運送業者のゼニス
出島機関のもう一つのメインである外から交易等で来た外国人を滞在させる区画がある。
紀一郎は多くの職員が滞在区画の反対側にある居留区に意識を向けている中、こちらに訪れていた。
「アレがそうですか?」
「間違いない」
案内していた自衛官が首を縦に振る。
彼らの視線の先には一人の男がいた。
滞在区画には食堂兼酒場が出島機関により運営されており、その男はそこで一人で酒を飲んでいる。
中年といって良い彼は綺麗とはいえない身なりに長年の野外労働の成果か浅黒く日焼けしていて、よくいる下層労働者に見える。
本来ならグイグイっと酒を煽りたいのだろうが、チビチビとやっていた。
「失礼ー」
紀一郎はそう声を掛けると二人用のテーブルの向かいに座る。
「どちらさんで?」
周りの席は幾らでも空いているのにもかかわらず、わざわざここに座った事で食事や酒ではなく自身に用がある事を男は容易に悟った。
気付くと彼の周りには斑模様の自衛官達が囲む様に立っている。
「怖がらなくてもいいですよ、彼らは僕の護衛です。ゼニス・モルテオさんですね」
「どこかでお会いしやしたか?」
「いいえ、あなたの事は入管の時に申告された情報で…… 運送を取り仕切ってる『リッツ・ファミリー』所属。ナルトラウシュ辺境伯からの依頼で来られてますね」
「そうでやんすが、あっしが何か?」
「実は帰り用に積み込むはずだった荷物が手違いで遅れてましてね、あなたの滞在期限までに間に合いそうにないんですよ」
「へぇ……。それであっしにどうしろと?」
積荷が『届かない』や『遅れる』等は運送業をやっているゼニスにとってはよくある事だ。
そういう時は相手に舐められない様にやかましく怒鳴り散らすのだが、完全なアウェーでしかもナルトラウシュ近辺では色々と噂に聞く自衛官に囲まれていてはそういう訳にはいかなかったのだろう。
「そこで提案なんですが積荷の準備が完了する間に、僕の依頼を受けていただけませんか?」
「あっしにですかい? ありがたい話なんですが、ファミリーの仕事を置いて行く訳には……」
「それは大丈夫です、辺境伯へこの手紙を届けて貰うだけですから。もちろん私共の責任で荷物の配達が遅れる事もお話させて貰います」
そう言って紀一郎は日本製のリンス銀貨を五枚と羊皮紙を卒業証書みたいに丸めて蝋で封をした書状をテーブルの上に置いた。
「こいつぁ……」
銀貨を見たゼニスは驚きを隠せない。
王家発行のリンス銀貨だと高給取りの運送ギルドで一月働いて大体十枚ほどなので、約半月分の給金だ。
しかも河原崎町が支払いに使っている金貨銀貨は非常に人気が高い。
ボーダーラント国で鋳造されている貨幣に比べて高純度・高品質で装飾も凝っているし、何よりも鏡で映した様に一枚一枚全てが均一でこちらの世界でありがちな、同じ貨幣なのに金銀の含有量がバラバラで勘定するのに苦労するという商人泣かせな事が無いからだ。
その為河原崎町発行の銀貨だとプレミア付きで取引されるので実質それ以上の見入りになる。
「そういう事ならお受けしやすが、何故あっしに?」
「ただの偶然ですよ。急ぎでナルトラウシュ辺境伯に届けなくてはならなくなりまして、条件に合う人を探していたらあなたになっただけです」
ゼニスは即答をせずに考え込んだ。
うまい話には裏があるという諺がこのファンタジー世界にもあるのか、向かいに座る少年の表情をうかがっている。
「もしあっしが断ったらどうされるんで?」
「別に……、候補は他にも居るのでその人に頼むだけです。では今回は別の人に頼むとしましょう」
紀一郎はテーブルの銀貨と羊皮紙を取ると立ち上がった。
「待って下さい! その仕事お受けいたしやす」
あまりにあっさりと引き下がったので驚いてすがる様に引き止める。
それを見た紀一郎は交渉成立とばかりに、握ったこぶしでテーブルを二回コンコンとノックする様に叩いた。
「馬は用意しています、それを飲んだらすぐに出発して下さい。出島機関の使いで来たと言えば問題無く領主に取り次いで貰えます」
ゼニスは飲みかけの酒を一気に煽るとすぐに出て行った。
「スパイっていうにはあんまりそれっぽく無い人でしたね」
「そういうもんでしょ、映画の英国スパイみたいに長身イケメンだと目だってしゃあない」
それを見送った紀一郎はゼニスについての感想をもらす。
しかしスパイに見えないスパイというのはそれはそれで優秀なのかもしれない。
「でもスパイなのにこんなに簡単にバレてちゃ商売上がったりでしょ?」
「盗聴器や監視カメラの存在そのものを知らないんじゃ仕方ないよ」
出島で交易を始めてから約三ヶ月、始めはナルトラウシュ辺境伯の商隊だけだったが、噂を聞き付けた目ざとい者達が少しずつ集まり始めてそれなりに活況を呈する様になってきている。
当然ながら純粋に商売に来た者だけで無く、河原崎町の情報を得ようと商人の振りをしたスパイも数多く出入りしていた。
しかし人間以外の目によって監視されている事を知らないこの者達は、視界に河原崎町の人間が居ない所ではかなり露骨に情報収集活動をしているので、入国時の身分情報と併せてどの勢力のスパイなのかは容易に把握できる。
「わざわざスパイに使いを頼んだのはなんで?」
「普通の人でも構わないんですけどね。でも途中でバックれたり、欲をかいてこの情報を別の勢力に売ったりって事が防げるでしょう? それにあのお姉さん達の事はあまり外に知られたくない」
「鈴谷総督もだけど君本当に中学生?」
「じゃあ僕は戻ります。我々が気付いているとは知られたく無いんで、これからもそこん所よろしくお願いします」
「了解、常に我々が監視しているし町には絶対入れない。せいぜい踊ってて貰いましょう」
酒場の喧騒の中で静かに解散した。




