新しい日常の始まり
「これで交渉締結ですね」
「この度の助勢と援助、そしてカワラザキへの非礼の数々、深く感謝とお詫びを申し上げる」
河原崎町代表鈴谷 八重とウィール・ナルトラウシュ辺境伯が、救援活動本部の本営でテーブル越しに握手を交わした。
この会談で決められた事は以下の通り。
賠償金として六億円相当、百二十kgの金塊の支払い(もしくはそれに相当する物品ないしは情報の提供)
自由貿易権・治外法権・不可侵権の三つを鈴谷八重とナルトラウシュが個人的に契約を交わす(両者が現状もしくはそれに相当する地位にあり続ける限り、この契約は自動的に継続)
この契約に従い続ける限り彼の地歩は鈴谷によって担保される。
他方ナルトラウシュが契約に従い続ける限り、それによって得られる果実は彼女の功績として積み上げられる事になるのだ。
まさに“満額”回答だった。
それぞれ調印文書に署名し、初の異世界会談は終了した。
「おつかれ~。緊張しっぱなしで疲れちゃった」
緊迫した空気から開放された本営を出て背伸びをする。
「ご苦労様です」
外に控えていた遠野が彼女を労う。
「こんなにスムーズに話が決まっちゃうなんて嬉しい誤算ね。一体誰のおかげなのかしら?」
「鈴谷代表のカリスマ性をもってすればこんなものでしょう」
「そうかしら? 相手側全員から睨まれてた気がするけど?」
そういえばナルトラウシュどころか護衛の兵士さえも微妙にしかめっ面をしていた。
「仮装行列共の事など気にしても仕方ありません。しかし上手くいってなによりです」
鈴谷は目を細める。
「まっ、そういう事にしておくわ」
秘密主義の遠野にこれ以上カマをかけても無駄だと思いそれ以上の追求を止めにした。今回に限っては誰が裏で動いたのか分かっていいたからだ。
「カロにもお疲れって伝えておいて。あいつ何故か知らないけど、私と話すのを避けようとするのよね~」
「あれ? 知らないんですか?」
「何を?」
「あいつ一昨日また振られたんですよ」
予想外の展開に面食らった。
「え!? あの一緒に居た女の子でしょ? 何で?」
鈴谷の見立てでは、互いは相思相愛に見えていたからだ。
「詳しくは分かりません。ただ、その決定的シーンが目撃されていますし、何よりあいつの態度を見れば分かりますよ。代表に会いたがらないのは……、自分も男なのでなんとなく分かります」
相変わらず報われない奴だと、思わず苦笑いせずにはいられなかった。
一方のナルトラウシュは馬車で帰路についていた。
「どうなる事かと気を揉んでいましたが、甘い連中で助かりましたな」
同乗していたトレントは今回の結果に安堵を漏らす。
「甘い? あれは強者の余裕というのだよ。彼らの目にはわしらなど、五月蝿く吠える犬か猫にしか映っておらん」
「口惜しゅうございますな。あの様な破廉恥に足を晒す女に我らの生存を握られるとは」
「おぬしが恨み言を言うとはな。確かにあの格好には驚かされたが……」
シェリオス大陸中探しても見た事が無い不思議な格好をしていた鈴谷八重を思い出す。
それと同時にある疑問が沸いてきた。
「ずっと気になっていたのですが……、御館様は何処まで読んでおられたのですか?」
「どういう意味かな?」
「すべては御館様があの少年にヘグエイトの娘を引き合わせた事が始まりです。少年とはいえ男が入る牢に若い娘を入れるなど驚きましたが、まさかこの様な事になるとは……」
ナルトラウシュはケタケタと笑い出した。
「そんな千里眼を持っておるならもっと上手くやっておるわ。あの少年と娘がつがいになれば、カワラザキとよしみを交わすきっかけになるやと……。そう思っただけだ」
