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ヴェルター城訪問も突然に

 ヴェルター城には領主が住む本城だけでなく、渡り廊下などの連絡通路で繋がっているいくつかの区画に分かれている。

 

その一つに騎士団の常駐する兵舎とその家族が生活する居住区画があり、この日ナルトラウシュ辺境伯はそこにある副団長の邸宅に訪れていた。


「御館様、此度は義父の為にわざわざお越しいただいて恐縮でございます……」


 亜麻色の髪をした女性が出迎える。


「そこまで畏まらずともよい。先日から寝込んでいると聞いてな、見舞いがてら様子を見に来たのだよ」


「光栄にございます。ですが、その……」


 言いにくい事があるのか口ごもるが、ナルトラウシュにはその辺の事情も察していた。


「詐病なのだろう?」


「申し訳ございません、義娘の私からはこれ以上は何も……。ただ巨人ギガントとの戦いのあと自棄になった様に寝室から出てこなくなりました」


 彼女の弁明にそうかと頷くとそのままドシドシと部屋の中に入り、さらに寝室の扉をドンっとばかりに開ける。


 貴族たる人物としては本来ありえない行為だ。


「アズベルト! 調子はどうだ?」


「ウイール…… 様」


 軽快に入ってきたナルトラウシュに面食らった。


「嬢ちゃんに止められたんだがな、邪魔するぞ」


 彼の名はアズベルト・ロア。


 ナルトラウシュが若い頃からの腹心で、長らく各地を転戦し苦楽を共にする。


 王都出身なのだが辺境伯に封じられてからも彼に付き従いこの地にやってきた。


 元々ナルトラウシュは彼を騎士団長にしたかったのだが、竜騎士隊と違い地元出身者が大半を占める辺境騎士団を統率するには適さないと固辞し、副団長になった経緯をもつ。


 ベッドから起き上がる彼の姿を見て仮病だと聞いていたのだが、思っていた以上に憔悴している事に少し驚いた。


「何だ、本当に寝込んでいたのか? 勇将と鳴らしたお前らしくも無い」


「閣下……、このような一大事に申し訳ありません」


 深々と頭を垂れる。


「何がお前をそうさせたのか、話してくれぬか?」


 近くにあった椅子に腰掛けた。


「わしは長槍を一人で持てる歳になって以来今日まで戦場を駆けてまいりました。帝国の重騎士団にもエネオスのシュヴァリエリッターにも決して遅れをとらないと研鑽を積み、その自負もありました」


 苦悩の表情を浮かべ目を覆う。


「しかし…… しかし、あれ以来あの光景がわしの目に焼き付いて離れんのです」


 アズベルトは切々と語り出す。


 航空自衛隊の攻撃が返しされる前、伝令がナルトラウシュの命令を携え訪れる。


 ギガントを殲滅する大攻撃を喫緊に行うので、巻き添えにならないように非難しろという内容だった。


 にわかに信じられない話だったが、信頼するナルトラウシュからの命令に騎士達を引かせたのだが、武人の誇りというと都合が良いかもしれない。彼は単純な好奇心でギガントに近い場所で何が起きるのか見届ける事にした。


「情けない話です。わしは吹き飛ばされて腰を抜かしておりました。聞きなれぬ音が聞こえたかと思うと、とてつもない衝撃が起きました。埃と煙が立ち上り、気付けば瓦礫と焼け焦げたギガントの肉片が辺りに飛び散っておったのです」


 詩的な表現とは言いがたいが臨場感のある話と彼の表情にナルトラウシュは聞き入っていた。


「そうか、おぬしはあの大魔法を間近で見たのだな」


「あれは人の為せる業ではありませぬ。神、いや、悪魔の業……。それに比べ我らが知る魔法などもはや遊戯以下。地獄の釜の底を見た思いでありました。アレを見て気が狂わなかっただけでも大神の慈悲でありましょう」


