居留区での催し
一方ワーレン港から遠く離れたナルトラウシュ領、いやボーダーラント王国の端の端に位置する最も辺境の地、河原崎町。
ここでは見事な秋晴れに包まれていた。(元々ここはで雨がほとんど降らないのだが)
「赤コーナー、武蔵野のぉ、人間山脈ぅ…… アンドレ・ザ・富岡~。青コーナー、奥田のぉ、守護神~ん、久保ぉタクーヤぁー」
行楽日和の今日、出島の居留区に作られた慰問試合用の特設リングではプロレス研のマイクパフォーマンス係りの生徒が声を張り上げていた。
「ウラァァーアッァ!!!」
「シャァァァァァー!!!」
それぞれの名前が呼ばれるとスタンバイしていた選手が、ありがちな入場音楽とそれに合わせたパフォーマンスをしながらリングに上がって行く。
カーン!!!
ゴングが鳴り、対戦が始まる。
急ごしらえの観客席には居留区に暮らす女性達と暇している非番の自衛官、それと一部関係者の生徒が観戦していた。
学校の部活動という事で危険度の高いプロレス技は禁止されているのだが、その代わりに『ブック』と呼ばれる試合の筋書きに力が入っていて、毒霧を吐いたり、他のヒール役が乱入したり、場外乱闘があったりとパフォーマンス重視の試合作りになっている。
実際文化祭の催し物レベルなのだが、ファンタジー側の人々にとって衝撃的だったらしく、日本人には失笑レベルな技が繰り出される度に悲鳴に近い歓声が上がる。
選手達にはそれが嬉しいらしく、恍惚とした表情でリングを舞っていた。
紀一郎はすぐ近くにある関係者席と書かれているだけの観客席で、リングで繰り広げられる茶番劇を苦笑いを浮べながら眺めていた。
「どうぞ、加賀先輩」
クッキーとお茶を配っているプロレス研の下級生達が紀一郎の下へやって来る。
「何これ?」
「お客さんに配る用で作ったんです。お姉方に喜んで貰いたくて」
「こんなの作る暇よくあったね、あと予算も」
弱小部でカツカツなはずなのだが、謎の大盤振る舞いに紀一郎は首をかしげる。
「パテ研(お菓子研究部)や家庭科部に土下座して手伝って貰いました。こんな大舞台は文化祭だって無理ですから何としても成功させたくて。おかげさまで大成功ですよ」
リング上の選手達もそうなのだが、それ以外のプロレス研部員も興行の成功に大満足なのだろう。
笑顔を浮べていて紀一郎のテンションをさらに下降される。
「女の子目当てでこれやるんだったら、パテ研の子と合コンとか頼んだ方が早いだろ?」
「とんでもない!! 我がプロレス研は男女交際禁止です! 女に現を抜かすなど許されませんよ」
「言ってる事が滅茶苦茶だよ」
努力の方向性が明後日に向いている彼らに、苦笑いするしかなかった。
しかしとはいえ概ね盛況である。
一方、紀一郎の座っていた貴賓席? の反対側にある一般席では居留区の住人達が観戦していた。
「いけっ! そこだ、やれー!」
目を背けたり顔を手で覆ったりしている人の多い女性達の中、活発なマリシアは早くも順応して楽しそうに野次を飛ばしている。
反対に隣で座っているライナを見るとリングから目を逸らして不愉快そうだ。
「どうした? せっかく盛り上がっているのに」
「こんな野蛮な物で盛り上がれるなんて、だから馬鹿マリシアなのよ」
金色の髪が美しい少女はお気に召さない様だ。
「おいおい気取ってんなよ。お前だって闘拳くらい見た事あるだろ?」
「無いわよ」
「まあうちもこんな戦い初めて観るけどな。あの盗賊達もこうやってぶっ倒したのかな」
ライナは返事をしなかった。
実は数日前からライナはずっと不機嫌そうで、マリシアは彼女の事を気にしていて何度となく話を振るが彼女の機嫌は直らないままだ。
「もう帰る」
知的好奇心が人一倍強い彼女なのだが、今回のイベントに関してはそれを満足させる代物では無かった様でライナは去って行った。
しかし席は立ったもののテントに戻っても基本的にここではする事が何も無いため、ぶらぶらと周りを歩いて見て回る事にする。
リングを中心にして居留区に住む女性達と斑模様の服を着ている自衛官達が騒いでいる。
多くは見知った者達で、リングの上で戦っているレスラーも含めてライナの好奇心を引くものでは無い様だ。
彼女にとってはいつもの日常とほとんど変わらず、違う事があるとすれば色々と走り回って働いているのがライナと歳の近い少年達(プロレス研究部の部員)だという事くらいか。
それでもうろうろ歩いているとようやくライナの興味を引く物を発見した。




