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逃走劇の終わりと始まり

 一方、紀一郎とエメラインは人影の無い道をずっと進んでいた。


 ミリア達と別れる前に大まかな街の地理を聞いていたので、大体の方向は分かっていた。


 城塞都市ヴェルターにはヴェルター城を囲む様にして、人口は少ないが最も大きな敷地面積を占める貴族街・土地も人口も中くらいの市民街・土地は狭いが多くの人口が住んでいる貧民街の三つがある。


 話によると巨人が最初に現れたのは貧民街だったのだが、貴族街や市民街に貧民達が流入するのを嫌った者達が、それを防ぐ為に城門を閉ざしたそうだ。そのため貧民街の住人は出られないでいるという。


 また巨人の目的は人を捕食する事なのでそういう意味でも都合がよかったそうだ。


 その為紀一郎は貴族街の方面へ向かって歩いていた。


「きぃ、本当にこっちであっているの?」


 当てもなくさまよっている感覚を受けたエメラインは不安そうな顔をしている。


「多分。こっちの方向に進んでいれば貴族街って所に行くらしいし。門があるって話しだから門番がいるだろうから避難場所を教えてくれると思うんだよね」


「大丈夫なの? 私達牢屋から逃げて来てるのよ?」


「僕等の顔を知っている奴なんてほとんどいないだろうし。大丈夫だって、むしろ僕の顔を知っている人がいてくれた方が都合が良い位だよ」


 昨日からそれなりに行動が上手くいっていた事で楽観的な考え方になっている。


 

 異変に気づいたのはエメラインの方だった。


「ねえ何か変じゃない?」


「え? 何が」


 彼女を見ると不安から恐怖の表情に変わっている。


 周辺を見回す。するとどこからか野太い声が聞こえてきた。


「ようお二人さん。こんな所をのこのこ歩いてたら危ないぜ」


 声がした方向を見ると明らかに友好的とは思えない大男が現れた。直感的に危険だと悟る。


「逃げるよ、大通りに出るんだ」


 エメラインの手を引き走り出した。


「えっ? でも細い路地に逃げた方が良いんじゃ」


「ダメダメ、あいつ絶対土地勘があるよ。仲間もいるはず、路地なんて入ったら囲まれちゃうよ」


 紀一郎の判断は半分当たっていた。入り組んだ路地道を塞ぐようにして人員を配置していた男達は虚を突かれる形になり、二人が逃げ出す隙を作る事が出来た。


 大通りを全力で走る。


 しかし体力の自力に勝る野盗達は徐々にその差を縮めつつあった。


 懸命に走る二人が通りの角を曲がった時、忘れていたもう一つの脅威が姿を現した。


 一つ目の巨人がそこに居たのである。


 しゃがみ込んで人だと思われる肉隗をグチャグチャと食べていた。


 間近で見るその威容に思わず立ち竦んでしまう。エメラインにいたっては腰を抜かしてしまう程だ。


 後ろを追いかけていた野盗たちはいつの間にかいなくなっていた。


 巨人がこちらを向く。新鮮な肉に出会った事に喜んだ彼はその大きな手を伸した。


 紀一郎はもう逃げる事は出来なかった。

 

ただへたり込むエメラインに覆いかぶさる様に抱き締め最後の時を待ち、エメラインも涙を流しながら紀一郎に身を預けた。


 ガガガガガガガガ―――


 衝撃と轟音が響き渡り、同時に大量の砂煙が舞い上がった。


 はっとした紀一郎は顔を上げる。


 ガルルルルルルル―――


 一瞬の間をおいて最初の音とは違う音が遠くから聞こえて来た。


 思わず空を見上げるが涙で曇った視界は『それ』を見つける事は出来ない。


 しかし紀一郎は何が起こったのか誰が起こしたのか直感的に理解した。


「やった、やった!! エメライン!」

 

 彼女の肩を揺らしながら、感極まって歓喜の声を上げる。


「なに……何があったの?」


 はっちゃげる紀一郎とは対照的に力なく声を出すエメライン。


「助かったんだよ、助けが来たんだ、ほら!」


 指差した先には緑色の巨人がドス黒い血を辺りに飛び散らし、辛うじて原型を留めるだけの肉隗になっていた。



「着弾を確認、目標沈黙しました。追撃必要ありません」


 『AH‐64』通称アパッチと呼ばれる攻撃ヘリに搭乗している火器管制担当の市田一曹が操縦担当の静間二尉に伝える


「あーあ、撃っちゃったよ。どうすんだこれ」


 静間二尉はため息を吐く。


「発砲は静間二尉の指示ですので、自分は命令に従ったまであります」


「いやいや、連帯責任だろ。人が襲われてるって見つけたのはお前じゃねえか」


「作戦と無関係の交戦は許可されていません」


「てめぇ」


「が、関係があるかどうかは現場の判断に任されているので問題は無いでしょう」


「そう、それでいこう。目の前で化け物に人が食われるのを見るなんて寝覚めが悪いからな」


 目の前といってもAH‐64アパッチとの距離は二km以上離れている。発砲音より銃弾が先に届くほどである。


「ま、どうなってるのか拝んでおこうぜ」


「了解」


 AH‐64アパッチに装備されているカメラを先ほどの巨人へ向けズームさせる。すると助けた人間の一人が大きく手を振っているのが分かり、さらにズームさせる。高性能赤外線カメラはこれだけの距離でも人の顔が識別可能な程に拡大する事できるのだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


