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交渉

 白く輝く毛並みに芸術的な曲線を描く翼に見た者全てを魅了する天馬『ペガサス』という生物がこの世界に存在する。


 それに乗り天空を駆る超希少兵種 天馬騎士。


 非常に気位が高く気に入った人間、特に美しく若い女性以外触れられるのを嫌う為に腕力と体力で劣る女性が戦場で唯一活躍する事が出来る兵種である。


 飛竜と違い戦場に投入出来るため偵察・伝令・上空からの攻撃等々、天馬騎士が自軍にいるといないとでは戦況に大きく影響する。


 ナルトラウシュ竜騎士隊の登場以降も使い勝手の良さから重宝され、その貴重さから敵兵であってもペガサスを攻撃するなと命令が下される程である。


 ミリア・スーツ


 生まれながらの器量の良さといくつかの幸運に恵まれ、辺境の平民出身でありながら天馬騎士として召抱えられる。


 貧しい生活をしていたミリアは貧困から救済してくれたナルトラウシュ辺境伯を深く感謝し、彼もまた彼女を信頼した。


 性格も良く面倒見の良かった彼女はナルトラウシュ辺境伯の愛娘シュザンナ・ナルトラウシュにも気に入られ、彼女が外出する際の身辺警護も勤める事になる。


 そんなある日シュザンナがお忍びで市民街に遊興に出ていた時、巨人達に街が襲撃されるという事件が起きた。


 混乱と恐慌で一緒に居た付き人達は逃げ出し、または暴漢に襲われ次々と脱落する中で何とかお嬢様をナルトラウシュ辺境伯の下へ届けようと孤軍奮闘するのだが……。


 しかしそれもむなしく街を闊歩する略奪者達に囲まれその命運が尽きようとしていた。


「へっへっへ、もう観念しなって。大人しく言う事を聞きゃあ悪い様にはしねえさ」


「そうそうこれ以上暴れると綺麗な顔に傷が付いちまうぜ」


「ったく良い女だぜ! 後ろのガキも高く売れそうだな」


 口々に下種な言葉を掛ける。


(まだよ、まだ終わらない)


 愛用のレイピアもすでに折れ、あるのは懐に隠した短剣だけ。相手の武器とはリーチ差がある為、ギリギリまで隠して近付いてきたら最後の抵抗を試みるつもりでいた。


 そんな時自体は一変する。


 バラバラと聞いた事がない音が聞こえてくると自分達がいる場所に影が生まれた。見上げると飛竜よりも一回り大きな何かが空を塞いでいた。


 そこにいる全員が宙に浮いた物体に目が釘付けになっているとそこからロープが垂らされ、不思議な柄の服を着た男達が滑る様に降りてきた。


「―――――――――!」


「―――――!!」


 初めて聞く異国の言葉だ。


 棒の様な筒の様な物を構えて声を張り上げている。何かの武器なのだろうか。


「なんだてめぇら!」


「――――――!」


「これは俺達の獲物だぞ」


「――――――」


「うらぁあ!」


 略奪者達の一人が緑のまだら模様をした男達に襲い掛かった。


 バン!バン! ババババババ!


