともあのお嬢様にあげちゃって食べてないでしょ?」


「いいの? あなたの連れが怒るんじゃない?」


「かまいませんよ。チョコはもうほとんど残ってませんからあっても無くても事態は変わりませんし。それよりミリアさんに恩を売っておく方がお得だと思いますからね。あっ、黙っといて下さいね」


 ミリアはそれを受け取り頬ばった。


「とても甘い……。こんなの食べた事が無いわ。あなたこんな物どこで手に入れたの?」


 ファンタジー世界の住人にチョコレートは大好評のようだ。


「もらい物だしもう手に入らないんで、それと僕の名前は加賀紀一郎ですよ」


「さっきも聞いたけど不思議な名前ね。何て呼んだら良い?」


「好きに呼んでもらっていいですよ」


「紀一郎でいい? ありがとう、生き返ったよ」


「そらどうも。それより気になっていたんですけど、あの巨人達をどうするんですか?」


「どうって?」


「倒せるのかなって」


 彼の質問に言葉が詰まってしまう。


「ナルトラウシュ辺境伯閣下率いる竜騎士隊と辺境騎士団が必ず倒すわ」


 察するのが得意な紀一郎はそれが極めて困難な事なのだと直感し、それ以上話を聞くのを諦める。


「紀一郎は町の人間ではないんでしょう? これからどうするつもりなの?」


「これからですか? 色々考えている事はあるんですけど、状況が落ち着かない事には」


 互いの素性を明かさないままもどかしい会話が続く。


「もう少し寝た方が良いわ。夜明けまでもう少し時間があるでしょうし」


 二人は互いに相方がいる場所に戻り一眠りする事にした。


 翌朝日の出と共にミリア達は二人より先に隠れ家を後にする。


 紀一郎とエメラインはひとまず街の住人が非難している場所が何処かにあるだろうという事でそこを目指した。



 巨人が現れて町を襲いだしてから約一日が過ぎようとしていた。


 城塞都市ヴェルターの歴史始まって以来の出来事に住人達はうろたえ逃げ惑う事しか出来なかった。


 街を守っていた騎士や警備隊の悉くは巨人退治に借り出され街は一種の無統治状態になる。

 

 すると治安組織が機能していないのをいい事に自然発生的な形で略奪や暴行が始り、住人は二つの侵略者から逃げなくてはならなかった。


「おい見ろよ」


 真っ暗な夜道を物色しながら歩いていた男が連れの男達に声を掛けた。


「何か見つけたか?」


 汚い格好で腰に手斧をぶら下げた男達が井戸に集まる。


「水を汲んだ後がある、まだ新しい。この辺にまだ死体になってない人間がいるな」


 獲物を見つけた飢えた野獣共が目をギラつかせて見る者の嫌悪感を呼ぶように笑う。


「女ですかねぇ」


「さあな、若けぇ女なら言う事無ぇが、男でも金目の物を持ってりゃ元は取れる。他の奴等を呼んで来い」


「へい」


 この周辺には人も物もすでにないだろうと諦めかけていた男達は、神の恵みとばかりに喜び狩を開始した。



 美しい髪の少女を連れた不思議な少年と別れ目的地へと向かっていたミリアとお嬢様は息を切らし街の路地を走っていた。


「シュザンナ様、もう少しです頑張ってください」


「まってミリア……、少し休みましょう」


 二人とも肩で息をしているが体の小さいシュザンナはミリアよりも限界が近いようだ。


 しかし夜盗どもが迫ってきている事を考えるとグズグズしている訳にはいかない。


「ここは危険です。ここに留まっていてはさっきの奴らに追いつかれてしまいます」


 右の手に持ったレイピアにはまだ新しい血が滴っていた。


 最初に遭遇した下郎を刺突した時のものだ。お互い不意の遭遇だった為に何とか僅差で切り殺す事が出来たのだが、仲間を呼ばれてしまい逃げ出さなければならなかった。


 ドタドタと野蛮な足音が近付いてくる。


「こちらです、行きましょう」


 路地を直走る。


 だが面前の角から人の影が見えた。引き返そうと振り向くとそこには下卑た笑いを垂れ流す男達がこちらに向かっていた。


「ひひひ、鬼ごっこはもう終わりか?」


「こりゃ上玉だ!」


 下品な台詞を吐きながらゆっくりと近付いてくる。追い詰めた余裕からか二人が怯えているのを楽しむ様に歩み寄って来る。


 もう一方では影が人に代わり汚い格好をした男達がニヤ付いていた。


「くそ!」


 逃げられない事を悟る。シュザンナはミリアの裾を握り締めた。


「ミリア……」


 目に涙を一杯に溜め必死に泣くのを堪えている。


「ナルトラウシュ辺境伯の下までシュザンナ様を送り届けるのが私の役目です」


 シュザンナを見て微笑んだ。


「ナルトラウシュ辺境伯が臣下 天馬騎士ミリア・スーツ。参る!」


 死を覚悟をしたのか、悲壮の表情で口上を声高に上げた。

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