「どうした?」


 映し出されている映像を見て驚きの声を上げた。



 紀一郎は曇った空にある黒い点に向かってひたすら大きく手を振り続ける。


 少しずつ黒点が大きくなり、同時にバラバラとヘリ特有のローター音が聞こえてきた。エメラインの手を握る力も自然と強くなる。


 AH‐64アパッチは限りなく近付くとそのまま降下する。


 巻き上がる風に耐えながらそれを見守った。


「加賀 紀一郎君だね?」


 後部座席が開きヘルメットをした人物がヘリが出す轟音の中大声で話しかける。操縦桿の横には紀一郎の写真が貼られている。


「はい」


「静間二尉です、救出に来ました。遅れて申し訳ない」


 右手で陸自式の敬礼をする。紀一郎には込み上げてくるものがあった。


「最高のタイミングでしたよ」


「そっちの子は?」


 肩を抱いているエメラインを見る。


 ローターが回転し強風と轟音を発生させる攻撃ヘリの初めて見る無機質な威容に圧倒されているのだろう。紀一郎と繋いでいる手に力が入る。


「訳あって僕と一緒に逃げて来たんです。彼女も一緒にお願いします」


 静間二尉は一瞬目を逸らした。


「とにかく君達をひとまず安全な場所に。応援を呼ぶんでもう少し待っていてくれ」


 攻撃ヘリには人員輸送能力は無いため無線を使い応援を呼ぶ。


「こちら静間機、目標αを発見保護した。至急応援を請う――さっさと突破し――は? 何言ってんだ――」


 無線の先で何かトラブっているようだ。


「どうかしましたか?」


「それがどうも要領を得ないんだが、現地住民との間で問題が起きているらしい」


「大丈夫ですか? 略奪が起きてて強盗みたいなのが一杯いますから」


「強盗や盗賊の類なら蹴散らすんだが、一般市民との間で何かあったらしい。言葉が通じなくて動くに動けないそうだ」


 紀一郎の眉が微妙に上がる。


「場所は何処ですか?」


「二ブロック先だ、近くはないけど遠くもないよ」


「その場所に連れて行ってもらえませんか?」


「は? 何だって?」


「僕がそこに行って話を付けます」


「しかし言葉が通じないんじゃどうしようも無い」


「僕なら出来ます、会話も通訳でも可能です」


 パイロット用のヘルメットをしている為表情が見えないが、面食らっているのだろう。


「マジで!? いや、でも君をこれ以上危険に晒す訳には」


「大丈夫、それよりここにいる方が危ないですよ。もういないとは思いますけど、さっきまで危ない人達が一杯いましたから」


 静間二尉は考え込む。彼の話を信じるならその通りにする方が一番良い方法に思えた。


「このヘリにはこれ以上乗せられない、歩いて行く事になるぞ?」


「構いません」


「OK! 上空からエスコートする。襲ってくる連中がいたら蜂の巣にするから安心してくれ」


 AH‐64アパッチは上空へと舞い上がり、低空で周辺を警戒する。


「きぃ……」


 困惑した表情で紀一郎を見る。安堵の表情の彼とは対照的だ。


「大丈夫、もう安心だよ。自衛隊が来てくれたんだ、何も心配無いよ」


「本当に今の人達が巨人を殺したの?」


「多分、僕も目を瞑ってたから見てないんだけど、他に無いしね」


 この時紀一郎は彼女が抱いている不安の意味を理解していなかった。彼にとって救世主に見えた自衛隊もエメラインにとっては新たな侵略者に映ったからだ。


「ジエイ……、あの人達は何なの?」


「何って言われても、軍人? じゃ無いんだよね、ここでいう騎士団みたいなもんだよ? なんにせよ僕を助ける為に来てくれたんだ、あの人達に任せておけば万事OKだよ」


「騎士って……、あなたを助ける為に?」


「行こう、ゴールは近いよ」


 エメラインはとても驚いていた。


 牢屋にいた頃から彼に出される食事やその他の対応などを見ても、この世界で生きる人間にとってみれば考えられない破格の待遇だった。


 それは人質として扱われていた頃や貧困の中にあった故郷での生活よりも彼と過ごした牢獄生活の方が快適だと思えた程である。


 あまつさえ彼の為にあのような空飛ぶ鉄塊に乗った騎士が助けに来るなど考えられない。


 彼女が紀一郎を特別な地位にある少年だと勘違いしてしまう事は仕方の無い事だった。


 二人は教えられた道順を進んでいく。彼等の上空ではAH‐64アパッチが周辺を監視しながら飛行している。


 強力な力を得たかの様な錯覚を感じる。コソコソと逃げ隠れていた頃が嘘みたいに風を切って歩いた。


 二十分くらい歩くと大通りに着陸させてたAH‐64アパッチとは違う形のヘリが見える。その周りには武装した数人の自衛官が周辺を警戒する様に立っている。


 自然と歩くスピードが上がっていった。


 連絡がすでに行っていたのだろう。自衛官の方も紀一郎に向かって走り出し、まるで要人警護の様にガードしヘリの下に案内する。


「隊長の明石一尉だ、無事で何より」


「ありがとうございます。それで、何があったそうですけど」


「早速だが頼まれてくれるか? ちょっと込み入った事になっていてね……」


 明石に案内されて一つまたいだ路地に入る。


 比較的広めの路地では自衛官に短剣を突き付けた女性と、少女達を人質にしている汚い格好をした男達、そしてその両方に小銃を突き付けて睨み合う自衛隊が三つ巴の様相を呈していた。


「どうしたらこういう状況になるんです?」


「いやぁ、偶然部隊を降下させた所に偶然暴漢に襲われている女性がいたんで、仕方無く助けたんだけど、どうやら僕等も一味だと思われたらしくてねー」


 明石の白々しい説明を聞き流して浅いため息を吐く。多分静間と同じ動機で動いたのだろう。


「まぁ何とかなるでしょう。見覚えの顔もありますし」


 紀一郎は火中の栗を拾う作業を始める。

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