 耳を劈く音が聞こえると同時に、襲い掛かった男が血を噴水の如く噴出して倒れながら吹っ飛んだ。


 何が起きたのか分からない、ただミリアが思った事は一つ。


『魔法使い』


 神秘の技法と魔力によって火を使い、水を操り、風を起こす事が出来る者達だ。


 まだら模様の男が持つ棒の先からは微かに煙が上がっている。自分が知っている魔法の杖とは大分違うが。


 さらに驚くべき事は一糸乱れぬ統率された動きである。


 彼等の動きはまさしく兵士のそれであり『魔導兵士』と呼ぶべき代物であった。


 略奪者達も同じ事を考えたのだろう、恐慌状態になる。


 逃げ出そうとする者もいるが後ろの道もいつの間にか彼等に塞がれていたらしく逃げられない。


 まだら模様の男が一人近付いてきた。構えていた魔法の杖を下ろすとシュザンナに手を伸ばしてくる。ミリアは彼らを新たな略奪者だと考えたのは仕方が無い事だった。


 男の後ろに回ると隠し持っていた短剣を首下に突き付ける。


「――――――?」


「――――!」


「何者だ! お嬢様に手を出す事はこの私が許さない」


 動揺したまだら模様の男達に一瞬の隙が生まれる。


 すると今度はもう一方の略奪者の男達がその隙を突いてシュザンナを捕らえると同じく剣を突き付け人質にした。


 それから数十分間、三つ巴のまま膠着する事になる。



「何でこんな状況になってるんですか?」


 あきれ気味に紀一郎は尋ねた。


「襲われてたから助けたんだけど何故か敵だと思われちゃってね、富山があんな事になっちゃって」


 銃を構えて牽制している隊員はあごで指す、富山というのは女騎士らしき人に剣を突き付けられて人質になっている自衛官の事だ。


「それは、災難でしたね」


「悪人顔してっからねぇ、スケベ根性出して安易に近付くからこうなる」


「自衛隊の人はここにいるだけですか?」


「いや、周辺にも展開してるよ。逃げられないから連中は人質を取ってるのさ」


 周りには撃たれて息絶えた彼等の仲間が転がっていた。すでに戦意は無く必死にこちらの様子を伺っている。


「剣や斧相手にこっちはマシンガンじゃ、まぁこうなるでしょうね。女の子達に当てずにあいつらだけを撃ち抜けますか?」


「不可能じゃないけど、出来ればやりたくないな」


 狙撃用の銃で打ち抜くのはそう難しくはないのだが、人質に銃や剣を突き付けている場合は撃たれた瞬間に筋肉が収縮して傷つけてしまう場合がある。


「僕が合図するまで絶対に撃たないで下さい」


「分かった」


 首を縦に振る。不思議と明石はその言葉を信じることが出来た。


 紀一郎は女騎士の下へ近付いて行った。


「また会いましたね、ミリアさん」


 今朝別れたばかりだったミリアとの奇妙な再開に自然と笑顔になる。


「紀一郎、無事だったのね? 悪いけど今は手が離せないの」


「もう離して大丈夫ですよ。その人は僕の仲間ですから」


 紀一郎も自衛隊員も信用しきれないのか短剣を下ろす気配はない。


「こいつらの仲間だったのね」


「ええまあ。ただ見れば分かると思いますけど、あっちとこっちは別物ですからね」


「どっちも変わりはしないわ」


「かなり変わりますって。あっちは強盗こっちは正義の味方。どうです? あのお嬢様を僕らが助けますから、そうしたら彼を離してもらえませんか? もちろんその後お家まで送りますよ」


 ミリアの緊張が弛緩するのが分かる。しかしまだ最後の踏ん切りがつかない様だ。


「警戒するのはわかりますけど、現状僕の言う事を信じるしか無いと思うんですけどね。食べます?」


 ポケットに残っていたチョコレートを取り出し彼女の口元に近づけた。


 ミリアは少し逡巡するが口に頬張る。


「じゃ、交渉成立ですね」


 もう一方の人質を取っている人達を見た。


「という訳でそこのお嬢様達を解放してもらえませんか?」


 紀一郎は盗賊達に近付いて行く。無防備に歩く姿に気味の悪さを感じさせる。


「はっ、放したら殺すんだろうが」


「そんな事はしませんよ」


「じゃあどうするつもりだ」


「別に何もしませんよ。ただフン縛って町の治安組織に引き渡すだけです」


「ふざけんな! 結局縛り首じゃねえか」


 剣や斧を握る手に力が入る。


「しょうがないなぁ……。ならこうしましょう、彼女達を放せば逃げて良いですよ。夕暮れまで探さないであげますよ、逃げるなり仕事に励むなりあなた達の自由です。これなら良いでしょう?」


「そんなの信用できるか!」


 紀一郎はさらに近付く、踏み込んで攻撃が届くか届かないかギリギリの距離になる。


 黙って盗賊を見つめる。


「ならここで死ぬか?」


「くそっ!」


 彼等は悪態をついて人質にしていた少女を紀一郎に差し出す様に突き放した。それを見た仲間も人質をこちらによこす。


 紀一郎は「シッシッ」と手で消えろとジェスチャーをし、盗賊達は逃げ出した。


 自衛隊員は銃を構えるが紀一郎が撃つなと大声をあげたためそのまま見送る。それぞれの陣営にいくつかの不満が残るものの無血開城となった。



「お嬢様!」


「ミリア」


 無事を喜び抱き合う。他の少女達も奴等から解放された事に安堵していた。


 自衛官達も彼女達を見て顔が綻んでいるが、どこか微妙な顔つきをしている。


「しかし奴らをあのまま逃がして良かったのか」


 明石は不満と言うか心残りを吐露する。


「殺しておけば良かったですか?」


 紀一郎は直球で返す。


「いや、そうは言わないがあいつらは多分逃げた先でも同じ事をするぜ」


「でしょうね。でもそれはここの警察組織が何とかする事ですよ」


 明石は渋い顔をする。今この町にそんな治安能力は無くなっているのを分かっているからだ。そしてそれに対して自分達は何も出来ない事も分かっている。紀一郎の救出が今回の作戦であり、それが成った今撤収しなければならないからだ。


「そうだな……」


 目の前で困窮している人々を助ける事も出来ず、それどころか今助けた少女達すらも置いて帰らなければならない事に何とも納得しがたいモノを自衛官達は感じていた。


 彼等を尻目に紀一郎は微かに口角を持ち上げる。彼を良く知るものなら気づいただろう、彼にとって物事が上手く運んでいる時にする行為だ。


「明石さん、あなたの上にいる偉い人と話をさせてもらえませんか?」


「上って言うと? 司令部の事か? 何でまた」


「お役に立てると思うんです。お願いします」


 明石は承諾した。元々作戦終了を知らせる為に司令部と連絡を取らなければならなかったからだ。


「分かった。ただ……、びっくりすると思うよ」


「は?」


 明石の微妙に含んだ言葉に首をかしげた。

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