 話しているうちにフラッシュバックしたのか、段々と負のテンションが上がっていく。


 どう諌めようかと思い始めたが。


 するといいタイミングでドアがノックされ扉が開いた。


「辺境伯さま。お茶をお持ちいたしました」


 トレーを持った先程の女性が入ってくる。


 陶器のカップを二人に差し出すと礼をしてそのまま立ち去っていく。


 図ったように絶妙のタイミングだったので、話の腰を折られてしまった。


「おぬしの義娘は今年でいくつになるのだ?」


「今年で二十四になります」


「もうそんなになるのか? 少し前まで馬車の車輪より背の低い子供だったというのに」


 彼女の名前はシエリス・ロア。


 アズベルトとは血の繋がりは無く、戦災孤児だったシエリスを彼が引き取り本当の娘の様に育てられる。


 アズベルトは十代の頃から様々な戦場を転戦し、激しい戦闘の中で命を落とす同僚と愛する夫を失い悲しみに暮れる未亡人を数多く見てきた。


 そのため彼は生涯独身でいようと若くして決意したのだが、あるきっかけから子供だったシエリスに出会う。以後唯一の家族として一緒に暮らしている。


「どこか良家の嫁にと考えておるんですが……」


「あれだけの器量ならいくらでも話があるだろう?」


「何度か縁談はあったのですが、独り身のわしを気使ってか全て断ってしまいまして」


「嘘付け! 本当は嫁にやるのが惜しいだけだろ?」


 互いに笑いあった。共に娘を持つ者同士、複雑な胸中が理解しあえるのだろう。


「おぬしの事情はわかる。ならばこそおぬしの力が今以上に必要なのだ。我らの命運はシエリスやシュザンナの命運とも直結するのだからな。分かるな?」


「…… 御意」


 ナルトラウシュは寝所を後にする。


「もうお帰りですか? お代わりをお持ちしましたのに」


 部屋を出で玄関に向かっているとトレーを持ったシエリスに呼び止められた。


「おおこれはすまん。あまり長居するのも悪いのでな」


 トレーに載ったカップを取ると、多少の熱さも気にせずに飲み干した。


「アズベルトの事だが二、三日好きにさせてやってくれ。四日してまだ寝所から出てこないようなら叩き出して出仕させるように」


「かしこまりました」


 シエリスに見送られ宿舎を後にした。



 それから夕刻になって日が沈みかけた頃、本拠に戻っていたナルトラウシュなのだが、意外な人物からの訪問を受ける事になる。



 ウィール城の応接間に通されていた紀一郎は出されたハーブ茶を飲みながら家人を待っていた。


「よく来られたな、加賀殿」


「急にお伺いして申し訳ありません」


 ナルトラウシュがやってくると立ち上がり挨拶を交わす。


「ジエイタイの者達がおらんようだが、卿一人で来たのかね?」


「ええ、街の夜警隊にお願いして馬車で送ってもらいました」


 今回の訪問で自衛隊員を連れて行くのは不味いと考えて秘密裏に訪れていた。


「実はある意思を受けてお伺いしました」


「ある意思? "誰かの"ではないのか……」


 微妙な言葉のニュアンスに敏感な反応を示す。武器を用いない戦いはすでに始まっていると感じたからだろう。


「昼間行われた事前協議の内容は確認されましたか?」


 ナルトラウシュは首を縦に振る。


「アレを満額飲んでいただきたい」


 紀一郎の言葉に落胆せずにはいられなかった。


「卿はもう少し話が分かる者だと思っておったのだがな。一方が一方の要求を全て飲ませるのは、もはや交渉でも何でもあるまい?」


 彼の意見はもっともだ。


 ただ要求を飲ませるならば話し合いなどする必要など無い。暴力でもって言う事を聞かせればいいのだから。しかしそれは相手からの徹底的な抵抗を意味し、ナルトラウシュは暗にそれを示唆していた。


