エレオノーラ
場所は変わって鹿野は祐木の言い付けに従いエレオノーラを連れ出していた。
受け入れが進んでいる居留区の忙しさに引きずられているのか、調整官区のここもドタバタとした印象だ。
「なーんかバタバタしてるわねぇ」
周囲を見回しながら呟いた。
作業している職員達は真剣な表情でありながらも微妙に口元が緩んでいて、鹿野は透けて見える下心に不快感を隠さない。
他にもすれ違う皆が皆エレオノーラばかりに目をやって、自分がスルーされてしまっているのも一因の様だ。
「えっと、あの……」
自身の容姿に自覚があるのか、もしくは過去に似た様な経験があるのか、鹿野を気遣おうとする。
その様を見た鹿野は彼女の意図を理解したのかどうかは分からないが、悪感情は引っ込めた。
「そうだ、エレオノーラ甘い物は好き?」
鹿野の質問に肯定のジェスチャーをする。
「じゃあちょっと寄り道して行こう」
「え? でも」
「そんなに畏まらなくて良いって。歳もあなたの方が上だし、ね?」
それから二人はある建物へと向かった、とはいっても調整官室なのだが。
「よしよし誰も居ないし、こっそり入っちゃおう」
「誰もって、え……?」
鹿野の不吉な言葉に不安を隠せなかった。
そのまま自分の家でやる様に設置されている冷蔵庫を開けると、紀一郎が常時ストックしている生菓子を取り出して食べ始める。
「ほらほらエレオノーラも食べなよ。…… あいついっつも良い物食べてんな~」
強引に勧められてエレオノーラはガラスのカップに入ったプリンを受け取り食べ始めた。
「美味しい? うちの町で一番美味しいプリンだって人気なんだよ」
相当気に入ったらしく一生懸命に食べている。
それを見ていた鹿野は何かに取り付かれた様にプリンを食べていた彼女の両頬を両手で押さえた。
「え!? えっ?」
急な事でうろたえるエレオノーラを意に返えさず、若干しかめっ面で凝視する。
「本っ当に綺麗だわ。羨ましいとか通り越して溜め息しか出ないわ。モテモテでしょ?」
「そんな事、あなたも可愛いよ?」
いきなりの告白に微妙な社交辞令を返す。鹿野自身ルックスは良い方なのだが、この銀髪の美少女と比べると勝負にならない。
「鹿野 明日実よ」
鹿野が笑うとそれに釣られる様にエレオノーラも笑った。
調整官室で緩めのガールズトークを繰り広げていると、後ろの方から部屋の主の声が聞こえてくる。
「あ、お帰り~」
「なんでいるの?」
「鍵が開いてたから」
「元々鍵なんて付いてないから」
まったく悪びれない鹿野だが、昔から紀一郎は彼女に怒れない所があった。
「……、まあそれは良いや。で? 何食って、って…… 何飲んでんの」
紀一郎は二人が冷蔵庫の中の物を食べているのを目ざとく見つける。
「スィ~ツ」
「勝手に食うなよ、それ来客用なんだから」
「私お客さんジャン」
「客って……、百歩譲ってケーキやプリンは良いにしてもコーラは僕の私物」
日本本国と不定期ながら繋がるようになって以来、労働報酬の一環として住人が順番が希望する物品を取り寄せる事が出来る様になっている。
その中で総督や自衛隊司令・三郡調整官などの上級職は役員報酬的に毎回取り寄せる事が出来るのだが、紀一郎は毎回々々嗜好品としてコーラを大量に取り寄せていた。
ちなみに鈴谷が何を注文しているかは不明である。
「コーラはこっちには出回って無いんだから、カロっちだけ独り占めしてないで少しはこっちに回しなさいよ。ねえ?」
急に話を振られてエレオノーラは一瞬ギョッとしてしまう。
生来の性格からなのか本当に申し訳ないと思っていたのかは分からないが、申し訳なさそうに膝を少しだけ曲げてかがみ、こちらの世界のお辞儀をする。
「あ……。ど、ども」
エレオノーラの顔を見た紀一郎は思わず固まってしまった。
銀色の髪に細く華奢な身体に反比例して大きく膨らんだ胸と、紀一郎にとってはどストライクな姿見だったからだ。
思わずも見とれていると目ざとく紀一郎の反応に反応した鹿野はにんまりとドヤ顔で耳打ちする。
「私もう上に戻るから、後よろしく」
「は? 何をどうするんだ」
「がんばれカロっち!!」
ポンポンと紀一郎の肩を叩く。次いでエレオノーラに何か耳打ちをして調整官屋を後にした。
鹿野が出て行き二人きりになった空間は何かバツの悪い物になっていたのだった。
「ど、どうぞ…… 座って、下さい?」
「はい……」
向かいに座らせるが二人きりになったせいか、もしくは鹿野が何かを吹き込んだか分からないが微動だにせずうつむいたままだ。
何を言われたのか聞きたかったのだが、それを聞くと何故か負けた様な気がして当たり障りの無い事しか話し出せなかった。
「体の方は大丈夫ですか?」
「え?」
「治療を受けていたんでしょう?」
医療施設で治療を受けた帰りだろうと察して話題を切り出したのだが、かなり説明を端折って話し始めたので、エレオノーラには初めて会う、しかも自分達の事を何も知らないはずの少年がそんな事を言うのか困惑した様だ。
「私は怪我をしていた子に付き添っていただけで、私は何ともありません」
(付き添いなんて認めてないんだけどなあ……)
「どうかされましたか?」
「いや、なんでも。えっと名前は?」
名前を聞かれて一瞬逡巡するが、
「エレオノーラです」
紀一郎は目を見開いた。
その名前は仙道から受け取った名簿の中で一人しか存在していなかったからだ。
「マジで!? 本当に?」
エレオノーラの頭に『?』が浮かぶ。名前を教えた相手から『本当に?』などと言われる事など普通は無いだろう。
マジマジと彼女を見つめた。昨日マリシアとライナから聞いた身体的特徴とも合致していた。
今回は完全な偶然なのだが、紀一郎は祐木か明石が変な気を利かせたのだろうと邪推する。
「そっか、じゃあタリスさんの付き添いだったんですね。骨折と発熱って事なんで、すぐに一緒に居られるようになりますよ」
仙道から受け取った救出者名簿で名前があるのは分かっていたものの、同名の別人な可能性があると思い用心していたのだが、目の前の美少女にほっと胸を撫で下ろす。
「タリセスタは生きてるのですか!?」
しかし紀一郎にとっては予想外の返事が返ってきた。
「え!?」
「え?」
「……、一緒だったんじゃないんですか?」
「洞窟に連れて来られた時に離れ々れにされて、付き添っていたのは洞窟で一緒のになった子なんです」
「そういう事か」
紀一郎はなるほどと得心するが、ほぼ全ての情報を持っている彼とは対照的に何も知らないエレオノーラは不安そうだ。
「どうしてタリスと私の事をご存知なのですか?」
どうすれば彼女にここ一日の出来事を分かりやすく説明出来るかと思案するが、ある種成り行きというかなし崩し的に話が進んで今に至る為、紀一郎自身どうしてこうなったのか正直言って理解出来て無く話をするのをさっさと諦めた。
「ま、まあ、とりあえず行きましょうか」
紀一郎は立ち上がり彼女にも促す。
「説明しようにも話が荒唐無稽過ぎて……。それに機密事項で話せない事も多いですし、騙されたと思って付いてきて下さい」
仲間のライナやマリシアが適当に話をするだろうと居留区へ案内する事にした。




