出島徒然話-1
「ナルトラウシュ領で騎士のお嬢さんとお姫様を助けた時の事は覚えてるか?」
調整官室に戻ると静かな怒りを感じさせる感情を抑えた声で話し始めた。
「ええまあ、大体は」
「じゃあその時お前が逃がしたクソ共の事も覚えてるな?」
「一応、って何の話ですか?」
「じゃああの馬車を襲ったクソ共が同じクソだったってのはどうだ?」
「何でそんな事知ってるんですか!?」
初耳で驚いている紀一郎の質問には答えずさらに詰め寄る。
「お前があの時あいつらを逃がしたせいで馬車が襲われ、人がさらわれるなんて事になったんだぞ」
明石の怒っている理由を理解するが。
「あー、そういう事ですね。でも僕が彼らを逃がした事と、彼らがその後で悪さをした事は関係無いと思うんですけど」
紀一郎のすかした態度に明石の眉と眉間がすごい事になっていた。
「あの子らの前でも同じ事言えんだろうな!!」
「そんなに怒らないで下さい。追い払ったんだからそれでいいじゃないですか? それに外で起きた事には僕達は何も出来ないんですから」
訓練された軍人である明石に睨みつけられる。普通なら震え上がる様な状況だが、三ヶ月以上三郡調整官として働いてきたからかその手の恫喝には通じない。
しかし、しばし見詰め合ったあと紀一郎から折れた。
「わかりましたよ。どうしたら許してもらえるんですか?」
「何とかしろ」
「そういう漠然とした事を言われても困るんですけどね。一応頑張ってはみますんで、今は勘弁してください」
「よし!」
紀一郎の言質を取れた明石は眉間のしわはそのままだが、満足気に三郡調整官室を出る。
外では先程マリシア達を運んで来た部隊の足立二曹が立っていた。
「何だ、待ってたのか」
「明石一尉……」
「話は通しておいた、調整官殿も動いてくれるそうだ」
足立は肩の荷が下りたのか、ほっとした表情になる。
「申し訳ありません、こんな事を頼んでしまって」
「気にするな、俺もあの時は一緒に居たからな。しかしお前よく連中の顔を覚えていたな」
「自分でも不思議です。物覚えは悪い方なんですが、何故か直感的に確信できまして」
ウィールの街で野盗達と対峙していた時の事を思い出す。奴らを野放しにしてしまった事が心の隅で引っかかっていたからだ。
「ただ正直、あとは上の判断になるからな。どうなるかは彼しだいだよ」
調整官室をあごで指す。
「中坊の癖にこっちに来てからずっと世話になりっぱなしですね」
「たまにあいつが一回り近く年下だって忘れちまう時があるからな」
くっくっく、と二人で笑いあった。
(さーて、どうしたもんかな……)
一人になった紀一郎はしばし目を空中に泳がせ、壁に掛けられている時計に目をやったあと受話器を取る。
「三郡調整官の加賀です。館林三等空佐に繋いでください」
オペレーターに告げると五分ほど待たされ、通りの良い声が聞こえてきた。
「お待たせしました館林です。珍しいね、カロ君からうちに電話なんて」
「すみません、お忙しい中で」
「かまわんよ、それに空自に何か頼み事があって掛けてきたんだろ?」
「実は今飛ばしてる定期便の航路を指定する場所に移動して貰えないかと」
「Pー1を? 出来るよ」
Pー1とは防衛省技術研究本部と川崎重工業が共同で開発した最新型の固定翼哨戒機で、長大な航続距離と探知能力を有した『海上自衛隊機』だ。
日本の周辺国に知られずに様々な実践データの収集が可能だとして河原崎町に持ち込まれ、本来は海上警備が主任務の所をこちらでは主に陸上の偵察に付いている。
前述のように海自の装備なのだが諸事情から空自が管理・使用している。
「実はさっきBの哨戒地点で盗賊集団から襲撃がありまして、追い払いはしたんですが……」
「そいつらを見つければいいの?」
「出来ますか? 結構時間が経っちゃってますけど」
「余裕、どうせ馬でしょ? 一日に動ける距離なんてたかが知れているし、あの辺は人いないからまあ大丈夫でしょ。カロ君に貸しを作れるのは悪くないからね」
「ありがとうございます」
紀一郎は知る限り逃げた連中の情報を伝え通話を切ると、次は医務室へ電話を掛けた。




