居留区の催しー4
まだまだ元気
「何やってるんだよ」
後ろから声が聞こえて、紀一郎はぱふっと何かで頭を叩かれた。
振り向くと鈴谷の側近である遠野が不思議そうに立っていた。
「いや、別に……。遠野さんこそ、今日は来ないんじゃ無かったですか?」
既にテンパっている紀一郎は何とか取り繕うと質問を質問で返してはぐらかそうとする。
「俺は仕事だよ」
遠野は紀一郎の事はどうでも良く、からかったり冷やかす事にも興味無い様だ。
何とか平静を取り戻す。
「休日ですけど、何かあったんですか?」
紀一郎達は鈴谷も含めて公務員扱いなので、基本日曜日は休みである。
「お前にだよ」
そう言って手に持っていた大きな茶封筒を押し付ける様に手渡した。
中を見ると航空写真と書類が入っている。
それには大きな港がある都市が写っていた。
「これが?」
紀一郎の反応に怪訝な顔をした。
「情報が来てないのか? ほら、軍船らしきガレー船が終結してるだろ。委員会のご老人達が不安がってんだよ。下からは何の報告も無いし」
指差した先には赤のマーカーで港湾の部分をぐるっと強調する様に丸が描かれていて、その中には港の規模にはちょっと以上に余るほどの船が並んでいる。
「いや、まあ。この件は知ってますよ」
「ならなんで何も報告しないんだ?」
遠野は紀一郎をぎっと睨んだ。
元々生徒会時代から遠野は紀一郎に厳し目に接していて、ある意味いつも通りなのだが。
しかし、たまたま一緒に居合わしてしまったエレオノーラはたまったものではない。
そんな事が通じるはずも無く、何故か高位の者同士のいさかいが始まったと目を泳がせていた。
紀一郎は彼女の気を察したのか、チラッとエレオノーラの目を見ておどけるように『い~』っと口を開く。
「彼らの狙いはここじゃありませんよ。写ってる船の性能や輸送能力なんかを調べましたけど、とてもじゃないけどうちまで届く代物じゃありません。それにどこを攻めるのかも大よそ判明していますし」
実は数日前からこの世界で帝国と呼ばれている国の首都に、続々と軍用と思われる船が終結している事が偵察機からの情報収集で報告されていた。
それだけなら構わないのだが地形上・地政学上から見て、彼らの狙いはここ河原崎町ではないのかという懸念が上っていたのだ。
そのため紀一郎は今回のイベント準備や日常業務のかたわら、ナルトラウシュから送られて来た様々な資料や行商人達から情報を集めていて、大体の事情は把握していた。
「そこまで分かっているなら何で?」
「僕らとおよそ関係ない争いで、いちいち鈴谷総督を煩わせる訳にはいかないでしょう」
結構エグい事を紀一郎は淡々と話していく。
「しかし近い場所で戦争になるんだろう? 大丈夫なのか?」
「さあ? どっちが勝とうが負けようが、どうでも良いでしょう? この世界ではどうしようも無い事が毎日起こってますよ」
ドライな返答にそれを聞いた遠野は少し拍子抜けしてしまう。
この辺が生徒会時代から『敵に回しても大した事無いが、味方にすると頼もしい』と恐れられている所だろうか。
「ならそういう事を、ちゃんと報告を……」
「ちゃんと次の公聴会での準備は進んでますよ」
「次ってお前。めちゃくちゃ先じゃないか」
それでも食い下がる遠野の気苦労に紀一郎は少し同情的になってしまい、助け舟を出す事にする。
「明日、うちの誰かを報告に行かせますよ」
「頼むぞ」
一応満足なものを得られた遠野はリングのある広場の方へ去って行った。
「きい様?」
その場に居ながら部外者だったエレオノーラが、心配そうに見つめていた。
「大丈夫ですよ、ちょっと近くで小競り合いが起きるだけです。大したでは事ありません」
紀一郎はステレオタイプなアメリカ人キャラがするような肩をすくめる仕草をしておどけてみせる。
「あの……」
今のやり取りについて聞きたいのだが、それを躊躇しているのが見て取れる。
これがライナなら好奇心を抑える事が出来ずに、マリシアはその屈託の無さから聞いていただろう。
なんにせよ紀一郎が何も話すつもりが無いという事は伝わったので、彼女にはそれ以上はどうする事も出来ない。
「すみません、妹の世話がありますので」
若干気まずい空気になった所でエレオノーラが切り出した。
「え、ええ。僕も戻ります」
結局なにをしに来たのか分からないまま戻って行った。