「加賀殿がエメラインを手篭めにして、思惑が破綻するとは思わなかったのですか?」
「その時はその時だよ。値の下がった娘を肉屋に売るまでだ」
彼は本心で話しているのだが、トレントはにわかに信じられなかった。
これまでも突拍子もない言動をしては家臣達を驚かせ、その都度大きな成功を彼が納めてきたからだ。
「そんな事を考えていてもせん無い事だよ。今回は幸運だった。それだけの事だ」
「なおさら口惜しゅうございますな」
「これからは彼等といかに付き合っていくか、我が領地ひいてはボーダーラントの命運を決める事になる」
「しかしこのままではいずれ王都との間で板挟みになりましょう」
「王は野心多いが聡明なお方だ。懸命な判断を下される事を期待して、今は領地復興を進めるとしよう」
外を見ると彼らの前途を物語るように長い道が続いていた。
鈴谷とナルトラウシュと会談が終わった後も支援活動は続いた。
鈴谷はすぐに帰ったのだが、通訳をしなければならなかった紀一郎は最後まで残る事になり、家族や友人との再会はもう少し先送りされる事になる。
当初それなりに長い期間支援活動を行うつもりだったのだが、炊き出しや無償で医療を受けれられる事などの話が、風よりも早く周辺の集落などに伝わり人々が激増。
救援施設への列が絶える事がなく、物資の問題も出てきたので最終的に三日で撤収が決定される。
それから一週間が過ぎた。
「きい、今日から学校よ~。準備できてるの?」
台所から母親の声が聞こえる。
眠気で気の無い生返事をするも、準備を終えて玄関へ向かった。
「いってらっしゃい。知らないドラゴンについて行っちゃダメよ~」
アレな冗談にイラッとするが、自分が戻って来た時に母親が泣き崩れる姿を見て以来、あまり言い返したりできないでいる。
「……、行って来ます」
母親に見送られ紀一郎は家を出た。
一方学校でも紀一郎の事が話題になっていた。
「聞いたか? カロ先輩今日から学校に戻ってくるんだって」
「竜騎士にさらわれて牢屋に入れられてたんだろ? ファンタジー全開過ぎ」
「それがそれだけじゃないらしいんだよ。カロ先輩、向こうでファンタジー早々振られたらしいぞ」
「さすがカロ先輩。こんな短期間に二回も振られるなんて、あの人の方がよっぽどファンタジーじゃねえか」
田舎だけにこの手の話はF2戦闘機よりも早く伝わるのだった。
教室へ行くと生暖かく迎えられる。取り戻された日常に感慨しつつも、遅れた勉強を取り戻す為に必死に授業を受ける。
気付くと四限の授業が過ぎていた。
「カロカロ氏w、久々の学校はいかがでつかな?」
揚屋友広が話しかける。
「付いていくのにやっとだよ。それよりメシにしようぜ」
以前どおり昼飯にしようと誘うと彼が怪訝な顔になった。
「カロカロ氏、拙者仕事場で昼食を取る事にしてまつので、ここでは食べないでござるよ」
「仕事?」
「聞いてないでありまつか? 鈴谷代表様が政権に就いて以降、授業は四時間目までつ。昼からはそれぞれ割り当てられた仕事を行うでありまつよ」
紀一郎は非常に驚いた。
河原崎町に戻ってから緊張の糸が切れたのか熱を出してしまい、今日登校するまでずっと家から出ていなかったからだ。
「みんなどんな事やってんの?」
「色々でありまつね。でも家が家業をしている人は、それを手伝うのが基本でありまつ。多分カロカロ氏も仕事の割り当てがありまつよw」
「そういえば、授業が終わったら呼び出しがあるって言ってたけど……」
そう言っていると図ったようなタイミングで放送が鳴る。本庁舎に来いとの事だ。
「本庁舎ってどこ?」
聞きなれないフレーズに頭をひねっているとクラスメイトが声を掛けてくる。
