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昼飯はチキンカツ定職

「ライナ、ルイセの様子はどう?」


「マリシア、今は眠ってる。でも熱も高いままだし、このままだと危ないかも。それにエレオノーラの事、ルイセになんて言えばいいか、タリスだって……」


 三歳になる少女ルイセを抱きかかえたライナは、この子が眠りから覚めた時に知らせなければばらない残酷な未来を想い、目に涙を浮かべる。


 十二歳になるライナ・シラストは、慢性的な栄養不足で痩せた身体で小さな命を守ろうと必死に抱きしめていた。


 車輪が壊れて本来は動かない馬車を、聞きなれない騒音を上げる見たことも無い形をした馬も牛も引いていない馬車が、強引に引きずりどこかへ向かっている。


 ガタガタと揺れる馬車のなかで、長旅でくすんだ彼女の金髪が揺れていた。


「ライナ……」


 燃えるような赤毛をした三つ年上のマリシアは手を差し伸べる事も、それ以上声を掛ける事も出来なかった。


 ルイセの心配もあるが、これから自分達に降りかかるであろう未来に思いを馳せずにはいられなかったからだ。


 同じ事を考えていたのだろう。それから少しして堰を切ったようにライナが泣き出した。いつもは気丈な彼女の涙にある言葉を掛けようするが……。


(二人は私が守る)


 マリシアは口に出せなかった。


 今の状況や自分の境遇・無力さから、気休めでもそれを言う事がどうしても出来なかったのだ。


 それからしばらく揺られていたが、馬車が動きを止めた。どこかの町か集落に着いたのだろう、外から声が聞こえてきた。


 見慣れない緑の斑模様をした服に身を包んだ若い男達が集まってきて、マリシア達をまるで珍しい動物でも見る様に半壊して剥き身になっている馬車の外から眺めている。


 彼女達に向けられる好奇の視線にこれからの事に身を案じて恐怖と不安から馬車の奥で身を固めていたのだが、ここまで連れてきた自分達を犯す訳でもなく、奴隷階級の自分達に相応い扱いをする訳でもなく遠巻きに眺めている。


「はい、はい。どいてねー」


 男達の野太い声の中で綺麗な声が聞こえてきた。


「怖い顔並べてるから怯えちゃってるじゃない」


 胸元を強調するタンクトップに、タイトなミニスカートの上から白の外套を纏った祐木真希子が現れた。


「先生、ご苦労様です。……、外語上手いですね」


「出島勤務で勉強したからね。これでも外語資格準一級」


 誇らしげに首から下げている身分証をひけらかし馬車に乗り込もうとするが、周りの男達に止められる。


「待って下さい。身体検査がまだですので、安全を確認するまで近付かないで下さい」


「えー!? 大丈夫よ」


 自衛隊員達を前に怯えたウサギの様な姿の彼女達を見て、荒唐無稽な話に思える理由付けに眉間にしわを寄せながら笑う。


「規則です。身体検査が済まなければ、一般人と接触は禁止です」


「しょうがないなあ。じゃあそのちびっ子とそれ抱えている子を医務室に連れてきて」


「もう一人はどうしますか?」


「見た感じ元気そうだからカロ君の所に連れて行ってあげて。あいつが何とかするでしょ? 後で彼女も診るけど」


「了解しました」


 サバサバと場を捌くと、さっさと自分の持ち場に帰って行く。


 それから隊員達は怯える彼女達を何とか宥め賺して出島敷地内の調整官区へ連れ出した。



「ご苦労様です。祐木先生から話は貰っています」


 マリシア達を連れていた岸谷三尉率いる部隊は調整官区にある医務室から丁度出て来ていた紀一郎に出くわした。


 隊員達は一斉に敬礼をする。


「赤毛の人は僕が引き取りますんで、そっちの二人を中にお願いします」


「自分達への聴取はどうしますか?」


 岸谷はここに留まるべきかを尋ねた。


「三郡調整官はそもそも自衛官を尋問したり査問したりする権限はありませんから。この後司令部から呼び出しがあると思いますけど、うちからも話をしてますんで大丈夫ですよ」