「でしょうね……。ですから僕は満額と言いました」


「どういう意味かな?」


「額面の価値が同じなら内容が変わってもかまいません」


 次の瞬間、ナルトラウシュは目を見開きニィっと顔を歪ませた。



「不可侵条約と言うのはまあ良かろう。どうせ棄民地だ。しかし自由貿易権というのはな、出はともかく入りを管理出来ないとなると……」


「基本的に我々は輸出を考えていません。その辺については心配する必要は無いと思いますが」


 元々利益を上げる為に行うのではなく河原崎町の生活に必要な、かつこちらで調達できる物はこちらで仕入れようというのが目的だからだ。


「卿達はそうかもしれんが、その後任もそうであるとは限るまい?」


 紀一郎は頭をひねる。


「麻薬などの禁止品目をあらかじめ定めておくのはどうでしょうか?」


「まだ弱いな。それでは王都から突き上げを受けかねん。最悪わしが更迭されるやもしれん」


「ではこの条約を代表と辺境伯の個人的な契約という形にするというのは?」


「それなら本国をごまかせん事も無い。よかろう」


 紀一郎は交渉が上手くいっている事に喜ぶ。こぶしを握りコンコンとテーブルを叩いた。


 その後も話し合いが続き、治外法権や賠償金についても何とか折り合いをつけることができ、中身は大分変質しながらも額面だけは文字通りの満額回答だ。


 話が付いた時には夜もすっかり更け紀一郎自身くたくたになっていた。


「僕はこれで戻りますんで、明日はよろしくお願いします」


 現代人との差なのだろうか、紀一郎とは対照的にピンピンしていてまだまだ元気だ。


「加賀殿、此度の件感謝する」


 深々と頭を垂れる。


「戦債供与品や公文書書類などはこちらの受け入れ態勢が整い次第、提供してもらう事になりますのでよろしくお願いします」


「いつでも送れる様に準備しておこう。しかし金塊の対価として文書を求めるとは……、ぬしらは変わっておるな」


「そうですか? 情報は黄金よりも貴重なものになりえると思いますが?」


 ナルトラウシュはこみ上げてくる感情を抑えられなかった。


 長年戦場を駆け回り情報を制す事の重要性を誰よりも良く知っている。


 しかし多くの者は金銀財貨や兵隊に馬の数、敵の首級など目に見える形あるモノに拘り、そういった地味で地道な行動が軽視されがちでその事に気付く者は少ない。


 紀一郎のような元服になるかならないかの少年がその事を理解している事に感嘆を禁じえなかった。


「なるほど、おぬし達の力は単に精強な兵士や巨大魔法などでは無いのだな」

 こうして紀一郎は仕事を終えた。



 それから応接室を出て出口へ向かった紀一郎は、意外な人物から声が掛かる。


「紀一郎!」


 声に反応して振り向くと派手さは無いが趣味の良い落ちつきのあるドレスを着た女性が向かってきた。


「ミリアさん。こんな所で会えるとは思いませんでしたよ。お仕事ですか?」


「お嬢様にせがまれてね、あれ以来お嬢様の寝所の隣で詰めているのよ」


 汚れまみれで無粋な鎧姿だった時でも十分に綺麗だったのだが、汚れが落ちて着飾った姿に思わず圧倒されてしまう。単純に顔形の造詣でいえば鈴谷八重以上だと思える程だった。


 悪いと思うのだがついついファンタジー世界特有の大胆に開いた胸元に目が言ってしまう。


「じ、じゃあここで寝泊りを?」


「怖い思いをされたから、まだ不安が取れないのかもね。あなたは?」


「辺境伯にちょっと用事がありまして」


「どんな?」


「秘密です」


「秘密なんて水臭いわ紀一郎、一晩一緒に過ごした仲なのに……」


 ミリアは紀一郎にずんずんと近付いてくる。後ろに逃げるがすぐに壁に阻まれて『壁ドン』状態になる。


 同年代と比べても紀一郎は背が低い。その紀一郎よりも頭一つ背が高いミリアに迫られて、丁度目の前にある膨らみと谷間から目が離す事が出来なかった。


「これから部屋に来ない?」


 耳元で甘く囁いた。


「以前約束したお礼がまだだったでしょう?」


 絶世の美人に迫られて耳まで真っ赤にする。


「そ、その……。僕には好きな人が……」


「彼女には振られちゃったんでしょう? なら気にする事は無いじゃない」


「な、なんでそれを……」


「だってあの子に頼まれて御館様に話をしてあげたのは私だもの」


 エメラインの事を突っ込まれ、いよいよ真っ赤になった。


 しかし紀一郎は残り少ない理性を動員して悪魔の囁きを押し戻す。


「ごめんなさい、もう帰ります。それとエメラインの事をよろしくお願いします。故郷まで安全に送り届けてあげて下さい」


「故郷?」


 とぼとぼと玄関に向かって歩き始める。若干前屈みなのは仕方が無い事だ。


 それから紀一郎を見送ったミリアは、使用人達が使う寝所へ行きドアを叩いた。


 コンコン


「入るわよ」


 扉を開ける。するとそこにはエメラインの姿があった。


「彼帰っちゃったわよ。本当に会わないでよかったの?」


「ええ、会ったってしょうがないわ」


 相変わらずの浮かない顔にミリアはため息が出る。


「あぁそれと、トレント様からあなたの奉公先が見つかりそうだって。ワーレン自由港で女従者の口があるらしいわよ」


「ありがとう……。あなたには感謝してるわ」


 嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていたのだが、毒気が抜かれてしまう。


「でも何で故郷に帰るなんて嘘を?」


「そう言った方が彼も諦めが付くと思って」


 エメラインの気持ちが理解できるミリアは複雑な気持ちになった。


「知らない土地で使用人なんて仕事するより彼と一緒になった方が絶対良いのに」


「きいと私じゃ住む世界が違いすぎるわ。いつかきっと私が彼の足枷になってしまう。そんな事させられない。だからこれで良いの」


 身分違いの恋。


 このファンタジー世界でも、もちろん日本でもよくある戯曲だが現実は物語と違って甘くは無い。


 日本であっても両家の経済力やある種の階級が大きく違うと、そのギャップと現実に押しつぶされて駄目になる場合も多い。ましてやこの世界ならばなおさらだ。


 これまで紀一郎と自分が立場の違いを圧倒的なまでに見せられた彼女は、自分が置かれた境遇との対比に惨めさを抱き、一緒にいるべきではないと考えるようになっていた。


「なら涙を流すのを止めなさい。振った側の女が泣くなんて感じが悪いわよ」


 ミリアに指摘されて顔を覆う。自然と涙が流れていた。


 声を押し殺して泣くエメラインを残してミリアは部屋を後にした。

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