エリンシアの危機
その夜、エリンシアはいつも通り寝室で眠りについていた。
しかし心地よいまどろみの時間のはずだったのだが、急に現実に引き戻される。
目を覚ますと暗い部屋で何者かが、自身へ馬乗りになっていたのだ。
目を凝らしてみると、それはアンスの姿だった。
「ンン……!!、グゥーー!」
エリンシアは声にならない悲鳴を上げる。
ぶよぶよと肥え太った手で口を塞がれていたのだ。
「静かにせねば、美しい顔が怪我をする事になるぞ!」
アンスは決まり文句の様な脅しをかける。
しかしパニック状態になっているエリンシアは、暴れるのを止めない。
業を煮やしたのか被虐心に火が点いたのかは分からないが、アンスはエリンシアの頬を思い切りよく引っ叩いた。
大の男から殴られた事など無かったのだろう。
痛みと恐怖のあまり恐慌状態となるのだった。
その姿にアンスは醜い顔を更に歪ませて、恍惚の表情を見せる。
エリンシアは目をつぶって声を押し殺し、悪夢が過ぎ去るのを待つしか無いだろう。
しかしその瞬間、鈍い音がするとアンスはその場から少し離れた場所に倒れこむ。
エリンシアは異変に気付き目を開けると、部屋にあった水差しを手に持ち必死の顔をしたピンクブロンドのメイドが立っていた。
「エメライン! 」
「お嬢様……」
エリンシアは飛びかかる様に抱き泣きじゃくった。
しかし安心したのもつかの間、アンスが倒れている方からうめきに似た声が聞こえて来る。
「貴様ぁ」
昏倒させるには力が足りなかったらしく、アンスは血を流しながら頭を抱えて立ち上がろうとしていた。
エメラインはとっさにエリンシアを自分の背中やる。
「女ぁ……。こんな事をして、どうなるか分かっているんだろうなぁ!」
完全に頭に血が上ったアンスはエメラインのピンクブロンドの髪を掴み上げ、こめかみに向けて平手打ちした。
大きな鈍い音が響きわたる。
指輪が当たったのか、こめかみから血が流れ出すが、エメラインはそれでも主を守ろうと気丈に立ちはだかるのだった。
その姿が更に癪に障ったのか、アンスがもう一撃繰り出そうとした時『バンッ!!』と部屋の扉が勢いよく開いた。
「何をしているのです!」
隣で寝ていたシエリスが、騒ぎに気付いて部屋に入って来たのだった。
部屋の惨状を見た彼女は、大体の状況を理解する。
「何故こんな夜更けにエリンシア様の寝所におられるのですか?」
シエリスは凄い剣幕で突っかかって行く。
女とはいえ、あのアズベルトの娘である。
流石に不味いと思ったのだろう、アンスはうろたえながら強弁を始めた。
「そ、そんな事はどうでも良い! この者が! この娘が私を殺そうと刃向って来たのだ」
現象だけ見た場合正しい表現だ。
何故そうなったのかという原因を無視すれば。
「それはアンス様自らの行いから招いた結果ではありませんの?」
「貴様ぁぁ!」
口ではどうしようもないと悟ったのだろう、彼女に向かってズカズカと近付いて行く。
シエリスは腹を吸えて身構えた(これもすごい)
アンスは彼女の腕を掴み睨みを利かせるが、シエリスも怯む事無く睨み返す。
頭に血が上っているとはいえナルトラウシュの名代の娘にこれ以上手を出す事は流石に出来なかったのだろう。
ただずっと睨み合いが続いた。
そうしていると騒ぎを聞き付けたのか部屋の外に人が集まりだし、突如扉が開くとアズベルトの怒号が飛び込んで来る。
驚いてアンスは掴んでいた手を離した。