「色々申し訳ない……」


 岸谷は頭を下げ、部下達と後にする。


 彼らのやり取りを意味も分からずに、マリシアはポカンと見ていた。


「こっちへ」


 紀一郎は少し冷たい感じで自分に付いて来るように促す。


「え……」


 困惑するマリシアを前に無遠慮に話し始めた。


「付いて来てもらえます? それといきなりこんな所に連れて来られて大変だとは思うけど、ちゃんと言う事を聞いて貰わないと一緒にいた二人に迷惑掛ける事になりますよ」


「!?」


 ライナとルイセを人質に捕る物言いに憤るも、黙って紀一郎の後に続いて歩き始める。


 とあるプレハブ建ての建物たどり着いた。


「入って」


 そこは調整官区内の仕官および上級職員用の食堂で、総督府から来た人などを通す貴賓室的な役割をしている建物だ。


「座って待っていて下さい。監視が付いるんで勝手に動き回らないで下さいね」


 そう言って紀一郎は出て行った。


 マリシアは何も分からず椅子に座りキョロキョロと周りを見回す。


 貴賓室と言えば格好いいが結局はプレハブ建てなので殺風景で椅子も机も上等な物ではないのだが、奴隷が暮らす掘っ立て小屋とも自分を飼っていた主人達が暮らす石造りの屋敷とも違う建築物と内装に目を奪われる。


 前に売られて主人の屋敷に連れて来られた時に感じた不安や恐れといった感覚が、フラッシュバックして身体が振るのだった。


 それから少しして部屋の扉が開き、紀一郎が戻って来る。


 手には食事の乗ったトレーを持っており、マリシアの前に置いた。


「あの、これ…… は?」


 食べろという意図は分かるのだが、何故彼がそれをするのかマリシアにはまったく理解できない。


 奴隷にとって食事とは課せられた労働の対価であり、それが無ければ得られない物であるはずだからだ。


「冷める前にどうぞ」


 疑心暗鬼というよりも意味が分からず机の上の料理を見るが、紀一郎の勧めと空腹からフォークを手に取った。


 メニューはチキンカツ定食。


 久々にありついたまともな食事に無心になって貪る。味に定評のある自衛隊自慢の料理にマリシアは目に涙を浮べてしまう程だ。


「味はどうですか?」


「うん……」


 手と口を休める事無く頷いた。


 辛い事があったばかりなのだが、食べられる時に食べておくというこの世界の下層に生きる人間の本能に従い、あっという間に平らげていく。


 紀一郎は隣に座って自分で入れたホットコーヒーを飲みながら眺めていた。


 自分が作った訳ではないのだが、マリシアのあまりの食べっぷりに微笑ましく思え、顔が緩む。


「これって」


 最後にデザートとして添えてあった種無し葡萄のデラウェアを手にとって眺めていた。


「葡萄、見たこと無い?」


「昔貴族様が食べていたのを見た事がある。これよりもっと粒が大きかったけど」


 知らない名詞が出てくるが、とりあえずスルーする。


「そういう品種なんですよ」


「品種?」


「多分あなたが知っているのと違って甘味が強いし種が無くて食べやすくなってますよ」


 一粒摘んで口に入れる。皮ごと食べてしまったので少し驚いたが、気に入ったらしく何粒か続けて食べる。すると何を思ったのか残りのを胸元に隠すようにしまった。


「な、何やってるの?」


 ポケットが付いている訳ではなく胸の中に直接葡萄を入れるという行為に、思春期特有の何でもエロスに変換してしまう症を発祥させた紀一郎は驚いて声を上げる。


「その、ルイセに食べさせようと、思って……」


 彼女の言葉を聞いた紀一郎は左手を前に差し出すとそれを出す様に促す。


 咎められたと思ったマリシアは恐る恐る差し出し、相手の顔色を上目使いで伺う。


 紀一郎は葡萄をお皿に置くと、彼女の卑屈な姿に軽くため息をついた。


「これはあなたのだ、だからあなたが全部食べていいです。一緒にいた人達の分もちゃんありますから。それと一々怯えなくてもいいですよ」


 頷いてパクパクと粒を摘んで食べる。


「あなたについて聞いていい?」


 緊張が大分解れてきたとみて、事情を聞く事にした。


「私はマリシア、十五だ、です…… 多分」


「多分? 何故?」


「いつ生まれたかなんて分からないから、です」


「僕も今年で十五歳なんだ、同い年だし別に無理して敬語を使わなくていいよ。分からないって、ご両親は?」


「分からない、私は奴隷の子だから……」


 内心聞かなきゃ良かったと後悔する。


 ナルトラウシュからの情報で奴隷制が存在する事は知っていたのだが、今一ピンとこないでいたのでこういう形で目の前に突きつけられると、どう反応していいのか正直分からなかった。


