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訃報にて

 ユクレヒト家当主の訃報は夜の内に各地の勢力へ早馬が放たれ、ナルトラウシュ領・ウィール城にも届いていた。


「アーネストが死んだ?」


 夕刻になって使いの者から知らせを受けたトレントは、ナルトラウシュの執務室に訃報を届けていた。


「流行り病だそうです。ワーレンから使いが参りました」


 ワーレンは領地も小さく鉱山などの資源も持たない小さな街なのだが、地政学的理由からナルトラウシュ領にとって重要な要所である。


 それがどういう地政学的理由なのか理解するにはボーダーラント王国と隣国の関係について知らなければならない。


 ボーダーラント王国の隣には大陸最古にして最大の版図を持つ帝国が存在している。


 この二つの国は百年以上前から戦争を継続しているのだが現代の総力戦と違い、良く言えば牧歌的で戦ったり戦わなかったりを繰り返していた。


 ここ最近だと帝国は内部抗争に、ボーダーラント王国は帝国以外の地域へ領土を拡大する事に興味が移り、両国は対立すれども対決はしないという状況だ。


 そして自由都市ワーレンは公然の秘密ではあるのだが、両国間の密貿易を仲介する港の一つとして栄えている。


「孫に領地を継がせるまで墓には入らんと言っておったが、上手くいかんものだな」


「在位十四年、歴代のワーレン領主の中では最長の在任期間だそうです」


「これでも良く続いたと言うべきかな……」


 ナルトラウシュは複雑な心境を吐露した。


 ワーレンは繁栄しているといっても辺境の小都市であり、固有の武力を持っていない。


 その為都市の器に不釣合いな富と利権を舞台装置にしたボーダーラント王国と帝国の綱引の結果、領主がコロコロと入れ替わる宿命を背負わされていた。


「領地を継ぐのは娘のエリンシアか……、たしかシュザンナと一つ違いだったな。難儀な事だ」


 領主を継ぐにはユクレヒト家の人間で成人した男子である事が条件となるが、現領主が病死して後継資格者がいなくなってしまう。


 そのためユクレヒト家の家督を継ぐ者が現れるまで、エリンシアが代理領主として評議会の補佐の下で領主の役目を代行する事になる。


 しかし幼く後ろ盾も無いエリンシアは彼らに翻弄される事になるのだろう。


 亡くなったアーネストとナルトラウシュは以前から親交があり、同じ年頃の娘を持つ父親として互いに気心の知れた関係だった。


 幼い娘を残して旅立つ無念と残される娘に降り掛かるであろう未来に思いを馳せた。


「実はその件ですが、帝国派の評議会議員が別な領主の擁立を画策しているという情報がありまして」


 早速の大波にナルトラウシュは顔を歪める。


「娘のエリンシア以外に肉親はおらんはずだが……?」


「ユクレヒト家と縁戚のある帝国貴族を召致して代理領主に据えようとしている様です」


「かなり筋の悪い話だ。エリンシアがいる以上は王国派も中立の者も認めんだろうに」


 トレントは次の事を話すべきか少し悩み服の襟に手をやった。


「これはあくまで噂なのですが、婚姻の準備を進めているとか。将来的にその男とエリンシア嬢の間に男子が産まれ、その子に家督を継がせれば辻褄が合うという事でしょう」


「まだ十二、三の娘だぞ。大胆な事をするもんだ」


「帝国が全面に出て工作を行っているらしく、領民達の間でも相当な噂になっているそうです」


「我々が弱った今が好機だと踏んだのだろうな。あそこが帝国に飲み込まれれば我らは立ち行かなくなり、より連中が利する事になる」


 古代経済の域を出ないナルトラウシュ領では金銭歳入の多くをワーレン港での商取取引から発生する関税収入で賄われている。


 もしもワーレンが帝国に奪われた場合、ナルトラウシュ領経営は目に見える形で破綻を余儀なくされるだろう。


「税だけならまだしも、ワーレンから仕入れて来た王都への上納品が滞ると、困難な立場に立たされる事になります」


 封建制度の根幹で王から与えられた領地の見返りとして、領地経営で得られる収入の一部を王へ差し出すという暗黙の契約がある。


 それを怠る事になった場合にその罰として領地を取り上げられたり、最悪の場合は王への敵対行為として攻め滅ぼされる事もありうるのだ。


「前はギガントだったが今度は帝国か……。今年は災厄の年だな」


「アーネスト様の喪が明けるまで評議会は開かれませんが、その後すぐに筆頭評議員(領主)代理の選定が行われるでしょう」


 自由都市ワーレンの評議員は十六人いて、それぞれ王国派・帝国派・中立派に分かれている。


 帝国との綱引きに勝利するには投票までに最低八人の人間を引き込まなければならず、軍事力が大きく削がれた今のナルトラウシュには非常に困難な条件だった。


「御館様のお許しを頂けるなら、私が使節を率いてワーレンへ向かいます」


「いや、アズベルトを送ろう。帝国と事を構える可能性がある以上、お前を渦中には送れんよ」


「副団長をですか?」


「あいつは武人としても優秀だが、同時に政治の駆け引きも出来る男だ。癇癪持ちではあるが、今ある駒の中では一番の適任だ」


「早急に準備いたします」


 自由都市ワーレン港に領主の弔問と政治工作を兼ねた使節団派遣が決定された。


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