「カロっち本庁舎行くんでしょ? 私も行くんだ」
案内してくれるというので揚屋と別れ、付いて行く事にした。
「本庁舎って新しく建てた新校舎の事だったのね」
「鈴谷先輩や遠野先輩も生徒でしょ? 学校終わってから移動するのって時間も手間もかかるから、必要な設備が揃ってる新校舎を庁舎として使う事にしたんだって」
「鹿野は何しに行くの?」
彼女の名前は鹿野明日実。
活発で成績も良く運動も得意でクラスでも人気のある女子だ。以前からも紀一郎と交流があり、気心の知れた人物だ。
「私はここで事務員の仕事してるの、雑用だけどね」
「あれ? 鹿野の家って」
「居酒屋やってるわよ。悪い?」
「いや、大体みんな家の仕事を手伝ってるって聞いたから」
「大体はね、でも私はもっと役に立つ仕事がしたいの」
「お店だって大事な仕事だよ」
高い意識を見せ付けられて微妙に腐っていた紀一郎はいたたまれない気持ちになる。
その後鹿野と別れて目当ての鈴谷が居るはずの部屋へ着いた。
「加賀です、入ります」
中に入ると鈴谷と遠野の他に大人の人達がコの字に並べられたテーブルにずらっと座っていて、思わず緊張してしまう。
「加賀君だね」
鈴谷の隣に座っていた老人が座るように促す。皆の視線が集中し居心地が悪い。
「生還おめでとう。私は『代表委員会』で副代表をやってる安田一成だ。君を呼んだ理由は分かるかね?」
紀一郎は首を振る。
「今回ボーダーラント王国・ナルトラウシュ領との交易が始まる事に際して、我が町も対外機関を作る事になった……」
「そこで翻訳や通訳の仕事をしろと言うことですね」
実のところ予想はしていた。現状コミュニケーションが取れるのは紀一郎だけなのだからだ。しかし……。
「違う、話は最後まで聞きなさい。君にはその機関の長に就いてもらう」
突拍子の話に面食らってしまう。
「僕、中三なんですけど……」
「私は高一よ。あなたならきっと出来るわ」
鈴谷が口を挟む。この状況で言うのだから本気なのだろう。
安田を始め数人の表情が曇っているのが気になるが……
「この際君の年齢は関係ない。鈴谷代表直々の指名だ。やってくれるね?」
鈴谷の顔を思わず見る。するとパチリとウインクをして見せた。
同時に何故自分なのかも理解する。
「分かりました。全力を尽くします」
それから話が終わり部屋を出たあと遠野恭二に呼び止められた。
「これが鈴谷代表が戦っている本当の相手ですか……」
彼女が置かれている現状を目の当たりし思わずため息を就く。
「大変だろ? それに比べたら巨人だの竜騎士だのは雑魚も良いところだ」
「これは牢屋に居た方が楽だったかもしれませんね」
前途を思い浮かべ苦笑いする。
「代表はお前に賭けたんだ。お前がこれを上手くやれば彼らを黙らせる事ができるし、出来なければ失脚する。絶対に失敗は許されん」
正直紀一郎にとっては過大な期待なのだが、鈴谷の事を思えば瑣末な重圧だと思えた。
「対外機関は護衛と運営に自衛隊の部隊と役所から人をよこす事になる。何か要望があるなら言ってくれ、力になるよ」
「ありがとうございます。おいおいお願いすると思います」
遠野は安堵の笑みを零す。頼もしい仲間が戻って来た、そう思えたからである。
「それと役職の名前なんだけど何が良い? 普通に考えれば長官とか部長とかだけど、肩書きくらいお前の好きにして良いぞ」
「何でも良いんですか?」
うーん、と考える。ある言葉が思いついた。
「なら調整官がいいです『三郡調整官』」
「三郡?」
「総督府と自衛隊と対外機関、その三つの調整官って事で。良いでしょ?」
「それで進めよう」
こうして元生徒会四天王改め、『三郡調整官 加賀 紀一郎』が誕生した。