「それは……、大変だね」


 紀一郎の反応にマリシアは首をかしげた。


 奴隷は家畜と同じかそれ以下の扱いしか受けられなかったからだ。同じ奴隷仲間は別だが、人から気を使われるという事が無い為、マリシア自身も彼が持つ感情の揺れが理解出来ない。


「はい、大変で、した」


 仕方なくそのままの言葉を返す。


 気を悪くさせて無いと安堵する、気を取り直して質問を続ける。


 胃袋を掴んで懐柔する事に成功していたので、比較的正直に話をしてくれた。


 当初奴隷と売られてきた娘の五人で旅をしていた事、ここにたどり着く直前に野盗に襲われてタリセスタとエレオノーラの二人を連れ去られてしまった事などだ。


「今日ここにたどり着くまで結構な日数が掛かってる訳だけど、旅費とかどうしてたの?」


「それは、その」


 それまで素直に話をしていたのが、口ごもってしまった。


 正直なところ興味本位で聞いただけだったので、変な所で躓いてしまったと焦る。


「一応言っておくけど、河原崎町の領域外で起きた事で罪に問う事は無いし、答えたくなかったら話さなくてもいい」


 助け舟を出すが、マリシアはバツが悪そうに話し始めた。


「水や食料は道すがらにあったキャラバンや馬の宿でエレオノーラとタリセスタがお客をとって貰ってたんだ……」


 ノートにメモを取っていた手がまた止まる。重たい話の連発に胃がダメージを受けているのを感じる。


「私やライナじゃまだ辛いだろうからって……。だけど二人共いなくなっちゃった」


 椅子に体育座りの様な格好で座っていたマリシアは、膝に顔をうずめて声を押し殺す様に泣き始めた。


「さらわれた二人について聞かせてもらっていい?」


「何故?」


 マリシアの一見ドライな返しに戸惑う。


 彼女達の世界ではちょっとした事で今生の別れが起きる。


 主人の怒りをかってしまったら別れが起きるし、別の買い手がついて売られればやはり別れが起きる。病気や怪我でも処分されてしまう事はざらなのだ。そして一度別れてしまえばもう二度と会う事は無い。


 それを一々気にしている訳にはいかないし、言葉に出してしまうと辛い思いをしてしまうのは分かりきっているので、割り切らざるをえない。


 現代日本人の様に死んだ者やいなくなった者をずっと引きずったりするのは、マリシア達にしてみれば金持ちの道楽でしかないのだ。


「いや、何でって言われても。一応」


「エレオノーラはルイセのお姉さんで、タリセスタは買われた貴族様の屋敷で前から居た奴隷よ」


「ルイセってあのちびっ子の?」


「そう」


 紀一郎はやるせない想いが込み上げてくる。あの子供が目を覚ました時にどうなるのかと考えると、胸が痛くなる。


 これ以上精神的ダメージを負いたくないので、その後ざっくりした話を聞いた後に一度目の事情聴取を終了させる事にした。


「今回はこれで終わりにしよう。この後なんだけど、医務室で診てもらった後は宿舎を作ってあるからそっちで今日は休んでね」


「イムシツ?」


「お医者さんに診てもらうんだよ」


「私はどこも悪くないわ」


「良いか悪いかは医者が決めるんだよ」


 マリシアを連れて食堂を出ると明石が立っていた。


「悪いがちょっと良いか?」


 真面目な顔で声を掛ける。


「ええ、食器を返すのとこの子を医務室に連れて行った後で良いなら」


 明石はトレーを取り上げると紀一郎を護衛の名目で付いていた自衛官二名にそれぞれ届けるように指示を出す。


「これで良いな? お前の部屋で話そう」


 神妙な面持ちだったのだが、彼らが実は怒っているのだという事に気付いた。

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